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うろほろぞ
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q5
クシャナは自分の部下を、大事に扱うよう心掛けていた。 以前、自分が育て上げた部隊を、父や兄達が
湯水のように使って犬死させた時、そのような無体な仕打ちは決してしないと誓ったのである。 それ故、
クロトワの人権を無視していると己の良心に指摘され、衝撃を受けた。
“私は、いったい… 奴の気持ちに気付かなかったのも、クロトワを一人の人間として認識していないから
だろうか? …だとすれば辻褄が付く。 クロトワはそれを知っていたから… ああする以外、想いを伝える
事ができなかったのか。 想いを寄せている事に気付いてももらえず、辛かったのであろう。 死にたくなる
程、苦しかったのかも知れない…”
部屋に着いた頃にはクシャナの憤りは治まり、反省すると同時に、クロトワの行動の責任を大部分、自分に
負わせていた。 廊下から居間に入り、護衛兵達を外に残して戸を閉めると、一日の疲れが溜息として
零れた。 その素顔は別人のように沈んでいた。
“とにかく、寝よう。”
奥にある別室の寝室に向かって歩き出すと、暖炉際の長椅子から影が起きた。
「姫様、晩かったのですね。 御髪を梳きましょうか?」
「ログダ! まだいたのか。 晩くなるから下がって良いと言った筈だ。」
「ですから尚更に心配で、眠れなかったのです。 平民兵と宴会だと伺いましたので… 姫様の御身に何か
あってはと、ハラハラしておりましたのですよ!」
クシャナはまた溜息をついた。 幼い頃から乳母を務めたログダを手放す事もできず、身の回りの事を
任せていたが、どれほど月日が経とうとも、自分を非力な少女のように扱う彼女の心配性は、時には重荷
でしかなかった。
「ログダ… もういい加減その呼び方は止めてくれ。 私はもう、子供ではない。」
「それは承知しております! 時には姫様ご自身よりも、意識しているのではないかと、それが何より心配
なのです!」
後を追って寝室に入って来たログダに、抵抗する方が疲れると諦めて、クシャナは化粧台の前の椅子に
腰を下ろした。 結い上げられたその髪を慣れた手付きで解くと、優しく梳かしながらログダは続けた。
「姫様はもう何年も、兵士として戦場にまで出向かれていらっしゃるので、ご自分を男同然とお思いになって
おられるのではありませんか? それは、戦法においても、誰にも勝っておいでなのは分かっております。
しかし姫様は女として、ご自分がどれ程お美しく、周囲の男どもにとって魅力的でいらっしゃるかを、お忘れ
がちです。」

目を伏せていたクシャナは、鏡の自分と視線を合わせ、小声で呟いた。
「ログダ… クロトワと同じ事を言うのだな。」
「え? 何ですか、姫様?」
「今日、な… クロトワが同じ事を言っていた。」
「クロトワ、ですか? あぁ、あの薄汚い平民の参謀ですね。 随分とでしゃばった事を言いますんですね!
姫様が甘やかしてらっしゃるから、付け上がるのですよ! あのような男が一番危険です! 粗野で粗暴、
見るからに飢えた狼ではありませんか! 正直申し上げて、なぜあのような者をお側に置かれるのか、
私には理解できかねます。 他に幾らでも優秀な兵士がおりますでしょうに…」
複雑な気持ちでクシャナは聞いていた。 今夜の出来事をログダが知れば、自分の言った事が立証された
と主張するであろう。 いずれは町中、下手をすれば国中に知れ渡る大事件(スキャンダル)。 だがクロトワの
心中を初めて理解したクシャナは、慈悲を持って対処してやりたかった。
「クロトワは、あれでも奇麗好きだぞ。 貧相な雰囲気はしているが、あれは奴の芝居だ。 平民上がり故に
貴族兵の前では腰の低い態度を取らねば、余計敵を作る事になる。 人の心を良く理解している、思慮も
分別もある男だ。 私が側に置いているのも、兵士達の士気を素早く察知できる逸材だからだ。 それに、
もう二度も、私の命を救った…」
「それは私も伺っております。 しかし常日頃、お側近くに置かなくても宜しいのではありません? 姫様の
お美しさを口にするなんて、身の程を弁ていない証拠です! そんな事を考える権利すらない下人の分際
で… 何を想像しているのか考えただけで身の毛が弥立ちますわ。 男など、獣(けだもの)でございますから
ね、姫様!」
「獣だの狼だの言っているが、クロトワは単なる犬だ。 私の飼いならした、番犬だ。 甘える事はあっても、
主に逆らいはしない…。」
「そんな! 姫様、油断してはいけません! 隙を狙って、何をしようとするか――」
ログダが手を止めたので、クシャナは立ち上がり、無造作に服を脱ぎ始めた。
「今日は疲れた。 もう休ませてくれ。」
「…姫様…」
「まぁ、明日になればお前の喜ぶ知らせが聞けるだろう。」
「えっ? 何でございますか?」
ブーツを脱いで振り向きもせず、ベッドの上に敷かれた寝巻きを羽織ながら答えた。
「安心しろ。 もうクロトワは私の側にはいられん。」
「? どういう事です、姫様?」
