telepathy
BF団にその身を置いてサニーはようやく2歳になった。
『後見人』の樊瑞にその成長を見守られ、大切に慈しまれて育てられている。
そして相変わらず実の父親であるアルベルトとほとんど顔を合わせることもない。
樊瑞がアルベルトに「たまには自分の子どもを抱き上げてみてはどうだ、子が大きくなっているのを実感するのも父親の喜びだと思うが」と言うものの、アルベルトは「親子の縁は既に切ってある」の一言で切り下げる。娘を見ないで背を向けるその姿を見る度に樊瑞は溜息を漏らした。
それでもサニーが覚えた言葉で得意なのは
「おじちゃま」とそして「ぱぱ」だった。
最初は樊瑞を「ぱぱ」と呼んでいたが根気良く改めさせた。いくら実父が縁を切って自分に娘を預けたといっても自分は親ではない。物心つかないうちをいいことに自分を父親として刷り込ませるようなことは樊瑞にはできなかった。
父親かどうかはこの子自身が自分の意思で決めること、そう樊瑞は強く決めている。
そして2年前に自分がこの子を預かったときにもアルベルト本人にそう断ってある。
その時アルベルトは「わかっている」とだけ言った。
ある日を境にサニーはしきりに「ぱぱ」と言いながら宙をかくように手をバタつかせるようになった。サニーが「ぱぱ」と言う向こうにはもちろんその「ぱぱ」はいない。樊瑞は首を捻る。そして不安になる。その行動が頻繁に行われるようになったからである。
「これは少し問題があるのではないか?」
最古老のカワラザキに相談してみる。実の父親がいない不安定な環境で精神がすこし病んでしまったのでは?などと樊瑞は切り出してみたがカワラザキは意外と落ち着き払っている。
「病んでいるなどと・・・樊瑞、お主はサニーを懸命に育てておるではないか。確かに実父はアルベルトではあるが子どもにかける愛情の度合いは実父以上だとワシは思っておるが。現にサニーはお主によく懐いている」
そういわれれば少しは安心するし、また嬉しい気もする。実父ではないが長く時間を過ごせば親同様に湧く愛情が確かにある、それは紛れも無い事実。父親の真似事であると自分でも言い聞かせてはいるが感情は誤魔化せない。
この組織でこの身分の自分が親の真似事にある種の生きがいを感じてしまっている。
最初はとまどったものの自分に抱きつく子どもの温もりを感じればそんなとまどいが随分と小さく感じた。だからかもしれないが自分の子と縁を切るアルベルトが許せないでもあり、そして少し不憫にも思う。でも本人にそのことをもちろん伝えてはいない。伝えたらきっと「くだらん」の一言で片付けられてしまうのは目に見えているからだ。
サニーのことはもう少し様子を見よう。
樊瑞はカワラザキの執務室を後にした。
しかしサニーの不可思議な行動はその後も続く。毎日ではないが時折「ぱぱ」といっては見えない何かを掴もうとする。そんなある日幽鬼がBF団本部の敷地内にある自分の屋敷を訪れた。
「カワラザキの爺様に言われてな」
そう言うと猫背を小さく揺すって笑う。
幽鬼は相手の感情や思考を感じ取るテレパシー(精神感応)能力が十傑集一であり、すなわち十傑一ということは世界で並ぶ物なく最高の能力者である。テレパシー能力者は比較的多い、異能者でなくとも一般的な人間でも「なんとなく感じる」程度の能力を持っている場合がある。そしてその程度の感覚は本人にテレパシーという意識は感じさせない。また感じ取る対象が自分と波長が合う者であると条件が限られる場合がほとんどである。
しかし幽鬼の場合そのテレパシー能力に条件はほとんど無い。恐ろしい事にどのチャンネルもオープン可能にすることができる。それは端的に言えばあらゆる他人の思考や感情を好きなだけ覗き放題が可能であるということ。ちなみに十傑レベルの能力者ともなれば無意識下のうちに強い精神障壁張り、外部からの精神リンクを防いではいる。それは「防衛本能」に近い能力。しかし幽鬼本人がその気になり最大限に力を発揮した場合、十傑といえどもそれがどの程度機能するかはわからない。実際幽鬼本人も試した事は無いし、彼の場合することも無いだろうと樊瑞は確信している。
人の心を、望むとも望まざるともむやみに覗くとどうなるか、それは幽鬼本人が一番知っていることだからだ。
