「喧嘩の極意」
平日の繁華街は暇をもてあましたような人々が行き交う。周囲を取り囲むのは、色あせた看板や、ひび割れたビルの壁。
道路には破れて汚れきったチラシが木枯らしに舞った。
夜とはうってかわって閑散とした飲み屋街を歩く少女がいる。赤いランドセルを背負ってはいるが、今の時刻は学校に
行くにはあまりにも遅すぎた。あてどもなく歩く少女の顔は目に見えて暗い。時折小さな口から吐き出される溜息が彼女の
心中を物語っていた。
少女は、ふと広場の近くにあるゲームセンターに立ち寄った。プリクラ、UFOキャッチャー、格闘ゲーム……所持金の
少ない彼女にはどれも高価だ。しかし、今の少女にはお金はあってもゲームをやる気もないのだろう、めまぐるしく変わる
リプレイ画面をぼんやり眺めていた。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
ふいに声をかけられた。
驚いてふりむくと、後ろには三人の若い男が笑っている。しかし、その笑顔は気分を不快にさせるだけの下卑たものだった。
「……どうもしない」
臆せず返答する少女に面食らったのか、青年達は一瞬顔を見合わせ、また笑った。何度見ても、嫌な笑いだ。
「お嬢ちゃん不良?ダメだよ~こんなところに一人でいたら」
「悪ーい奴に攫われちゃうよ?」
「だ・か・ら、俺達がおうちまで送って行ってあげるよ。ね?」
少女は眉をひそめた。この人たちと関わってはいけない、離れなければ。本能がそう言っていた。
「結構です。さよなら」
冷たく告げて去ろうとしたが、男の一人がランドセルを掴んだ。
「お~っと。遠慮しないでよ~大丈夫だって、ちゃんと送るからさ。」
「でも、その前に楽しいところに寄ろうね!」
「馬っ鹿。おまえそんな本当のこと~」
何がおかしいのか、三人は大声で笑っている。少女は掴んだ手を振りきろうとするが、子供の力ではどうにもならない。
男は声を低めて少女にささやいた。
「逃げないでよ……こんなところに一人でいるのが悪いんだよ?」
ひどい悪寒がはしった。店員を呼ぼうにも、運が悪く店内にはいない。怖い。助けて!少女が悲鳴を上げようとした時だった。
「あらららら~?自分らワシの大切な知り合いに何か用?」
三人が思わず声のした方を向くと、一人の男が立っていた。短く刈り上げた髪、痩せぎすだがよく鍛えられた体に纏った
黄色のジャケットがよく目立つ。そして、一番目をひくのは、男の左目を覆う黒い眼帯だ。少女は男をよく知っていた。
「真島のおじさん!」
男達は彼の登場に一瞬ひるんだが、自分達が多勢の余裕か、男……真島に声を荒げた。
「な、なんだよお前。ウザいんだよ。あっちいけよ!」
「痛い目見んぞ!あぁ?!」
口々に発せられる怒声に、真島の口元には笑みが浮かんだ。ただし、目は鋭いままだ。
「ええなぁ、そのキャンキャン鳴く声。この街で、そんな口叩く奴はもうおれへんと思たんやけどなぁ。
久々に言われたら……なんか興奮してきたわ」
軽口をたたきつつも威圧感に満ちた声は、かつて少女が幾度も聞いた狂気の潜むあの声だ。ただ、興奮気味の男達には
そのただならぬ雰囲気が伝わっていないようだ。一人が真島の胸倉を掴もうと詰め寄った
「あんまりふざけた口きいてたら殺すぞオッサン!」
「おじさん!」
思わず少女が叫ぶ。しかし、掴みかかろうとした男は、仲間達に背を向けたきり一言も発さない。真島は心底だるそうに
首を回した。
「な、なにしてんだよ。早くやっちまえよ!」
別の男が声を上げる。しかし、黙りこくった男はそのまま崩れ落ちるように倒れこんだ。真島は拍子抜けしたように顔をかいた。
「なんや、蹴りひとつでダウンかいな。桐生ちゃんならこれくらい余裕で避けとるで」
「こ、この……!ふざけんな!」
少女を捕まえていた男がもう一人に彼女を押し付け、真島に向かっていく。右、左と拳を繰り出すが、彼にはかすりもしない。
