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北極星

 まだ五月と言うのに蒸し暑い夜、遥はふと目を覚ました。一度目がさえると、もう一度眠りにつくのは難しい。幸い、今日は連休の
中日である。明日も休日という事もあり、彼女は思い切って夜更かしする事にした。とはいえ、もう一人の同居人を起こして、迷惑を
かけてはならない。彼女は物音を立てないように、部屋を出た。その足で、静まり返ったダイニングを抜け、リビングへ。ベランダに
通じる窓を開けると、昼間より幾分涼しくなった風を受け、目を細めた。
「涼し……」
ぽつりと呟き、彼女は空を見上げる。月はすでに傾き、星が静かに瞬いていた。授業で習ったのを思い出し、あれが何座、あれが…と
探しているうち、遥の視線が何かを捕らえた。
 それは、闇の中で紅く光る星に見えた。しばらく消えては、また明るくなる光。しかし、その場所は夜空にしてはあまりにも低すぎる。
それが何かは遥にはとうにわかっているのだが、彼女は小さく笑って呟いた。
「星が、落っこちてきたみたい」
彼女の声がした瞬間、その光がわずかに揺れた。
「遥か」
ベランダの隅で、驚いたような、それでいて優しい声がする。遥は嬉しそうに歩み寄った。
「おじさん、どうしたの?」
問われ、桐生は左手で彼女の頭を撫でた。
「遥こそ、どうした?眠れないのか?」
遥は小さく頷くと、彼の手を握って体重を預けた。
「うん。ちょっとね」
小さな遥が寄りかかっても、彼には大した負担ではない。むしろ、桐生は彼女の重みを心地よく感じながら、ふと問いかけた。
「さっきの……星が、何だって?」
遥はああ、と微笑み、彼の手を指差した。
「煙草だよ。先の火の所がね、暗いところで星みたいに見えたの」
桐生は思わず右手の指に挟んだ煙草を眺めた。
「ああ、そういうことか」
「そういうことなの」
遥は声を潜めて笑う。彼女は、こんな小さな煙草の火を星のようだとだと言う。子供らしい感覚だと桐生は思った。
「こんな時間まで起きてて大丈夫か」
苦笑する桐生を、遥は不安げな顔で見上げた。
「……駄目?」
その顔色を窺うような視線に、桐生は首を振った。
「連休だからな。うるさく言うつもりはないさ」
やった、と遥は顔を輝かせる。彼は傍にいる彼女のために、煙草を消そうとした。
「あ、消さなくていいよ」
彼女の慌てたような声が聞こえ、桐生は手を止める。不思議そうに視線をやると、遥は微笑んだ。
「綺麗だから、見てていい?」
桐生は困ったように遥を見つめる。煙草の火は綺麗なのかもしれないが、煙は傍にいる人間の害になる。だからこそ、彼は遥の傍で
煙草は吸わない事にしているのだが。桐生はしばらく考え込み、自分の左手側にいた遥を、風上の右手側に促す。そして念を
押すように告げた。
「この一本だけだぞ」
「うん!」
大きく頷き、遥は嬉しそうに微笑んだ
 深夜、灯りの少なくなった住宅街。その中の小さなマンションのベランダに、紅い星が一つ。ゆっくり明るくなっては、また暗くなる。
遥は、ぼんやりそれを眺めていたが、思いついたように口を開いた。
「あのね、北極星って知ってる?」
桐生は視線を動かし、小さく笑った。
「北極星って、北にある星だろう」
うん、と遥は頷き両手を後ろで組んだ。
「授業で習ったの。ほとんど動かない星で、北の目印になるんだって」
「それなら、俺も昔聞いた事があるな」
懐かしそうに遠い目をする桐生に、遥はそっと体を彼に預けた。
「私の北極星は、おじさんの煙草の火だね」
思わず見つめる桐生に、遥は笑顔を向けた。
「それを追いかけていけば、おじさんにたどり着くでしょ」
桐生は灰皿に灰を落としながら、遥の肩を抱いた。その肩は小さくて、彼の手にすっぽりと収まってしまう。
「追いかけなくても、遥の傍にいる」
優しい声が耳に心地よい。遥は嬉しそうに彼の体に腕を回して抱きついた。
「それなら、いいな」
二人は顔を見合わせ、そっと微笑みあった。やがて煙草も短くなり、桐生はそれを揉み消した。
「もう中に入れ」
「えー、もう?」
残念そうに口を尖らす遥に、桐生は微笑んだ。
「明日、どこにでも連れて行ってやるから」
「本当?」
顔を輝かせた遥に、桐生は大きく頷く。
「近場ならな。だから今日はもう寝ろ、いいな」
「うん!」
元気良く返事をし、遥は手を振ると部屋へと戻って行った。残された桐生は、ベランダにもたれて空を見上げた。
街の明かりに遮られ、星はそれほど見えないが、桐生はそれでもいいと思った。自分にとって望んでも手に入らないと思っていた
『幸せ』の目印になる星は、すでに傍で瞬いている。
「明日は晴れるといいが」
そっと呟き、彼はベランダを後にした。きっと明日も彼女と二人、賑やかで楽しい一日になることだろう。

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