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うろほろぞ
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再再会

 今日の遥は、とにかく上機嫌だった。堂島家にいる時には特に機嫌が悪い事はないのだが、それ以上に今日はゴキゲンなのだ。
それがどうも気にかかったらしい、大吾は本部を歩いていた彼女を呼び止めた。
「おい、今日はどうした?」
「何が?」
遥は、そわそわしながら笑顔で答える。時折、時計も見ているようだ。彼は考えながら問いかける。
「ゴキゲンだが、何かいいことでもあるのか?」
驚いたように身を引くと、遥は上目遣いに大吾を見た。
「あるよ」
「何があるんだよ」
彼女はしばらく考え、ふと彼の顔を覗きこんだ。
「……気になる?」
思わぬ返答をされ、大吾は呻く。彼女の目は『気にして、気にして』と言わんばかりだ。彼は苛立ちを含んだ声を上げた。
「そうじゃねえ!」
「なら言わない」
がっかりしたように遥が踵を返すのを、大吾は腕を掴んで止める。
「わかった、わかったって。気になる。これでいいだろ。早く言えって」
そのぞんざいな物言いに遥は不満げに振り向いたが、まあいいか、と微笑んだ。
「今日はねー、デートなんだ!」
「で、デート?!」
思わず大声を上げる大吾を、組員達が不思議そうに眺めて通り過ぎていく。彼はその視線を気にして、遥を会長室に入れた。
「おまえ、ガキのくせして……」
困惑しながら問う大吾に、遥は少しむくれた。
「だって、デートしようって、誘われたんだもん」
最近の子供は、どれだけませたことを言ってるんだ。彼は遥を見据え、首を振った。
「ガキ同士で生意気な事言ってんじゃねえよ。桐生さんがいないときに、そんな勝手なことは許さねえからな」
「ガキ同士じゃないもん!誘ってくれたのは年上の人だもん!」
彼女は必死で抗議する。しかし、それを聞いて彼は怒鳴りつけた。
「なお悪いだろ、それ!いったいどこのロリだ、馬鹿!そんなんにほいほい付いていったら、後で泣くハメになるんだからな!」
「ならないもん!優しくていい人だもん!」
遥の一生懸命さに、大吾は疑問を覚えた。幼いとはいえ、しっかり者の遥が、会ったばかりの知らない男についていくとは考えにくい。
かといって、この辺りで遥が知っている人間なら、大吾も顔や名前を知っているはずだ。その中には、とうてい遥とデート、など誘う
人間はほとんど皆無に思える。彼は、気持ちを落ち着かせ、遥に再度問いかけた。
「相手は誰だ?俺が知ってる奴か?」
「えー……」
彼女はそう言ったきり、黙りこくる。その反応からすると、自分が知っている人物だろう。そこで大吾は我に返る。ここまで知っていたら
特に自分がやっきになって、問い詰めるようなことではないのではないか。そもそも、なんで自分はここまでして遥に追求しているんだ。
冷静になったら、逆に自分に疑問が湧いてくる。大吾は思い詰めたような顔で悩み始めた。遥は、そんな彼を見て自分が困らせて
いるのではと感じたのだろう。彼女は思い切ったように大吾の両手を掴んだ。
「ごめんなさい、やっぱり秘密はよくないよね。言わないようにって言われてたけど、やっぱり言うよ!」
「え?あ、ああ……」
大吾はすでに別のことで悩んでいたため、遥の言葉が意外だったらしい。驚いたように曖昧な返事をする。遥は少し恥ずかしそうに
俯くと、落ち着きなく体を揺らし、呟いた。
「今日会うのはね……」


「ねえ、本当に一緒に来るの?お兄ちゃん」
遥は、心配そうに隣に座る大吾を見上げた。組の車は嫌、と遥が言ったため、大吾と遥はタクシーに乗っている。大吾はあれから
何も言わず、機嫌が悪そうに窓の外を見ている。彼女は大きく溜息をついた。
 車は神室町の象徴である、電飾に彩られた赤いアーチの前で停まる。車から降りると遥は辺りを見回し、急に顔を輝かせて走り
出した。
「こんばんはー!」
ためらいもなく、背を向けた大柄な男の足に抱きつく遥を、その人物は軽々と抱え上げた。
「よう!久しぶりやなあ、遥。桐生はんと仲良うやってたか?」
