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うろほろぞ
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捕えられたアラミスはミレディー達に鞭打たれた後、ピサロによって軟禁される。
彼は彼女が女の身で銃士であることを知っていた。
そして、勿論、その扱いも心得ていたのである。

――――――――――――――――――――


始終無言まま、荒い息遣いと卑猥な音だけが部屋に響く。
何度目の行為か数えるのも忘れた頃、ピサロは体を離して寝台から降りた。アラミスも何度か絶頂へ導かれ、息が乱れている。

椅子に腰を掛け、体だけは快楽の泉に沈み込んだアラミスに視線を絡ませる。寝台のシーツは激しく乱れ、汗と体液とで所々が濡れた染みになっていた。
「まだ刺激が足りないようだな。」
体は反応しても、あくまでも無言で無表情な人形のように抱かれているアラミスに、多少の苛立ちを感じていた。
加虐的な表情を浮かべると、机上の小瓶を手に取り寝台へ歩み寄る。
小瓶の中の液体を手の平に受け、その手をアラミスの秘部へ向けた。逃げることはできないと分かっていてもアラミスの体は自然と後ずさる。
焼け付くような刺激が走り、瞬間身が強張った。
ピサロの手は小瓶の中の液体を、アラミスの体内の奥深くまで丹念に塗り込めた。

―――――!
声にならない声を上げ、必死に逃れようとするが体は思うように動かない。それどころか下半身はピサロの手を招き入れるかのように、無意識に腰を揺り動かしていた。
「どうだ、効くだろう?」
悪くない反応に喜色を漂わせた声が響く。
「な、何をした・・・・。」
気持ちは屈っするまいとしつつも体の疼きはどんどん大きくなり、声が上ずる。
小瓶の中身を全て塗り終えるとピサロはまた、寝台から降りて彼女をじっと観察した。
「こいつは刺激の強い香辛料を何種類も調合した、いわゆる媚薬と言うやつだ。皮膚の粘膜を刺激して、今にいても立ってもいられなくなるだろう。」
確かに、今まで無表情に徹していたアラミスの顔は赤く上気し、睨み付けていた眼差しも弱々しく切なげに瞼を震わせていた。
それまでの責めで十分に解され、敏感になっていた体中の性感帯が悲鳴を上げている。
体を左右によじらせ必死に堪えるものの、遂に縛られたままの腕を一番疼く秘所へ伸ばした。体液が太腿を伝わって流れている。
ピサロは満足そうな顔を近づけ囁いた。
「どうだ?俺にして欲しいことがあるんじゃないか?」

アラミスは寝台から転げ落ちていた。髪を振り乱し、目は虚ろに、息遣いは荒く、太腿は溢れ出る体液でまみれ、床に這っていた。
指を激しく自分の恥部に出し入れする。
「機密文書のありかを答えたら、望むことを叶えてあげるぞ。」
ピサロは、上気してそそり立った乳首を力を込めて摘み上げる。
痛い、はずのその行為は、今の彼女には快楽をより一層深める行為でしかなかった。
悦びの混ざった悲鳴を上げて身を振るわせるアラミスは、その体をぶつけるようにピサロの下に投げ出した。そそり立ったままの男根を見上げ、縛られた両手で握り締める。
そして顔を寄せた。
最初は激しく、そして徐々に丁寧に、細部にまで舌を這わせる。舌先で弄んだかと思うと喉の奥まで深く突き入れる。
その絶妙な行為に対しピサロは、不本意ながらも堪えることに必死になっていた。
アラミスは両手を自分の秘所へ持っていくと、更に溢れ流れている自分の体液を掌にすくい上げる。そしてその液体をピサロの男根に擦り付けた。
ぬるりとした感触は、彼の快楽を一層深いものとする。両手で包み込むように擦り込みながら激しく上下させる。口で亀頭を吸いながら徐々に激しくしていくと・・・・。
彼は耐え切れずに彼女を突き飛ばした。

近付いて抱え上げる。寝台へ彼女を投げ出し、その深みへ一気に突き入れた。
何往復もしない内に、快楽の咆哮を上げて果てる。そしてそのまま行為は続けられる。アラミスも満足そうな笑みを浮かべて更に腰を激しく動かす。
何度かの咆哮が上がった後、ピサロはぐったりと寝台に体を投げ出した。
「こんなはずでは無かったのだが・・・・」
独り言のように呟く彼は、体中汗にまみれて大きく肩で息をしている。
どんなに鍛えられた男でも、こう何度も連続しての行為は大きく体力を消耗せざるを得なかった。

しかし、アラミスは逃さない。ゆっくりと体を起したかと思うと、不敵な笑みを浮かべて彼の体に被さっていった。
うっとりとした目つきで見詰めながら、縛られた両手で彼の顔をまさぐり、自分の顔を近づけるとその口を犯し始めた。
最初は浅く、歯茎に沿って舌を這わせるだけ。そして徐々に深く、口蓋へと舌を進める。口内の隅々まで舌を送りながら、足は彼の股間の辺りを刺激していた。
「もう駄目だ。これ以上お前の相手は・・・」
ピサロが根を上げて逃れようとしても、アラミスの攻撃は緩まない。
唾液にまみれた顔を上げたかと思うと、多少回復した彼の一物を握り締め、その上に腰を沈めた。大きく髪を振り乱しながら快楽の声を上げる。
困惑しているような表情のピサロは、もう抗う術も無く、ただただ込み上げて来る快楽を享受していた。上下、前後、左右、そしてゆっくりと回転するように・・・・アラミスの体は何かに憑かれたかのように、妖しい動きを繰り返す。
体を倒しては豊かな乳房で彼の体を刺激し、赤く濡れる舌で彼の体を責め続けた。

彼女の責めが、彼をもう何度か絶頂へ促した後、遂に彼は動くことを放棄した。
もう何をしても彼の体は反応しない。
「おい、もう終わりか?」
アラミスが声を掛けても瞼一つ動かさなかった。
彼が既に抜け殻でしかないことを確認したアラミスは、今までの表情を一変させて寝台から素早く降りた。
そしてピサロが脱ぎ捨てた衣服から剣を抜き取って自分の手枷を切る。
窓に掛かっている豪奢なカーテンを引き千切って、体中の汗と体液を拭きながら、彼を見詰めて言った。
「馬鹿な男だ。俺に塗った薬を自分に擦り付けられていることに、ちっとも気付いていないんだから。」
―――― そう。
アラミスが彼の男根にむしゃぶりついたのは、自分に塗られた薬を彼にも塗りつける機会を作る為だった。
彼の方から行為を求めるよう仕向けることで、口を割る事無く体の疼きを止め、奴を動けなくする手段としたのだ。
自分にも薬が効いていることに気付かず、アラミスの求めに応じて何度も行為を繰り返すことで自滅する。
馬鹿な男だ。いや、そもそも男とは馬鹿なものなのか?

「薬を使われた時は危なかったけど、所詮、男ってのはこんなものなんだから・・・・。」
辟易した表情で、ピサロの脱いだ服を着ながら大きく溜息をつく。
流石に疲れてはいたが、自分にはまだやるべきことが残っている。

帯刀して正面を向いた彼女の顔は既に銃士だった。
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Philippe-Ⅰ

「殿下、お客人の御着きです」
「ああ、通してくれ。それと人払いも頼む」
「畏まりました」
パリのはずれの簡素な館、上品な家具に囲まれた一室で時の王と同じ顔をした男は飲み慣れぬ酒を手に、
一人の女を待っていた。
やがて侍従に通された豊かな金髪の女もまた、慣れぬドレスと化粧を施し、緊張した面持ちで男の前に立った。

「ルネ、と呼んで良いのかな?」
「はい殿下。この姿ですので」
「ではルネ、そこに掛けたまえ」
「はい」
示された椅子に腰を掛ける。その正面に男も腰を落とした。

「まずはベルイールでの事、礼を言う。・・・いや、それは"アラミス殿"への礼かな」
「はい、"彼"は国家に忠誠を誓った銃士ですから」
「・・・国のために働いたということか」
「そうです。我がフランスの為に鉄仮面を逮捕し、貴方を救い出す必要があった」
「・・・」
「ご無事で本当に良かったと思っています」
「話を6年前に戻そうか、ルネ」
なぜか苛立ちを覚え、普段は柔和な男には似合わぬ乱暴な口調となる。
銃士の面影を残していた女の顔からその気配は消え、長い睫毛を伏せ静かに頷いた。