むしろ真島は避けるのを楽しそうにしている。玩具を見つけた子供のような顔だ。
「くそ……なんで当たんねえんだよ!」
「そりゃあ、簡単なことや」
真島は打ってきた男の腕を掴むとあっという間に体を屈め、投げ飛ばした。男はくぐもった声を上げ、仰向けのまま
立ち上がれずにいる。彼はそこに近づき、男の顔を覗き込んだ。
「ワシの方が強い。それだけやろ」
次の瞬間、躊躇いなく男の顔に真島の足がめり込んだ。出会ってわずか何秒かで二人が床に這った。残りの一人は
目の前の光景が信じられずに立ちつくしている。
「さて、最後はお前やな。どうしよかな~?」
自分に視線が向けられ、流石に危険を悟ったのか男は少女から手を離した。
「あ、や、俺はやめようっていったんです、けど。こいつらが勝手に。あは、あはは、し、失礼します!」
「待てや!」
逃げようとした男に、真島はそこにあった椅子を投げつける。それは見事に後頭部に直撃し、男はそのまま倒れこんだ
しかし、まだ意識はあるらしい。這いずって逃げようとしている男を追い詰めるように、真島はゆっくり歩み寄った。
「ワシがどうしよか悩んでるときに逃げるからやんか~悪い子やなあ」
「す、すみません!もうしないんで、許してください!」
「何言うてんねんな。許すもなにも、この子のことは関係あれへん。ワシは無駄に威勢のいい自分らと遊びたいだけや」
「か、金ならこれだけあります!ほ、他に何もないです!足りないなら他の奴のも渡します!!」
言うが早いか、男はあたふたと自分の財布から紙幣を掴み、他の倒れてる男達のポケットからも金を抜き取り、差し出した。
受け取った真島は金を数え、大げさに溜息をつき、かぶりを振った。
「三人でしめて6万7千円!この子となんぞしようと思ったにしてはしょぼい、しょぼいわ自分ら!ま、それはおいといて。
ええか?ワシはお金が欲しいんと違うねん。さっきみたいな威勢で遊んで欲しいだけやねん……来いや」
横で聞いていた少女でさえ、最後の声は身がすくんだ。言われた当人はすでに戦意を喪失している。
真島は男の正面にしゃがみこみ、大きく溜息をついた。
「しかたないわ。じゃ、今日はこの金で許したろ」
一瞬ほっとした男の後頭部を引っ掴み、真島は床にその顔を叩きつけた。嫌な音がして、男は動きを止めた。
「しまった。手が滑ってもうた。かんにんな」
しれっと言い、立ち上がると真島は両手をはらった。そして、呆然としている少女に今度は至極無邪気に笑いかけた
「正義のヒーロー登場や。遥ちゃん」
「今帰ったで~」
「あ、真島さん。お帰り……?」
真島が帰ると、真島組の事務所がにわかに活気が出る。しかし、今日はいつもと違うようだ。皆、真島の影から顔を覗かせた
少女、遥に目が釘付けだ。
「あの、真島さんこの子どこかで……」
思わず口を開いた男を遥は以前見たことがあった。自分が攫われた時に見た顔だ。真島は手を振った
「細かいことは言いっこなしや。そだ、これでなんか甘いもん買うてきて。それと……遥ちゃん飲むもん何がいい?」
真島の差し出した『これ』とは、さっきの男から貰った金だ。遥は急に聞かれたので、慌てて考えた。
「え、あの……それじゃあ『なっちゃん』」
「『なっちゃん』やて。それも買うてきたって。」
「あ、はい!今すぐ!」
組員が金を受け取ると事務所を出ていく、その背中に真島は声をかけた
「ええか?!『なっちゃん』の一番美味しいとこやで!」
「は?はい!」
遠くで返事がする。なっちゃんの一番美味しいとこ?遥は少々悩んだが放っておいた。
「ま、座りや。」
真島は遥に事務所の一番奥にあるソファーに遥を促した。あの後、遥をこのまま街中に置いておいたら補導されかねないと
自分の事務所に来ることを提案した。彼にしては至極まともな意見だったので、なんとなく遥も承諾した。学校へ行く気には