「…明日になれば分かる。 もう寝る。」
背を向けたままベッドに入ったクシャナに、ログダはしっかりと毛布を掛け直した。 その憂鬱な顔は見え
なかった。
「お休みなさいませ、姫様。」
「…」
そっと扉が閉まると、クシャナは目を瞑り、一日の出来事を忘れようとした。 だが眠ろうとすればする程、
眠れなくなった。
楽な姿勢を探して寝返りを打っていると、ふと生暖かいシーツの端が唇に触れた。 瞬時に蘇る、口付けの
余韻。 毛布に擁かれた温もりも、なぜかクロトワの腕を思い出させた。
“そう言えば… あんな風に抱かれたのは、母上が毒を盛られてから、初めてだな…”
懐かしさと人恋しさに胸を締め付けられ、涙を堪えながら、ようやくクシャナは眠りについた。






その頃、独房の中でクロトワは完全に酔いから醒め、顔の血と涙を袖で拭い、投げ出された床から起き
上がり、ベッド代わりの板の上に座った。
“さて… もうやっちまった事を悔やんでも仕方ねぇや。 問題はこれからどうするか、だ。”
一本の松明に燈された独房を見渡し、溜息を零した。
“もっとも、こうなったら俺のできる事なんざ高が知れてるか… 脱獄できる程チャチには作ってねぇだろう
し、脱走させてくれるような命知らずもいねぇだろうし…。 クシャナがどうするつもりなのかもさっぱり分かん
ねぇや。 本当にこのまま生かしておく気か? でもクレネや将軍連が黙っちゃいねぇだろうな。 どっち道
コルベットが出来あがったら、俺は用無しだ。 遅かれ早かれ、処刑されるだろう。 まぁ、結構長生きした
方だよな… 俺みてぇな陳腐な男にしちゃぁ上出来か。 クシャナの玉の肌にも触れたんだし、もう思い残す
こたぁねぇな!”
クシャナの肌の感触を思い起こし、にんまりと顔が綻んだ。
“ホントにいい女だったなぁ… 滑々してて、ほんの少し香水の匂いがして…。 あ~ぁ… いったい、誰の
女房になるんだか…。 チキショウ! 爵位さえあったら、俺が真っ先に口説いてやったのに! ま、どうせ
突っ撥ねられちまっただろうが、な。 俺より顔も頭もいい奴は、幾らでもいるからな。 でもやっぱり悔しい
ぜ、クシャナ! あんたが他の男のものになるなんて… さっさと処刑されちまう方が、よっぽど楽だ。”
クロトワは、自分の発想に気付き、苦笑した。
“生き延びる事しか考えてなかったこの俺が、『死んだ方がマシだ』なんて、どうかしてるよなぁ。 俺とした
事が、本気でクシャナに惚れちまったらしい…。 馬鹿なもんだなぁ!”
つい、声を出して笑ってしまった。 だが同時に、また涙が頬を濡らしていた。
“情けねぇや… 俺ァなんて無様なんだ! こんな男、クシャナが気に留める筈がねぇよな。 嗚呼、そうさ!
俺なんか、死んじまったら、きっとすぐ忘れちまうだろう。 『あんな馬鹿がいた』って事も、知らねぇ内に忘れ
ちまってるだろう。 チキショウ!”
護衛兵に取り押さえられた時、ベルトにあった銃も剣も没収されたが、クロトワは非常用に、ブーツの踵に
小さな刃を忍ばせていた。 指の長さ程しかないそのナイフの刃を取り出し、初めて自分の手首に当てた。
“せめて、あんたを想って死んで逝った男がいたって事を、覚えててくれよ… 情けねぇけどよぉ、それくらい
しか、俺を思い出してもらえるような事ができねぇんだ。 クシャナ… 戦場であんたを庇って死んだ奴等
みたいに、俺の為にも泣いてくれるか? ほんの二・三滴でも、涙を流してくれるか? それとも、『馬鹿な
奴だ』って、軽蔑するか? …あんたに軽蔑されるのは、やっぱり嫌だなぁ…”
内心、躊躇しながらも、手首には刃を当てたまま、その表面に反射される松明の炎を呆然と見詰めていた。
“もうちょっとマシな覚え方して欲しいもんだよなぁ… なんか、こう、形に残るような… 見る度、俺を思い
出さずにゃぁいられねぇような… チキショウ、どっかに歯型でも付けとくんだったなぁ!”
しかしクシャナの白い肌にくっきりと残る痕を思い浮かべると、さすがのクロトワも良心の呵責を感じた。
“やっぱり、女にンな事してたら、一生恨まれるか。 幾ら男勝りのクシャナだって、女に違いねぇからな…。
そこまで怒らせてたら、コルベットがどうなったって、即座に処刑されただろうな。”
ふと、クロトワは気付いた。 そして刃物を落とす程、驚いた。
“何やってんだ、俺は! コルベットがあるじゃねぇか! 作りかけのあのヤツを目一杯すげぇのにすりゃ、
クシャナも見る度、乗る度、俺の事を思い出すじゃねぇか!”
取り落とした刃を拾い上げ、慌てて元の隠し場所に戻した。
“そうさ! コルベットを完成させる為に、クシャナは俺の処刑を延期したんだ。 あの船は、云わば俺の
忘れ形見になる訳だ。 それを期待して――いや、俺のウデに期待してくれたんじゃねぇか! それに
応えねぇで死んじまったら、男が廃るぜ! こうなったらクシャナの為に、最高の船を拵えてやる! その
後で捨てられたって構やしねぇ。 誰もがアッと驚くような、世界一のコルベットを、あんたの為に作り上げて
見せるぜ!
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