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 風の谷を去って二日、順調にトルメキアへの距離を縮めるバカガラスの内奥、クロトワは数枚の紙を携え、クシャナの私室を訪れた。


 「殿下、先ほど入った本国からの電信ですが……」


 軽いノックの音とともに用件を述べる、が……常ならば間を置かずに下りるはずの入室の許可がないことに、珍しいこともあるものだとクロトワは小首を傾げた。

 大の男が取るようなポーズではないのだが、下がり気味の眉に垂れ目のこの男だと妙に愛嬌がある。


 「殿下、いらっしゃらないんで?」


 暗号を解読次第持って来いと言われたのが半時ほど前のこと。

 己が下した命令を忘れて休むような女ではないと思うのだが、と何度か繰り返し扉を叩いても、一向に答えが返ってくる気配はない。

 一分一秒を争う中身ではないものの、さりとて自分の手元でとどめ置くのにはいささか問題がある。


 「さて、どうしたもんかね……ットットット」


 半ばヤケクソに扉を強く押した、その次の瞬間、鈍い音と痛みを同時に感じ、クロトワは部屋の内側で尻餅をついていた。

 無用心かつありえないことだが鍵が開いていたらしい。

 反射的に目をつぶって叱責の声に備えるが、五秒十秒と時間が経ってもクシャナの冷たいが美しい声が響くことはなかった。


 「……おいおい、どうなってんだ」


 誰も好んで罵倒されたくはないが、こうまで予想と違う状況になるのも気持ちが悪い。

 加えて一国の皇女の私室に無断で入るなどという不敬罪(この場合は不可抗力の感が否めなくはあるが)を犯している以上、解読された電信を置いてサッサと退散するのが最善の道であろうと、クロトワは立ち上がり、そして、三歩も進まないうちにその歩みを止めた。


 (こりゃ反則だろ)


 執務机の上、緩やかなカーブを描く黄金の髪に目を瞬かせ、クロトワは泣き笑いのような複雑な表情を浮かべた。

 つい数日前には旧世界を燃やしたバケモノを従えて蟲どもと対峙していた女の、歳より幾分幼く見える横顔に、健康な成人男性らしく彼女をネタに日々妄想していた不埒なアレコレはあっけなく霧散する。

 皇女でありながら侵攻軍の将軍という肩書きを背負っているような女なのに、この稚けなさはなんなのだろう。


 (どうも調子が狂っちまうな)


 伏したまま起きる気配のないクシャナは心なしか寒そうに身体を震わせている。

 その姿に、またぞろ女を感じないではないが、無防備な寝顔を目にすると毒気が抜かれてしまう。

 ……まあ、実際のところ、現在の身分差でこの女を抱くことなどできるはずもないのだから、完全な一人相撲ではあるのだが。


 しばしの逡巡の後、クロトワはハァと深く溜め息をつくと、纏った深青のマントを無造作にクシャナの肩へと落とした。

 腐海の瘴気から逃れるため、十分以上に高度をとって飛行している今夜は、いくら室内といえども冷え込む。

 貧乏軍人の安物であっても目覚めるまでの寒さをしのぐには事足りるだろう。

 
 (ったく、カワイイったらねぇな)


 勝手に入室した非礼と電信の暗号が解読された次第を紙の余白に走り書き、一礼するとクロトワは部屋を後にした。





 「……ふん、タヌキめ」

 閉ざされた扉の向こう、やや憮然とした声が呟いた言葉を知るよしもなく。




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