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『トルメキアの覇者』
Page 1


「あぁ、クロトワ殿! これから殿下のところへ?」
「そうですが…?」
「すまないがこの書類をお渡ししてくれ。 私は急用ができたので、失礼しなければならない。 頼みました
ぞ。」
「はぁ…」
そそくさと廊下を去って行く後ろ姿を眺めながら、クロトワはつい貰ってしまった認定書の束を抱え直した。
〝なんだぁ、クレネの奴、俺にこんな事を頼むたぁ… なんかあるな。〟
王代であらせられるクシャナ皇女の護衛隊の者は、全て選りすぐりの兵士である前に生粋の貴族であり、
それだけにプライドも高い。 殿下のお傍近く使え、信用されている平民あがりのクロトワは、軍人と言えど
彼等にとって煙たい存在である。 増してやその隊長のクレネとクロトワは、表面的には何事も無い様に
穏やかではあるが、事実上犬猿の仲と言えよう。 そのクレネが自分の仕事を託してきたのだから、怪しく
思って当然である。



謁見室の近くまで来ると、護衛兵が廊下に並んで警備をしていた。
「殿下は中か?」
「あ、いえ、まだ会議室の方に…」
「なんだ、まだゼストの連中が粘ってるのか?」
「いいえ、ゼストの使者方はもうお引取りになりました。 殿下はお一人で第二会議室にいらっしゃいます。」
「そうか。」
ゼストとは貴族集会で、政治的に一番勢力を持つ団体であるが、軍事国家のトルメキアにおいてはさほど
重要視されていない。 今日は月一度の王代との対談の日であった。
少し先にある会議室へ行く途中、クロトワは悪い予感がした。
〝一人で会議室に篭もって、何してるんだ? …さてはまたゼストの奴等がイヤミでも言って、クシャナの
機嫌を損ねたな。 ハハ~ン、クレネは殿下がご機嫌斜めなのを知ってて、俺に仕事を押し付けやがった
のか。 クソッ!〟

だがクロトワも宮廷生活には慣れていたので、怯む事無く、顔を無表情にしてから扉をノックした。
「誰だッ?!」
「クロトワです。 失礼します。」
クシャナに断る隙を与えず勝手に部屋に入った。 『下がれ』と言われたら、重い認定書を抱えたまま戻ら
なければならない。 他人に押し付けられた仕事でそこまでする程、クロトワはお人好しではない。
窓際で外を向いているクシャナの背中に敬礼し、報告した。
「クレネ隊長から預かった装備の認定書と、今朝申し付けられましたコルベットの製造予定表をお持ちしま
した。」

「そこへ置け。」
会議室の大きなテーブルの上にドサッと荷物を置くと、クロトワは始めて部屋の惨状に気が付いた。 あち
こちに使者達が使ったと思われるワインのグラスや容器がゴロゴロと転がっており、壁に叩き付けられて
砕けた物の破片が床にも落ちていた。 椅子の大半は無造作にひっくり返され、クシャナの足元には毎月
恒例の懇願書が細かく引き千切られ、散らばっていた。
「こりゃすげぇ… 連中とチャンバラでもしたんですか?」
「…」
「まぁ、たまにゃ奴等の肥えたケツを思いっ切り峰打ちして、痣の一つや二つくれてやりてぇ気持ちも分かり
ますがね。 程々にしねぇと後始末が大変ですぜ?」
「さ・下がれ!」
妙に上ずったクシャナの声に、クロトワは「?」と目を凝らし、彼女の後ろ姿を見直した。 すると、微かに
ではあったが、固く握られた両手の拳と、彼女の肩が、小さく震えているのが見えた。 驚きのあまり、今
言われた事も忘れてしまった。
「どうしたんですか、殿下?! いったい何があったって――」
「下がれと言った!」
今度は堪えきれず、はっきりと声が震えているのが聞こえた。 そしてクロトワは彼女の頬から床まで、光る
水滴が落ちるのを見た。

