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胡蝶の夢 ―大吾―

――ああ、またあの夢だ。

大吾は思う。目の前には、堂島組の組長室が広がっている。目の前に座るのは、父である宗兵。彼は大吾を見上げ、上機嫌で何事か
話している。恐らく、自分の昔の栄光を語って聞かせているのだろう。幼い頃はその英雄譚のような話にいちいち感心し、尊敬の念を
抱いたものだが、今となっては聞く気もうせた。死してなお息子に自慢をしたいのか、大吾は苦笑した、
 自分が極道の世界に入ると決めたことを、宗兵はひどく喜んだ。しかし、あれだけ息子を溺愛していたにも拘らず、極道の修行は
厳しいものだった。まず、組長の息子という甘えは捨てさせ、他の新入りと同じように見習いから始めさせた。それが終われば幹部の
護衛、更には自らシノギを見つけさせ、ノルマを達成させる。それができない時は兄貴分である桐生から、嫌と言うほど殴られた。
おかげで、一人前の極道に少しは近づけたかと思った頃、あの忌まわしい事件が起こった。
 ふいに、大吾の周囲の景色が変わる。これもいつもの夢通りだ。時間は夜、目の前には、東堂ビルがそびえ立っている。天候は
雨、雷鳴も聞こえていた。それもすべてあの夜と同じ。大吾はあの日、この事務所にはいなかった。事件も目の当たりにはしていない。
しかし、こうやって夢にその情景が生々しく構築されるのは、それだけ宗兵が起こした事は、想像するに難くないということなのだろう。
 ふいに車が前に停まる。そこから出てきたのは宗兵。そして彼の手で引きずり出されたのは、顔も見えぬ女。長い髪の、線の細い
女だった。桐生といる際、何度かその女と顔を合わせたことがある。しかし、顔が夢の中ではっきりしないのは、それを覚えていない
証拠だ。
 宗兵達を追って事務所に入る。暗い部屋の中、宗兵は獣と化していた。床に組み敷かれた女は、涙ながらに何かを訴え、悲鳴を
上げた。大吾は拳を握り締める。あまりにも野蛮で愚劣な行為に彼は眉をひそめた。
「なにしてんだよ……てめえ」
しかし、宗兵には届かない。これは夢で、ここには自分はいなかった。そして、もう終わった出来事だ。しかし、叫ばずにはいられない。
これがかつて東城会にこの人ありと言われた男の姿だというのか。
「お前が……お前がそんな事をしたから、全部狂っちまったんだ!桐生さんもムショには入らなかったし、錦山さんだってもっと違う道
 歩いてたはずだ!この女だって……遥をあんな形で産むこともなかったんだ……!」
ふいに、視界が揺らいだ。同時に、眩暈に似た感覚に襲われ、彼はかたく目を閉じる。そして、再び目を開けたときには、周囲は
一変していた。見慣れた東城会の会長室、その中央で彼は立ち尽くしていた。
「夢にまで見るか?普通……」
大吾は苦笑する。その時、背後に気配を感じた彼は驚いたように振り向いた。そこにいたのは、19、20歳くらいの女性だった。
「お前……?」
大吾はそう言ったまま黙りこくった。女は黙ったまま、ひどく怯えたように自分を見つめてくる。長い黒髪に、華奢な体つきの彼女は
今までの夢には出てこなかった。それに、顔もはっきりしているのも不思議だ。一度も会った事がないのに、どうしてこんなにも
親近感がわくのだろう。まるでいつも身近にいるかのような、そんな感覚。
 改めて彼女の顔を見る。単純に、綺麗な女だと思う。しかし、その顔立ちにどこか見覚えがあるのは何故だ。どれだけ考えても
今まで大吾が出会った中には、こういう女性はいない。
 まてよ、と大吾は思う。そこまでして思い出せないのは、『まだ、その顔を見たことがない』のだとしたら?今近くにいるのは幼いだけで
『成長してないだけ』だとしたら?大吾の中で何かが符合した。確かに、『彼女』が成長したらこんな感じなのかもしれない。
彼は思い切ったように頭に浮かんだ人物の名を呼んだ。
「遥……か?」
その女性は驚き、大吾を見つめ返した。そして、戸惑いがちに声を上げた。
「大吾お兄ちゃん――わかるの?」
