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胡蝶の夢―弥生―

 色のない世界だった。いや、色がないというよりは、まるで昔の白黒映画のような世界。いつしか現れた足元の花も、本来なら
鮮やかな色で自分を楽しませるものだが、目の前のそれはひどく暗鬱な灰色に染まっていた。
 視線を落とすと、目の前の大地には亀裂が入り、底はうかがい知れぬほどに深い。落ちたらひとたまりもないと思った。ただ、亀裂の
幅はそこまで広くはなく、その気になれば飛び越せるほどだ。ただ、対岸に行く理由もない弥生は、静かにその光景を眺めていた。
「賽の河原ってやつかね」
弥生は苦笑する。しかし、賽の河原にあるべき三途の川がこんな殺風景な地割れとは、なんと芸のないものだ。
「ちょっと違うな」
ふいに対岸から声がした。その懐かしい声に顔を上げると、亀裂の先に男が俯いたまま胡坐をかいていた。男は口の端を歪めた。
「ここは、地獄の綻びさ」
ああ、間違いない。弥生は両手を握り締めた。目の前にいるのは、彼女が今なお愛し続けるただ1人の男。
「宗兵さん……」
すがるように呼ぶその名は、口に出すだけで胸が締め付けられる。宗兵は、ゆっくりと顔を上げた。
「久しぶりだなあ、お前がそんな風に呼ぶのは」
穏やかな笑み。出会ったときは、いつも彼女にその顔を見せてくれた。弥生は懐かしそうに目を細めた。
「あんたがいなくなってから、色々あったんだよ」
宗兵は片膝を立て、そこに腕を乗せた。
「みてえだな。後から来た奴らに全部聞いたよ。お前にも……苦労かけたな」
「……本当だよ。いきなり会長代行だなんて、できもしないのにやらされてさ」
困ったように首を振る弥生を、宗兵は押し殺した声で笑った。
「だが、新藤のガキには驚いたぜ。人の女房に横恋慕とはなあ、やってくれるじゃねえか」
「もう、その話はよしておくれよ。恥ずかしいじゃないのさ」
そっぽをむく弥生を眺め、宗兵は意地悪く笑った。
「どうだ?若い男に求められた気分は。まんざらでもないだろ?」
「ちょっと、からかわないでおくれ。私の気持ちはわかってるくせに……」
弥生は視線を落とし、苦笑を浮かべる。それを眺めていた宗兵は、自嘲気味に笑った。
「好き勝手してきた俺に、まだ惚れていてくれるのか?」
「……覚悟が違うよ」
呟き、弥生は顔を上げる。その顔に浮かんだ笑みは、うっとりするほど美しい。
「私はこの人についていこうと決めた時から、他の男は目に入らないんだ。あんたと違ってね」
「違いねえ」
宗兵は声を上げて笑う。そして、名残惜しそうに彼女を見つめた。
「時間だ、地獄の業火に焼かれてくらあ」
ゆっくりと立ち上がる宗兵に、弥生は声の限り叫んだ。
「これは夢なのかい?!いえ、夢でもいい、あんたにもういちど触れられるなら!お願いだよ、あんたの傍に行かせておくれ!」
なりふり構わず足を踏み出そうとする弥生を、宗兵は止めた。
「やめておけ。お前はここに来るべき女じゃねえ」
「嫌!もう、あんたが目の前からいなくなるのは、耐えられないんだよ!私も、疲れたよ。たとえそこが地獄でも、あんたの傍に
 いたいんだ!連れて行っておくれよ!」
宗兵は困ったように彼女を眺め、目を細めた。
「お前は、まだやることがあるだろう?大吾もまだまだ半人前だ。お前がついててやらなくてどうすんだ」
「でも……!」
弥生は悲壮な声を上げる。ああ、なんてあのひとは遠いのだろう。さっきまでは彼岸までわずかな距離だと思っていたのに、今の彼は
遠く、遥か彼方に見える。宗兵は彼女に背を向けた。
「大吾を頼む。あと……遥だったかな、あのお嬢にも詫びといてくれや。なんなら、玩具代わりに俺の息子もくれてやるってな」
