忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[20]  [21]  [22]  [23]  [24]  [25]  [26]  [27]  [28
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「…ッ!」
攻撃を受け流していたステッキを跳ね飛ばされた衝撃で床板に膝をついた瞬間、右肩に突き刺さった熱さに息が詰まる。
クナイだと気づいた時にはもう、眼前にレッドのお兄様の顔。
首筋にはうっすらと冷たさの伝わる切っ先があるはず。
「終わりだ」
ニヤリと笑う顔はおじ様の執務室で他愛なく笑うのものと同じすぎて、軽くめまいがした。
例え相手が誰であろうと、ためらいなくこの切っ先が押し当てられることを私は知っている。
その瞬間、ぬ、っと手のひらが目の前に突き出される。
伸びてきた腕の先を見ると怒鬼のお兄様。
「何だ怒鬼!茶々を…」
入れるな、と続けられるはずだったろうに、レッドのお兄様はすっと落とされた怒鬼のお兄様の視線を目ざとく辿る。
「…ほぅ?」
引き絞られた矢のごとく、音もなく指先に集めた衝撃波の強く赤い光にレッドのお兄様は目を細めた。本当に気づいていらっしゃらなかったのなら、私の力もそう捨てた物ではないかもしれない。
レッドのお兄様はようやく刀を引いてつまらなそうに「捨て身の相討ちか、つまらん!!」と唇を尖らせた。
だって、仕方ありませんわ。
それしか出来そうにないってようやく気づいたのですもの。
私にはレッドのお兄様をご満足させられる力はないのね。
…そう、今は、まだ。
思わず胸の上でぎゅっと手を握ると、怒鬼のお兄様が音も立てずに、座り込んだ私の側までやって来てかがみこまれた。
「…」
困ったような、諌めるような目で私を見て、クナイの突き刺さったすぐ側に布を当てると、クナイに手をかけ私を見つめた。
その意味を理解し、ようやく頷くと、灼けるような痛みと熱さとともに鉄の塊が取り除かれ、吹き出す赤が見る見るうちに白い布を染めていく。
私のもう片方の手を取り、怒鬼のお兄様はその布を私に握らせた。その上に自分の手を重ねて強く圧迫する。
問いかけるように見ると、真剣なお兄様の目に出会って、ようやく止血のためなのだと思い当たった。
…そんな事も知らずに、私は、真剣勝負をして欲しいなんてレッドのお兄様にお願いしてしまったのね。
なんて身のほど知らずで、愚かな小娘でしょう…!
「ご、…ごめんなさ…、申し訳ありません!わ、私…」
恥ずかしくてうろたえた拍子に涙がこぼれ落ちそうになって、声が震えてしまう。
と、ぼすん、と叩かれるような感触で重いものが頭に置かれる。
見上げるとレッドのお兄様の手。
私を観察するような興味深そうな目で見ると、一度頭に置かれた手が、べしべし、と頭を叩いた。
痛い…と言うほど痛くはないけど、重い。
「…、お、お兄様?」
「フム」
首を傾げて、レッドのお兄様は今度は両手でわしわしと私の髪を掻き混ぜる。
「きゃ!…お兄様!!ちょっと、おやめになって!」
怒鬼のお兄様はまだ手を放しては下さらないし、傷口が痛くて右腕は上げられないけれど、髪をぼさぼさにされるなんて…耐えられないわ!
ようやくレッドのお兄様の手が離れたから、怒鬼のお兄様はまだ手を放してくれないけれど痛むほうの腕で髪に手をやろうとしたら急に目の前が暗くなった。
かすかな汗の匂いと、オリエンタルな香が鼻先を掠める。
レッドのお兄様の胸に抱き込まれたのだ。
ぎゅっと、というか、やわらかな猶予を与えられながら、抱き締められているような気がする。
と、べしべし、と無造作に強く後頭部をはたかれた。
「サニー・ザ・マジシャン、今度つまらん真似をしたら尻を叩くからな!!」
だだを捏ねるように今度こそむぎゅーーー!!っと込められた腕の力に、必死で怒鬼のお兄様のほうを見ると、にこりと笑われる。
…こ、これこそが思い上がった私への罰なのかしら。
でも、お尻は未来永劫断固として拒否させていただくわ!!