その呼び方、やはり遥だ。自分の勘も捨てたもんじゃないな、彼は笑った。
「まんまだろ。これで気付かねえ奴がいるのか?」
遥は、心から安堵したような表情でかけてくる。そして止める間もなく背を伸ばし、彼の首に手を回して抱きついてきた。
「お、おい遥」
思わぬ行動に、大吾はうろたえた。成長した姿のせいか、こういう状況は非常にまずい――気がする。いや、かなりまずい。
しかし、遥は彼から離れず、嬉しそうに声を上げた。
「そうだよ、遥だよ。お母さんじゃない……遥だよ……」
お母さん?大吾は疑問に思う。お母さんというのは、遥の母のことだろうか。わけがわからずにいたが、やけに遥が嬉しそうだったので
大吾は追求せずにいた。どうせ夢は矛盾だらけなものだ。彼は彼女の背に腕を回した。
「ああ、遥だ」
しかし、夢とはいえこの内容は実際どんなものかと思う。現実の遥は小さくて、ともすれば親子ほども歳が違うのに、成長しているからと
いってさすがにこれはないだろう。桐生さんが見たら、拳じゃ済まないかも知れない。まあ、夢だから見られることもないのだが。
しかし、こうなってくると自分の深層心理も疑ってしまう。一体何がしたいんだ、俺は。困ったように大吾は宙を見つめた。
「なんか、急に大きくなっちゃった」
ふいに遥は呟く。急に大きく?そいつはすごいな。大吾は苦笑した。
「成長期も真っ青だな」
遥は笑い、彼の顔を覗きこんだ。
「ね、私、大きくなったよ。どう思う?」
「はあ?」
大吾はひどく動揺する。目の前の遥は、現実の小さい遥と違って、もう立派に女だ。思うところは数々あるが、それをどう表現しても
倫理上危険なことには変わりない。逡巡する大吾を、遥は不安そうに見上げた。その目には、弱い。大吾は苦笑を浮かべた。
「――――だ」
その瞬間、大吾は目を覚ました。そしてすぐに飛び起きた。気がつくと、なんか嫌な汗をかいている。彼は大きく息を吐いた。
「おいおい……もう少しで妙な事口走るとこだったぞ……」
危なかった、彼は胸をなでおろす。携帯を見ると、起きる時間には少し早かった。しかし、目が覚めてしまったのと、これでもう一度寝て
同じ夢を見ないとも限らない。大吾は部屋を出た。
「あ、大吾お兄ちゃん。おはよー!」
元気な遥の挨拶に、大吾は一瞬身を引いた。
「遥!あ、ああ……おはよ」
いかん、あの夢のせいか、遥の顔をまともに見られない。彼は会話もそこそこに洗面所に向かった。
「あら、大吾。早いねえ」
廊下で弥生とすれ違う、大吾は生返事を返した。
「……ああ」
「ちょっと、大吾?目が覚めてないのかい?シャンとおし!」
「目は覚めてるって……」
大吾は肩を落とす。あんな夢を見た事実も、その夢に引きずられている自分も心底情けない。そんなに女に餓えてるのか俺は……
彼は首を傾げる弥生を後に、廊下を歩いていった。
 しかし、洗面を済ませ、着替えも済ませる頃には大吾はすっかり立ち直っていた。いくらリアルな夢でも、夢は夢だ。考えていても
しょうがない。気を取り直して、彼は朝食の席につこうとした。その瞬間、遥の口がわずかに開いた。
「私、大きくなったよ……」
大吾の頭の中が真っ白になる。さっき、遥は何て言った?視線を上げると、彼女は複雑な表情で大吾を見上げていた。その瞬間、
あの夢での彼女が生々しく思い出される。あの夢は……本当に夢だった……?考えれば考えるほど怖い想像が膨らみ、彼は首を振った。
「……俺、もう本部行く」
踵を返し、大吾は部屋を出て行く。後から弥生から何事か声をかけられたが、彼の耳にはもう入っていなかった。なんであの言葉を
遥が口に出せる?あの遥は遥でなくて、でも遥で……彼は髪をかきむしった。
「あああああ!なんだよちくしょう!わけわかんねええええ!」
怒鳴りつつ、大吾は玄関を出た。早めに到着していた運転手の組員は、その声に驚いたように姿勢を正す。朝だというのに、大吾は
疲れたように溜息をつくと、車に乗り込んだ。
――初夏の夢は、時々混線するらしい。

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