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待受画面

静かな会長室にシャッター音が響いた。ふと大吾が顔を上げると、遥が笑っている。
「おい、何やってんだよ」
「なんでもなーい」
そう言うと、遥は携帯を後ろに隠した。大吾はそれを見逃さない。
「勝手に人の写真撮るんじゃねえよ」
「えー、駄目?」
彼は首を振る。隠し撮りなど冗談じゃない。
「駄目だ、消せ」
「ちぇ、けちー」
遥は素直にボタンを押している。ちゃんと削除しているらしい。彼女に携帯を与えたのはほんの数日前だ。今までにも何度か
危ない目にあったことで、緊急時に連絡するツールが必要だと弥生が渡したのだ。これは、東城会の組員にも持たせてる
仕事用携帯の一つで、桐生にもその旨は伝えてある。桐生も必要性を感じていたようで、今は利用金額の半分を会に支払っている。
 一方遥は、初めて手にした携帯電話が嬉しくて仕方がないらしい。通話はあまりしないが、メールや写真などちょくちょくしているのを
見かける。最近は、大吾にもメールが届くことが多かった。
「それじゃ、行くね。邪魔してごめんなさい」
遥は小さく手を振り、部屋を出て行く。どことなく寂しげだったのは気のせいだろうか。その時、彼女と入れ違いに柏木が入ってきた。
「遥は携帯電話に夢中だな」
「写真やらメールやら、いい玩具になってるぞ。やるんじゃなかった」
肩を竦める大吾に、柏木は声を上げて笑った。
「いいじゃないか、楽しそうなんだから。本来の目的のために使われるよりかは余程いい」
「まあな」
苦笑しつつ、大吾は再び書類に目を通し始める。柏木はふと思い出したように告げた。
「そういや、遥の待ち受けについて下の奴らが騒いでたな」
「なんだよ、それ」
「今一番遥が好きな人間が、待ち受け画面になってるんだそうだ。しかし、それが時たま変わるらしくてな。いつ自分の写真が
 使われるかって、いい年した奴らが心待ちにしてるって話だ」
「……くだらねえ」
大吾は呆れたように呟く。柏木はそれを楽しげに眺めた。
「ま、お前も遥に撮られとくんだな。いつか待ち受けになるかもしれないぞ」
「うるせえな。そんなの興味ねえよ」
素っ気無く答える大吾に、彼は肩を竦めた。
「素直じゃないなあ」
「興味、ねえ!」
意地になって叫ぶ大吾に、柏木はくすりと笑い、仕事の話を始めた。大吾は仕事を再開しながら、ぼんやりと思考をめぐらせた。
――遥が一番好きな奴、か。大方桐生さんじゃないのか?


 休憩時間になり、大吾は外の空気を吸おうと一階を歩いていた。すると、遥が玄関の方でなにやら撮っているのが見える。
まだやってんのか、彼は苦笑しながら彼女に歩み寄った。
「おい、そこのカメラマン。調子はどうだ」
遥は大吾に気付き、嬉しそうにかけてくる。
「大吾お兄ちゃん。今休憩?」
「ああ、まあな。まだやってんのか、充電なくなるぞ」
携帯を指差され、遥は頷いた。
「うん、もうそろそろ充電しなきゃ」
どれだけ撮ってんだ、大吾は苦笑する。遥は彼を見上げていたが、ふと小さく両手を合わせた
「ね、お兄ちゃんのこと撮りたいんだけど、だめ?」
「ああ?」
大吾は驚き、片手で顔を覆う。あまり写真を撮られるのは好きなほうではない。それに、先ほどの柏木の話が思い出された。
なんか、待ち受けにしてもらいたいみたいじゃねえか。そう考えるとなんだか気恥ずかしい。
ちらりと遥を見ると、彼女は上目遣いに大吾を見ている。その視線には、弱い。
「しょうがねえな、一枚だけだぞ」
遥の顔が輝く。彼女はいそいそと携帯を開き、大吾に向けた。
「いくよー」
彼女の掛け声と共に、電子音がする。遥は画面を見て満足そうにうん、と頷くと慎重に保存していた。
「ありがとう!お兄ちゃん!」
満面の笑顔を向けられ、大吾はわずかに表情を和らげた。こんなに喜ぶのなら、もっと早く応じてやればよかった。
「なあ、ちょっと見せろよ」
冗談まじりに問う大吾に、遥は大きく首を振った。
「駄目!恥ずかしいもん」
彼女はいそいそとポケットに携帯を収め、彼に手を振った。
「私、やることあったんだ。またね、お兄ちゃん」
「ああ、またな」
遥がかけていくのを、大吾は目を細めて眺めた。まったく、彼女のやることにはいつも振り回される。