〝イィッ!? クシャナが泣いてる?!?〟
一瞬、呆気に取られたが、クロトワはとっさに考えた。
〝ここで一つ、気の利いたことでも言わなけりゃ、バツが悪くなるなぁ… 泣いてるとこ見られたとあっちゃ、
余計ヘソを曲げちまうだろうし… よし、こうなりゃぁ――〟
「殿下、良かったら俺を二・三発ブン殴って下せぇ。 ムシャクシャしてる時ゃ、憎い奴のツラ思い浮かべて、
力いっぱい何かを殴り飛ばすのが一番ですぜ。」
「ウッ…」
部屋の状況からして、すでに気の済むまで癇癪を起こし、もはやクシャナにそのような気が無いと承知の
上での申し出であった。 だがそうやって飽く迄も腰の低い姿勢をとれば、彼女がやがて口を割る事を、
クロトワは心得ていた。 無茶な事を勧めれば、逆に彼女が冷静な判断をし、落ち着く事も。
「お前に当たるつもりは無い。 ここを散らかすつもりも無かったが… 外の兵は何事かと思っただろうな。
私とした事が、大人気無い…」
いささか意気消沈して、クシャナは指で涙を拭った。 その様子にクロトワはホッとし、近寄って行った。
「今度はなんて言ってきたんです? ど~せまたくだらねぇ提案を押し付けようってんでしょうが――」
「お前には関係ない。」
「エッ?」
安心した矢先に冷たくあしらわれ、さすがのクロトワも面食らった。 が、めげる程の打撃ではない。
「そりゃぁ、貴族のお偉いさんの考える事なんぞ、俺には理解できませんがねぇ。 知らぬが仏っても言い
ますし… どうです、殿下、今夜はパァッと飲んで、酔い潰れるってのは?」
「…お前は単純でいいな。 暴れるか酒を飲めば、全てが解決するとは。」
「何も、解決するなんて言ってませんぜ。 確かに気を紛らわせるだけですけどね、八方塞の時はそれでも
一時的に楽になれまさぁ。 そうしてる内に何か良い方法が見えてきたり、あっちから解決が歩いて来たり
する事もありますよ。」

「八方塞、か。 確かにそうかも知れん。」
少し考え込んでいるクシャナがまた口を開くまで、クロトワは静かに待った。
「…王代になって、もうすぐ一年になるが… クロトワ。 私は精一杯、トルメキアの為に尽くしてきたつもり
だ。」
振り向き、じっと自分を見詰めるクロトワと、クシャナは始めて目を合わせた。
「父や祖父に勝るとも劣らぬ手腕と指導力を身につけたと自負している。 帝国も近代では覚えの無いほど
安泰だ。 軍力でも、経済においても、トルメキアは世界の頂点に達したと言えよう。 なのに…」
視線を落とし、足元に散らばった紙片を見やった。 すると自ずと手が拳になり、表情が険しくなった。
「なのに、ゼストの馬鹿どもには、私はただの臓器の塊にしか見えんらしい!」
思わずクシャナは唇を噛み、散乱した紙くずを爪先で蹴った。 その勢いにひらひらと舞う紙片から彼女の
顔に視線を戻し、クロトワはそっと訊いてみた。
「それはいったい、どう言う事で?」
「…例え歴代のどの皇帝より勝っていても、女である限り、私は世継ぎを産む為の道具に過ぎん!」
「な・何を…! そのような事はけして――」
「奴等には、そうなのだ。 私の能力だけでは、不安と見える。 これが何だか分かるか?」
引き裂かれた紙片を、クシャナはまだ僅かに震える手で指差した。
「懇願所ですか?」
「名簿だ。 私の花婿候補のな。」
「エッ?! これ、全部…?」
元の姿では優に三十頁はあったであろうその紙くずに、クロトワは絶句した。
「用意周到なものよのぉ。 これでは断わろうにも、一人一人にそれらしい理由をつけるだけで一苦労だ。
増してやこれだけの中から一人も選ばぬ訳にはゆかぬ。 『帝国の為に早くお世継ぎを』等とぬかしおった
が、すぐに子ができねば我先にと王家の縁者を世継ぎに立てようとするに決まっている。 つまり、皇子を
産まぬ限り、私の統治は成り立たぬと言う訳だ。」
「やれやれ…」
「フンッ。 正に八方塞だ。」
皮肉な笑みを浮かべてクシャナは窓に向き直り、冷たいガラスに額を当てた。
暫らくその背中を眺めてから、クロトワは溜息をついた。
「ハ~ァ。 でも殿下、いつかはこうなると分かってたんですから、今更ジタバタしても仕方ないでしょう。」
「簡単に言ってくれるな! 他人事(ひとごと)だと思って…」
「そりゃぁ、他人事ですからね。 殿下が誰と結婚しようと、確かに俺には関係ありません。 でもまぁ、これ
だけ候補がいれば、中には一人ぐらい良い男がいるかも知れねぇですよ?」
「本当に、そう思うのか?」
キッと自分を睨むクシャナに、クロトワはまた溜息をついた。
「…そんな、突っ込まないで下さいよ、殿下。 ただの気休めに決まってるでしょう。」
「…」
「そりゃ、どこぞの能無し坊ちゃんの相手をしなけりゃならねぇなんて、お気持ちはお察ししますが――」
「黙れ! お前に何が分かる!」
すぐまた外を向いたが、窓の縁に置かれたクシャナの拳に、悔し涙が二滴、零れ落ちた。


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