美しい女であった。白い肌を際立たせる蒼い目と紅に彩られた唇は、6年前と何も変わっておらず、
ただ無垢だった瞳は何かに支配された苦しみの影を背負っていた。

その瞳を見続けることに息苦しさを覚え、男は視線を外した。

「6年前までノワジー・ル・セックに私が住んでいたことは知っているね」
「はい、当時は判りませんでしたが」
「フランソワのことは・・・」
「.....はい。存じ上げております」

"Francois"という言葉に男の口は震え、女の瞳の影が揺れる。
二人の心を支配し続けるその存在が濃い霧のように辺りを圧し包む。

「彼は、私にとって全てだった、私に全てを教えてくれた。父であり兄であり掛け替えの無い友であった。
私とフランソワ、そして心優しい乳母や使用人達は6年前まで静かに、平和にあの館で過ごしていたのだ」

幻に取り付かれた男は知らず微笑みを浮かべ、遠くを見つめる。
かつての幸せな時間を、その記憶の糸をゆっくりと手繰り寄せる。
だがその虹色の糸が途切れた時、男の瞳が深く翳る。

「しかしある春の日、フランソワを誘惑した女がいた。あの日から彼はその女の虜となってしまった。
我々の存在を秘密にするように、彼は女に念押しをしたが、愚かにもその女は身内の者に話してしまった。
やがて我々の存在は周囲の人間の知る所となり、そしてついにあの嵐の夜・・・」

虹色の途切れた先で紡いでいた呪いの糸を吐き出し、闇色を宿した男の目が女の姿を捕らえる。
一度解かれた呪いの糸は留まることもできず、ただ女の身を縛めていく。

「・・・私は愛するフランソワや乳母達を殺され、それから6年もの間幽閉の身となったのだ。
我々は何も望んでいなかった。ただ、あの館で静かに過ごせればそれで良かった。それをその女が滅茶苦茶にした。
フランソワが愛した女だ。許そうとも思った。だが、許せないのだよ・・・」

そこまで言うと男は息をつき、外していた視線をはっきりと女に向ける。

「私はお前が憎いのだ・・・」
最後は搾り出すように、男は全てを吐き出した。
後はただ、沈黙が部屋を支配する。
その時、神の怒りを思わせるような雷雨が降り出し、身を震わす音に二人は窓の外を見やる。

「あの日と同じ雨だな・・・」
「.....はい」
「そなたも私が憎い...か?」
心を見透かされた女は目を逸らさず、ただ瞳に住まう影を揺らす。
「私が居なければ、フランソワと幸せになれた。そう、思うのだろう?」
「.....はい」
その言葉に、男と女は共に目を伏せて闇が、影が自分から去るのを待ち続ける。
しかしそれは、二人を支配する男への想いの強さから振り切れる訳もなく、ただ時間だけが過ぎていく。

やがて大きな稲妻が地を割いた音を合図に男が口を開いた。
「やはり相容れない...か」
向き直り、頭りを振る。
「時間を取らせた。下がってよい」
その言葉に女は無言で屋敷を後にした。

 *****

ルネが去った後の部屋に黒髪の婦人が入れ替わり、フィリップの傍に寄る。
彼は自分の吐いた言葉の醜さに身を震わせていた。
「私はなぜあのような言葉を・・・」
「殿下...」
「だがこれで判った。私には彼女を愛することなどできない。・・・例えそれがフランソワの意思だとしても」
「わかっております」
「美しいと思う。しかしそれ以上に憎しみが私を支配する」
「何も心の傷を抉り合う相手をお傍に置く必要はありませんわ」
「ああ、何もかも忘れてしまいたい・・・」
そう言って、彼は残っていた酒を一気に飲み干した。頬を伝うこの涙と共に全てを流してしまいたかった。

 *****

殴りつけるような雨の中、ルネは屋敷を後にした。
天からの身を叩くような痛みより、心を縛り千切られたような疼きに吐き気すら覚えていた。
フィリップ様はあのような言葉を吐かれる方ではない。
短い間ではあったが銃士隊長としてお側に居た時も、常に相手への気遣いを感じさせる優しいお方だった。
そのような方に呪いの言葉を吐かせたのは私だ。
私があの方を地獄に落としてしまった。

・・・仇を倒すことで自分は許されたと思っていたのだろうか。

気が付くと大きな濁流となって荒れ狂うセーヌが目の前にあった。
いっそこのまま、身を投げて肉体を千切られてしまったほうが楽になるのだろうか。
よろよろと岸に近づこうとした時、強い力を腕に感じ振り向くと、よく知る黒い瞳があった。
「どうしたのだ?そのような姿で」
「アトス...」

その後は声にならず、ただ友の胸で声を殺して泣き続けた。



-------------


Aramis-Ⅰ

風を冷たく感じ窓を閉めようとすると、空には月が浮かんでいた。
知らず夜が訪れたことに気が付く。

ノワジーは静寂に包まれ、この館で動く者の気配は自分以外には無い。
私は眠るあの人の元に向かう。

閉じられたままの瞳。
動かない体。
けれど浅く繰り返す呼吸。

唇に触れると冷たくも僅かに感じる温もり。

ずっと欲しくて仕方なかった温もり。
その温もりが全てで、彼の存在が全てで、ただ幸せだった頃の記憶が流れ込んでくる。

「フランソワ・・・?」

愛しい言葉をそっと紡ぐ。

けれど沈黙の帳が落ちたまま、彼の唇が私の名を紡ぐことはない。

沈黙の闇が心をぎりぎりと絞め付ける。
その闇は心を巣食い始め、自分の中の何かが狂いだす。

意地悪な悪魔が囁く。
彼を目覚めさせる方法をお前は知っているだろう?・・・と
振り払おうとしても、否定しようとしても、纏わり付いてくるそれには
同時に一縷の望みが混じる。

目覚めた時、彼は微笑んでくれるかもしれない。
優しく私の頬を包み、そっと抱きしめてくれるかもしれない。

幻に捕らわた私は傍らの小瓶に手を伸ばす。
そっと乾いた唇に液体を流し込む。
2滴、3滴・・・

やがて身動ぎ、瞳を開けるのはただの獣。
人間であることを放棄した肉体は、本能のままに私を蹂躙する。
体をバラバラにされそうになり、同時に自分の愚かさに涙する。
やがて欲望を吐き出した彼は意識を失い崩れ落ち、私はその体の下から這い出し声を殺して嗚咽を上げる。
冷たい夜気が頬を包む。

何度も何度も、その繰り返しだった。

絶望に抱かれたままの朝を何度も迎えたある日。
アトスが訪ねてきた。
彼に自分の行為を見透かされ、声を枯らす私をアトスは繭で包むように抱きしめてくれた。

アトスとはいつもこの距離だった。
手を差し伸べてくれても、引いてくれることは無い。
抱きとめてはくれても、強く息が止まるほど抱き締めてはくれなかった。

アトスが去った後、彼の部屋に入り眠る姿を見下ろす。
生気を失った頬に手を沿わせ、僅かな温もりを確かめる。
その刹那、瞳が開かれ手首が掴まれる。

「・・・男・・の匂いがする」
「!」
「・・あの・・・銃士か?」

掠れる声は私の心臓を鷲掴みにし、ぎらぎらと睨みつける眼光は心を凍らせる。

今までもふいに彼の意識が戻ることはあった。
だがそこに意思は無く、しばらく視線が宙を彷徨うだけだった。

けれど、はっきりと憎悪の色を瞳に宿し、あらん限りの力で私を掴んだまま離さない。
ぜいぜいと荒い呼吸の中で、アトスとの事を問いただそうとする。

「違うわ。アトスとは何もないわ・・」
「・・嘘を・・つくな・・・」
「嘘じゃない・・・」

愛しているのは貴方だけだと伝える方法。教えてくれたのも彼だった。
彼の体に埋まり、舌を這わす。自分のなかで彼が躍動する。
背徳の行為。それに悦び震える自分。
堕ちていく闇はどこまでも優しく私を包み込む。

ある日、王弟が一人の婦人を連れて訪れた。
殿下はフランソワの変わり果てた姿を目にし涙を流す。
私は無表情にその姿を見つめていた。

「そなたに世話を任せるのは本意ではないが、致し方ない・・・」

殿下は私と目を合わせること無く、早々に去っていった。

あの頃、彼はその身分でフランソワを縛っていた。
何もできず、待つだけだった自分が悔しくて仕方なかった。
だが、この王弟から彼を奪い取ったことを感じると、歪んだ喜びが胸に広がる。

残った黒髪の婦人は、私を見やると静かに口開いた

「貴方、彼に薬を盛っているでしょう?」
「・・・!」
「その体、男の匂い染み付いているわよ」
「それは・・・」
「人間としての理性を無くして、動物としての本能だけで生きているのね、この人は・・・」

優美な仕草で、そっと視線を落とす。
だが婦人が見つめる先にフランソワは無かった。
誰を想っているのだろうか?
この人にも激しく愛した人が居たのだろうか?