ひとしきりレッドのお兄様の抱擁が済むと、怒鬼のお兄様が医療棟へ行くようにと促すように道場の出口へと腕を広げた。
「…このこと、おじ様に隠しとおせるかしら」
不安になってお二人を見ると、怒鬼のお兄様は目を逸らした。
「何故だ?樊瑞に教えてやったらきっと面白いことになるぞ」
意外だと言いたげに、レッドのお兄様はとてつもなく楽しそうにニヤリと笑う。
おじ様には内緒にしたいなんて、虫が良過ぎるわよね。
「…本当に、申し訳ありませんでした。私の我侭きいてくださってありがとうございます。とっても嬉しかった。できるだけ、ご迷惑のかからないようにいたします。私、もっと精進しますわ!」
相変わらず無言の怒鬼のお兄様に、レッドのお兄様は「樊瑞が泣いて取り乱すか俺の所へ怒鳴り込んでくるか、見物だな!」と楽しげに笑うと、また私の髪をがしがしと掻き混ぜた。
「んもう!お兄様ったら!!」
また髪の毛をくしゃくしゃにされてしまって、思わず頬をふくらませて見上げると、レッドのお兄様は何か言いたげに首を傾げた。
でも、何も言わないまま手を放すと、ぷいとそっぽを向いてしまう。
その代りのように、すっと怒鬼のお兄様が私の背を押す。
「え?…あ、あの、一人でも大丈夫ですのよ、止血もしていただいて…」
焦って言い募る私に、怒鬼のお兄様はゆっくりと首を振った。
「サニー・ザ・マジシャン、またな」
気のなさそうな声で、レッドのお兄様がニヤリと笑う。
自分にはそうする義務があるのだとでもいう風に、怒鬼のお兄様は提灯片手に私の背を押した。



PR
十傑集リーダーたる混世魔王樊瑞は重大な事実に気づきつつあった。
後見人として手元に引き取ったサニー・ザ・マジシャン。
彼女がこれからぐんぐん”女性”へ成長するという事実に。
「重々承知の上と思っていたが」
ぷかりと煙を吐き出し、白昼の残月は意外そうに呟いた。
樊瑞の屋敷の応接室。
暖炉でぱちぱちと薪木の燃える明るさだけが夜も更けた部屋を照らしていた。
長身の彼らをもしっかりささえ包み込むようなソファが暖炉へ向き合う形で並べられ、二人の間に置かれたテーブルには、ウィスキーの入ったグラスが各々置いてある。
「無論、頭ではわかっておったさ」
顎鬚を撫で、暖炉の火を眺めながら樊瑞は物憂げに応じる。
喫煙の類はとうにやめたはずが、こんな時には妙に手持ち無沙汰に感じた。
「後悔しているのか?」
表情を窺い知ることのできない仮面の下、残月の言葉は常に容赦がない。
「まさか…!後悔などしてはおらん。…ただ、な…」
言葉を濁し、樊瑞は困ったような、遠くを見る目をした。
残月は首をかしげる。
「ただ何だと言うのだ、樊瑞」
「うむ…」
言葉を探すように樊瑞が言い淀む。
と、ドアの向こうからぱたぱたと軽い足音。
ノックの音とともに「おじ様、よろしいでしょうか?」とサニーの声がした。
「…ああ、おいで」
樊瑞の返事を聞きドアが開けられると、白いネグリジェのレースの裾がふわりと揺れた。
「失礼します。…あら、残月のおじ様!」
「お邪魔している」
煙管を片手に残月が振り向くと、サニーはかすかに頬を染めた。
少女は残月の傍らに寄り挨拶のキスを送る。
「こんな恰好で、ごめんあそばせ」
「いや、眼福というもの」
上等なやわらかな生地に豪華なレース飾りがほどこされたネグリジェは、胸元からたっぷりとAのラインを描くように裾が広がっている。そこから伸びる腕も足も白く細い。洗い髪を乾かしたままの栗色の髪は、ふわふわと細いうなじを飾っていた。
