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vm



BLANK(TRIGUN)



「ヴァッシュ・ザ・スタンピードは」
「消えました」
 簡潔な言葉をメリルは搾り出した。拳に握った右手はまだ疼いている。
 殴った、痛みを覚えている。
 走っていく男の背が意識を過ぎって一瞬だけメリルは眉根を寄せた。
「一体何が起こったというんだ」
 苛々と机を叩いて、頭を掻き毟る上司の姿にメリルもまた同様の気分を覚えて唇を噛み締めた。
 あれほど近くに居て、何も知らない。
 何も、知らなかった。
 それが無性に歯痒い。
 事態はまだ混乱を極めたままで、保険協会も後始末に奔走している。
 それもその筈だ。「何が起こったのかわからない」のだから。
 見ていたメリルにさえも分からない。



―――あの後。
「いっちゃった……」
 ミリィの小さな呟きでメリルは我に返った。前から押し寄せる人波に背中が消えていってしまってから、どれほどの時間が経過したのだろうか。僅かのようにも、永遠のようにも思えた。
 異様な空気が辺りに充満している。何かが起こり始めている予感にメリルの体は我知らず震えていた。怯えた人々の、ヌートリアの様な群れは一様な表情を貼り付けてジュネオラロック頂上の高い頂きから離れようとしている。どこかで火の手が上がったようだ。赤い火の粉に照らされて夜はより無気味に見えた。豪風が周囲の粉塵を躍らせていたが、その音はメリルの耳には聞こえなかった。
 初めて呼ばれた名前が、まだ耳の奥にこだましていた。
 あの向こうに、あの人がいる。
「―――逃げ、ましょう」
「ええっ!ヴァッシュさんは!」
「……大丈夫ですわよ」
 ミリィを勇気付けるように言った。
 涙を浮かべかけていた後輩の背中をパンと叩いてメリルは踵を返す。
 急がないと、逃げ切れない。それは確信へ変わっていた。何が起こるかは分からないながらもただ危険だと感じ取れる。其処に居る全ての人々もまた同じなのだろう。
 電流を帯びたような、曇天が見下ろしていた。我先にと、逃げ惑う人々の緊張は最高潮に達している。殺し合いが起こってもおかしくない。尖った神経を更に掻き毟る幼子の泣声が何処からか聞こえてくる。砂混じりの風は、少ない呼吸をより奪う激しさだ。一刻の猶予も無い。間隙を縫って二人は走り出した。
 だが、そんな彼らの歩は長くは続かなかった。人込みに阻まれて進退極まり、すぐに足止めされた。
 怒号と悲鳴の合間に神への聖句を呟くもの、罵倒に明け暮れるものなど反応は様々だ。うちへヴァッシュへの罵詈が混じっているものもある。どこからか、既に彼の足跡は公然であったのだから疑念は当然のものであるが、それでも反論したい思いに駆られた。
「こっちからは進めそうに無いですわね」
 諦めて別方向へ足を向けた小柄な体に並んで人込みを押し分けながらミリィが続く。
「これからどうします」
「とにかく、ここを出て近くの街から本社へ連絡を―――」

―――カッ!!

 突然の爆風に二人は薙ぎ倒された。真昼並みの明るさに閉じた目裏が灼け付く。音とも認識できない振動が、続けて腹部に響く。続いて地面が漣のように泡だった。高い、耳鳴りに似た音に耐え切れず民家の窓硝子が砕け散る。
 破片が、落ちるより先に強風に煽られてあらぬ方角へ吹き飛んでいく。
 地に伏せたままで静まるまで二人は息を殺した。暫く微震が続いてはいたが、大きな異変は一瞬で止まったようだ。
 黙止していたメリルは、ややしてゆっくりと身を起こした。パラパラと残骸が服の上を滑り落ちる。
「ミリィ、大丈夫で……」
 後輩に目を移したままで止まったのはミリィの表情が予想外だったからだ。後輩の目は、メリルの肩越しに空を映して見開かれていた。つられて振り仰ぐ。
「―――月、が」
 それ以上は言葉にもならない。我知らず土を掴んだメリルの手は震えていた。
 天へ向かって光の柱が屹立している。空はそこだけ切り裂かれてすっぱりと消えうせていた。すぐに異形の柱は消えたが、彼らはそこに更なる異形をみた。
 砂だらけのこの惑星には幾つもの「月」がある。各種の色を持つそれは、番号で区別されていた。雲の晴れた中央に君臨するそれは、赤。FIFTH-MOONだ。彼らにとって見慣れたその月は今その様相を一変させていた。
 遥かな距離を隔てても肉眼ではっきりと見える―――巨大なクレーター。
 眼球のように見えるそれを呆然と眺めていたメリルは、目を落として初めて眼前の惨状に気付いた。
 殆どが形をとどめて居ない。崩壊した家の間からぽつぽつと人の頭が覗いている。彼らは、皆同様に呆然とした表情で光柱の余韻を眺めやっていた。
 メリルは唇を噛んで俯いた。ぎゅっと拳を握って立ち上がり、そのまま歩き出す。
 ふらつく足を踏みしめるように進むメリルを僅かに送れてミリィが追った。二人とも、何も言わずに瓦礫の中を歩いた。


 ガラリ
 不意に崩れた足元によろけたメリルをミリィは受け止める。
「有難う」
 支えられながらメリルは心配の色が濃い後輩の顔を見上げた。汚れて、泣き出しそうな目をしている。きっと自分も同じなのだろうという思いが過ぎる。既に探し始めてから数刻が過ぎたが、何の手がかりも無い。これ以上続けても無駄なことは目に見えていた。
 少し、高くなった礫岩に登ってメリルは辺りを睥睨した。
 広がる―――壊街。それでも。
(きっと……生きてますわよ)
 声には出さずに呟いて、メリルはマントを翻した。
「行きましょう。ミリィ」





「では、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが今回の件に関与している事は間違いないのか?」
「それも、分かりません。―――ただ」
「また『unknown』か。もういい。詳しくはまた後で聞く」
 長くなりかけた会話を遮って、上司は引っ切り無しに鳴り続ける電話を苛立たしげに取り上げた。
 一礼をして退出しかけるメリルの背を声が止める。
「これから、忙しくなるぞ」
「―――はい」
 決意を込めた呟きに軽く頷いて、出て行くメリルの背を見送った彼はその手で苦情電話の一つを片付けた。息をついて腰をおろせば、机上には外界勤務の二人の報告書と、一時期至る所にばら撒かれた張り紙の一枚がある。
 既に効力を無くした張り紙の、600億$$の文字の上でふざけた笑みを浮かべた男が彼を見上げていた。
「ヴァッシュ・ザ・スタンピードか……」
 黙息して、彼はその上に一つ判子を付いた。


―――MISSING―――


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