「冬の贈り物」
「遥ちゃんじゃない?」
突然呼び止められ、振り向くとブレザーの制服を着た少女が立っていた。
その少女に以前会ったような気がする。遥は記憶を手繰り寄せ、慎重にその名を呼んだ。
「え……っと。沙耶ちゃん、だよね?」
「あたりー。結構前に会ったきりだもんね、覚えてないか。」
沙耶が残念そうな顔をするのを見、遥は慌てて訂正した。
「覚えてるよ!でも、なんか今日の沙耶ちゃんはいつもと違うから…」
そう、今日の沙耶は以前会った時と違っていた。紙の色は落ち着いたブラウン、化粧もナチュラルで前のような派手さは
微塵も感じなかった。それを聞くと沙耶は少し顔を赤らめて笑う。
「あぁ、お父さんがうるさいんだよね。やれスカートの丈が短いだの、化粧が濃いだの、喋り方が乱暴だの……
確かに前の私は派手すぎたよね。あ、それとも今の私地味すぎ?」
問われ、遥は笑顔で大きく首を振った。
「そんなことないよ!沙耶ちゃん、そっちのほうが可愛い!」
彼女の素直な感想に、いささか沙耶も照れたのか小声で礼を言った。
「沙耶ちゃん、今日はどうしたの?大きな紙袋だね」
ずっと気になっていた。彼女が抱えている茶色の大きな紙袋。遥に尋ねられ沙耶はああ、と袋を覗いた。
「あ、これ?これは……そうだ、遥ちゃんもやってみる?」
冬にしては暖かな昼下がり、二人は公園のベンチに並んで腰掛けていた。遥の両手には竹製の長い棒が二本。
そこから濃紺の毛糸が伸びている。遥は教えてもらいながらたどたどしい手つきで毛糸と格闘している。
「沙耶ちゃんは編み物やるんだ、私に出来るかな~」
彼女の袋の中身は編み物セットだった。沙耶は笑顔で答える。
「元々こういうことが好きだったんだよね。高校に上がってからはしなかったんだけどさ。
大丈夫、遥ちゃんならできるよ。私も小学校の低学年くらいからマフラー編めたもん」
「でも、いいの?毛糸と編み棒使っちゃって」
「大丈夫。家にも編み棒はあるし、毛糸は色を迷っちゃって各色多めに買ってあるんだ」
「ありがとう、沙耶ちゃん!」
沙耶は喜ぶ遥の頭を優しく撫でた。
「これであの時のお礼ができるとは思ってないけど、お詫びくらいになるかな?」
沙耶がホストのために起こした事件のことを言っているのだろう。遥は彼女の顔を覗き込んだ。
「沙耶ちゃんが伊達のおじさんと仲良くできて、今幸せならいいんだよ?」
「遥ちゃん……」
「それに、こうやってると沙耶ちゃんと私、姉妹みたい。お姉さんができたみたいで嬉しいな!」
屈託のない笑顔だ。沙耶は嬉しそうに礼を言うと、編み物の説明を再開した。
1時間後、沙耶は説明を終え遥に告げた。
「それじゃ、私は家に帰るね。遥ちゃんはまだここにいるの?」
「うん。外もあったかいし、早く編みたいから!」
「そっか。それじゃ、気をつけてね」
「沙耶ちゃん、ありがとう~!」
お互いに手を振り合って別れ、遥は再びマフラーを編み始める。基本さえ掴めばあとはその繰り返しだ。
せっせと編み進めていると、ふと声をかけられた。
「あれ、遥ちゃん?」
目の前に、髪を短く刈った男が驚いた顔で立っていた。桐生の舎弟だったシンジだ。
「シンジくんだ。どうしたの?」
「そっちこそどうしたんだ?何、編み物?」
「うん。マフラー!桐生のおじさんにあげるんだ!」
桐生の名を聞き、シンジの目の色が変わった。
「き、桐生の兄さんに……」
「うん」
頷く遥にシンジは突然両手を合わせた。
「それ!少しやらせてください!」
しばらくぽかんとしていた遥は、とまどいがちに編み棒を差し出した。
「……いいよ」
「恩に着ます!!」
遥はさっき習ったとおりに編み方をシンジに伝える。元来不器用な男らしく、一生懸命さは認めるが一向に上達しない。
しかし、三、四段編むと満足したようにそれを返した。
「ありがとうございます!それじゃ、俺まだ用があるんで!」」
「うん。シンジ君ばいば~い」
シンジは鼻歌交じりに去っていく。遥はまた一人作業を進めた。公園では暇をもてあましている会社員の男や、
タクシーの運転手などが時間をつぶしている。時折見知ったホームレスが通りかかって遥に挨拶をした。
そんな中、遥は時間も忘れ編み物に没頭していた。
「遥ちゃん」
しばらくの後、名前を呼ばれた。手を止めて声の方を向くと、上品な女性と腕を組みこちらを見ている男がいた。
「えっと~あの人は……」
名前が出なくて悩んでいると、男の隣にいた女性が不満げな声を上げた。
「一輝さ~ん。この子誰?」
それで遥もやっと思い出す。あのホストクラブにいた人だ。
「ああ!一輝お兄ちゃんだ」
名を呼んでくれたのが嬉しいのか、女性を待たせて彼が寄ってきた。
「何やってるの?」
「編み物。マフラーを桐生のおじさんに編むのよ」
「編み物か。懐かしいな……前にそういうのが好きな女の子がお客様にいてね…ちょっと貸して」
遥が編み棒を手渡すと一輝は器用にすいすい編んでいく。二段くらい編んだだろうか、彼は極上の笑顔で返してくれた。
「桐生さんによろしく」
「は~い。お兄ちゃんもがんばってね~」
一輝が去り、そして遥はまた一人になった。