人形のようなかわいらしさの中に、少女らしい、色気のような危うさがあるな、と残月は思う。
すっかり和んだ声で残月が言うのに少女は頬を染めたまま笑う。
「まあ!いやだわ、おじ様ったら」
「ふふ、おじ様か」
サニーの言葉に残月は小さく声に出して笑った。年齢なら十傑集の中でも一番近いはずだが、と心中で苦笑する。
「サニー、もう寝る時間かね」
「はい。お休みのご挨拶に」
樊瑞の声にくるりと少女が振り向くと、裾が風をはらんでふわりと揺れる。
暖炉の光に浮かび上がる少女の陰影はどこまでもやわらかい。
その様子に目を細め、樊瑞は小さく溜息をついた。
「…おやすみ、サニー」
「…おやすみなさい、おじ様。残月のおじ様も」
少々不満げに少女は唇をとがらせるが、大人しく踵を返す。
サニーのシャンプーの香りを残しドアが閉じられると、樊瑞はずるりと少しばかり深くソファへ埋もれた。
それを横目で見、残月は呟く。
「おやすみのキスが欲しかったようだが」
「…それはやめさせた」
「なるほど」
残月は小さく笑った。
樊瑞が”頭ではわかっていた”と言う意味を理解したのだ。
「馬鹿馬鹿しい話だが、我が身を信用し切れんのだ」
苦々しげに樊瑞が呟く。
細い首、やわらかな唇。無防備に伸ばされる腕。
大人になりきっていないしなやかな身体が、何故抱き締めてくれないのかとなじるようだった。
忍耐力を試されている気までしてくるが、それは己の勝手な受け取りようなのだ。少女は”おじ様”を信頼しきっているからこそ無防備な姿を晒しているに過ぎない。
「しかし、彼女は望んでいる気がするが…」
幼いとはいえ、あれでは無防備に過ぎる。
首をひねる残月に、樊瑞は肩をすくめた。
「例えそうだとしても、だ。サニーが分別のつけられる歳になる前にどうにかなってしまっては、アルベルトに申し訳が立たん」
セルバンテスのような真似をする気はないのだ、と遠くを見る目をする樊瑞に、残月はわずかばかり同情の眼差しを送る。
今の言いようでは、サニーが樊瑞の言う”分別のつけられる歳”ならばどうにかなりそうだと言っているようなものだ。
サニーは分別なら既についているのでは、とも思ったが残月は口にはしなかった。
言ったところで、十を幾つか過ぎたばかりの少女相手では慰めにもならない。
「だが、手放す気はないのだろう」
「当然だ」
渋い顔で樊瑞が黙り込む。
後見人としては目の届く所へ置きたいし、かわいいものはかわいい。
苦悩の種であろうとも手放したいわけがない。
「…幸せの苦しみといったところか」
ぷかりと煙を吐いて残月が呟く。
望む所だ、と樊瑞の口の中で呟かれた言葉は部屋の暗がりへ溶けて消えた。



ベルギーへ寄ったついで、いや、わざわざ寄って買い求めたチョコレートを樊瑞は少女へ渡す。
「嬉しい!おじ様、ありがとうございますっ」
ぱっと花が咲くようにサニーが笑う。
ぎゅっと腕に抱きつかれ、樊瑞は頬を緩めた。
かわいいものはかわいい。
むにっ、と腕に触れる柔らかい感触に首をかしげる間もなく、首に抱きつかれ頬へキスされる。
「こらこら、サニー」
苦笑して少女を見ると、ぺろりと小さく舌を出して「すみません」と笑う。
その背へ触れ、樊瑞はようやく首をかしげた。
何かが足りない。
何だ?としばし自問し、凍りつく。

後日、電撃のローザが緊急召集され、とある極秘作戦を任されたという。


-------------

「おい怒鬼、どうした?」