 それから数時間後、今日の仕事も終え大吾は会長室を出た。廊下を歩いていくと、構成員の詰め所の前を通りかかる。
今は誰も出払っているのか、人影はない。ふと隅に目をやると、見慣れたストラップの携帯電話が目に入った。これは間違いなく
遥のものだ。それはひっそりと充電器に繋がれている。
「そういや、充電するとか言ってたな」
大吾は携帯電話を前にして、しばらく立ち尽くす。今これを開けば彼女の一番好きな人間がわかるわけだが。見ていいものだろうか。
今日撮られたこともあって、いつもなら携帯など気にもしない大吾が考え込む。勝手に見るのはよくない、でもああ言われたらなんだか
気になる。
「見るなら今なんだよな……」
少女の携帯を覗いているところなど、他の人間に見られたら赤恥だ。かといって、遥に頼み込むのも格好が悪い。
大吾は辺りを見回し、意を決したように遥の携帯電話を手に取った。
もう一度周囲を確認し、ゆっくり開く。明るくなった画面に映った待ち受け画面を見て、大吾は低く呻いた。
「…………柏木さん?!」
そこにはいつになく穏やかな微笑を浮かべる柏木の顔があった。想像もしない人物の待ち受けに、大吾は首を振った。
「一番好きな…人間?」
確かに、遥は柏木になついてはいるが…大吾が携帯を閉じ、元あったところに戻した瞬間、遥の声が上がった。
「あー!大吾お兄ちゃん!私の携帯見た?!」
心臓が止まりそうになるとはこのことだ。彼は思わずその場から身を引くと、首を振った。
「み、見てねえよ!」
その様子に遥は怪訝な顔で近付いてくる。
「本当に~?」
「本当だって!失礼な奴だな」
本当に失礼なのは大吾の方なのだが。遥は携帯を充電器から取り上げ、大切そうに握り締めた。
「それならいいや。お兄ちゃん、今から帰る?ね、一緒に帰ろう!」
遥は笑顔を浮かべ、彼の先に立って歩き出す。大吾はほっとしたように胸をなでおろした。


珍しく夕食を自宅でとリ、弥生は自室に戻る。大吾は雑誌を見るともなく眺め、遥に問いかけた。
「なあ、お前、東城会の奴らは好きか」
卓を拭く手を止めず、遥は大きく頷いた。
「うん、好きだよ~皆さん優しいもん」
「そうか……」
大吾は頁をめくる手を止める。しかし、なんで待ちうけが柏木なんだろう。大吾はちらりと彼女を見た。
「柏木さんと、仲いいんだな、お前」
遥は驚いたように顔を上げた。
「そうかな。あ、でも前に相談に乗ってもらったりしたよ。いい人だもんね、柏木のおじさん」
「相談?」
問い返され、彼女は少し慌てる。そういえば、その相談も大吾のことだった。その時たしか東城会に関わるなと言われていたのだった。
「あ、ちょっとしたことだよ。何でもないの、うん」
「……そうか」
大吾は首を傾げる。遥は曖昧に笑い、足早に居間を出て行った。その慌てぶりが、大吾には更に疑惑を呼ぶ。
「やっぱり、柏木さんの言ってたことは、本当なのか?しかし……」
考え込んでふと我に帰る。子供のやっていることに、なに真剣になってるんだ。彼は溜息をつき、ふと自分の携帯を取り出した。
「遥」
「え?」
振り向きざま、大吾は遥の顔を撮る。遥は驚いた顔をしながら彼に駆け寄ると、彼の携帯電話を取り上げようとした。
「ふりむき写真なんてひどいよ~!消して、消して!」
「いいだろ、お前だって隠し撮りしたじゃねえか!」
「私ちゃんと消したもん!言ってくれれば、私もちゃんと撮らせてあげるよ!」
むくれる遥に大吾はわかったわかった、と画像を消去し、それを彼女に確認させた。
「それじゃ、撮っていいよ」
嬉しそうに微笑む遥を大吾はしばらく眺める。ふと、彼は彼女を引き寄せると、右手を伸ばし自分と遥にファインダーを合わせた。
「撮るぞ」
「え、あ…うん!」
軽いシャッター音がし、画面には二人が綺麗におさまっていた。それを見て、遥は笑顔を浮かべる。
「あ、いいな~!お兄ちゃん、私にもその写真ちょうだい!」
「駄目だ。お前に渡すと誰に見られるかわかんねえだろ」
大吾は携帯をポケットに入れてしまう。遥は不満そうに抗議した。
「え~!そんなのずるいよ~!ねえ、誰にも見せないから~!」
「却下」
言い捨て、大吾は席を立つ。遥は頬を膨らませた。
「意地悪!けちー!」
彼女の罵声を背に受け、大吾は居間を出て行く。彼は写真をもう一度眺めると、わずかに笑みを浮かべ、携帯を閉じた。


宿題も終え、就寝前に遥はふと自分の携帯を開く。そして思い出したように声を上げた。
「あ、そういえば、今日待ち受け変えるのすっかり忘れてた!」
遥は嬉しそうに画像データからひとつの写真を選ぶと、それを待ち受けに変えた。
「今日やっと撮らせてくれたから、やっと待ち受けにできるよ~」
遥は横になりながらしばらく画面を眺め、やがて携帯を閉じることも忘れ、そのまま寝息をたて始めた。
そこに映っていたのは、今日撮ったばかりのぎこちない笑みを浮かべる大吾。このことは、彼女以外誰も気付くことはない。
遥の携帯の待ち受け画面は、当分変わることはないだろう。きっと。 

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