「子どもはどこにいる?」
幽鬼は樊瑞の広い屋敷を見渡し「こっちか」と迷う事無く2階へ上がる。樊瑞も何も言わずその後についていく。2階奥の扉を開くとサニーが積み木を組み立てて遊んでいた。
「どうする気だ、幽鬼」
「子どもの見えざる相手が何か確かめる、それだけだ。心配するな他にどうしようとは思ってはいない」
幽鬼はゆっくりとサニーの前に腰を下ろした。積み木に夢中になっていたサニーも幽鬼を見る。樊瑞は力の波動を脳細胞の奥深くにチリチリとした感覚で感じ取った。
「サニーはまだ2歳の子だ、あまり無理はするな」
「わかっている、こうした子どもが一番難しい、気が散るから喋りかけないでくれ」
サニーの赤い瞳を覗き込みながら幽鬼は精神を集中させる。子どもの負担にならないよう細心の注意を払いながら目の前にある無垢な精神を手繰り寄せ、自分のチャンネルとをつなぎとめる。それはいつも彼が行う太い線とは異なる細い細い糸のようなもの。精神の扉がその細い糸を伝わるようにゆっくりと開かれる。
オブラードのような薄い表層を丁寧にめくりとる。
そこには煩雑な子どもの情報の波があった。
幽鬼はあえてそれは見ないままはじいた。彼は子どもの過去やとりまく環境から生まれた感情を読み取らないと決めていた。さらに精神を集中させる。
あふれ出す情報の最奥に光が見える。赤い光だ。
その光をさらに覗き込む、強い光なのにやけに温かい。
「・・・!!!っつう!」
とたん幽鬼の頭に痛みがはしった。
「どうした!?」
手を頭にあてる幽鬼に樊瑞は身を乗り出して覗き込む。一呼吸置いて「大丈夫だ」と幽鬼は薄く笑ってみせる。目の前にいるサニーはきょとんとした表情で赤い瞳をパチパチさせていた。そして幽鬼のあたまを撫でた。
「はは・・・ありがとうよお嬢ちゃん」
「幽鬼、何か見えたのか?いったいなんだ」
「ふふ・・・樊瑞知りたいのか?」
「あたりまえだ」
幽鬼は肩を大きく揺すって笑い出した。その様子に樊瑞は憮然となる。
「なぁに我々が心配するようなことじゃなかったことだ・・・くくくく」
「?・・・どういうことだ?」
「邪魔したなお嬢ちゃん」
樊瑞の問いかけに答えるでもなく幽鬼は部屋を出た。
そして屋敷を出ようとしたが樊瑞に止められる。
「説明しろ、結局なんだったのだ」
「アルベルトだ」
「なに?」
「あの子どもが見ていたもの、いや、感じ取っていたといった方がいいかもしれん。それがアルベルトだったということだ」
「ア・・・アルベルト?」
「そうだ、どうやらあの親子はテレパシーで繋がっているらしい。それもかなり強烈なやつだ。確か奴はいま任務で北京にいるだろう?驚いた事に地球の裏側にいるはずなのに娘と精神下で強く結びついている。まるで切り離せないへその緒のように」
「へその緒・・・」
幽鬼は一息吐いて唖然としている樊瑞を見る。
「ただし、チャンネル接続の権利は父親であるアルベルトが持っている。自我が芽生え始めたもののまだ精神的に不安定で未熟であるから子ども側は常にオープンの状態であっても父親に意図的にリンクは行えない、さらに親からのリンクを受けても思考や感情までは伝わるまい。まぁ「気配」としては感じ取っていたようだが」
「そ・・・そうか・・・」
「そしてオープンといっても対象は親子間のみだ、第三者の思考、感情を読み取るような不安要素は今のところは無い。まぁだからこそあれだけ強い結びつきなのだろう。くくくくっ・・・うっかり「おとうさん」に見つかって叱られてしまったぞ」
頭を擦る、実のところまだ頭痛がしている。随分と強烈な「一撃」だった。任務から戻ってきたアルベルトに何か言われるだろうか、心の奥で笑ってみせる。
樊瑞まだ唖然としている。
「さてはお主うらやましいのではないのか?」
幽鬼が人の悪そうな顔で口が開いたままの樊瑞を覗き込む。
樊瑞は我に返り後ろにたじろいだ。
「な・・・何を言うか!さてはワシを読みおったな!」
自分で「図星です」と言っていることにはまったく気づいてないらしい。
「読むまでもない、お主の顔に書いてあるぞぉ?」
幽鬼は腹を抱えて笑い出した。
END
BF団にその身を置いてサニーはようやく2歳になった。