到底なれなかったのだ。遥は真島を前にして少し緊張しながら頭を下げた
「あの、さっきはありがとう……ございます」
「タメ口でええて。さっきのことはかめへんよ。ワシも暴れたかったしな」
沈黙。遥は何を話していいか分からない。真島は目の前にどっかり座ったまま窓の外を眺めている。
彼は以前会った時と印象が全く違った。あのときは桐生に対しての戦意に満ち、好敵手との戦いを前に気分が高揚していた。
触れば切り裂かれそうな危うい感覚。それが今は影も形もない。
「桐生ちゃんは知ってんのか?」
ぽつりと尋ねられる。遥が学校に行ってないことについてだろう。それはこの姿と、この時間街を徘徊していることから
用意に見当はつく。遥は首を振った。
「ううん……」
「そか」
再び沈黙する。パーテーションの向こうでは、組員達が帳簿をつけたり電話したりと普通に会社のようだ。
遥が珍しそうに眺めているのを見て、真島は笑った。
「めっちゃ普通やろ」
「う、うん」
「やくざ言うてもやらなあかんことは沢山あんねん。取立て行ったり、みかじめ回収したり。ワシは面倒やから全部
あいつら任せやけどな」
へえ、と遥は男達を見つめた。時折興味深く遥を見る組員と目が合う。そのたびに男達は遥に会釈をした。
「礼儀正しいんだね」
「何もしてへんカタギにはな。ま、ワシがみっちり教育したったから当然やけどな!」
自慢げに胸をはる真島を見て、遥は思わず笑った。それを見て彼は指をさす。
「ああ、笑った。初めてみたわ」
真島の言葉に遥は驚く。そういえば、この人と会うときはいつも殺伐としていて、笑っていられる状況ではなかった。
彼の思わぬ指摘に、恥ずかしそうに俯くと彼は頬杖をついた。
「なんか、あったんか」
「え……?」
「ガッコ、行かへんねやろ?ま、言いたないんならいいけど」
遥の表情が曇る。しばらく黙っていたが、視線を膝に落としたまま口を開いた。
「……言われるの」
「あ?」
「学校の子に言われるの。『おまえの保護者はやくざだ』って。『犯罪者だ』って……。黒板に書かれたり、ノートに落書き
されたりするし……だから、行きたくない」
あちゃー……と真島は頭をかく。予想通りの答えだったらしい。
「ま、あながち違うとも言えんしな。ええやん、言わせとき」
「嫌!」
思わず大きな声を出した遥を真島は驚いた顔で見つめた。事務所も一瞬静かになったが、やがて元の喧騒に包まれた。
「私ならなんとだって言われてもいいの。落書きだって私のことだったら我慢する。ただ、桐生のおじさんのことだけは、
そういうこと言って欲しくないの。でもいつまでも言われるから……もう聞きたくなくて」
「遥ちゃんは、どうしたいんや?」
遥は黙る。彼女にもどうしたらいいか分からなかった。どうしたらこの嫌な状況から抜け出せるのか。ただ、こうやっていても
何も変わらないことはわかる。それに、経済的にも余裕がないのに、学校に行かせてくれている桐生にも申し訳なかった。
「喧嘩、したらええねん」
真島の言葉に遥は顔を上げた。彼は笑っている。
「ワシならそうする。言うてほしないって、そう言って聞いてもらえんかったら拳で決着つけたらええねん」
「む、無理だよ。先生に叱られちゃうよ」
「先公なんてほっとき。口で言って分からん相手に理屈なんて通じひん。ワシが勝ったら言うのやめてて約束させや」
「相手は男の子だよ。5人くらいいるのに」
突然出てきた遥をいじめている相手の詳細に、真島は両手をテーブルに叩きつけた。その音の大きさに遥がすくみ上がる
「なんやて!男5人がかりで女の子いじめてるやて?男の風上にも置けんやっちゃ!言うてみ、ワシが話しつけたる!」
「い、いいよ。おじさんは気にしないで……」
「いくない!まったく今日びのガキは大勢で女に絡むんか。しょーもな。ええか?こうなったらやっぱり喧嘩や!拳や!