「あなた……宗兵さん!待って!」
目の前がだんだんと暗くなる。どんなに手を伸ばしても、弥生はなにも掴めなかった。ただねっとりと絡みつく闇の中で、彼女は
宗兵の名を呼び続けた。
「弥生さん、弥生さん」
漆黒の闇の中で、あどけない声が聞こえた。その声に、弥生は聞き覚えがあった。辺りを見回すが、その姿は見えない。
「ここだよ、弥生さん」
ふと、弥生の頬に手のひらの感触。促されるままに視線を動かすと、そこには見たことのない女性が立っていた。長い黒髪で、背は
自分よりもわずかに高い。思わず見とれてしまうほど端麗な顔には、素直な笑顔が浮かんでいる。
「遥……ちゃん?」
何故か自然に名前が口から零れた。目の前の女性は普段の遥とは年齢が全く違う。だが、弥生には間違いなく遥だと思ったのだ。
『遥』は小さく笑った、
「そうだよ、遥だよ。なんで弥生さんはこんなところにいるの?」
「あの人がね、逝ってしまったんだよ。だから、追いかけなくちゃ……」
歩を進めようとする弥生の手を握り、『遥』は悲しそうに声を上げた。
「行ったら駄目、弥生さんがいなくなったら、みんな泣いちゃうもん」
「お願いだよ、行かせておくれ」
しかし、彼女は首を横に振る。そして、弥生の手をそっと引いた。
「みんな、待ってるよ」
視線を動かした瞬間、辺りがにわかに明るくなった。そのあまりのまぶしさに弥生が目を覆うと、『遥』の笑い声が響いた。
「ね、弥生さん。私、六代目の姐さんになっていい?」
「……え?」
驚いたように弥生が目を見開く。その正面には『遥』が自分と同じように紫の着物に身を包んで立っていた。ご丁寧に右手には弥生
愛用の日本刀まで携えて。弥生は慌てた。
「は、遥ちゃん。その格好どうしたの?!ああ、それより姐さんになるって……だ、大吾はなんて言ってるの!」
『遥』は、幼い頃と変わらない無邪気な笑顔を浮かべる。やがて暗闇は見慣れた東城会本部に景色を変えた。思わず辺りを見回した
弥生に、大吾の声がした。
「お袋」
弥生は驚いたように声を追って視線を向ける。そこでは大吾が『遥』と並んで立っていた。
「俺、こいつと結婚するから」
誰と、何を?彼女は半ばパニックになりながら大吾に詰め寄った。
「え、ええ?!ちょ……大吾!あんた遥とは20も離れてるんだよ!桐生だってこんなこと許すはずないよ!」
「姐さん、いいんです。遥が幸せなら……」
振り向くと、桐生が痛々しいほどに落ち込んだ様子で俯いている。遥は嬉しそうに大吾に抱きついた。
「結婚式は教会がいいな!ハワイで!」
ハワイで結婚式……こんなにこの子は俗っぽい子だったかね……弥生はそこまで考えて、慌てて首を振った
「教会なんて、とんでもない!六代目の式ともなれば……!じゃない、遥ちゃん!早まっちゃ駄目!極道の妻なんてやめなさい!」
「いいじゃないですか、姐さん。これで東城会も安泰ですよ」
横では微笑ましそうに柏木が笑っている。彼女は彼に詰め寄った。
「何言ってんだい!遥ちゃんは普通に女としての幸せを掴まないと……!」
「……しかし、もう時間です」
呟き、柏木は弥生の背後に視線を向ける。やがて聞こえる鐘の音に、彼女は慌てて振り向いた。
「お袋、俺達幸せになるよ」
「弥生さん。私、大吾お兄ちゃんに一生添い遂げます!」
目の前に繰り広げられているのは、ひどく陳腐な結婚式のイメージ。青い空の下、白い衣装に身を包んだ二人は、手に手を取り合って
いつの間にか現れた真っ白な教会の前で手を振っている。沿道では黒服の男達が歓声をあげて米を投げ、桐生といえば、ひたすら
号泣していて話にならない。弥生は力が抜けたようにその場にへたりこみ、大きく首を振った。
