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母の日―白―

 5月のこの日は、花屋がいつもよりも華やかに赤やピンクに彩られる。誰もがその花に目を奪われ、ある者は嬉しそうに、そして
ある者は恥ずかしそうに、店員に花束を注文していた。
 その中で、遥は視線を彷徨わせていた。彼女の求めている花は、こんなに鮮やかなものではない。その様子を見ていた店員は
優しい笑顔を遥に向けた。
「何を探してるの?」
声をかけてもらい、遥はほっとしたような顔で告げた。
「白のカーネーション、二本ください」


 今日は母の日、学校の友人は今頃赤いカーネーションとプレゼントを買って、自分の母親に渡している頃だろう。遥はそれを少し
羨ましく思いながら、由美の眠る墓地へと向かった。空はすっきりと晴れ渡り、日差しは暑いくらいだが涼しい風のおかげで丁度いい。
遥は腕にしっかりと抱えたカーネーションを見つめた。純白のその花は、亡くなった母に捧げるものだと前に聞いた事がある。しかし
そんな理由抜きでも、由美には白いカーネーションが似合うと遥は思う。小さく微笑んで、彼女は一つの墓の前に立った。
「お母さん、久しぶり」
そっと囁いて、彼女は墓石を掃除する。ここには頻繁に来ることはないが、由美の月命日には錦山のそれとも重なっている事もあり
桐生と共に墓参りに来ている。そのため、特に荒れた様子はない。
 遥は慣れたように花入れに水を入れ替え、そっとカーネーションを挿した。それは風に応じてわずかに揺れる。彼女は手を合わせながら
目を閉じ、目の前に由美がいるかのように話しかけた。
「お母さん、私は元気だよ。おじさんとも毎日仲良くやってる。去年はここで寺田のおじさんと会ってから、色々あったんだ。
 怖い事も、悲しい事も、いっぱい……」
そこまで話し、彼女は顔を上げた。
「でもね、ちゃんと終わったよ。もう、誰も泣かないで済むと思うの。それにね、いいこともあったんだよ。桐生のおじさん、大切な人が
 できたの。誰だと思う?刑事さんなんだよ、マル暴の。なんかすごいよね」
うふふ、と口を押さえて遥は笑う。しかし、帰ってくるのは木々の葉の立てる音だけ。
「薫さんって言うの。しっかりした、綺麗な人だよ。そういえば、ここにも一回来てくれたよね。うん、すごく優しくて、素敵な人。
 ちゃんと、仲良くできるよ。大丈夫。でも、お母さんはどう?少し寂しい?……本当は私も、少し寂しいんだ」
遥は墓の前の石段に腰を下ろすと、膝を抱えた。
「どうしてだろう、喜んであげなきゃいけないのにね。おじさんと薫さんが仲良くしてるのを見たら、私が邪魔みたいに思えちゃう。
 薫さんもね、私にすごく気を遣ってくれるんだけど、たまに少し複雑な顔して私を見るときがあるの。きっと、私がお母さんに似てる
 からだね。なんかその気持ち、少し分かる。でも、こんなこと言ったら、きっとおじさん困っちゃうと思うの。だから、ここだけの秘密ね」
風に白いカーネーションが揺れる。彼女は気分を変え、今思い出したように手を合わせた。
「学校も毎日楽しく行ってるよ。この前、算数のテストで100点取っちゃった!体育のバスケットでも大活躍だったんだよ~
 友達もいっぱいいるよ。みんなすごくいい人だから、いじめられたりしてないから安心して。あとね、家庭科で先生に手際がいいって
 褒められちゃった。毎日やってるからだね。お母さんは、料理上手だったっておじさんに聞いたよ。いろいろ教わりたかったな……」
遠い目をして、遥は抱えた膝に頭を乗せる。この声は、天国に届いているのだろうか。しかし、それを知る術はどこにもない。
「神室町には、ほとんど行ってないよ。おじさんが、もう行くなって。お母さんや、麗奈さんがいたお店も、まだあのままみたい。
 いろんなことがあったけど、私あの町嫌いじゃないよ。だって、あの街で私はおじさんと出会ったんだもん。それに、お母さんとも
 会えた。あの時抱きしめてくれて、すごく、嬉しかったよ」
今でも覚えてる、自分を包む由美の温もり。でも、その直後に母は帰らぬ人となった。もっと幸せになっていいはずの人だったのに。
思わず泣きそうになり、遥は慌てて目を擦った。
「泣かないよ。あの時決めたの。泣かないで頑張る。お母さんに言われたとおり、逃げたりしないって」
跳ねるように立ち上がり、遥は空を仰いだ。こんなことでは、由美に心配させてしまう。彼女はそっと微笑み、墓に向かって告げた。
「ありがとう、お母さん。私を産んでくれて。お母さんやお父さんの分まで、幸せに、なるから」
その時、足音が近付くのが聞こえた。こんな時期に墓参りの人も珍しい、遥は視線を動かした。
「やっぱりここだったのか」
遥を見つけて微笑む男に、彼女は驚いたように声を上げた。
「おじさん……!どうして?」
男は桐生だった。彼はいくつか花束を抱え、やってきた。
「『ちょっと出てくる』とだけ書置きしてあったら、何かあるんだろうと思ってな。そういえば今日は母の日かと思ったら、大方ここだろうと
 思った」
桐生は持ってきた花を三つ並んだ墓の花入れに挿していく。最後に由美の墓に花を生ける際は、遥が生けた花を折らないように
慎重に挿した。彼は両手を合わせしばらく拝んでいたが、遥に向き直って苦笑を浮かべた。
「墓参りなら、言ってくれたらいいだろう」
遥は困ったように俯き、体を揺らした。
「母の日ってだけだし、お母さんに会うだけなのに、つき合わせちゃうの申し訳ないから」
「馬鹿」
桐生は遥を小突いた。思わず見上げる彼女に、桐生は微笑んだ。
「由美に会いに行くのを、俺が迷惑だと思うか?」
「おじさん……」
彼は墓に向き直り、そっと呟いた。
「今でも、由美は俺にとって大切な女で、何より大事な遥の母親だ。それはこれからもずっと変わらない」
遥は桐生の腕を掴んで顔を寄せ、嬉しそうに微笑んだ。
「……うん」
五月の空に、一陣の風。二人は寄り添いあったまま、長い間墓の前に立ち尽くしていた。
かけがえのない人と出会わせてくれた母に――女に、心から感謝を。

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