独特な関西訛りの男は、遥に笑みを浮かべる。彼女は大きく頷いた。
「うん!龍司お兄ちゃんも久しぶりだね!」
「てめえ、さっきからなにベタベタやってんだ!そいつを下ろせよ!」
我慢できなくなったのか、大吾が声を張り上げる。龍司は今気付いたかのようにきょとんとして彼を見つめた。
「あれ、おったんか」
「いただろ!最初から、ずっと!」
龍司は、せやったかな、と頭をかき、遥を眺めた。
「誰かに言うてもうたんか?せやけど、よりにもよって、一番うるさいのを連れて来たなあ」
遥は龍司の肩の上で、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい、でも大吾お兄ちゃんには黙っておけないから」
「大吾『お兄ちゃん』~?」
龍司は含みのある声を上げ、大吾を見つめる。大吾は声を詰まらせ、見返した。
「な、なんだよ……」
「ワシはともかく、自分、いつからそんなに遥とフレンドリーになっとんねん。ワシてっきり、バレても桐生はんが来るかと思てたわ」
それを聞いて、遥は龍司を覗き込んだ。
「おじさんは、今大阪だよ。入れ違いだったね」
そうか。龍司は気の抜けた顔をすると、今度は遥に問いかけた。
「で、遥は大吾とはどういう関係なんや?」
「えっと……」
彼女は大吾を見下ろし、少し考える。大吾が嫌な予感がした瞬間、遥は大きく頷いた。
「おじさんがいない時に、一緒に暮らしてるんだよ」
「一緒に暮らす…」
ぽつりと繰り返し、龍司は大吾に視線を向ける。絶対、誤解されている。言い訳する前に、龍司が首を振った。
「あかん、人としてあかんで、幼女は」
「違う!」
大吾は噛み付くように声を上げる。そして大きく溜息をつき、苛立ちを隠せない声で告げた。
「桐生さんが大阪に行ってる間だけ、お袋がうちの家で預かってんだ。別に、何もねえよ。当たり前だろ」
「それだけで、普通ついてくるか~?」
からかうように声を上げる龍司を、大吾は睨みつけた。
「てめえ、自分の立場をわかって言ってんのか?ここは東城会の縄張り、そのど真ん中だぞ。そこに一人で乗り込んで来て
 ガキとデートなんて冗談だろ!帰れ!」
「帰ってええんか?」
意地悪く龍司が笑う。その裏のあるような言い方に、大吾が何か言おうとしたとき、彼はわざとらしく残念そうに首を振った。
「折角遥と神室町を満喫しようと思って来たのに、残念やなあ。しゃあないから、帰るわ。遥も一緒に来るか?」
「うん!」
元気良く返事する遥に、大吾は慌てる。
「馬鹿!なに承諾してんだよ!こいつと大阪なんて、ふざけんな!」
遥は首を振り、寂しそうに告げた。
「だって、龍司お兄ちゃんと久しぶりに会えたんだもん。もっとお話したいよ」
「そうやんなあ、ワシも同じ気持ちやで」
ねー、と二人は顔を見合わせて頷く。大吾は大きく溜息をついた。
「わかった、勝手にしろ。そのかわり、俺がお前を見張る。いいな!」
龍司はその言葉を待っていたかのように、口の端に笑みを浮かべ、頷いた。

遥は龍司に買ってもらったアイスを食べながら、楽しそうに二人の前を立って歩いていく。それを眺めながら、大吾は苦笑した。
「足元気をつけろよ、転ぶぞ」
「大丈夫~!」
遥は振り向くと、返事をしながら手を振った。それをのんびりと眺めていた龍司は声を抑えて笑い出す。
「なんや、兄妹みたいやなあ、自分ら」
大吾は龍司を一瞥すると、きまりが悪そうに呟いた。
「うるせえな、あいつ危なっかしくて、放っておけねえんだよ」
「ま、なんかわかるような気がするわ」
龍司はふと遠い眼をする。それを見て、大吾は肩を竦めた。
「お前はあの妹じゃ、遥の数倍大変だな」
彼は豪快に笑うと、急に神妙な顔で何度も頷いた。
「せやなあ、頑固やし、気は強いし、やくざ狩りの女なんて、えげつないあだ名付いとるしな……四課の刑事やっとるせいで
 顔合わせたら、すぐ何かしら説教が飛んでくるねんで。うるさくてかなわんわ」
うんざりといった風だが、その表情はいつになく柔らかい。そんな顔も出来るのか、大吾は意外な面持ちで龍司を眺めた。
その時。いつの間にかアイスを食べ終えた遥が、二人の方にかけてきた。
