威風堂々
大吾が遥を助けた一件から数ヶ月、東城会では再度彼の会長就任に対する承認会議が行われた。無期延期とはしていたが
正直東城会としても代行である弥生より、会長の肩書きを持つ象徴となるべき人物が必要だったと思われる。
そのことに関しても、まだ若い大吾に不信を抱くものや、慎重派はもう少し待つべきだという要望もあったのだが、柏木の
「頭が決まらずごたついていれば、下の人間も浮き足立ってしまう。会長が決まらないことにより、いらぬ野心を抱くものを阻止する為
承認だけでも取っておきたい」
との意見には誰も異論を唱えなかった。ここでまた内輪もめが起きれば、その時は間違いなく東城会が崩壊することになるだろう。
今は第一に会の建て直しが必要なのは、誰もがよく知っていた。
遥といえば、前の事件も記憶に新しいため、この日は必ず本部に詰めているようにと弥生から厳命があった。彼女自身もあの時の
ような思いは二度としたくなかったし、ここで大吾の足を引っ張るわけにもいかない。素直にその指示に従った。
「あ、大吾お兄ちゃん」
彼女が二階の廊下に顔を覗かせると、大吾が煙草を燻らせ立っていた。あの日と同じ、黒いスーツに身を包んだ大吾は、窮屈そうに
首まわりを気にしながら遥に視線を向けた。
「お前か、今日は面倒起こすなよ」
「起こさないもん」
「どうだかな」
彼は会議前だからか、シングルの上着のボタンを外して楽な格好をしている。その表情はわずかに硬い、流石に緊張は隠せないの
だろう。ふと大吾は遥に問いかけた。
「今日は桐生さんいないんだって?」
「うん……寺田のおじさんも亡くなったし、行かなくていいの?って言ったんだけど…おじさん『もう東城会に俺が出る必要はない』って
東京から出て行っちゃった」
遥は少し寂しそうだ。だからこそここに彼女がいるのだが。
実は以前桐生から話があった。前のこともあるため、今日遥を大阪に連れて行くと言うのだ。しかし、それを大吾は断っている。
ここで遥が大阪にいけば、彼女は狭山の存在で、いらぬ孤独感や焦燥を否応なしに感じることになるのはわかっていた。
彼女の桐生に対する思いを知っているだけに、たとえ少々煩わしくても大吾は彼女を本部で預かることが遥のためになると思ったのだ。
しかし、遥はそのことを知らない。いや、知らなくていい。彼は苦笑を浮かべた。
「あの人らしいぜ」
「……ごめんね、お兄ちゃん。私、邪魔でしょ?」
申し訳なさそうに見上げる遥を見つめ、彼はおもむろに彼女の額を人差し指で弾いた。
「あ、痛!何するの~?」
額を押さえ、睨む遥に、大吾は意地悪く笑った。
「今更なに凹んでんだよ。らしくねえぞ」
遥は怒ったように頬をふくらませ、そっぽを向いた。
「もう!私だって、今自分が邪魔かどうかわかるもん。お兄ちゃんの意地悪!」
大吾は煙を吐き出し、視線を落とした。
「前に言っただろ、一人にしないって」
思わず遥が彼を見た時、構成員が彼を呼びに来た。
「大吾さん、会議室にどうぞ」
「ああ、今行く」
頷き、大吾は煙草を近くの灰皿で揉み消す。彼女はふと気付いたように彼に声をかけた。
「お兄ちゃん、ネクタイピンは?ちゃんと用意しておいたのに!」
大吾はネクタイを見る。そういえば、あったような気もするが、会議のことで頭が一杯で忘れてきたようだ。
俺としたことが結構緊張してんだな、苦笑を浮かべて彼は首を振った。
「どうだったか忘れた。大丈夫だろ。誰も見ねえよ」
「駄目だよ!服装の乱れは心の乱れだって弥生さんも言ってたのに~私誰かから借りてくる!」
慌てて駆け出そうとする遥を、大吾は腕を伸ばして止めた。
「ああ、もういいから。静かにしてろ」
「でも…」
不満げに呟く遥を眺め、大吾は彼女の頭に手を伸ばした。
「しょうがねえな、これ借りるぞ」
「……え」
大吾は彼女のいつも髪に止めている赤い髪留めを一つ外すと、それでネクタイを止めた。
「上着、前留めてりゃわかんないだろ。後で返す」
驚いている彼女に告げ、大吾は踵を返す。遥はしばらく彼の後姿を見送っていたが、やがて微笑を浮かべ、髪留めを触ると詰め所に
戻って行った。
会議室の前まで来て大吾は上着のボタンをかけようとする。そこでふと彼女の髪留めが目に入った。彼はわずかに表情を和らげ
そっとそれに触れた。
「行くか」
呟き、彼はボタンを留め表情を引き締めた。会議室の扉が開き、眼前に幹部達が並び立つ。大吾は中に進み出ると凛々たる声で
皆に告げた。
「堂島大吾です、失礼します」
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