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うろほろぞ
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花嫁修業?

 大吾が自宅の廊下を歩いていると、小気味のいい音が聞こえてきた。これは、弥生がいつも使っている花鋏の音だ。弥生は
茶道や生け花などに精通しており、師範の免状も持っている。今日も客間に飾る花を生けているのだろうと、部屋の前を通り過ぎ
ようとした時だった。弥生ともう一人、少女の声もしてくる。彼はふと部屋を覗き込んだ。
「……でね、この枝振りを生かして自然な感じにしてごらん」
「こ、こうかな?あれ……何か変?」
「いいんじゃない?でも、ここの部分をもっとすっきりさせると花が引き立つかな」
弥生に教わりながら、遥が真剣な顔で花と格闘している。素人目から見てもまだまだ上手いとは言いがたいが、弥生の教え方で
もっと良くなるだろう。大吾はふと意地悪く笑った。
「下手くそ」
遥が驚いたように振り返る。弥生は顔をしかめ、彼をしかりつけた。
「もう、あんたはどうしてそういうことしか言えないの!」
大吾は肩を竦め、大げさに首を振った。
「こんなガキに生花なんて、できんの?」
「小さい頃に始めておくから身に付くの。ね、遥ちゃん」
遥は大きく頷き、彼に笑顔を見せた。
「お兄ちゃん、お花楽しいよ。弥生さんすごく丁寧に教えてくれるもん」
大吾は開け放した襖に寄りかかり、苦笑を浮かべる。
「鬼教師の間違いじゃないのか?」
「大吾っ!」
弥生は咎めるように彼の名を呼んだが、やがて諦めたように溜息をついた。
「あんたにはわかんないんだよ。遥ちゃんは桐生から預かった大切な娘さんだもの。来るべき日のために、どこに出しても
 恥ずかしくないようにしてあげなきゃね」
「来るべき日?」
ぴんと来ない顔で遥は首を傾げる。弥生は真剣な顔で頷いた。
「遥ちゃんは、いつか誰かと結婚するんだから。その時慌てない為にも、今花嫁修業しとかないと」
「わーい、花嫁修業!がんばりまーす」
遥は無邪気に喜ぶ。それまで黙って聞いていた大吾は、思いも寄らぬ単語が出たため慌てたように声を上げた。
「お、おい!花嫁修業って、それは早すぎるだろ!遥はまだ小学生で……!」
「何言ってんの。女の子はすぐに成長するんだよ。それまでに、お茶やお花、礼儀作法なんか教えないと間に合わないじゃないか」
大吾は大きく溜息をついて頭を抱える。正直遥はずっと小さいままでいるような気がしていただけに、こういった具体的なことを
言われると、なんだか複雑な心境になる。彼はそれ以上考えないようにしながら、ふらふらとその場を離れた。
「俺、本部行くわ……」
遥は廊下に身を乗り出して大吾を見送ると、心配そうに呟いた。
「大吾お兄ちゃん、どうしたんだろ」
「放っておきなさい。急に現実を突きつけられてショックでも受けてんでしょ」
「現実?」
首を傾げる遥に、弥生はそっと囁いた。
「遥ちゃんも、成長するんだってことよ」
弥生の言葉がまだ理解できないのか、遥は難しい顔をして首をかしげた。


「今日は遥はいないんだな」
会長室にやってくるなり、柏木が問いかける。どうも自分は遥のスケジュールまで把握していると思われているらしい、大吾は不機嫌な
顔で彼を見た。
「なんで俺に聞くんだよ」
「お前が一番近くにいるじゃないか。今日は堂島家にいるんだろ?」
柏木は大吾はあからさまに不機嫌になるのを面白そうに眺め、答える。大吾は大きく溜息をつき、煙草に火をつけた。
「家にいるよ」
「それは珍しいな。いつも本部で忙しくしているのに」
書類を机の上に置きながら、柏木は首を傾げる。大吾は落ち着きなく煙草をふかすと、首を振った。
「花嫁修業するんだと。今、お袋が張り切ってる」