「心配しなくても、私は傍観者よ。誰に何を言う気はないわ」
「・・・」
「この人は・・貴方のものよ。好きにすればいいわ」

返す言葉を失い、黙り込む私を見て婦人は静かに微笑みを浮かべた。

「少し、昔話をしていいかしら?」
「・・・?・・・はい」

婦人はかつてフランソワが考えていた事を教えてくれた。
16歳だった私には思いもしなかった事ばかりだった。

「貴方ももう、何も知らない少女では無いからと思って話したのだけれど・・・」
「・・・はい」
「落胆された?」
「・・・いいえ」
「そう」
「・・・私は彼の事何も知らなかったけれど、多くの嘘があったかもしれないけれど・・・
彼の・・・私が愛した部分は信じたいから・・・」

「・・・そうね、何も知らなくても、愛することはできるわよね」

婦人は心を魅了する微笑を残して、ノワジーを去っていった。



「ルネ」と優しく呼んで微笑んでくれる彼を愛していた。
あの時、それだけでよかった。
例え彼が誰であろうとも、よかった。
その微笑みだけで、満たされていた。

もう一度・・・もう一度だけでいいから彼が微笑んでくれたら私は救われるのに。



彼が逝ったのは満月の夜だった。
月が満ちている夜は、あの日の彼を思い出す。
確かにそこに在った彼の微笑み。
だから、いつもより少し多く、液体を流し込む。

4滴、5滴・・・

彼の体が小さく痙攣する。
薄く開かれる瞳は私を見た後、綺麗に微笑み、す、と閉じられた。

力の抜けていく体を抱き締めると、私も微笑み返す。
月の光の下、私はゆっくりと幸福感で満たされていくのを感じていた。

ss4
Francois-Ⅶ

「わかっているのか!?あの男は鉄仮面なんだぞ!」
「けれどフランソワだ!!」

アラミスは切り裂くように叫んだ。
自分の進路を阻んだ相手に抗議の声を上げると、蒼い瞳に怒りの炎を宿し震えていた唇をぎりっと結ぶと
苛立だし気に置かれた手を払い除け、男の後を追おうとする。

その剣幕にアトスは気圧されそうになりながら、しかしその両の肩を強く掴み直し乱暴に揺さぶった。

「どうして判る!?何が君にその確信をもたらした!!」
「それは・・・」
アラミスは言葉に詰まり、目を伏せた。
耳朶に残る甘い疼きにそっと触れると、先刻の男の言葉が動悸を早める。
その黙したまま胸を震わす様子にアトスは一度大きく息をつくと、少し力を緩めてゆっくりと・・・
込み上げる激情を抑えながら言葉を紡いだ。

「一つ・・・聞くが、"フランソワ"殿は亡くなったのではなかったのか?」
「それは・・・私もそう思ってた」
「君は彼のどのような姿を見たんだ?」
「私が見たのは血塗れで倒れていた彼で・・・その後のことは・・・」
「見ていない、ということか」
「・・・けれど、彼の葬儀は間違いなく行われたんだ」
「遺体を見たのか?」
「・・・」
「・・・遺体の無い葬儀だったということか」

険しい表情を浮かべ、アトスは天を仰いだ。
闇を照らす月は、まだ心もとない細さで浮かんでいる。

大きくため息を付くと静かに、悲痛な色に染まったままの蒼の瞳を覗き込んだ。
「アラミス・・・聞くんだ」

その瞳には自分の姿は映っていないことが判る。
しかし、それでも残酷と知りながら言葉を並べた。

「フランソワ殿は死んだんだ。あの男はフランソワではない」
「違う・・・彼はフランソワだ・・・」
「あの目を見たか?正気の人間ではない。あれだけ血を流しても痛みを感じないのは、既に人間ではない」
「人間でなければ何?・・・生霊・・・だとでも?」
「いや・・・おそらくは・・・」
「・・・何?」

ようやく自分を見つめ返した、縋るような瞳に心が揺らいだ。

傷つけたくないと思った。
自分の手では。それがエゴだと判っていても。
あの男が彼女を傷つける。ならば自分は傷つけたくない。
偽りの優しさを装ってでも。

「近づいてはいけない。あの男は・・・」
「アトス・・・?」
「近づくな・・・頼むから・・・」

絹糸のように乱れる金髪に唇を寄せ、繭に囲むように腕を伸ばす。
切ない想いと共にその細い体を胸に抱き、小さな鼓動を確かめると泣き笑いの様な表情を浮かべた。



だが・・・アトスの言葉がアラミスに届くことはなく、満月の夜その姿はパリには無かった。



*****

ノワジーの館の一室で窓から差し込む月の光を浴びながら男は静かに佇んでいた。
そのまま何刻か過ぎた頃、金の髪をきらきらとさせながらこの無人となった屋敷に近づく姿を
認めると満足そうに微笑んだ。

「フランソワ?」
やがて夜の空気に響いた小さな声に振り向いた男は優しい笑みを浮かべる。
揺れる蒼い瞳を捕え、こちらへと手招きをする。
それに誘われアラミスが歩を進めると、さらうようにその細い体を自分の胸の中に収めた。

そして小鳥の様に震える身体の線をゆっくりとなぞり始めた。

「いや・・・」
「どうして?」

尋ね返したその瞳の色は知らない色だった。
自分を抱きしめる体躯も嘗てはもっと細く優雅だった。
どこか夢を見るように、信じられぬものを見るように抗うアラミスの思案を探ると、男は耳朶に唇を添わせた。
「んっ・・・」
「君はこうされるのが好きだったね」

思い出を巧みに操り、その身体を少しづつ開かせようとする。
その甘い囁きでかつて身を焦がした疼きに再び翻弄され、アラミスが我を忘れそうになった時だった。

男の顔に苦渋の色が広がる。

寄り掛かっていたアラミスの身体を突き飛ばすと
飛び跳ねるように男は傍らにあった瓶の中身の飲み干した。

ぜいぜいと吐き出す荒い息が次第に低い唸り声に変わり、やがて笑いを洩らし始める。

何が起こったか判らず、呆然とするアラミスだったが振り向いた男の目を見て言葉を無くした。
先ほどまで自分を包んでいた優しい眼差しは消え去り、恐ろしいまでの狂気を湛えた獣の姿がそこにはあった。

ずかずかとアラミスに近づき、その肩を強く押さえる。
恐怖に見開く瞳を見やると大きく顔を歪ませる笑いを浮かべ、その服を引き裂いた。
白い肌が露になる。
首筋に噛み付くように唇を這わせ、柔らかな胸を乱暴に弄る。

アラミスは男のあまりの変貌に驚愕し、必死に抵抗しようとするが押さえつけられた手はびくとも動かない。

「や・・フランソワっ・・・いや!!!」
「黙れ」

容赦の無い声に心臓が鷲掴みにされ、体が硬直し、抵抗を無くした蒼の瞳は大きく開かれる。

こんな男は知らない。
獰猛な獣のように自分の体を嬲る相手にフランソワの面影を必死に探す。
だが、どこにも見つからない。

絶望に捕らわれたその体に、息を止めるような痛みが突き抜けた。


*****

「アラミス!?」
やがて飛び込んできたアトスが見たのは恐怖で喘ぎ、許しを乞う声を上げ、涙を溢れさせるアラミスと、
獣のように昂ぶりを押さえられず目の前の獲物を何度も蹂躙し、貪り尽くしている男の姿だった。

「・・・!」

言葉を失い、身体中の毛が逆立つ。
さらに合意の上での行為では無いことに体中の血が沸騰し、憤怒に声を荒げた。

「やめろ!!」

勢い、男をアラミスから引き剥がそうとする。
しかし、男はその腕をむんずと捕え返すと、小瓶のようにアトスを投げ捨てた。
壁にしたたかに叩きつられると一瞬息が止まり、大きく咳き込む。