小皿に3個、盛られたチョコレートのひとつを口にした怒鬼が固まった。
そのまま冷や汗をかきはじめたのを目にし、レッドはサニーを振り返る。
「おいサニー・ザ・マジシャン!おまえ毒でも塗ったのか?」
「ひどいわ!取り分けたのはお兄様ですのよ?」
「―――わしは怒鬼が甘いものを食べているのを見た事がないが…」
食えるのか?と紅茶をすすりながらのんきに問う樊瑞に向かって、怒鬼はぶるぶると首を横に振った。
「なんだ怒鬼、チョコレートが甘いとは知らなかったのか?羊羹だって茶色いだろうが」
案外まぬけだなあ、とレッドがからから笑う。
「怒鬼のお兄様、ご無理なさることはありませんわ」
心配げな顔でサニーは紙ナプキンを差し出す。
それを一瞥し、怒鬼はすっくと立ち上がった。
「お?」
隣に座るレッドが思わず見上げると、その顔を両手でがしりとつかまえる。
殺気がないので思わず逃げそびれ、レッドは顔をしかめた。
「何だ?」
冷や汗をかいたまま無言で怒鬼はくわっと隻眼を見開いた。
サニーは思わず両手で口をおおった。
ぽろり、と樊瑞の手から小さなチョコレートが落ちた。
怒鬼の唇がレッドのそれに重ねられ、おおっている。
くちゅ、とひそやかに水音がした。
ようやく樊瑞は我に返り、サニーを振り返る。
「さ、サニー!見てはいかん!!」
「…え?あの、どうしてですの?」
かすかに頬を染めたサニーが不思議そうに見たが、樊瑞はかまわず少女を抱き寄せ目をふさいだ。
「どうしてでもだっ!!」
やけくそ気味に言う樊瑞の目の前では、離れようとした怒鬼を今度はレッドがつかまえ、くちづけている。
先にくちづけたはずの怒鬼はといえばどことなく焦っているようだ。
不満げなレッドを何とか引き剥がしようやくソファへ座りなおすと、怒鬼は紅茶をぐいっと飲み干した。
「…貴様ら、サニーの前でどういうつもりだ!」
精神的ダメージをこうむった樊瑞が不機嫌に言い放つと、レッドがけろりとした顔で口を開けてみせた。
そこには小さく丸くなったチョコレートのかけら。
「ま、まさか…」
「そのまさかだ!」
「あら、レッドのお兄様に差し上げたんですのね」
樊瑞は呆れ顔で絶句し、得意げにふんぞり返るレッドにサニーはころころと笑った。
「こいつは妙に貧乏性だからな!」
「…」
チョコレートが2つ残った小皿を無言のままレッドへ押しやり、怒鬼は真剣な顔で空になったティーカップをサニーへ差し出した。




頭が痛い。
起きたくない。
目を覚ましたら、きっといやなことばかりが待っているの。
だめ。
いや。
「…サニー?」
かけられた声に、唐突に意識がはっきりする。
見上げた景色はベッドの天蓋。
…何度か見たことがあるわ。
おじ様の部屋の、天蓋。
「サニー、目が覚めたか?」
深い声。
いつも私を安心させてくれる声。
ゆっくり首を回すと戸惑ったようなおじ様の顔が見えた。
「は…、い」
声が掠れる。
どうして?
どうして?どうして?
何故おじ様はそんなに痛ましい顔でいるの?
起き上がろうとすると、何故だか身体中がぎしぎし音をたてるよう。
目の前に水の入ったコップを差し出され、私はそれを飲んだ。
ああ、どうしてかしら。
こんな感じはとても久しぶり。
「痛いところはないか?」
困ったような、怒ったような顔のおじ様。
「あ、りませんわ。ど、う…」
無意識にテレパスで父上を探し、答えの無いことに言葉を失う。
死んではいない、とずっと感じていた。
それなのに…!