『後見人』の樊瑞にその成長を見守られ、大切に慈しまれて育てられている。
そして相変わらず実の父親であるアルベルトとほとんど顔を合わせることもない。
樊瑞がアルベルトに「たまには自分の子どもを抱き上げてみてはどうだ、子が大きくなっているのを実感するのも父親の喜びだと思うが」と言うものの、アルベルトは「親子の縁は既に切ってある」の一言で切り下げる。娘を見ないで背を向けるその姿を見る度に樊瑞は溜息を漏らした。
それでもサニーが覚えた言葉で得意なのは
「おじちゃま」とそして「ぱぱ」だった。
最初は樊瑞を「ぱぱ」と呼んでいたが根気良く改めさせた。いくら実父が縁を切って自分に娘を預けたといっても自分は親ではない。物心つかないうちをいいことに自分を父親として刷り込ませるようなことは樊瑞にはできなかった。
父親かどうかはこの子自身が自分の意思で決めること、そう樊瑞は強く決めている。
そして2年前に自分がこの子を預かったときにもアルベルト本人にそう断ってある。
その時アルベルトは「わかっている」とだけ言った。
ある日を境にサニーはしきりに「ぱぱ」と言いながら宙をかくように手をバタつかせるようになった。サニーが「ぱぱ」と言う向こうにはもちろんその「ぱぱ」はいない。樊瑞は首を捻る。そして不安になる。その行動が頻繁に行われるようになったからである。
「これは少し問題があるのではないか?」
最古老のカワラザキに相談してみる。実の父親がいない不安定な環境で精神がすこし病んでしまったのでは?などと樊瑞は切り出してみたがカワラザキは意外と落ち着き払っている。
「病んでいるなどと・・・樊瑞、お主はサニーを懸命に育てておるではないか。確かに実父はアルベルトではあるが子どもにかける愛情の度合いは実父以上だとワシは思っておるが。現にサニーはお主によく懐いている」
そういわれれば少しは安心するし、また嬉しい気もする。実父ではないが長く時間を過ごせば親同様に湧く愛情が確かにある、それは紛れも無い事実。父親の真似事であると自分でも言い聞かせてはいるが感情は誤魔化せない。
この組織でこの身分の自分が親の真似事にある種の生きがいを感じてしまっている。
最初はとまどったものの自分に抱きつく子どもの温もりを感じればそんなとまどいが随分と小さく感じた。だからかもしれないが自分の子と縁を切るアルベルトが許せないでもあり、そして少し不憫にも思う。でも本人にそのことをもちろん伝えてはいない。伝えたらきっと「くだらん」の一言で片付けられてしまうのは目に見えているからだ。
サニーのことはもう少し様子を見よう。
樊瑞はカワラザキの執務室を後にした。
しかしサニーの不可思議な行動はその後も続く。毎日ではないが時折「ぱぱ」といっては見えない何かを掴もうとする。そんなある日幽鬼がBF団本部の敷地内にある自分の屋敷を訪れた。
「カワラザキの爺様に言われてな」
そう言うと猫背を小さく揺すって笑う。
幽鬼は相手の感情や思考を感じ取るテレパシー(精神感応)能力が十傑集一であり、すなわち十傑一ということは世界で並ぶ物なく最高の能力者である。テレパシー能力者は比較的多い、異能者でなくとも一般的な人間でも「なんとなく感じる」程度の能力を持っている場合がある。そしてその程度の感覚は本人にテレパシーという意識は感じさせない。また感じ取る対象が自分と波長が合う者であると条件が限られる場合がほとんどである。
しかし幽鬼の場合そのテレパシー能力に条件はほとんど無い。恐ろしい事にどのチャンネルもオープン可能にすることができる。それは端的に言えばあらゆる他人の思考や感情を好きなだけ覗き放題が可能であるということ。ちなみに十傑レベルの能力者ともなれば無意識下のうちに強い精神障壁張り、外部からの精神リンクを防いではいる。それは「防衛本能」に近い能力。しかし幽鬼本人がその気になり最大限に力を発揮した場合、十傑といえどもそれがどの程度機能するかはわからない。実際幽鬼本人も試した事は無いし、彼の場合することも無いだろうと樊瑞は確信している。
人の心を、望むとも望まざるともむやみに覗くとどうなるか、それは幽鬼本人が一番知っていることだからだ。
「子どもはどこにいる?」
