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相談

「あ、痛」
流し台から小さな悲鳴が聞こえた。桐生が振り向くと、遥が小走りにやってくるのが見えた。
「ティッシュ、ティッシュ~」
「切ったのか?」
遥は頷いて指をティッシュで押さえる。先ほどから包丁の音が聞こえていたから、恐らくそれだろう。
「うっかりしちゃった。でもそんなに深くないから、大丈夫だよ」
「ちょっと待ってろ」
桐生は立ち上がり、棚から絆創膏を持ってくる。おとなしく待っている彼女の前に座ると彼は遥を促した。
「指、見せてみろ」
「うん……」
おずおずと差し出した遥の人差し指は、わずかに切れて血が滲んでいる。桐生は手馴れたように絆創膏をはった。
「できたぞ。これからは気をつけろ……遥?」
遥は指を見つめたままぼんやりしている。桐生に呼ばれたのに驚いたのか、慌てたように立ち上がった。
「あ、ごめんなさい。絆創膏、ありがとうね!」
「おい、遥…」
彼女は再び小走りにキッチンに行ってしまう。このところ遥はおかしい。毎日ぼんやりしては溜息をつき、時にこうやってなにか
失敗している。明らかに思い悩んでいることは分かるのだが、桐生は追求できないでいる。そしてまたキッチンから悲鳴があがった。
「うわ~吹き零れた~!焦げる~!」
桐生は溜息をつくと首を振った。
「……今日の夕食は、全滅か」

数十分後、どうにか形にした(ように思われる)夕食を食べながら、桐生は切り出した。
「遥、何か悩み事でもあるのか」
その言葉に、彼女は大きく首を振った。
「え?な、ないよ。全然ない」
明らかに動揺している。桐生は苦笑を浮かべ、遥を見つめた。
「俺でよかったら話を聞くぞ。と、いってもあてにはならんがな」
「そんなことない……けど」
遥は言ったきり、黙々と夕食を続ける。彼はそれ以上追及せず、再び食事を始めた。
 食事が終わり、お茶を飲みながらゆっくりしていた時だった。後片付けを終えた遥がやってくる。彼女はぼんやりテレビを眺めている
桐生の横に座り、思い切ったように口を開いた。
「おじさん、聞いてくれる?」
「ああ、聞こうか」
彼はテレビを消すと、遥に向き合った。彼女は何から話していいものかと逡巡していたが、やがて話し始めた。
「私、クラスの男の子と付き合うことになりそう」
「……何だと?」
桐生の頭の中が真っ白になる。付き合う?誰が?誰と?彼がかろうじて発した言葉はひどく混乱していた。
「相手は誰だ、どういう仲なんだ!……いや、そういう問題じゃなくて……だいたい遥はまだ小学生だろ!」
尋常でない桐生に驚き、遥は慌てたように手を振った。
「ちょ、ちょっと待ってよおじさん。まだ付き合うって決まったわけじゃないの。そのことで今、困ってるんだよ~」
彼女の顔は浮かない。少なくとも、望んでそういう事態になったわけではなさそうだ。桐生は幾分落ち着きを取り戻し、溜息をついた。
「全部、言ってみろ」
遥は真剣な顔で頷いた。
「最初は、女の子同士で誰が誰を好きかっていう話だったの。それがなんだか男子にも広がっちゃって……その中の一人が
 私が好きだって言ったみたいなの」
桐生の表情がわずかに強張る。正直、こういった話が出た段階で心中穏やかではないが、今口を挟むわけに行かない。
彼女は溜息をついた。
「そうしたらクラス中大騒ぎになってさ……みんなが私のところに来て『澤村はどうなんだよ』って聞くんだよ。半分いじめだよ……
 私はその子のことなんとも思ってなかったし、でも友達だからこう言ったの。『大事なクラスの友達だと思う。でも、私に好意を持って
 くれたことは嬉しいな』って」
「無難な返事だ」
桐生は何度か頷く。普通に聞けば、当たり障りのないコメントだろう。しかし遥は疲れたように座卓に頭を乗せた。
「でも、みんな私の『好意を持ってくれたことは嬉しい』って言葉を『私も好きだ』って意味に受け取っちゃったんだよ~それでまた
 クラス中大騒ぎ。いつのまにか両思いだ、付き合うんだって話になっちゃって……」
「そんなものか」
桐生は目を丸くする。確かに、あの頃の子供は、言葉をそのまま受け取ってしまう時期かもしれない。大人から見れば体のいい
断り文句でも、遥の話を聞くとそうもいかないようだ。
「そうなったら、はっきり断るしかないだろう」
苦笑する桐生に、遥は脱力したまま視線だけ向けた。
「同級生なんだよ~、まだまだ一緒に生活しなきゃいけないのに、はっきり断ったら後々気まずいよ」
彼女をしばらく見つめていた桐生は、やがて口を開いた。
「断る優しさ、というものもあるんだぞ」
遥は驚いたように顔を上げた。桐生は優しく微笑む。
「そんな態度で付き合ってやっても、結局遥にその気がないのなら、そいつは逆に傷つくだろう。たとえ気まずくなっても、はっきり
 断ってやったほうが、そいつも別の思い人を見つけられるんじゃないのか。それもまた、優しさの一つだ」
「……そうかな」
「まあ、付き合ったとして、遥が……そいつを、その、好きになる……可能性もあるわけだが……」
桐生の表情がだんだん暗くなり、やがて言い終わる頃には肩を落として俯いていた。自分で言っていて精神的ダメージを受けたらしい。
しかし、逆に遥は声を上げて笑った。もう思い悩んでいた彼女ではない。
「まさか。そんなこと絶対無いよ!だって……」
「だって?」
思わず問い返す桐生に、遥は意味ありげに笑って見せた。
「ちゃんと私には好きな人いるもん」
「え……」
桐生は目を丸くする。遥は元気よく立ち上がり、彼に手を振った。
「なんかおじさんに話し聞いてもらってすっきりしちゃった!私、ちゃんと断るよ。それで駄目ならまた一緒に考えてね」
「お、おい遥!好きな人って誰なんだ」
立ち去ろうとする遥に、桐生は慌てて声をかける。彼女は振り返ると、照れたように笑った。
「ナイショ」
「内緒……いや、駄目だ。ちゃんと名前を…名前が駄目なら歳とか、性格とかあるだろう!」
必死で食い下がる桐生を笑い、遥はしょうがないな、と少し考えた。
「年上で、優しくて、喧嘩が強くて、頑固で……鈍感な人!」
特徴を聞き、にわかに悩み始めた桐生を後に、遥は自分の部屋に入る。そして再び扉を少し開け、まだ悩んでいる桐生を眺め
彼女は小さく笑って呟いた。
「ほんと、鈍感だね」
まさに灯台下暗し。その夜桐生は一睡もできなかったという。

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