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q3

クシャナが笑っている隙に、クロトワはまた少し近付いた。 もう足元に座っていた。
「良く見ると犬の頭に見えなくも無いな。 長毛の雑種か?」
「ワン!」
そう答えてから、クロトワは思い切って顔をクシャナの膝の上に乗せた。 案の定、酔いが回ったクシャナは
気にもせず、平然と彼の頭を撫でた。
「犬は何より飼い主に忠実だと言うが、お前も私に忠義を尽くすなら、可愛がってやろう。」
「そりゃありがてぇ…」
「こら、犬が喋るな! ハハハッ」
すっかりご機嫌の主に甘え、クロトワはクシャナの膝に頬擦りして、溜息をつくとそのまま寄り掛かった。 
引っ張られて歪む彼の顔がおかしくて、クシャナはまた笑った。 そしてゆっくりと髪を撫でてやった。
「父の飼っていた犬が数匹いたが、どうしたのだろう? まだ城内のどこかにいるのだろうが… 欲しい者が
いれば売った方が良いかも知れぬな…」
独り言のように囁きながら、指でクロトワの髪を梳かした。
「お前以外の犬は、要らぬからな。 …? クロトワ?」
答えず目を閉じたままのクロトワに、クシャナは何回か呼びかけたが、歪んで間の抜けた顔は反応せず、
暫らくすると鼾を立て始めた。

「…なんだ、寝てしまったのか。 困った奴だな。」
そう言いながらも起こさないようにそっと頭を撫で続けていた。 終いにはクシャナも、王座の背凭れに寄り
掛かったまま、静かな寝息を立て始めた。