「ね、プリクラ撮ろ、プリクラ!」
「あ?いや、俺は……」
明らかに拒否反応を示す大吾とは逆に、龍司は大きく頷いた。
「おう、ええで!撮ろか!」
「おい、待っ……」
呼び止めようとする大吾を振り向き、龍司はにやりと笑った。
「大吾は嫌ならええで。なあ遥、なんならワシと二人でちゅー写真でも撮ろか?」
「わあ、どうしよう。恥ずかしいな~」
まんざらでもない様子の遥に、大吾はにわかに危機感を覚える。彼は龍司の肩を掴み、激しく睨みつけた。
「……俺も撮る」
龍司は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、遥の肩を抱いた。
「そうか、そらよかった。遥、大吾も一緒に撮ってくれるて!」
「本当?やったあ!」
和気藹々としている二人の後ろで、大吾はがっくりとうなだれた。どうも龍司のペースに乗せられたらしい。以前会った時もこんな
調子でなんだかんだとつきあわされたような気がする。俺は自分で思っている以上に単純なんだろうか、大きく溜息をつき
大吾は二人と肩を並べた。
 数分後、遥は出てきたシールを丁寧に切り分け、二人に渡す。遥の選んだファンシーなフレームに、彼女はともかく、いかつい
二人はどうも似合わない。
しかし、龍司は満足げにそれを眺めた。
「ええ感じやないか。これうちの事務所に貼ろかな」
「貼るなよ!絶対貼るな!」
大吾は慌てて声を上げる。こんな可愛らしい世界に納まった東城会会長など、身内はおろか関西には絶対知られたくない。遥は
嬉しそうにそれを一枚はがして、自分の携帯電話の裏に貼り付けた。
「またおじさんに見せたげよ~」
その言葉を聞き、にわかに二人は真剣な顔で遥に告げた。
「それはアカン。ワシ桐生はんにも薫にも殺される」
「頼むからやめろ、叱られるのは俺だ」
遥はえー?と不満げに声を上げたが、仕方なくシールをはがし、内部の電池パックに貼り付けた。どうやら、ここで三人がこうしている
事が知れたら、何かと難しい事態が起きるようだ。


 その後、遥がUFOキャッチャーをやりたいというので、いくらか金を渡して二人は店を出、遠巻きに眺めた。彼女はコツがつかめない
のか、ネコのぬいぐるみに何度もチャレンジしている。真剣な表情の遥を、龍司は楽しそうに見つめた。
「あないなもんに、えらい集中力やなあ」
大吾はふと真顔になり、腕を組んで龍司に話しかけた。
「今日関東に来たのは、どういうことなんだ。遥に会いに来たのが一番の理由じゃないだろ」
龍司は肩を竦め、近くの自動販売機でコーヒーを二本買う。その一つを大吾に投げ、彼は蓋を開けた。
「ま、どうとでも考えてや。ワシは、遊びに来ただけやし」
「信じると思うか?」
大吾に鋭く視線を向けられ、彼は小さく笑った。
「一人で何ができる言うねん」
「残念ながら、敵対している組織に属する人間の言葉を、額面どおりに受け取るほど素直な性格じゃない」
何も言わず、龍司はコーヒーを飲む。そして、大きく息を吐くと視線を大吾に向けた。
「……東城会はどないや」
彼は龍司を一瞥すると、蓋も開けていない缶に視線を落とした。
「言う義理はねえ」
「聞けば、まだ正式に会長になっとらんらしいやないか。思ったほど信用ないのう」
龍司は口の端に笑みを浮かべる。それを聞き、大吾は彼を睨みつけた。
「余計なお世話だ。てめえだって下手すりゃ近江から絶縁じゃねえのか。人の心配よりも自分の心配するんだな」
「ワシはお前と違って世渡りが上手やねん。新体制になっても、手回しは完璧や。また動き出すんも時間の問題やで」
龍司が動く。大吾はわずかに表情を固くした。
「そうなれば、またうちにちょっかいかけてくるのか、てめえは」
「準備が整えばな」
二人の視線がかち合う。その鋭い眼光は、互いの隠された野心を露にした。関東が上か、関西が上か。そうやって二つの組織では
また多くの血が流れるのだろうか。
先に緊張を解いたのは、龍司。
「ま、近江は当分のんびりやらせてもらうし、東城会はせこせこ金でも貯めとき。ただでさえショボい組織なんやから」
「こうやって、わざわざガキに会いに来る暇な男がいる連合なんざ、眼中にねえよ」
「なんやと?」