人数合わんかったら武器でも何でも使ったらええねん。これで五分五分や」
五分五分か?遥は考えこんだが、上手く丸め込まれている気がして武器の件は考えるのをやめた。
「でも、喧嘩なんてしたらショーガイで捕まっちゃう」
ニュースで聞きかじった単語を出す。おそらくこういうことなのだろうと思っていた。捕まったりしたらそれこそ桐生に
迷惑がかかる。それだけはごめんだ。しかし、真島は親指を立ててみせた。
「大丈夫、相手に先一発殴らせれば、後は十分正当防衛や!」
「そういう問題じゃないよ~」
泣きそうな声を上げる遥を笑い、真島は長い足を組んだ。
「それは半分冗談としてやな。」
半分本気だったんだ。遥は心の中で突っ込む。どうも真島の話には突っこみを入れたくなるのは何故なのだろう。
「やってみ、喧嘩」
遥はまっすぐに真島を見つめた。
「口でもなんでもいいからとことん話してみ。ええやないか殴りあったって。タマの取り合いするわけでなし。
後で親が何か言ってきたら桐生ちゃんに任せたらええ。子の不始末の責任を取る。それが親っちゅうもんやろ。」
遥は真島の言葉を黙って聞いている。素直に聞けるのは、彼もまたこの世界で『親』の立場だからなのだろう。
それにな、と真島は大げさに声を潜めた
「もし女に喧嘩で負けたら男は親にもよう言わんて。プライドの塊やからな!それでも親に泣きつくような女々しい奴
やったらワシに言いや。親共々ナシつけたるわ」
「……うん!私、もう一度話し合ってみる。ダメなら喧嘩、してみるよ」
ふっきれたような遥の笑顔に、真島は満足そうに頷いた。
「よっしゃ!じゃワシの喧嘩の極意教えたろ。それにはまず、あれ食ってからな」
真島が指さすと、丁度事務所に買いだしに行っていた組員が戻ってくる。預けられたお金全部でお菓子を買ったのか、
前が見えないくらいの紙袋を抱えていた。
「か、買って来ました」
「ご苦労さん。さ、お待ちかねの『なっちゃん』やで遥ちゃん。一番美味しいところや」
「ありがとう……ね、真島のおじさん」
「なんや?」
「なっちゃんの一番美味しいところって、どこ?」
遥の素直なツッコミに、組員達が声をかみ殺して笑っている。真島は絶望をにじませた表情で頭を抱えた。
「アカン!アカンわ遥ちゃん。そんな無垢なツッコミ、桐生ちゃんそっくりや!ボケ殺しや~ってアホ!」
真島はおもむろに菓子を置いていた組員の頭を殴る。なんともいい音がした。組員は何故殴られたのかわからないまま
素直に謝った。
「す、すみません」
「まあええわ。遠慮せず食べや。これはあいつらから遥ちゃんへの迷惑料や」
遥の目の前に、食べきれないほどのお菓子が並ぶ。彼女は嬉しそうにお礼を言い、ジュースを飲んだ。
その時事務所の外で騒がしい物音がする。気がつけば他の組員達は一人も事務所にいなかった。
「なんや、えらい騒がしいな」
遠くでは「落ち着いてください」「何もしてません」などと叫ぶ声、そして物が壊されるような音も立て続けに聞こえた。
その尋常でない雰囲気で何が起きたのかわかったのか、真島はこのうえなく嬉しそうな顔をした。
「このことになると人の話を聞かんなあ、あの男は」
「なんなの?おじさん」
「まあ、待っときや遥ちゃん。もうすぐ正真正銘の正義のヒーローが来るで」
もしかして……遥が一人の人物を思ったとき、事務所の扉がけたたましく蹴破られた。
「遥!」
その人物は遥の名を呼ぶ。それは彼女が思い描いていた男だった。
「桐生のおじさん!」
かけ寄ろうとする遥を制して真島が立ち上がった。
「ヒーロー登場やな桐生ちゃん。」
