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保健屋稼業(TRIGUN)



 ゴォフ……

 巨人の欠伸に似た音を上げてタービンが回転する。
 まだ空けやらぬ空に数度汽笛が鳴り響き、砂蒸気の出航を知らせた。
 不規則な回転でゆっくりと回りだした車輪は徐々に滑らかに、砂の海を滑るように動き出す。
 狭い二等客室の丸窓に切り取られたのは、そんな光景だった。
 それも、僅かな視界で直ぐに砂埃の中に消え去る。
 壁を埋める錆びた配管に凭れて、メリルは徐々に遠ざかるヴォルドールの街並を思い返していた。 雨音じみた絶え間ない銃声が消えた町の最後の夜、転々と灯った光は酷く暖かかった。
 小さな手荷物一つを引き寄せて、メリルは溜息をつきながら目を瞑る。
 視界が闇に閉ざされたと同時、後輩が彼女を呼ぶ声が響いた。
「先輩!仕事決まったっス!」
「……」
「先輩~!」
 数秒ぎゅっと目を閉じてからメリルは目を開いた。
「メリル、ファイト!」





 財布を全開にしたミリィとメリルが血の気の引いた顔を見合わせたのは、つい一日前のことである。
「足りない」
「足りませんわ」
 チャリーン、と¢¢コインが小さな財布の中で揺れた。
 合わせても$$札数枚とコイン数十枚。砂蒸気の2名分乗料にはとても足りるものではない。
 二人の口から吐息とも喘ぎともつかない空気が洩れた。
「やっぱり昨日の夜食べ過ぎたのが…」
「数日前に買ったバッグ…」
「今年の春先服…」
 心なしか、町を出たときより膨らんだ鞄。
 後悔先に立たず、の格言が二人の胸に圧し掛かった。
「逢えばドーニカなると思ってましたからね…」
「誤算でしたわ…」
 溜息を挟んで、メリルは顔を上げた。
 太陽は中天。丁度良い具合に雲ひとつない晴れ上がった空だ。
「さ、行きましょうか」
「え?何処に」
「これだけ大きな砂蒸気ですもの、船長に頼めば何とかなりますわよ」
 通りがかった船員を捕まえて船長の居所を聞きこみ、二人は足音も高く酒場に乗り込んだ。二人が―――すったもんだの末―――短期アルバイトとしての契約をもぎとったのはそれから一時間後の事である。
『かわりに、しっかり働いてもらうからな!』
 こうして、現在二人の上で髭面を太い笑みに歪ませた船長の、ドスの効いた声が響いているわけなのである。多人数を収容する砂蒸気の内側は見かけとは裏腹にかなり狭い。
 一等客室ならこんな事もないのだろうが、文無しの為贅沢も言っては居られない。より下層の三等客室等はベッドすらないのを考えれば待遇はかなりマシな物と言えた。
 二人が連れて行かれたのは厨房だ。フォークと皿のぶつかる音や談笑の間を抜け、従業員用の扉を潜るとむわっとした熱気が二人を襲った。まさに戦場。動けばぶつかる程の隙間を縫って忙しく調理師が立ち動きウェイトレスが間断なく皿を取りに訪れる。料理の指示に混じり、時折叱責の声が飛び交う様に、二人は目を奪われた。
「う~わ~。さすがにこの規模になると違いますねえ」
「お前らはこっちだ」
「あ、はい」
 出迎えたのは、山のような皿の塔だった。流しの横を埋め尽くす山には後から後から追加が重ねられていく。
 絶望、の二文字がデカデカと二人の背後に並んだ。
「ちょっとコレハ……」
「大丈夫、先輩。湿布薬多めに持ってます」
「ここの売店ドリンク剤売ってたかしら」
「結構量はあるみたいですけど、やっぱり種類が……」
 ボソボソ小声で呟きあう二人の足を大声が急かす。
「無駄口叩いてねえで、さっさと働きな!放り出すぞ」
「ハイ!(×2)」
「それが終わったら次は売店だ。しっかり売って来い」
 荒っぽい足音と共に出て行く船長の背中を暫く眺め、
「は~い……」
 ポツーン、と小さな返事が響いた。
 早速盥に溜め込まれた水の中で皿を洗いはじめると、直ぐに汗が滲んでくる。
 予想以上に重労働だ。
「こき…使われてますね、私達……」
「言わないで、ミリィ」
 虚しく返答しながら、メリルは皿洗いに一層力を込めた。





 昼時を過ぎると、人はまばらになり二人は売店へと回された。
 同じ場所に移動させてくれたのは、船長なりの厚意かもしれない。
「肩イターイ」
「アタタ……足がむくんで…」
 言いながら、立ち去っていく客の姿に二人は視線を移した。
 今の客が買ったのは牛乳1パックとほしぶどう1パック。船の中で少しつまむには最適の量だ。
 それに比べて―――
「……本当に妙な話ですよね」
「何が?」
「ヴァッシュさんの事です。あんなに買うなんて変だと思いませんか」
 眉間に皺を寄せて、ミリィは呟いた。
 メリルも、先ほど店先に現れた男の事を思い出す。
 出逢った当初から不思議な人だとは思ったが、更に謎が増えたような気分だ。
「ベーコンレタストマトドッグ3、牛乳2、プレッツェル4、ほしぶどう1……」
 繰り返しながらメリルは改めてその多さに首を傾げた。
「……実はもの凄く大喰らい?」
「ソレ違イマス!」
 さりげなく突っ込んで、ミリィは思いついたように手を打った。
「あ、もしかして…!」
「もしかして?」
「―――動物飼ってるのかもしれませんよ!!」
 一瞬、メリルの頭の中で黒猫様がニャ~ンと鳴いた。
「まさか」
 馬鹿な想像を追い払うように首を振り、メリルは言を重ねた。
「そんな人が在れば調査の間に気がついてますわ」
「あ、そうですね……じゃあ―――隠し子トカ!」
「子!」
 雷のような衝撃がメリルを貫いた。
 そういえばあのバッグは大きすぎる。
 しかし、長旅をするなら物はあってもあっても兎角困るのも現実。
「う~ん…」
「絶対ソウっすよ!間違いありませんね」
「そうかしら」
「そうですよ、これで決まりですね!」
 ふうっ、と肩の力を抜いてメリルは腕を揉み解した。
「それにして……も」
 二人は同時に溜息をついた。

「……結構大変な旅になりそうですね」
「……結構大変な旅になりそうですわ」



 いつのまにか、重い振動に身を震わせる砂蒸気の丸窓から見える小さな空は石炭を落としたような色合いになっていた。廊下の壁を支えに憔悴した面持ちで部屋の扉を空けた二人は、備え付けの狭い寝台にもぐりこむや否や夢の世界へ旅立った。



―――熟睡していた二人の耳に爆音が響いたのは、僅かその五分後の事である。

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