「なんだよ!」
二人が一触即発の状態になった時、急に背後から声がした。彼らが振り向くと、そこには薄ら笑いを浮かべた若者が何人も立っている。
「おじさん達、楽しそうじゃん。俺達にもカンパしてよ」
龍司は彼らを見もせず、呆れたように肩を竦めた。
「神室町は、空気も読めんとキャンキャン鳴く犬が多てうるさいなあ、保健所呼びや」
「おい、やめろ」
挑発的な態度に、大吾は龍司をたしなめる。ここで目立つ真似はしないほうがいい。特に龍司は。しかし、若者達はそれが気に
障ったらしく、二人に詰め寄ってきた。
「はあ?舐めた口利いてんじゃねえぞ、オッサン!」
「痛い目見たいか?ああん?」
その無遠慮な物言いに、龍司の顔つきが変わっていく。面白い玩具を見つけたような、そんな目だ。大吾は間に割って入る。
「もうやめとけ、喧嘩を売る相手は選ぶんだな」
それが彼らの戦意に火をつけたらしい。その中の一人が大吾の襟首をつかんだ。
「うっせえんだよ、腰抜けはすっこんでろ」
大吾は大きく溜息をつく。今日は何かと苛々させられっぱなしだ。彼はその手を払いのけた。
「俺は今、人に振り回されっぱなしで、すげーむかっ腹立ってんだ。今引かねえと、後悔するぞ」
龍司はそれを聞いて、驚いたように大吾を眺めた。
「自分、怒ってたんか?メチャメチャ楽しそうやったやないか」
大吾は龍司を振り向き、怒鳴りつけた。
「急にお前が来たから、今みたいに色々煩わしいことが起きて苛々してんだよ!
「またまた。さては心配やったんやろ。遥がワシに取られる思て。大丈夫や、ワシにはもう大阪に大切な女がおる!」
「そんなことは、言ってねえ!」
急に口論を始めた二人を、若者達はぽかんとしたように眺めていたが、ふと我に返った一人が怒声を上げた。
「お、おいてめえら!何ごちゃごちゃ…」
「うるせえ!」
叫んだかと思うと、大吾は持っていた缶コーヒー(中身入り)を若者めがけて投げつける。それは目標を違えることなく
男の顔面にめり込み、彼はその場に倒れこんだ。大吾は不機嫌そうに肩を回すと、龍司を睨んだ。
「話は後だ。こいつらうるさくてしょうがねえ」
「初めて意見が合うたなあ、いっちょ暴れたろか」
二人は若者達に視線をめぐらす。彼らはめいめいに武器を構えると、勢い良く彼らに躍りかかっていった。
一方、にわかに騒がしくなった外を気にもせず、遥は何度目かのネコ捕獲にチャレンジしていた。

「見て見て~、とれたよ!どでかちぃねこ!」
彼女の体が隠れてしまうそうなネコのぬいぐるみを抱え、遥は店を飛び出してきた。龍司と大吾は、彼女がUFOキャッチャーで
遊び始める前と、なんら変わらぬ姿で彼女を迎えた。
「大物やなあ、よう取ったで」
感心したように眺める龍司の横で、大吾は首をかしげた。
「んなもん取って、どうすんだよ。わっかんねえなあ……」
遥は誇らしげに笑うと、ふと周囲を見回した。
「あの人たち、どうしたの?こんな所で寝たら、風邪ひいちゃうのにね」
先ほど二人に絡んできた若者達は、折り重なるようにして倒れている。龍司は豪快に笑うと、彼女を促した。
「人それぞれやて、放っとき。そないなことよりも、メシでも食いに行こうや」
「さんせーい!」
遥は特に気にする事もなく、嬉しそうに声を上げた。その場にいた人々は、子供連れの猛者たちが行ってしまうのを、珍しそうに
見送っていた。
「そうだ。本部に定時連絡忘れてた」
大吾は思い出したように告げ、二人から離れる。遥は小さく笑って告げた。
「龍司お兄ちゃん、もしかして本当は大吾お兄ちゃんに会いたかったんじゃない?」
「ほお、そら何でや?」
驚く龍司に、遥は少し考えた。
「龍司お兄ちゃん、大吾お兄ちゃんと話しているほうが、なんか楽しそうだったもん」
そうか?と龍司は空々しく考え込む。それを笑う遥に、龍司はにやりと笑った。
「そういや、遥は大吾の家に世話になっとるようやけど、東城会の姐さんになるんか?やったら大変やで。腕の立つ奴もおらんし
 金もない。会長はワシより弱いしな!」
「あ、龍司お兄ちゃんひどい。大吾お兄ちゃんが怒るんだから!」
遥は両手で拳を作り、龍司を叩く。彼は声を上げて笑い、彼女の手を取った。