アラミスはその鈍い音に驚き、やがてそこにアトスの姿を見つけると羞恥で身を捩ろうとする。
しかし男はそれを許さず、我が物顔でアラミスへの責め苦を続けようとした。

その時、今までとは違う苦しみが男を襲った。

身の下にある体から離れると、目を剥き、猛獣の咆哮を発し、狂ったように転げまわると
血へど吐き、もがき苦しみ始めた。

やがてその身体が大きく痙攣すると、体中の骨が軋む音が響き渡った。
四肢が動かなくなり、地べたに倒れ込むと大きく喘ぐ様に息を吐き続ける。

その様子に乱れた呼吸のまま痛む体を引きずり、アトスはアラミスを男の吐き出す生臭い息から、
その残酷な姿から庇うように抱き寄せた。

アラミスは呆然とし、目の前で起こる惨劇にがたがたと震えていた。
男の低く唸り続ける呻き声が耳につき、繰り返される吐瀉物からは腐敗を思わせる臭いが辺りに漂う。

喘ぎ喘ぎに、うわ言のように愛しい名を口にした。

「フ・・・フランソワは・・・?」
「おそらくは・・・薬の末期症状だろう」
「く・・・すり・・・?」
「血が流れても痛みを感じないのも、あの人間離れした力も全て薬に依るものだ」
「そ・・・んな・・・」
「いつから使っていたのか・・・おそらくは君が彼が死んだと思った頃か・・・
彼は薬に生かされてるだけだ。死んでいるのと同じだ」

男はまた大きく痙攣する。その禍々しさに身を竦ませる二人にぎらぎらとした目で言葉を吐き付けた。

「その通りだ・・・この身体はもはや使い物にならない。4肢はいずれもげ、
目も鼻も耳も利かなくなり、皮膚は砂のように朽ち果てるだろう。
だが・・・それでもこの魂は朽ち果てなることは無い」

その濁った目がアラミスの姿を捉える。

「それはルネ、君が居てくれるからだよ・・・。私から逃れることは許さない。
君の中で・・・私は永遠だ」

呪いの言葉。
最後は絞り出すように言葉を吐くと、そのまま男の意識は途絶えた。

小さく痙攣を繰り返す男のおぞましい姿をアラミスは硬直したまま、ただ見つめていた。

「アラミス、ここをすぐに立ち去るぞ」
「いや・・・」
「彼はもう助からない!」
「そんな・・・いや・・・フランソワ?」
「やめろ、近づくな!」
「いや、いやぁっ・・・!」
「アラミス!」
「離して!私に触らないで!」
「アラミス!!」
「アラミスなんて知らない!そんな人は知らない!私はルネよ!ノワジーでフランソワと幸せだったルネよ!!」

アトスの手を振り払い、胸を掻きむしるように叫ぶと
座り込んだまま背中を丸め、両手をついて子どものように泣き崩れた。
涙が次から次へと溢れて白い頬を濡らし、無機質な床に滴り散る。
やがて絶え絶えに、呻くように言葉を押し出した。

「返して・・・フランソワを返して・・・」

アトスは男の言葉を思い出す。
"アラミス殿はお返しする"
その意味を今更に気が付き、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。



Francois-Ⅷ

雲間から柔らかな日差しが降り注ぐ中、黒髪の銃士はノワジーの館を訪ねていた。
何週間か前に此処で在った惨劇を思い出し、その時の絶望が胸を過ぎり顔が曇ったが、
静かに頭を振ると声を上げた。

「誰か!居らぬのか?」

館の中の冷んやりとした空気は濃厚な緑の匂いを含み、全身を包む。
その中にやがて現れた蒼の瞳は驚きに開かれた。

「アトス・・・」
「しばらく振りだな」
「うん・・・」
「この館には他に誰も居ないのか?」
「王弟殿下のご指示で、限られた時間だけ通いで館の世話をする人が来るけど・・」
「そうか」
「・・・アトスはどうして此処に?」
「その王弟殿下の御指示だ」
「そう・・・」

応接の場に二人は移動する。

あの時、あの惨劇の後に飛び込んできた銃士隊長のトレビルによって、場は治められた。
そしてそれは王弟の知る処となり、その庇護によりこの館にかつて彼の教育役であった男を
保護することとなった。

世話役として名乗りを上げたのは銃士隊員のアラミスであった。
王弟もトレビルも難色を示したが、これ以上彼の存在を知る人間を増やす事もできず、
不承不承、承知したのだった。

「何か持ってくるから、少し待ってて」
金の髪を揺らしアトスを部屋に案内する蒼い瞳には疲労の色が滲んでいた。
その後ろ姿を見つめながら掛ける声を探していると、細い体が崩れるように倒れた。

「アラミス!?」
アトスが駆け寄り抱きとめると、驚くほど軽い。
生気を失った肌は抜けるように白くなり、意識を失った唇からは僅かな吐息が漏れていた。

気を失っただけと判り、少しだけ安堵する。
死を待つしかない、しかも愛した人間の傍に居続ける事の精神的負担は想像を絶する。
力の抜けた体を持ち上げると長椅子に横にし、二つの腕を体の上で組もうとした。

その時、目に入った肌色に違和感を感じた。

手首を不自然に隠す袖をめくると、鮮やかなまでの赤黒いあざがあった。
息を呑み、瞳を瞑られた顔を見返す。よく見ると首筋にも同じ色が見えた。
少しだけ、その襟口を開くと、"あの時"の痕ではない、
もっと新しい、おそらくは断続的に繰り返されているであろう蹂躙された痕があった。

アトスの顔がみるみるうちに怒りに歪む。

やがて崩れていた体に失われた意識がゆっくりと戻ると、うっすらと目を開ける。
自分を見つめる藤色の瞳が怒りに燃える意味を悟ると、露にされた痕を隠した。

「アラミス・・・」
体を竦ませ、アトスから顔を背ける。

「その痕は?」
「・・・」
「・・・あの男はまだ君を?」
「・・・」
「まさか、そんなはず・・・」

驚愕で、言葉を失う。
そんなはずは無い。
あの時意識を失い、二度と起き上がることなど無い体となったはずだった。

だが、うなだれたまま小さく震える姿を見て、アトスの脳裏に戦慄が走った。

「・・・まさか、彼に薬を与えたのか?」
「・・・」
「答えろ!」
「それは・・・」
「アラミス!!」

強く肩を掴み、無理やりに正面から目を見据える。
その斬りつけるような鋭い声に鈴のような声を震わせ、途切れ途切れ言葉を吐き出した。

「あ、愛されたかったの・・・彼に・・・、もう一度・・・もう一度でいいから」
「あの男は君を愛してなどいない!」
「・・・違う。彼は私を愛してくれてる・・・」
「ではこれは何だ!!?」

アトスはアラミスの手首を手荒く掴み上げると
袖を捲り、赤黒い痕を露にする。

「獣だ、あの男は!君が愛したフランソワ殿ではない!」
「違う・・・あれは彼じゃない・・・」
「何・・・」
「・・・い、いつか戻ってきれくれるわ・・・フランソワは・・・あの時・・・
この場所にフランソワは確かに居たもの・・」

あの時、月明かりの元に見た、優しい眼差しが忘れられない。
だから、僅かな希望に縋り薬を男に与える。
その度に陵辱され絶望に堕とされ、それでも欲情を吐き出した男が昏睡した姿を見ると、悪魔の囁きに捕らわれる。

体を震わせ、嗚咽を洩らし、涙を散らすその姿に言いようのない感情がアトスの胸を掻き毟る。

「・・・それが彼の命を縮めていると判っているのか?」
うな垂れたままの頭が小さく頷く。
「それでいいのか?君は」
「・・・」
「アラミス!」
「・・・ず、ずっと待ってた。どこかで・・・彼をずっと待ってたの・・・
だからお願い、私を許して・・・」
「・・・」
「許して・・・・・・」

外は日差しはいつの間にか翳り、冷たい雨が降り出していた。
止むことを忘れたように、いつまでもいつまでも降り続いていた。






*****









それから、何度か月が満ち欠けを繰り返したある静かな満月の夜、
冷たくなった躯を抱いて一人の女が夜風を浴びていた。

その蒼い瞳には何も映していなかったが、唇は少しだけ、満ち足りたように微笑んでいた。


(END)

Francois-Ⅴ

ベルイールの要塞は陥落し、鉄仮面一味は壊滅した。
その首領であった男は脱出時に鉄の仮面を脱ぎ捨て、抜け道であった海洞から島の沿岸まで潜水し、
戦いで海に転落したフランス軍兵士達にまぎれることにより、その正体を見破られることなく
海上の孤島から対岸の港町まで戻るに至った。

フランス軍の勝利の行進に加わる自分に屈辱を感じながらも、落石により大きな損傷を負った片足が
不自由な上、今の自分には何もない。それならば幾らかの傭兵金を貰えるであろうパリまで
大人しく一兵の振りをして運ばれたほうがよい、と算段したのだった。