「遥」
低音の心地よい声がした。杖をついてたたずむ男。髭を蓄えた厳しい顔つきが、今は少し和らいでいる。
「風間のおじさん」
「シンジに聞いたよ。編み物だって?一馬も幸せ者だな」
遥の隣に座ると風間は彼女に缶ジュースを渡した。暖かいロイヤルミルクティーは冷えた手にぬくもりを与えた。
「ありがとう、おじさん」
「マフラー、よくできているな、遥」
遥はミルクティーを飲みながら嬉しそうに笑った。
「えへへ。でもね、いろんな人が編んでくれちゃった」
そうか。風間は少し考える。そしておもむろにその編み棒を手にとった。
「では自分も参加させてもらおうかな」
「できるの?おじさん」
「こういうものは、少し観察すればどういう構成なのかわかるものさ」
そういうもの?遥は疑問に思ったが、黙っていた。風間は自分の発言を裏付けるように自己流で編んでいく。
遥も横から覗いたが、完璧だ。
「これでいいのだろう?」
「すごーい。風間のおじさんって何でもできるんだね!」
「……なんでも、というわけではないがね」
彼は寂しそうに微笑み、席を立った。
「そろそろ戻らないとな。遥、あまり外にいたら風邪をひくぞ」
風間にとって、編み物は口実で、実は遥が心配だったようだ。遥は大きく手を振った。
「はーい!ありがとう、風間のおじさん!」
風間が去り、しばらくすると少し陽が傾いてきた。そろそろこの街も夜に侵食されていくだろう。
マフラーもだいぶんできてきた。このぶんだと今日できるかも。遥が嬉しく思ったときだった。
「あっれ~。遥チャンやないか~!!」
幾度か聞いた訛りの強い口調に、遥は思わず手を止めた。
「あ、おじさんは……」
夜になり、桐生は伊達と賽の河原で落ち合った。ちょっとした近況報告と、これからバンタムで一杯飲りにいくか
などと話していた時、遥がやっと戻ってきた。
「遅いぞ。なにやってた」
桐生が叱ると彼女は素直に頭を下げた。
「ごめんなさい。伊達のおじさんこんばんは。大変だった……終わらなくて……」
「終わらなくて?」
伊達が聞き返す。遥は少々疲れた顔だったが、思い出したように手に持っていたものを桐生に差し出した。
「そうだ、これ!マフラーなんだけどおじさんにプレゼント!」
「これ……遥が?」
驚いたようにマフラーを眺め、桐生は問いかけた。
「うん。頑張ったんだよ~巻いてみて、おじさん!」
「やるなぁ、桐生。幸せ者め」
伊達に冷やかされ、桐生は照れくさそうに頭をかくと、マフラーを首に巻いた。とても暖かい。
嬉しそうに微笑むと、桐生は遥の頭を撫でた。
「ありがとうな、遥」
遥も桐生の反応に嬉しそうだ。彼女はマフラーに触れて話し始めた。
「よかった。でもね、そのマフラーすごいのよ。いろんな人が編んでくれたの」
「……え?」
遥は桐生からマフラーを渡してもらうと説明を始めた。
「ここからここまでがシンジくん。ここからここまでが一輝お兄ちゃんかな」
シンジお前何やってんだ……しかも編目がガタガタだ。一輝も酔狂なことを……しかも結構な腕だなこれ。
桐生は呆れたように溜息をついた。
「でね、ここからここまでが風間のおじさん!」
「か、風間のおやっさん?」
よくみると機械のように正確で丁寧な編目。俺のために……?しかし、編み物?おやっさんが?
遥は興奮して二人に話して聞かせた。
「すごいんだよ。すいすい~って教えてあげてもないのにできちゃうの。上手だよね!」
「……あの人なら、出来そうなところがすごいな桐生」
伊達がマフラーを覗き込んで呟いた。確かに。遥はそれを広げて説明を続けた。
「でね、ここから最後までが真島のおじさん!」
「真島の兄さん?!」
今まで隠れてた部分が見せられる。そこにいたのは一面の龍。しかも丁寧に編みこんである。
「もうね、大変だったんだから。おじさんにマフラー編んでるって言ったら『やらせてくれ』って言われてそのまま
編み棒返してくれないし。途中まで編んだら『ちょっと毛糸買ってくるわ』って真島のおじさん沢山毛糸買ってきたの。
そのままその龍編んじゃって『完璧や~~惚れ惚れする出来やな~~』だって。でもすごいよね。
ちゃんと龍だよね~」
遥は感心したように何度も頷く。そこで、少し疲れたように溜息をついた。
「だからこんなに遅くなっちゃったんだ。真島のおじさん完璧を目指す人なんだね……あ、そうだ。おじさんが
『桐生ちゃん、これであったまって、わしとやりあう日まで風邪ひかんようにな~』だって」
聞いているうちにだんだんマフラーが重くなってくる。なんだろう、この感覚は……伊達はそんな桐生の肩を
そっとたたいて声をかけた。
「……まぁ、いいじゃねえか。千人針みたいでよ。」
「伊達さん……フォローにもなってない」
そんな二人の心中を知ってか知らずか、遥はずっと満面の笑みで桐生におねだりを続けていた。
「ねえねえ、おじさん。マフラー巻いてみんなに見せて歩こうよ~どうしたの?頭抱えて。ねえ、おじさんってば~!」
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