「せめてハワイは……やめてほしかった……」

「姐さん?姐さん!」
車の中で、組員が弥生を呼んだ。しかし、彼女は首を振ってうわごとのように声を上げる。
「……だ、だめだよ……二人とも歳が違いすぎるじゃないか……」
運転席と助手席に座った男は、不可解な顔で首を傾げる。弥生の横に座っていた構成員は、彼女の肩を掴んで揺り動かした。
「代行、着きました。起きてください!」
その瞬間、弥生は目を覚ます。どうやら、送迎の車の中で眠ってしまったらしい。ふと気付くと、車内にラジオがかかっていた。
そこからは番組のテーマである「ジューンブライド」に対する投稿を、DJが楽しそうに読み上げていた。その内容も、ハワイの教会が
どうの、幸せになるがどうのと華やかなことこの上ない。弥生は大きく溜息をついた。
「すまないね、ついうとうとしてしまって……なにか私……変な事言ったかい?」
構成員達は顔を見合わせ、恐る恐る声を上げた。
「その……歳が違うとかなんとか……あとは特に」
「そうかい、すぐに忘れておくれ」
車は本部の前で停まっていた。弥生は自らドアを開けて車を降りると、ぼんやりしたように建物へと向かった。
ふと、宗兵の顔を思い出す。夢に出てくるなんて、彼が死んでから初めてだった。ああやって彼と言葉を交わすことで、自分自身との
心の整理をつけているのだろうか。苦笑した時、ふと彼の言葉を思い出した。
『玩具代わりに俺の息子もくれてやるってな』
「……あれは、どういう意味なのかねえ」
思い詰めたように弥生は呟く。ふと、ホールから賑やかな声がした。顔を上げると、そこには遥と大吾が相変わらずじゃれあうように
追いかけあっている。
「あんたたちねえ……」
呆れたように声をかけようとした瞬間、おもむろに大吾が遥を抱き上げる。目を丸くしている弥生の前で、彼は怒鳴った。
「やっと捕まえたぞ、てめえ、もう逃がさねえからな!」
弥生はその場で立ち尽くす。遥は大吾を見下ろして声を上げて笑った。
「助けて~一生お兄ちゃんに囲われちゃう~」
「おい、人聞きの悪い事言うなよ!」
夢の続きでも見ているような気分がする。弥生は複雑な表情で頭を抱えていたが、いきなり怒鳴りつけた。
「あんたたち!なにやってんだい!」
「あ、お袋」
「弥生さん」
二人は、そのままの体勢でぽかんとして彼女を眺める。弥生は足早に二人に歩み寄ると、凄みのある顔で二人を見据えた。
「大吾、いい大人が小さい子となにいちゃいちゃしてるんだい……」
「い、いちゃいちゃ?!変な事言うなよよ!」
抗議する大吾を睨みつけ、弥生は怒鳴りつけた。
「うるさいっ!遥ちゃんも安易に極道の男に近付いちゃ駄目!」
「……だって大吾お兄ちゃんだし」
神妙な顔ではあるが、自分の主張を口にする遥に、いいから!と弥生は叫び、両手の拳を何度も振った。
「そりゃあ、あんた達がそれでいいなら、私としては願ったり叶ったりだけどね……ああ、もう、そうじゃない。と、とにかく私は……
 その……ハワイだけは許さないからね!」
「……ハワイ?」
二人は訳が分からないという風に声を上げる。弥生は疲れたように踵を返した。
「……教会だって、冗談じゃないったら……!」
ぶつぶつと呟きつつ彼女は階段を上がって行ってしまう。大吾と遥は首をかしげながら顔を見合わせた。
「海外旅行の話かな?」
「でも、俺達別に行きたいとか行ってねえけど」
二人は困惑したまま、弥生の歩いていった先を見つめていた。
夢は夢。しかし夢は時として願望。果たしてその願い、成就するか否か。弥生の苦労はまだまだ続きそうである。

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