しかしその凱旋での王や側近達、特に四銃士の姿は男にとって忌々しい以外の何者でもなかった。
勝利に喜び勇む姿に加え、アラミス、と呼ばれる銃士を気遣う黒髪の銃士の姿。
それに甘えるように寄り添う金髪の銃士は以前とは明らかに違う雰囲気を纏っていた。

マンソンを討ったことによって全て終わったと思っているのか?
それで"フランソワ"のことは全て過去に流したというのか?あの崩れ去った要塞に
全てを置いてきたというのか?
男はただ無言に、遠くからでも陽の光に輝く白馬上の金の髪を見続ける。

その気配を感じ取ったダルタニアンがアトスに小さく告げた。
「ねぇあの人、アラミスのことをずっと見てるよ」
「・・・どいつだ?」
「あの傭兵部隊の濃茶色の髪の人」
「君は目がいいな、あんな後方部隊の様子がよく見える」
「だって気持ち悪いんだ。変な気配がするっていうか、妙な視線だなって思ったら気になって」
「・・・どうせそっちのケのある傭兵だろう。よくあることさ、
アラミスはあの容姿だからか目を付けられる」
「そう・・・」

ダルタニアンもそういう趣味の男を知らないわけではない。
だが、その男にはそれとは違う、"何か"を感じてはいた。
けれど今はアラミスの不安を煽るようなことはしたくない。
穏やかな笑顔を浮かべアトスと笑い合う横顔を見て、ダルタニアンは心の底からそう思った。

***

国王は帰路途中にある領地主の館で一晩を明かすこととなり、
その兵達は近辺に陣を張り、館の下女達や近辺の村娘と思い思いに戯れの時間を過ごす事となった。
男も村女に褥中に誘われ、時間を潰していた。

「それが、本当に綺麗な銃士らしいのよ。アンタ見た?」
「さぁ?」
「金の髪に蒼い目、白い肌をしてお人形さんみたいなんだって!」
「誰から聞いたんだ?」
「館仕えをしてる娘からさぁ。何でも怪我してるとかで外れの部屋を使ってるみたい。
夜這いに行っちゃおうかしら」
「おいおい、俺の相手はもう終りかい?」
「そうねぇ・・・」
女は土臭い肌を摺り寄せて来る。
その相手しながら、男はベルイールで触れた絹のような肌を思い出していた。

***

兵達の凱旋の宴も終り、辺りが寝静まった頃。
男は村女から聞いた館の外れの一室に忍び込んだ。

寝台で静かに眠っている白い顔を見下ろす。
安らかな寝息をたて、戦の疲れからか深く寝入っていた。
張り詰めていた雰囲気は無くなり、その寝顔は幼ささえ覗く。

既に男の記憶は混濁し、ノワジーの事は断片的にしか思い出せなくなっていた。
しかし、その瞳を閉じられた顔には覚えがあり、吸い込まれるように
薔薇色の頬に手を沿わせようとする。

誰の夢を見ている?私か?それとも・・・

「触るな」
その時、音も無く扉が開き黒髪の銃士が現れた。
目には激しい憎悪の色を浮かべ、相手を射抜く。
その挑発を受け流し、男はゆっくりと笑いを浮かべた。

***

アトスに促され、二人は館の裏の森で対峙する。

「何と呼べばよい?」
「さあ、ご自由に」
「・・・鉄仮面、ではまずかろう」
「・・・さすが、"銃士隊一の知恵者"だな」
「嫌でも気が付くさ。肋骨を折ってくれた相手だ」
「私を捕まえようというのか?」
「無理だろう。あの仮面以外、お前が鉄仮面だという証拠はどこにも無い」
「ご名答だ」
男のその言葉に蔑を感じ、怒りに燃える藤色の目を細めた。
その姿にますますの可笑しさを感じて、男は更に挑発を重ねる。

「もう抱いたのか?」
「何のことだ」
「金髪の銃士殿のことだ」
「お前には関係ないことだろう」
「良ければ教えてさしあげようか?どのようにされるのがあの女の好みか」
「やめろ!」
剣を抜き、相手の首にその先を向ける。
しかし男は微動だにせず、抜き身の剣を楽しそうに見やる。
「どうした?今の私なら簡単に殺すことができよう?」
負傷した足をわざとらしく引き摺ってみせる。
「そうだな。簡単だろう。だが・・・」
「だが・・?」
「お前を殺してしまうことが正しいことか、私には判断しかねる」
「三銃士のリーダともあろう方が、その程度の判断ができないとは情けないことだ」
「勘違いするな。フランスの為ならばお前の首をさっさと刎ね、私の名の元にこの首は鉄仮面のもので
間違いないと陛下に捧げればよいこと」
「その通りだ」
「ただ、それではお前の顔が晒される」
「何か問題でも?」
「・・・」
「では私を殺して、この森の奥にでも埋めるか?」
「そうだな・・・私の憤怒を抑えるためにもそうしたいが・・・」
「が・・・?」
「・・・お前はアラミスの"過去"と関係あるのだろう」
「"過去"か。・・・"ルネ"は"フランソワ"のことはもう過去だと言ったのか?」
「・・・」
「貴公が"フランソワ"を殺したと知ればルネはどうするかな?」
くくく・・と忍び笑いを男は立てる。
その目に浮かぶ狂気にアトスは自分の勘の正しさに呪いの言葉を呟く。

どさっ、と重さのある麻袋をアトスは男に向かって放り投げた。
「ベルイールで回収された金銀だ。それだけあれば何とでもなるだろう。さっさとここから立ち去れ」
「これは親切に」
「ただし、二度と私達の前には現れるな。次にお前の姿を見た時は間違いなく殺してやる」
「"私達"か、面白いことを言う」
「黙れ」
「あの女の心は私の物だ。永久にな」
「・・・だから陵辱したのか?」
「あれは私の所有物だ。どうしようと勝手だろう?」
「貴様・・・」
「ああ、立ち去るさ。命は惜しいからな」

男は動かない片足を引きずり、闇に消えていった。

***

重い足取りで部屋に戻ると、アラミスは身じろぎ怪訝な視線を向けた。

「アトス?」
「起きたのか?」
「うん、何だか胸騒ぎがして・・・」
「心配するな。ここは安全な館の中だ。ゆっくり眠れ」
「うん...」
立ち去ろうとするアトスの上着の裾を掴み、不安げな瞳で見上げる。
「何だ、ずいぶんな甘え様だな」
「ごめん・・・もう少し居てくれる?」
「構わないが」

寝台に腰かけ、ゆっくりと金の髪を撫でる。
美しい猫がじゃれつくように、アトスの手に頬をすりよせてくる姿にいとおしさを感じ、優しく問う。

「婚約者殿の話、聞かせてくれるか?」
「・・・フランソワのこと?」
「そう。フランソワ殿はどのような方だったのか。
君達はどのように出会い、どのように愛し合ったのか?」
「うん・・・」
「辛いか?」
静かに首を振り、大丈夫、と小さく呟く。
アラミスはやがてゆっくりと、小麦畑色の髪と瞳を持っていた優しい恋人の話を始めた。


Francois-Ⅵ

ようやく手にした機密文章を皇太后に渡し、屋敷を後にすると一人の銃士の姿がアラミスの目に入った。
「アトス?」
澄んだ夜の空気に鈴のように響くその声に、
黒髪の銃士はもたれていた壁から体を起こし優しく微笑んだ。

「済んだか?」
「皇太后様が火の内に焼べて処分されたよ」
「そうか」
柔らかな月の光に照らされ、二人は静かに歩き出した。

交わされる言葉は無いが、たまにふ、と目線が合う。
するとお互い目を細め、少しだけ笑い合う。
そしてまた、歩を進める。

セーヌの川の流れに合わせるようにゆっくり、ゆっくりと・・・

その時、心地よく頬を撫でていたはずの空気が澱み、生温い風がざぁと吹いた。
同時にぞっとするものに抱きすくめられたような感覚。
反射的に二人は振り向いた。

ゆっくりと、深い闇の中から一人の男が現れた。
見知らぬ顔にアラミスは怪訝な表情をする。
だが、アトスは次第に慣れる夜目にその男の顔を認めると同時に鈍い痛みが蘇り、低く唸った。