トン、と断ち切られたような感覚。
その先には何もなく空虚。
いない。
父上はもう、いない。
私の手の届く所にはいらっしゃらない。
お母さまのところへ…行ったのね…。
ぱたり、と涙が布団へ落ちる音。
「サニー…」
おじ様が、私の頬を拭う。
一瞬にして私が置かれた立場を悟ってしまう。
父上はもういない。
「…おじ様、私…どうなるのですか?」
「…どうもせん。わしがついておる」
ずっと、今まで何度もそうしてくれたように、おじ様の腕がやさしく私の肩を引き寄せ、胸に抱いてくださる。
私、…私は、
「でも、…でも、それでは、おじ様に、ご迷惑を…」
「何を言う。お前は…わしの娘同然だ」
娘。
でも本当のおじ様の娘ではないわ。
おじ様がそう言ってくださるのはとっても嬉しいのだけれど。
おじ様の立場と、今の私の立場を考えれば…どれだけおじ様が苦悩なさっているのかがわからないほど、子供でもないの。
「今は何も考えずともよい。身体をいとえ」
ぎゅ、と抱き締めて髪を撫でてくださる。
最初はお母さま。次はセルバンテスのおじ様。そして父上。
おじ様も、私の手の届かないところへ行ってしまわれるのかしら?
「…そんなこと…」
させないわ。
思わず小さく呟きが漏れる。
背筋が少し寒い。
絶対に、させないわ。
絶対に。
「どうした?サニー…どこか具合が悪いのか?」
おろおろと、少し困った顔でおじ様が私を覗きこむ。
「…大丈夫ですわ、おじ様。…ごめんなさい、少しお腹が減ったの」
「そうか。食欲があるのはいいことだ。すぐ用意させよう」
お腹が減ったのは本当。
でも、半分は嘘。
ぱっと、ほっとした顔になったおじ様に、私もほっとしてしまう。
おじ様の首に腕を回して、ぎゅっとしがみつく。
「おじ様、私、早く大人になりますわ」
呟くと、おじ様は少し驚いたよう。
「…急がずとも、いずれは大人になるものだ」
「それでも、早くなりたいのですわ」
私の大切な人はもういなくなってしまった。
私が子供なばかりに、何の手立てもできないままに。
おじ様もそうさせてしまうなんて、絶対にいや。
「早くおじ様のお役に立ちたいの」
ぎゅっと、更に強く抱きつくと、おじ様の小さな溜息。
「では、とりあえず体調を戻すことだ。…役に立つ立たぬなど、子供の心配することではない」
やんわり私の腕をほどいてベッドにまた寝かせてくださる口調は、やっぱり優しい。
食事の用意ができたらまた起こすから、と言い置いて、おじ様は私の額を撫でた。
「おじ様、…大好き」
泣きたくなる。
目が熱いから、多分閉じた目蓋の下から涙が出てるかもしれない。
やさしく笑う気配がしたけれど、おじ様は黙ったままだった。

---------

十傑集裁判でもないのでしょうけれど、私はおじ様がたが「私を今後どう扱うか」を論じる席につかされた。
とは言っても、ずっと樊瑞のおじ様が側にいてくださるから怖くなんてない。
「わしはサニーの後見人だ。今後はわしの元で養育しよう」
「…異存はない。好きにすればよかろう」
「問題が出れば処分するまでのこと」
「で、お主の意思はどうなのだ?」
カワラザキのおじ様と残月のおじ様が頷くと、レッドのおじ様が私を見て訊ねてくださった。
私を心配して、というより、おもしろがってらっしゃる。
「私は、おじ様がたのお役に立てるなら、それで…ッ」
「お役に?ならば順繰りに夜の相手でもしてみるか?」
一瞬で私の目前に迫り、視線を合わせて下品に笑う。
「この…!」
「イヤッ!!」
夜の相手って何かしら?と思うよりレッドのおじ様の笑顔が怖くて、思わず押しのけようと勢いよく腕を伸ばすと、ゴオッっという風の音がして、すごい音とともに向側の壁が広範囲に抉られ、吹き飛び、廊下の向こうの壁が半壊しているのが見えた。
レッドのおじ様は、もちろん無傷で元の位置に戻ってらっしゃった。
…今のは、私が?