流石に驚いたのか、柏木は書類から顔を上げた。
「姐さんが?花嫁修業とは、また気の早いことだな」
「そう思うだろ?俺もそう言ったんだけどな……」
困ったように笑う大吾を眺め、柏木は小さく笑った。
「姐さんがやる気になったってことは、今のうちに姐さん修行もさせようというわけかな」
「ああ?どういう意味だよ」
柏木は意味ありげに大吾に視線を送り、肩を竦めて踵を返した。
「遥がお前と一緒になって6代目の姐さんになってもおかしくないってことさ」
「な……!そ、そんなわけねえだろ!おい、柏木さん!」
名を呼ばれ、会長室を出て行こうとした柏木は足を止めた。
「そうだな、遥なら理想の姐さんになるかもな。器量もいいし、度胸もある。極道のことに理解は深いし、頭もいいし、社交術もある。
 うちの者たちの信望も厚いし、まんざら冗談で終わりそうもないかもしれないぞ」
「ふざけんなよ!冗談でも言うな、そんなこと!」
大吾は思わず立ち上がると、乱暴に机を叩く。柏木は声を上げて笑いながら、会長室を出て行った。大吾は疲れたように
椅子に座りなおし、煙草を揉み消す。
「……そんなことは、一生ありえねえ」
呟き、大吾は窓の外を眺めた。今日もいい天気だ。遥はまだ弥生に習って花を生けているのだろうか。

 大吾が帰宅すると、玄関先に少々いびつな盛り花が生けてあった。この作風からすると、きっと遥の手によるものだろう。
彼は苦笑して居間に向かう。すると、いつもなら誰も自室に戻っていていないはずの居間から、光が漏れていた。
「今度はなんだ?遥」
自分に背を向けて何やら細かい仕事をしている遥に、大吾は声をかける。彼女は彼が帰ったことも気付かないくらい集中していた
らしい、ひどく驚いて振り返った。
「あ、大吾お兄ちゃんお帰りなさい!気付かなかったよ~。ごはんは?」
「いらね」
素っ気無く呟いて、大吾は上着を脱ぎネクタイを緩める。遥はそう、とだけ答え作業を再開した。大吾は台所の冷蔵庫からビールを
取り出し、蓋を開けながら遥の手元を覗き込む。
「で、何してんだよ」
遥は彼を見上げると、彼に手に持った針と布を見せた。
「あの後ね、弥生さんに和裁を習ったの。私、ボタン付けくらいしかしたことがなかったから」
「和裁……裁縫か?」
ぴんとこない風の大吾に、遥は何度も頷く。
「そんなものみたい」
彼女の手の中にあるのは、渋い色目の生地。彼女のものにしてはいささか大人びた布地のようだ。大吾はそこに座ると
ビールを飲みながら珍しそうに眺めた。
「何縫ってんだよ」
遥は手を止めることなく嬉しそうに微笑む。
「浴衣だよ」
「浴衣?」
うん、と遥は視線を大吾に向ける。
「練習ついでに作ってみたらって弥生さんに言われたの。生地もちゃんと自分で選んだんだよ。夏までに作って、おじさんに着て
 もらうんだ!」
「桐生さんにか」
大吾は改めて彼女の手元を眺める。藍海松茶(あいみるちゃ)色の生地は若すぎず、桐生によく似合うと思った。
似合う色を知っているというのは、いつもその人物を見ている証拠だ。それを見ていると。遥の桐生に対する思いが伝わってきて
大吾はわずかに視線をそらした。
「うまくできたらいいな」
「うん!頑張る!」
彼女は器用に針を動かす。しかし、手際がいい。この分なら、本格的な夏を待たずに作りあげてしまいそうな勢いだ。彼は苦笑した。
「根を詰めると後で疲れちまうぞ」
「うーん、でも夏まで時間がないもん」
「大丈夫だろ、まだ2ヶ月はゆっくりあるじゃないか」
遥は大きく首を振り、大吾を見つめた。
「急がないと間に合わないよ。だって、もう一つ作るんだもん」
「もう一つ?」
大吾は不思議そうに問い返す。遥は大きく頷いて優しく微笑んだ。
「もう一つは、お兄ちゃんの」
「え……」
「私が縫ってあげるから、夏になったら着て一緒に出かけようね」