「貴様・・・」
「久しぶりだな。スイスまで奔走とはご苦労だったな」
「何?」
「そちらの"アラミス"殿も大変だったろう?だがこれで、愛しい"フランソワ"の事を思い出して頂けたかな?」
「何だと?」
アラミスは顔色を変え、男を睨みつけた。
なぜその名を知っている?
言葉には出さないが、蒼い炎がゆらゆらとその瞳で揺れる。
その揺らめきに宿る想いを辿るように、男はゆっくりと言葉を綴り始めた。

「ねぇ金髪の銃士殿。君は"フランソワ"を忘れてはいけないんだよ?
君の心の中でしかもう彼は生きていないんだ。
なのに彼を"過去"にしてしまうとは・・・酷いじゃないか」

露骨に顔をしかめ、風に巻き上がる金髪に彩られた顔を覗き込む。
その口調は緩やかだが、拒む事も逆らう事も許さない絶対的な支配が細い体を突き抜けた。

「今回の事件は無事解決した様だけど、また君が彼を忘れる日が来たら、
"フランソワ"は何度でも君の前に現れるよ。そしてその度に君は走る事となる。
彼の面影を追ってね」

男の紡ぐ言葉は蒼の炎の揺らぎを益々大きくする。
アラミスは必死に口を開こうとするが、体中が硬直し動くことができなかった。

「彼はこの国を揺るがすカードを沢山持っているから・・・
君が彼から離れようとする度に彼はカードを切っていくよ?
彼を過去にしようとすれば、その度に"フランソワ"は君の前に姿を変え形を変え現れ続ける。
今回は紙切れだったね?次は何かな?」

それは恐ろしい呪縛の言葉だった。

鉄仮面事件から幾つもの季節は過ぎていた。
パリの喧噪の中に少しづつ彼を過去にし、新しい愛を手に入れたいと願っていた。
もう、それでいいと・・・思っていた。

喘ぐ様にアラミスは息をし、訴える。
「お前は・・・誰だ?アトス、この男は・・・誰だ?」
アトスは答えない。答えられない。
ただ頭を振り、アラミスにこの場から離れるように促す。

その姿に男は更に挑発を繰り返した。

「"フランソワ"は今でも君を愛しているんだよ?」
「お前は誰だと聞いている!!」

その言葉に男は心底可笑しそうに、アラミスを見下ろした。
そしてアトスを見やる。
"言ったらどうなるかな?"とその目は語っていた。

できることならアラミスの耳を塞ぎ、この場から立ち去りたかった。
だが既に手遅れだった。
アラミスは男を全身で睨み付け、その場を動こうとしない。

その様子に男は少しだけ肩を竦めてアラミスの体にゆっくりと舐め回すように目線を送った。
その気味悪さに思わず後ずさる。
それに合わせて男は歩を進める。
"この感覚、、、どこかで・・・"
アラミスの思案を辿るように男はゆっくりと口を開いた。

「ベルイールの夜を忘れたかい?それとも初めて男と、私と肌を重ねた
ノワジーの森での事のほうが君にとって印象深いかな?」

その言葉を反芻し、混乱する頭を必死で整理する。
得体の知れない冷や汗がじっとりと全身を濡らしていった。
大きく肩で息をすると切れ切れに、必死で失いそうだった言葉を返す。

「何を・・・言って・・・いる?」
「傷跡のある肌も良いが、染み一つ無い肌のほうが私は好みだな。・・・ルネ」

頭の中でパズルがぱちん、と音を立てて組み合わさった。
体が凍りつき、心臓が早鐘を打ち始める。呼吸が荒くなる。

この男が鉄仮面だということか?
だが・・・それよりも・・

自分の出した答えを振り払うかのようにアラミスは叫んだ。

「違う!お前とフランソワは似ても似つかぬ!」
「あんなに愛した男の顔を忘れてしまうとは、つれないことだ。
確かに人相が変わった上に髪も目もだいぶ濃くなり、声も擦れてしまったがなぁ・・・」

まるで他人事のように口ずさむ。
その言葉にアラミスはもう一度、男の顔を見る。目、鼻、頬、唇・・・

真っ青になって固まったままのアラミスをを庇うようにアトスがアラミスの前に出た。
ぎりぎりと歯ぎしりを立て、低く唸るように言葉を吐き出した。

「次に会ったら殺すと言ったはずだ」
「だから、二人で居る所にお邪魔することにした」
男はにやり、と笑う。
この女の前で殺せるものなら、殺してみろ、ということだった。

そして少しずつ二人との距離を詰める。
その靴音は夜の闇に不気味なほどに響いていた。

一刻も早くこの場を離れなくてはいけない。
そう感じたアトスは相手を切りつけた。
動きを止めるには充分な切り口であり、その隙に無理矢理にでもアラミスとこの場を離れる・・・はずであった。

だが肉までざっくり切れ、闇の中にも鮮やかな赤に足を染めながら、
それでも男は歩みを止めること無く近づいてきた。

アトスは驚愕で目を見開いた。痛みを感じていない?
そんなはずはない。間違いなく切り付けた。切りつけた時は白い肉が見えた。
辺りに充満する血の匂いが何よりそれを物語っている。

だが男はやはり、"それ"に気にする様子も無い。
一歩、一歩、歩を進める度に赤い血がどろどろと流れ出す。

どんよりと、澱んだ空気が辺りを包み込む。
それが恐怖であるとは認めたくない。
しかし得体の知れないもの、自分とは異質なものであると体中で警報が鳴り響き、禍々しさが纏わりついた。

「動かないで・・・」
その時、震える声が吐息を漏らすように響いた。
男はゆっくりと足を止め、アトスは振り向いた時に見た姿に狼狽した。
ふらふらとアラミスは男に近づいていく。
「これ以上、血が流れたら死んでしまう・・・」

鼻先をくすぐる黒髪も目に入らず、その肩をすり抜け、
泣きそうな顔をして男の顔に探るように視線を送り続ける。

その瞳を優しく見つめ返す表情に今度こそは間違いなくフランソワの面影を見つけると、
アラミスは男に駆け寄った。

どくどくと血が流れ出る傷口を押さえ、腰を落とすように促す。
男はそれに大人しく従い、必死で止血の処置をするアラミスを抱えるようにその体に寄り掛かった。
絶望的な思いに囚われアトスは言葉を失くす。
だが動くわけにいかない。アラミスを此処に残していくわけにはいかない。
屈辱を噛み締め、ぐっと地を踏みしめたその思いを打ち砕くように、アラミスは呟いた。

「アトス・・・私達を二人にして」

知らない国の言葉を聞くようにアトスはアラミスの声を聞いた。
だが、更に蒼白呆然としている銃士に向かって男は勝利者の笑みを浮かべ残酷な言葉を投げ突けた。

「心配せずとも、"アラミス"殿はお返しする」
「!」

侮辱の言葉に唇を震わせ表情を強張らせる銃士に視線を送りながら、自分の胸の中の金髪をゆっくりと撫でる。
次にその白い頬に手を添わせ、自分のほうを向かせると言い聞かせるように優しく微笑んだ。

「私なら大丈夫。戻りなさい」
「けれど!」

空の月を見上げてその耳元で小さく、優しく囁いた。
「次の満月の夜、ノワジーのあの館で・・・」
そう言って、耳朶に触れるか触れないかの口付けをした。

甘い疼きに体を震わせる姿を満足そうに見やると、体を起こし、闇に消えようとする。
その姿を追おうとするアラミスの体に強い力が走った。

「行くな」
アトスの手がその細い肩を押さえつける。
薄い唇を噛み、刺すような視線を湛えた藤色の瞳がアラミスを見ていた。
「わかっているのか?」
「・・・」
「わかっているのか!?あの男は!!」


Francois-Ⅲ

「ひどい雨だな・・・」
もう春だというのに酷く冷え込む夜。だが次に移る所は此処より更に冷えるはずだ。
そう思うと男は少し憂鬱な気持ちとなる。

その時、大きな物音とともに大勢の人間が部屋に飛びこんできた。

「何者だ!?」

激しい雨音で何も聞こえなかった為か退路を確保することもできず男は賊達に囲まれる。
やがて火焔を思わせる熱さがその体を貫き、体中の血が逆流する。
崩れ落ちる瞬間に男が見たのは、下卑た笑いを浮かべた顔だった。

「おい、用は済んだのだからさっさと立ち去るぞ!」
「まぁ焦んなさんなって。盗賊が本業なものでね、お宝を探させていただくよ」
「ちっ。好きにしろ。こちらは先に行かせてもらうからな」

薄れゆく意識の中で若い恋人の泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。
駆け寄ろうとするが、鉛の塊を押し込まれたようで体はまるで動かない。
やがて闇が男を包み、すべての感覚が消えていった。