「―――見ての通りだ。サニーには充分な素質がある。…わしの手元に置くのに文句はあるまい」
樊瑞のおじ様は溜息をひとつついて、レッドのおじ様を睨みつけた。
その視線の先で、レッドのおじ様はとても楽しそう。
「確かに、おもしろそうだ」
声に出して笑う。
「朴念仁の樊瑞が光源氏を気取るなぞ、一生に一度見れるかどうかだろうな!」
「レッド!貴様…このわしを愚弄するか!」
ヒカルゲンジって、なんでしょう?
とにかく樊瑞のおじ様を挑発されていることはわかる。
ジャキン、と銅銭の剣を手にする樊瑞のおじ様に、レッドのおじ様はクナイを手にした。
「やめておけ、くだらん」
カワラザキのおじ様が溜息をついて首を振る。
「―――」
「あ、おい、何だ怒鬼、ここからが面白いってのに…」
怒鬼のおじ様がレッドのおじ様の腕を掴んでクナイを取り上げる。
樊瑞のおじ様は…、私が思わずマントを掴んで引いたのに気づいたのか、それとも最初から本気ではなかったのか、剣を納められた。
「…では、サニーの件はわしの預かりでよろしいな」
念を押すように樊瑞のおじ様が言うと、おじ様がたは一様に頷かれた。
レッドのおじ様だけは少し不機嫌そう、かしら。
では解散、ということになってそれぞれが部屋を後にし始めると、レッドのおじ様が私を振り向いた。
樊瑞のおじ様が警戒して私を引き寄せマントに隠そうとするのに構わず、私に顔を寄せてくる。
「サニー・ザ・マジシャン、また遊ぼうな!」
何故だかとっても楽しそうに笑う。
けれど、怖い笑顔。
負けるつもりはないわ。
「…ええ、レッドのおじ様。私、頑張ります」
笑い返すと、レッドのおじ様はきょとんとした顔。
首をかしげて樊瑞のおじ様を見て、それから怒鬼のおじ様を振り返る。
「…俺、おじ様?」
…何か、違ったかしら?
怒鬼のおじ様は無言で頷き、私に向かってほんの少しだけ笑った。
レッドのおじ様はやはり憮然とされて、私に向き直った。
「覚えておけ、サニー。俺は、オニイサマだ!…うん、レッドのお兄様。なかなかいい響きだ」
樊瑞のおじ様の溜息が頭の上で聞こえる。
レッドのおじ様は大威張りで宣言すると、悦に入ったように笑って去って行かれた。
…子供みたい。
怒鬼のおじ様も樊瑞のおじ様に小さく会釈してレッドのおじ様の後を追っていく。
ぽん、と大きな手が肩に触れる。
「気にするな。あやつにしてはあれで好意的だ」
諦め顔の樊瑞のおじ様を見上げて、思い出したことを聞いてみる。
「おじ様、ヒカルゲンジってなんでしょう?」
「う、…それは…」
困ったような、怒ったような顔をするおじ様の後ろから笑い声。
「それはわしやレッドの故郷の…そうさな、昔話に出てくる人だよ」
カワラザキのおじ様がにこりと笑う。
その後ろでは残月のおじ様がぷかりと煙管をふかし、幽鬼のおじ様はぼんやりこちらを見ている。
「どんな人なのですか?」
「小さな女の子を引き取って、自分の好みの女性に育てて恋人にする男、というところか…」
ちらりと樊瑞のおじ様を見て、カワラザキのおじ様が笑う。
「樊瑞なら、その心配はあるまい」
「あら、私、樊瑞のおじ様のお好みなら知りたいですわ。だって大好きですもの」
今おじ様のことで知っているのはお茶の好みくらいかしら?