クシャナは奇妙な夢を見た。
以前、母が手入れをしていた城内の花園で、子供の自分が父の猟犬の群れと遊んでいた。 どの犬も妙に
見覚えのある顔で、長い茶色い毛をしていた。 群れの中で揉まれている内、次第に自分が小さくなったの
か、それとも犬達が巨大化したのか、辺りの景色が見えなくなるほど茶色い毛並みが広がり、犬の固体が
識別できなくなった。 あっと言う間に毛むくじゃらの壁に囲まれてしまい、途方に暮れていると、壁の向こう
から微かに自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
『クシャナ… 可愛いクシャナ…』
“お母様だわ! お母様!”
叫ぼうとしたが、声が出なかった。 囲んでいた毛の壁が、柔らかく、しかし逃れようも無く、八方から押し
寄せて、口を塞いでいた。 それに気付いた瞬間、息もできない事に気が付き、胸の苦しさに加えて心臓の
鼓動も高まった。
“お母様、助けて! 誰か、お願い!”
途端に息ができるようになり、安心した為か体中から力が抜けた。 視界一杯に広がる茶色い毛並みに
包まれていると、クシャナはその柔らかさと暖かさに溶け込みそうな気がした。 だがそれはとても心地よく
幸せな事に思えた。
『クシャナ~! 嗚呼、俺の可愛いクシャナ…』
今度ははっきりと声がした。 母ではなく、男の声だった。
“エッ? お父様? …じゃぁ、無いわ…”
深く考える間も無く、また少し息苦しくなった。 だが今度は口元を毛で押さえられたのではなく、濡れた布で
触れられているような感触がした。 不思議に安らかな気持ちになっていたクシャナは、思考能力が鈍って
いたが、暫らくしてそれが犬の舌だと分かった。
“私、犬に、食べられてるんだわ…”
それでも慌てず、ぼんやりと考えていた。
“食べられてしまったら、私はどうなるのかしら? ヴァルハラへ行くのかしら? それとも… 消化されて、
犬の一部になるのかしら?”
食べられる事よりもその後の行方が気になり、クシャナは必死で考えようとした。 何か大切な事を忘れて
いるような気もした。
“そうだわ! 食べられているのに、痛くない――きっと歯も無い老犬なんだわ。”
しかしまだ何か引っ掛かっていた。 いつしか暗くなっていた視界に、クシャナは自分を蝕んでいる老犬の
顔さえ見えれば、何か思い出せるような気がして、目を凝らした。 暖かな毛皮に包まれ、努力など何も
せずに休みたいと、体も眼球も抵抗したが、思い立ったらやり通すクシャナである。 目を凝らすだけか
瞼も大きく広げようとした。 すると急に暗闇の中に光と色が入って来た。 その眩しさに驚き、すぐ眼を
閉じてしまったが、また目を開けようとすると瞼が鉛のように重かった。
“どうしてこんなに大変なのかしら? でも今、確かに何か見えたわ。”
やっとの思いで目を開けると、そこにはもう一番いの瞼があった。
“あぁ、あの目も開けないと見えないのかしら?”
寝ぼけてそう考えたクシャナが、現状を把握するまで、ほんの一瞬が経過した。 そしてその直後――
「クロトワッ!」
――と怒鳴ろうとした。 だが『ク』と言った時、口の中まで侵入していたクロトワの舌を噛んだので、事態が
一変した。
噛まれたクロトワは慌てて退却し、その急な反応に、彼の腕に抱き上げられていたクシャナも翻弄された。
そのため王座の背凭れに後頭部を打ち、二重のショックのあまり言葉を失った。 ただ目を大きく見開いた
まま唖然とクロトワを見詰めた。
まだ腕の中にいるクシャナに、現行犯で捕まったクロトワは、焦りながらも必死で考えた。
“今さら出来心だったなんて言ったって、刑が軽くなる訳でもねぇよなぁ。 婿候補にもなれねぇ俺が、こんな
事しちまって… 嗚呼、もうすぐクシャナが人妻になるんだ… いっそここらで、派手に華を咲かせて、散って
みるのもい~か!”
意を決し、クシャナをしっかりと抱え直した。
「殿下、俺はもう我慢できねぇ! 殿下がムリヤリ結婚しろって言われて腹立てんのは当然だがよ、俺だっ
て、俺だって腸煮えくり返る思いなんだ! 何でどっかの青二才にあんたを盗られなきゃなんねぇんだ、チッ
キショウ! 傍で指銜えて見てろってのか? ふざけんじゃねぇ!」
捲くし立てるクロトワに、クシャナはあんぐり口を開いて驚いた。
「クシャナッ! 俺の可愛いクシャナ! 誰にも渡しゃしねぇ! 渡したかぁねぇのによぉ… チキショウ! 
俺ぁ今まで一度だって平民に生まれたのを悔やんだ事なんて無かったんだ。 あんたの側にいられんなら、
それだけでいーんだって、自分に言い聞かせてきたんだ! なのによぉ…」
いっそう腕に力を込めて抱き締めるクロトワに、ようやくクシャナも対策を考え出した。 腕を両脇に押さえ
付けられたまま抱かれていたので、目や喉等の急所は狙えないものの、爪を立ててクロトワの脇腹を抉る
事なら可能であった。 それで気を逸らして脱出し、他の方法で止めを刺せば良い。 第一段階を実行する
準備として、クシャナはゆっくりとクロトワの両脇に手を上げた。
「クシャナ~! こんなイ~女を、なんも分かっちゃいねぇ若造にやるなんて、もったいねぇ!」
脇腹を抉ろうとしていたクシャナは、ふと動きを止めた。 自分でも理解できぬ程、クロトワの言葉に動揺
したのである。
当のクロトワは、身に迫る危険も知らずに、クシャナの頬から顎にかけて口付けを施していた。
「クシャナ!… 嗚呼、なんて綺麗なんだ!… あんたはトルメキヤ一、いやぁ…世界一のべっぴんだぜ!」
顔を近づけられる度に髭にくすぐられるので、避けようとして頭を引くと、今度は喉にも接吻された。
「色白で…真珠みてぇで…なんて柔らかい肌なんだ…食っちまいて~!」
さっきの夢が一瞬、頭を過ぎり、クシャナは慌てて答えた。
「クッ・食うな!」
自分でも驚くほど震えて、か細い声だった。 それにクロトワは笑わずにはいられなかった。
「フッフッフッ… 可愛いぜ、クシャナ。 本当に食うわけねぇだろう? あんたぁ俺の宝モンなんだ。 でも、
できる事なら…」
少し顔を離して、彼女の瞳を覗き込みながら、クロトワは囁いた。
「…あんたを攫って、コルベットで誰もいねぇ所へ逃げてぇ…。」
クシャナは馬鹿にされた事に少なからず腹を立て、気を取り直して計画を実行するところであった。 だが
自分を見詰めるクロトワの目があまりにも悲しく、どんな言葉より彼の想いと切なさを伝えた。
決断に戸惑うクシャナを静かに抱き寄せ、クロトワは残された時間――護衛兵が呼ばれるまでの短い間を
満喫するようにクシャナの肌を接吻で埋め尽くし始めた。
クシャナは胸が締め付けられる思いがした。 それはクロトワの抱擁だけによるものではなかった。
“なぜ気が付かなかったのだろう? これほど身近にいる者の気持ちも酌んでやれないとは、上に立つ者と
して失格だな… 今までずっと隠そうとしていたのだろうか? それとも、私が鈍かっただけか?”
答えが気になったが、プライドもあるので、クシャナは少し回りくどい方法で訊いてみた。
「なぜ、隠していた?」
「フフッ。 そりゃぁ、殿下。 殿下にとっちゃぁ、俺なんか男の部類に入ってねぇでしょ? どーせ戦車やコル
ベットとおんなじ、道具に過ぎねぇって事は、十分肝に銘じてますよ。」
「そ・それは違う! 私は一度たりともそのような… お前は大事な部下だ!」
「ヘヘッ。 そりゃ、機械よりはちっとばかり上かも知れませんがね。 『部下』じゃどう逆立ちしても、『恋人』
にゃぁなれねぇ。 どっちでも同じでさぁ。」

さすがのクシャナも、それには返す言葉が無かった。 だがその気持ちを察してか、クロトワは優しく背中を
擦り、耳朶に口付けしてから呟いた。
「それ以前に、殿下御自身、自分がどれだけ魅力的な女だか、忘れてますぜ。」
ドキッと、クシャナの心臓は一瞬、激しく動悸を打った。
“エッ?! 何だ、いったい?”
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