*****

「私は・・・?」
空気の振るえに男は違和感を覚える。
やがて霞む視界の焦点が合うと、黒髪の婦人が目に入った。

「ここは・・・?」
「フランソワ!」
婦人が驚愕の表情を浮かべて駆け寄る。

「なにが・・・」
男の混濁していた記憶が少しずつ鮮明になる。
春の嵐、襲ってきた賊、指揮を取る仮面の男・・・

「そうだ!フィリップ様は?」
婦人はゆっくりと首を横に振る。
「ご無事よ。パリからそう遠くない所に監禁されているわ」
「何・・・?」
「心配はいらないわ、口の利けぬよう仮面を付けられ一室に閉じ込められてはいるけれど・・・
殿下を自分達の厳重な監視の元に置くことが彼らの目的であって、決して危害を加える事は無いわ」
「誰だ・・・?」
「・・・例の公爵よ。覚えているかしら?」
「国王の側で甘い汁を吸っている、あの豚か?」

たっぷりと肉のついた体をゆすって、ルーブルを我が物顔で闊歩する公爵の顔が脳裏に浮かぶ。
あれが王が懇意にしてる公爵とは、と本気で呆れたことを思い出す。

「どこだ?教えろ。今すぐ奪い返す!!」
怒りのままに叫び、体を起こそうとするとその視界が白らんだ。
何が起こったのかわからず、顔をしかめると、婦人は男をたしなめる口調で言った。
「・・・今の貴方に殿下を奪い返すことなどできるとは思えないわ」
「どういう意味だ?」
「これ、お使いになって」
「・・?」
男は手渡された鏡を受け取ろうとする。
しかしその手は振るえ、鏡は乾いた音をたてて落ちた。

「すまない」
「いえ・・・」

体を起こし、鏡を拾おうとするがその時男は自分の腕に驚愕する。
"何だこの枯れ枝のような腕は・・・"
慌てて自分の体を撫で回すと体中の肉が削げ落ち、骨が醜く浮き出ている。

「ノワジーの館が襲われたと聞いて、駆けつけた時は館の中は滅茶苦茶だったわ。
貴方は血だらけで倒れていて・・・命は助かったけれど、1年も意識が戻らなかったのだから当然よ」
「1年?そんなにも経っているのか?」
「そうよ。その状態で今まで命を保っていた貴方の精神力には感服するわ・・・」

そしてため息をつき、言う。
「その体では無理、という意味よ」
「確かに」
細くなった腕を忌々しく睨み付ける。
婦人は静かに、薄綿に水を含ませて男の口元に持っていく。

「焦らなくても、彼らは殿下を殺す気はないわ」
「・・・私は用済みだったということか?」
「そうね」
「・・・館を襲ったあいつらは誰だ?あの豚が自ら動くわけはないだろう」
「ラクダ、という物盗りを金で雇ったようよ」
「ラクダ・・・」

自分を一刺しにした賊の顔を思い出す。
屈辱に歪む男の顔を見て、婦人はもう一度ため息をついた。
「何か口にできるものを持たせるから。今は養生することだけを考えたほうがいいわ」

***

一命を取り留めた男は、婦人のパリの屋敷に身を潜ませ、王弟奪回の機会をうかがっていた。
事件での傷が後遺症を残し、思うように動かない体に呪いの言葉を吐きながら。
元凶となった娘とその娘にいつの間にか心奪われていた自分の愚かさを失笑しながら。

聞けば王弟と同様、男の存在も国家にとって機密事項である為その死は闇に葬られ、墓は人気の無い丘に
おざなりに作られ、今では訪ねる人も父親くらいだという。

「・・・そこに若い娘は来ないのか?」
「あの伯爵令嬢のこと?残念ながら、そのような話は聞いてないわ」
「そうか」
「気になるの?」
「いや・・・」

どこかから婿を取り家督を継いでる頃だろうか。
夫の愛に包まれ、死んだの男のことなぞ忘れたか。

「所詮、私の死など誰にも、何の意味も成さないのだと思ってな・・」

自分は今、生きている意味があるのだろうか。
回復しない体に苛立ちを覚え、男は弱気になっていた。

黒髪の婦人は何か言いたげではあったが口を噤み、パリで見た金髪の少女の姿を思い出していた。

***

それから何度か季節が巡った。
ノワジーでの事件の時と同じ様な嵐の日毎に、男は闇に落ちていった。
自分を捨石として使った国家への恨みは時間を追う毎に増していく。
奴らなどこの世から消えてしまえばよい、この国など滅んでしまえばよい。
男は自分の野望が次第に歪んでいくのを感じていた。
体中の疼きを抑え、弱りきった体を再生させるために飲み続けている薬が
その精神を犯し始めているのかもしれなかった。

ある日、婦人は珍しく表情を強張らせて男の元にやってきた。
「良くない知らせよ。殿下が日の差さぬ地下牢に閉じ込められたわ」
「どういうことだ?」

今までは事件を知る先王と親しかった老伯爵が、王弟には身分相応の扱いを、と例の公爵を押さえ込んでいた。
しかし彼が病で亡くなった事を機に、公爵は王弟を地下牢に閉じ込め狂人に仕立て上げるつもりなのだという。

「さすがに刃に掛ける勇気は無いようだけど・・・」

フランソワは低く唸った。
殺すことができなければ、狂人にしてしまおうというのか。
何と卑劣な・・・
王家の血を引く人間の扱いも知らぬ奴らの愚かさに怒りで拳が震える。

男はいつのまにか異常なまでに鍛えられた体躯を確かめる。
薬の影響で髪の色は濃くなり、顔つきも変わった。声もくぐもっていた。
どこにも6年前の自分は居ない。世の中から抹殺されたのだ。
胸の内のどす黒い渦が蠢くのを感じた。

これは機会だ・・・
あの老伯爵が居るのならと、今まで静観していたのだ。

*****

あの日と同じ春の嵐の吹く夜、男は公爵の館に忍び込んだ。
その一室では二人の男が向かい合い、話をしていた。

「ああ、ありがたい。そろそろこの国から足を洗いたいと思っていたからな。
この金でどこか外国に行ってもう一稼ぎしてくるよ」
「好きにすればいい」
「できれば口止め料としてもう少し積んでいだたきたいのですがね」
「何?それだけあれば充分だろう?」
「はぁ、そうですが。まぁこちらは珍しい品もいろいろ手に入ったし、
あの時はたっぷり楽しめたのでいいんですがね。また来ますよ」
金のペンダントをいじくりながらマンソン、と呼ばれた男は去っていった。

「あの男、始末に困るな・・・」
公爵は忌々しげに扉を睨みつける。

その時、露台に繋がる戸が開き落雷の光の中に雨に濡れた屈強な男の体が浮かび上がった。

「甘いな。俺ならあの男を殺すがな」
「誰だ!?」
「ノワジーの村では世話になったな」
「ノワジー?」
「フィリップ王弟殿下はどこだ?」
「な、何?なぜそれを?いや、それより何故この場所が・・・」

改めて見た公爵の姿に、激しい憤りを感じ男は声を荒げる。

「ラクダを追っていたらこの屋敷にたどり着けたんだよ。あいつをさっさと殺してしまえば、お前もその丸い尻尾を
掴まれずに済んだのにな」

そのおぞましいまでの憎悪に伯爵は気圧される。
震える体と声を押し止め、必死の虚勢を張る。

「ひ、必要の無い殺戮は好まないのでね。第一、"事件"には下手人が必要だろう?」
「"事件"?"暗殺"の間違いではないのか?」
目は怒りに血走り、全身から殺気を出し続け剣を向ける男についに公爵は震え上がり、椅子から転げ落ちると
隣の部屋に続く扉を叩いた。

「おいっ」
主人に呼ばれ、気味悪い仮面を着けた男が飛び出してくる。
「こ、こいつを殺せ!ノワジーの亡霊だ!」
その言葉に仮面の男は、怪訝な声を出す。
「・・・ノワジー?」
「久しぶりだな。あの時は世話になった」
「誰だお前は?」
「つれないな。ノワジーでの事は俺には忘れたくても忘れられない思い出なのにな」
皮肉たっぷりに言う。
「フランソワ、という名前に覚えはないか?」
公爵が驚愕の声を上げる。
「フランソワ?王弟の世話役のか!?」
「何?こんな物騒な顔はしてなかったはずだぜ。もっと細身の優男だったはずだ」
「お前らのお陰で地獄を見たからな。いい人相だろう?」
「今更亡霊が出てきて何の用だ!?もう一度死ぬがいい!!」