幽鬼は樊瑞の広い屋敷を見渡し「こっちか」と迷う事無く2階へ上がる。樊瑞も何も言わずその後についていく。2階奥の扉を開くとサニーが積み木を組み立てて遊んでいた。
「どうする気だ、幽鬼」
「子どもの見えざる相手が何か確かめる、それだけだ。心配するな他にどうしようとは思ってはいない」
幽鬼はゆっくりとサニーの前に腰を下ろした。積み木に夢中になっていたサニーも幽鬼を見る。樊瑞は力の波動を脳細胞の奥深くにチリチリとした感覚で感じ取った。
「サニーはまだ2歳の子だ、あまり無理はするな」
「わかっている、こうした子どもが一番難しい、気が散るから喋りかけないでくれ」
サニーの赤い瞳を覗き込みながら幽鬼は精神を集中させる。子どもの負担にならないよう細心の注意を払いながら目の前にある無垢な精神を手繰り寄せ、自分のチャンネルとをつなぎとめる。それはいつも彼が行う太い線とは異なる細い細い糸のようなもの。精神の扉がその細い糸を伝わるようにゆっくりと開かれる。
オブラードのような薄い表層を丁寧にめくりとる。
そこには煩雑な子どもの情報の波があった。
幽鬼はあえてそれは見ないままはじいた。彼は子どもの過去やとりまく環境から生まれた感情を読み取らないと決めていた。さらに精神を集中させる。
あふれ出す情報の最奥に光が見える。赤い光だ。
その光をさらに覗き込む、強い光なのにやけに温かい。
「・・・!!!っつう!」
とたん幽鬼の頭に痛みがはしった。
「どうした!?」
手を頭にあてる幽鬼に樊瑞は身を乗り出して覗き込む。一呼吸置いて「大丈夫だ」と幽鬼は薄く笑ってみせる。目の前にいるサニーはきょとんとした表情で赤い瞳をパチパチさせていた。そして幽鬼のあたまを撫でた。
「はは・・・ありがとうよお嬢ちゃん」
「幽鬼、何か見えたのか?いったいなんだ」
「ふふ・・・樊瑞知りたいのか?」
「あたりまえだ」
幽鬼は肩を大きく揺すって笑い出した。その様子に樊瑞は憮然となる。
「なぁに我々が心配するようなことじゃなかったことだ・・・くくくく」
「?・・・どういうことだ?」
「邪魔したなお嬢ちゃん」
樊瑞の問いかけに答えるでもなく幽鬼は部屋を出た。
そして屋敷を出ようとしたが樊瑞に止められる。
「説明しろ、結局なんだったのだ」
「アルベルトだ」
「なに?」
「あの子どもが見ていたもの、いや、感じ取っていたといった方がいいかもしれん。それがアルベルトだったということだ」
「ア・・・アルベルト?」
「そうだ、どうやらあの親子はテレパシーで繋がっているらしい。それもかなり強烈なやつだ。確か奴はいま任務で北京にいるだろう?驚いた事に地球の裏側にいるはずなのに娘と精神下で強く結びついている。まるで切り離せないへその緒のように」
「へその緒・・・」
幽鬼は一息吐いて唖然としている樊瑞を見る。
「ただし、チャンネル接続の権利は父親であるアルベルトが持っている。自我が芽生え始めたもののまだ精神的に不安定で未熟であるから子ども側は常にオープンの状態であっても父親に意図的にリンクは行えない、さらに親からのリンクを受けても思考や感情までは伝わるまい。まぁ「気配」としては感じ取っていたようだが」
「そ・・・そうか・・・」
「そしてオープンといっても対象は親子間のみだ、第三者の思考、感情を読み取るような不安要素は今のところは無い。まぁだからこそあれだけ強い結びつきなのだろう。くくくくっ・・・うっかり「おとうさん」に見つかって叱られてしまったぞ」
頭を擦る、実のところまだ頭痛がしている。随分と強烈な「一撃」だった。任務から戻ってきたアルベルトに何か言われるだろうか、心の奥で笑ってみせる。
樊瑞まだ唖然としている。
「さてはお主うらやましいのではないのか?」
幽鬼が人の悪そうな顔で口が開いたままの樊瑞を覗き込む。
樊瑞は我に返り後ろにたじろいだ。
「な・・・何を言うか!さてはワシを読みおったな!」
自分で「図星です」と言っていることにはまったく気づいてないらしい。
「読むまでもない、お主の顔に書いてあるぞぉ?」
幽鬼は腹を抱えて笑い出した。
END
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