「そうやなくて、それを何とかするんが姐さんの役目やろ。どうしようもない組でも、姐さんがしっかりしてれば、たいてい何とか
 なるもんや。大吾のオカンがそうやろ」
「……あ、そうか。そうだね」
思い当たる節があるように、遥は考え込む仕草をする。龍司は腕を組んだ。
「気が向いたら、いつか六代目の姐さんやってみ。遥なら、結構うまくいくかもな」
「そうかな。近江の人とも仲良くなれる?」
思わぬ難問に、流石に龍司も考え込んだ。
「……そら難しいなあ。よっしゃ、もしそん時ワシが会長になってたら、考えてやってもええで」
「それじゃ、約束!」
その意味をわかっているのかいないのか、遥は大きく頷き、龍司と指切りをする。彼は面白そうに笑みを浮かべると、彼女に
聞こえないように、ぽつりと呟いた。
「たきつけすぎたかいな。ま、ええか。困るんは大吾やし」
その時、定時連絡の済んだ大吾が戻ってくる。彼らは再び夕暮れの神室町を歩き出した。
 その後、奇妙な4人でとる夕食は、遥にとって楽しいひとときとなった。大吾も龍司に対しては悪態をついていたが、もう遺恨は
ないようでちょっとした雑談には応じている。それを見るのが、遥には何よりも嬉しかった。
 夕食が終わると、忙しい龍司は流石に帰らなければならない時間になったらしい。乗ってきた車を呼ぶと、名残惜しそうに遥に
声を掛けた。
「ほな、また大阪にも遊びに来いや」
「うん!絶対行くよ!」
龍司は、彼女の後ろで憮然としている大吾に視線を送る。
「心配なら、遥について来いや。大吾」
「ああ、わかったわかった。さっさと行けよ。そろそろ東城会の人間が歩き回る時間だから、何があっても知らねえぞ」
大吾の素っ気無い返事に気分を害すことなく、龍司は二人に手を上げ、神室町を去った。車が見えなくなると、遥は大吾を振り返る。
「寂しい?お兄ちゃん」
「そんなわけねえだろ、帰ってくれてほっとした」
ぞんざいな割には、大吾の口調は穏やかだった。遥は嬉しそうにぬいぐるみを抱き、先に立って歩く大吾を追いかける。
このまま二人が、そして二つの組織が仲良くなったらいいと遥は心から思った。


 東城会本部では、半日行方をくらましていた大吾と遥を弥生がかんかんになって説教した。しかも、二人はその理由を話したがらない
ため、余計に疑惑が深まっていく。その後、どうにか詳細を語らずには済んだが、残業を命じられた大吾は会長室で缶詰になっていた。
「大吾お兄ちゃん」
遥が会長室にそっと顔を覗かせる。大吾は書類から目を離さず答えた。
「なんだよ」
「今から帰るから、ご挨拶しようと思って」
大吾は書類に何やら書きとめながら、もう片方の手で彼女を追い払う仕草をした。
「一緒に本部脱走したくせに早いお帰りだな、裏切り者。帰れ帰れ」
ごめんね、と遥は両手を合わせ、続けた。
「あとね、私が東城会の姐さんになったら、龍司お兄ちゃんが会長になった時関東と仲良くしてくれるって」
「へー……」
大吾は仕事に思考が傾いていて、生返事を返す。遥はぬいぐるみを抱きなおした。
「東城会六代目の姐さんかあ、悩んじゃうな。それだけ、じゃあね!」
扉が閉まり、大吾はふと考える。さっき遥は何を言ってた?聞き流していたが、何か引っかかる。彼はゆっくりと彼女の言葉を思い出した。
「龍司に言われて……六代目の姐さんになる……とか……って、六代目姐!?」
顔を上げるが、遥の姿は当然もうない。大吾はしばらくぽかんとしていたが、やがて激しく机を殴りつけた。
「変な事遥に教えやがって……龍司、次会ったときは問答無用でぶっとばす!」
その頃、遥は言った事の重大さも知らず、ぬいぐるみを抱きながら帰りの車の中で眠っていた。楽しい夢を見ているのだろう、その
表情は幸せそうだ。横に座っていた弥生は、優しく遥の頭を撫でた。
 数日後、遥に「東城会の姐さんになるにはどうしたらいいの?」と聞かれ、あたふたする桐生の姿があったとか。それによって
当然大吾が桐生に呼び出され、問題発言の理由を詰問されたのは言うまでもない。

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