「兄さん、何故遥をこんなところに!」
「ナンパしたんや。な?遥ちゃん」
「真島のおじさん。そんなこと言っちゃダメだよ~」
真島は桐生の怒りを煽ってたのしんでいるようだ。遥がいさめるのも聞いていない。
「遥を返してもらいます」
「いややなあ。そうや、遥ちゃんうちの組においで。お茶運びとかさせたるし。ええマスコットや」
「兄さん!」
のらりくらりと話を茶化す真島に業を煮やして桐生は真島に殴りかかった。真島は拳を受け流して下段に流し、上体を
下げさせると、すかさずヘッドロックをかけた。
「に、兄さ……」
「頭に血い上った桐生ちゃんなんて相手にならんわ。やりあうのはまたな。遥ちゃんは昼間に街にいたから連れてきた
だけやし。頼むわ、落ち着いたって」
真島の冷静さが伝染したのか、桐生は状況を把握できたようだ。真島が彼を解放すると深々と頭を下げた。
「す、すみません。大変な勘違いをしてしまって……」
「ええ、ええ。貸しにしとくわ。遥ちゃん、桐生ちゃん落ち着いたから来いや」
遥が申し訳なさそうにやってきた。桐生は腰に手を当てて彼女を見下ろす。
「昼間に街にいたのは本当か?」
「うん」
「学校は行かなかったのか?」
「……うん」
「そうか」
桐生は俯く彼女の前にしゃがみこんで、まっすぐに彼女の目を見つめた。そして、彼女に手を伸ばすと、その大きな手で
彼女の頬をぱちん、と叩いた。痛みよりその行為に驚いている遥に桐生はぽつりと告げた。
「心配した」
「うん」
「……無事でよかった」
「ごめん、なさい……」
大きな瞳から涙がこぼれる。叱られたことより桐生にそんな悲しい顔をさせていることが辛くて、胸が苦しい。
「痛かったか?」
遥は首を横に振る。ほっとしたように桐生は頭を撫でた。彼女は桐生の首に抱きついて少しだけ泣いた。
「はいお2人さんそこで終了~さっさと帰りや。」
真島の声で我に返ったのか、桐生は顔を赤らめて立ち上がった。あれだけの大立ち回りをしでかしたからか
ばつが悪い。
「すみません、兄さん。今日はこれで。後ほどお詫びにあがります」
「ええよ。そのかわり、ちょっと遥ちゃんと話させてや」
桐生は首をかしげる。いつの間にこんなに仲良くなったんだろう、この二人。真島は彼女にお菓子を全部渡して
にやりと笑った。
「喧嘩の極意や遥ちゃん」
「あ、うん!」
身構える遥に、真島は腕を組んで告げた。
「目を逸らさんことや。」
「目を……?」
「そうや。喧嘩中何があっても、こいつ、と決めたらそいつから目を逸らさんこっちゃ。逸らしたら負ける、
絶対逃げたらアカン。」
遥は大きく頷く。桐生は何がどうなっているのかわからないようだ。
「ワシが言えるんはそれだけや。いっちょ『男』の意地見せて来いや!」
「うん!ありがとう、真島のおじさん!」
「兄さん、遥に変なこと教えないでください」
桐生の言葉に真島はがっくり肩を落とした。
「突っ込む場所違うがな……やっぱボケ殺しや桐生ちゃん」
後日、遥はいじめっ子相手に完全勝利を得ることとなる。いじめっこたちは幸いにも真島の言った通り表沙汰にはせず、
いじめも鳴りを潜めた。こうして、ようやく遥は学校での安息の日々を過ごす事となる。
この事件がきっかけで、遥は時折真島と会っているようだ。桐生はそれを容認してはいるが、心中穏やかではないようだ。
どうか遥は人の道を踏み外さないようにと、当分由美の遺影前で祈る姿があったという。
-終-
(20061204)
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