剣を抜き仮面の男が襲い掛かる。
しかし、何なくその一突きをかわすと常人とは思えない勢いで男の首をはね、返す剣でその主人の胸を一刺した。
噴出す血の匂いがあたりに充満する。

男は表情を変えず、胴体と切り離された首から仮面をはぎとる。
「こいつ、この公爵家で腕が立つと有名な護衛役だったな・・・」
つまらん、と仮面を手に進路を邪魔している骸達を踏みつけ部屋を出る。

「この仮面、使わせてもらうか・・・」

次第に男に笑いがこみ上げ、ついに大きな笑い声があたりに響く。

地位も財産も、人としての存在も消された私だ。
ならばノワジーの亡霊としてこの国を混乱に陥れてやろう。
上手くいけばフィリップを王座につけられるかもしれないが、私にとってその事は既に如何でもよくなっていた。

Francois-Ⅳ

王弟奪回のためベル=イールに忍び込んだ二人の銃士が捕らえられた夜。
小さな窓から射す月の光が豊かな金髪を闇の中に浮かび上がらせる。
その横顔は冴え冴えとし、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。

「少し休んだらどうだ?ここ暫く、碌に寝ていないのだろう?」
「いや・・・」
小さく否定して、ひたすら窓の外を睨み付ける。
その姿に黒髪の銃士は語調を荒げる
「ここから逃げ出す算段なら止めろ。時間の無駄だ」
「何だって?」
怒りを含んだ蒼い目が射抜く。
「このような足枷をさせられて、何ができると言うのだ」
「・・・」
「焦る必要は無い。殿下の身に危険が及ぶ心配はないだろう。
それよりも少しは眠って明日に備えておいたほうが良策だと思うが?」
「それは・・・」

悔しさに形の良い唇を噛み、アラミスは座り込む。
だが、やがてアトスの言い分に従い、目を閉じた。
たとえ眠れなくても・・・

その時乾いた靴音がし、捕らわれの銃士達の前に鉄仮面と呼ばれている男が現れた。
全身黒で覆われた姿は恐ろしいまでの威圧感が在り、並みの銃士であれば震え上がり命を乞うほどである。

気高き二人の銃士はとっさに身構え、鉄仮面へ鋭い眼光を向けた。
しかしその姿を一瞥すると、獅子が獲物を蹴散らすように黒髪の銃士の腹に容赦無く蹴りを入れる。

鈍い音がし、足枷の鉄球ごとアトスは壁に叩き付けれた。
吐しゃ物と共に赤黒い血が彼の口から噴き出す。

あまりに瞬間の事で声も出ず、ただその惨状にアラミスはアトスの側に駆け寄ろうとした。
しかし鉄仮面はアラミスのその細い腕をあっと云う間にねじ上ると、
後ろ手に縛り猿轡を噛ませ、その体を担ぎ上げた。

「この女、借りるぞ」

くぐもった声が牢に響き、暗闇の中に二人の姿が消えようとするのをアトスは激痛に絶え必死で抗議する。
しかしその叫び声は届かずただ動かぬ体を呪うことしかできなかった。

***

要塞の一室に着くと鉄仮面はその猿轡を外し、アラミスを床に転がした。
怒りに燃える蒼い目を見下ろし、薄笑いを浮かべて鉄仮面は問うた。

「女、お前に聞きたいことがある」
その言葉に僅かに動揺しながもアラミスは気圧されぬ様、必死に言葉を紡いだ。
「鉄仮面、私もお前に聞きたいことがある」
「何だ?先に聞こう」
「・・・フランソワ、という名前に覚えがあるだろう?」
「フランソワ?ああ、捨て駒とされることも知らずに国家に忠誠を誓っていた愚かな男のことか?」

男はその名で呼ばれていた、嘗ての自分を思い出す。
自分はフランスに忠誠を誓っていた。だからこそ、その冠を被る人物はこの美しい国に相応しい者では
無ければと思っていた。

くだらない理想論だった。

だが最愛の恋人を侮辱された銃士の姿をした女は、怒りに叫んだ。
・・・その相手を誰とも知らずに・・・

「お前のせいで私の人生は狂ったんだ!
フランソワが殺されなければ・・・私は・・・私は・・・」

その言葉にぞくりとする快感が男の背を這った。

マンソンからこの銃士は女で本名が"ルネ"であるという話を聞いた時は男は俄かに信じられなかった。
6年という歳月は恐ろしく人の姿を変える。
何度か対峙した時も、1年足らずしか交わらなかった恋人の姿なぞ到底連想できなかった。

それを確かめる為にこの場に連れてきたが、これ以上何を聞く必要も無かった。

自分の死がこの女の人生を狂わせた。
あの可憐だった少女が、埃にまみれ、枷を付けられ、私の足元に転がっている。
その姿に情愛などではなく、完全な制服欲という名の欲情が男に湧き上がる。
ここで仇と思う男に陵辱されれば、この女はますます"フランソワ"の影を追い駆け続けるだろう。
優しく誠実な恋人に愛された記憶は鮮やかに蘇り、それはその魂に永遠に焼き付けられるだろう。

目の前の獣の狂気染みた思いに本能的に気づき、思わずアラミスは後ずさりをする。
必死に自分を押し留めようとするがその目は心ならず怯えた色に染まっていく。

鈍い動きで後ずさる彼女をさらにゆっくりした足取りで男は追い詰める。
暇に任せて弄んでいた獲物を、飢えている時に再び見つけた獣の気持ちはこういうものなのか・・・
恐怖に捕りつかれた姿を見て、悦に入る。

男は獲物を充分に焦らし、その牙を剥いた。

***

数時間後・・・
痛みに耐えていたアトスの元にぐったりとしたアラミスがまるで荷が運ばれるように戻ってきた。
彼女が何をされたのか・・・
手荒くはだけられた上着から覗く痕が物語っていた。

仮面の下の表情は放り出された女を庇う銃士の仕草に侮蔑の笑みを浮かべ、あざ笑うように問う。
「この女に惚れているのか?」
ぎりっと歯を噛み締め、アトスは答えない。目には恐ろしいまでの憎悪が宿っていた。
その姿を可笑しそうに見下ろし、鼻で笑う。
「無駄な事だ。この女の心を支配しているのは・・・」
男はその先の言葉を続けようとして、止めた。かわりに嘲笑を込め言い放つ。
「試しに抱いてみればいい。それが誰なのか、貴公にもわかろう」
踵を返し、笑い声を上げながら男は去っていった。

***

「アトス・・・、体は大丈夫?」
アラミスに膝に貸し、忌々しげに窓の外の月を眺めていると力の無い声が聞こえた。
同じように月を見ている。
その頬には打たれた痕が見え、唇も切れ、白い肌が痛々しく赤に染まっていた。
そっと肌に触れ、ほつれた金の髪を梳く。
「それは私の台詞だ・・・」
「肋骨、やられたんじゃない?背中も随分強く打ってた。血も吐いて・・・」
「私のことはいい。それより・・・」
その後の言葉を続けられず、黙り込む。やがて静かに一言だけ告げる。
「あの男にはもう近づかないほうがいい」
その言葉にアラミスはこくん、と小さく頷いた。
自分の忠告ではあるが、素直に承諾する姿にアトスは驚く。
弱気になる彼女を見るのは初めてだった。
その首筋の赤黒い痕が金髪の間から覗く。残酷ではあったがアトスは問うた。
「鉄仮面の顔は・・・見たのか?」
「・・・目隠しされてたから」
「そうか」
その言葉にアトスは少しだけ安堵する、少しだけだが。あの男はおそらく・・・

癒えない傷をこれ以上負わせたくない。アトスは諭すようにアラミスに告げた。
「アラミス、君の復讐はマンソンを討つこと、それだけだ。それ以上の個人行動は絶対に駄目だ。
鉄仮面は法の裁きに任せよう。いいな?」
膝の上でまた、小さく頷く気配がした。
こんな時ではあるが素直なその姿を可愛らしいとアトスは思った。

自分の勘が正しいなら、絶対にあの男にアラミスを近づけてはいけない。
あの男は・・・
考えに耽りそうになった時、つ、とアトスの袖を引きアラミスは問うた。
「アトス・・・」
「なんだ?」
「私の事、抱くの?」
「先ほどの話か?」
「・・・」
「今は眠れ。膝を貸しといてやるから」
やがて寝入った彼女が小さく"Francois"と呟いたようが気がした。
そんな事、とっくに判っている、アトスは心の中で呟いた。


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