彼は思わず言葉に詰まる。まさか、遥が自分にまで気にかけているとは思わなかった。黙りこくっている大吾を彼女は覗き込む。
「駄目?」
大吾はしばらく彼女を見つめていたが、ふいに意地悪く笑った。
「着られるもんができたらな」
「あ、またそういうこと言う!いいもん、頑張るんだから!出来上がりを見て驚かせちゃうからね!」
「やってみろよ、もし俺を驚かせたら、何でも買ってやる」
「本当?約束だからね、忘れちゃだめだよ!」
真剣な顔で詰め寄る遥を、大吾は声を上げて笑う。こんなことにムキになる遥は、やはりまだ幼い。彼女だけは、もう少しだけ
このままでいてほしいと彼は心から思った。
「……あ、お兄ちゃんボタン外れかけてる」
彼の胸の辺りを指差して遥が驚く。大吾がそこに手をやると、Yシャツのボタンはすぐに取れてしまった。遥はもう一本の針に糸を通し
彼に歩み寄った。
「ボタンなくしたら大変だよ。丁度いいから今付けてあげる」
「ああ、面倒だから脱いだ後でいいって」
疲れたように首を振る大吾に、遥は少し睨んだ。
「駄目だよ、後回しにしたら絶対忘れちゃうんだから。覚えてるうちに付けておきたいの。大丈夫、私ボタン付けは結構うまいんだよ」
「お、おい……」
遥は彼からボタンを奪うと、彼に針を刺さないよう注意しながら付け始めた。彼女は自分で言うだけあって、手つきがいい。
普段家でやっているのだろう。大吾はしばらく彼女の真剣な顔を上から眺めていた。
「なあ、遥」
「なに?」
彼女は手元から目を離さずに返事をする。大吾は近くの座卓に頬杖をついた。
「お前、この先どうすんだ?」
「どうするって……?普通だよ。学校行ったり、遊んだり……」
「ずっと、桐生さんといるのか?」
ふと、彼女の手が止まる。痛いところを突かれたように遥は少し俯いた。
「……それは、無理かな」
「そうか」
彼女は何も言わずまた針を動かし始める。心なしか、さっきよりペースが落ちたような気がする。大吾もそれ以上追求しなかった。
やがて遥は納得したように頷く。どうやらきちんとボタンが付いたらしい。玉止めをして、少し何か探すような仕草をする。
「あれ……」
糸切り鋏が見当たらない。さっきまで使っていたのに、と遥は思う。探しに行ってもいいが、ここで針を置くのは危ない気がした。
「ごめん、ちょっと…」
「……え」
急に遥の顔が自分の胸に寄せられる。急なことに驚き思わず固まる大吾を、遥は不思議そうに見上げた。
「どうしたの?終わったよ」
遥は糸の切れ端を持ってぽかんとしている。どうやら鋏がなくて自分の歯で切ったらしい。大吾はやっと状況を把握して
決まりが悪そうな顔で立ち上がった。昼間柏木にあんなことを言われたからか、今日の自分はどこかおかしい。
「俺もう寝る。お前も早く寝ろよ!」
「あ、うん」
遥はきょとんとしたように大吾を見送る。彼は居間を出ようとして、ふいに足を止めた。
「もし、桐生さんといられなくなったら、うちに来い」
針をしまおうとした遥は思わず顔を上げる。しかし、その時にはもう大吾の姿はなかった。
その頃、大吾は肩に上着を引っ掛け廊下を歩いていく。彼は煙草に火をつけ煙を吐くと、見るともなしに庭を眺めた。
「なにしてんだかな、俺」
ぽつりと呟いて彼は苦笑した。このところ小さな女の子にペースを狂わされっぱなしだ。こんなこと、昔の自分では考えられない。
桐生も最初はそうだったのだろうか、そこまで考えて大吾は首を振った。桐生を引き合いに出すなんて、本当に、どうかしている。
「……それにしても、変な約束しちまったな」
遥との賭けにも似た約束をふと思い出す。大吾の顔は面倒そうではあったが、ほのかに嬉しそうにも見えた。
頬を撫でる風が温かくなってきた。きっと、夏もあっという間にやってくるだろう。

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