何故だかいっせいに私に視線が集まる。
「…これは大胆だ。どうする樊瑞?」
「ぬ、いや、子供の言う事だ」
「幽鬼もそう言ってわしの元に来た事だしの。子供ゆえに語彙が足りんのだろ」
「…違う、ような…」
何だか、とっても子ども扱いされていることだけはわかる。
私は確かに子供だけれど、なんだかひどいわ。
「わしはどうかの、サニー。好きかね?」
ん?と首を傾げてカワラザキのおじ様が私に尋ねる。
「もちろん、好きですわ」
「では、残月は?幽鬼は?」
順に指を指すごとに「好きです」と答える。
「では、樊瑞は?」
「大好きです」
…どうしてこんなことを訊ねるのかしら?
おじ様がたが顔を見合わせる。
「良かったではないか、樊瑞」
「うむ、ちと違う事はわかったのう」
「…だから言った…」
黙り込む樊瑞のおじ様とは対照的に、他のおじ様がたが笑う。
「…あの、私、何かおかしなことを言ったのでしょうか?」
「いや、ちっともおかしくない」
残月のおじ様がきっぱりおっしゃるのがとっても嬉しい。
「…お主、面白がっておるだろう」
苦虫を噛み潰したような…って、こういうのかしら?そんな顔で樊瑞のおじ様が残月のおじ様を見る。
「樊瑞のおじ様、私、頑張ります」
力をコントロールできるようになって、レッドのおじ様にからかわれないようになって、そして樊瑞のおじ様の側にいても恥ずかしくないように。
私が言うと、やっぱり樊瑞のおじ様以外が笑う。
「…帰るぞ、サニー」
諦めたように溜息をついて歩き出す樊瑞のおじ様の背を追う前に、おじ様がたを振り向く。
「おじ様がた、失礼いたします。…また、以前のようにお茶を飲みにいらしてくださいませね」
以前のように。
父上が…、父上たちがいらした頃のように。
「うむ、是非」
「楽しみにしている」
「…」
やさしい返事にほっとしてお辞儀を返し、樊瑞のおじ様を追いかける。
おじ様のピンクのマントは随分遠くなっていたけれど、やはり立ち止まって私を待っていてくださった。
「ごめんなさい、おじ様。お待たせしました」
「いや。…随分夜更かしさせてしまったな。眠くはないか?」
先ほどの集まりは10分ほどで終わったのだけれど、始まった時間は夜の10時で、私はいつもならとうに眠っている時間。
「いいえ、ちっとも」
小さな頃から顔見知りのおじ様がたとはいえ、BF団の正式な場に出るなんて初めてですもの。
どきどきして眠くなんてないわ。
「そうか。では、帰ろうか」
「はい」
差し出される大きな手に手を差し伸べる。
父上は、私の手を取ろうとはしなかった。背中を向け、それでも私がようやく追いつけるくらいの速さでゆっくり歩いてくださった。
セルバンテスのおじ様は、私の手を取り、抱き上げて歩いてくださった。
お母さまは、私と歩くことすらできなかった。
…私は大丈夫。
ちゃんと歩けるわ。
こうして樊瑞のおじ様が手を取ってくださるから。
大丈夫。
おじ様の手をぎゅっと握る。
「…おじ様、私、頑張ります」
「…そうか」
何だか困ったような顔でおじ様が頷く。
「サニー、お前はお前の出来る事をやればいいのだ。無理をしてはいかん」
「はい、おじ様」
温かく優しい手が包んでくれる。
私は大丈夫。
でも、おじ様の手のあたたかさに安心してしまったのか、ちょっとだけ眠い。
それとも緊張して疲れたのかしら。
あんな能力を使ったのも初めてだわ。
小さくあくびをかみ殺したけれどおじ様に聞こえてしまったかしら?
「…やはり急ぐか。おいで」
「…すみません」
広げられた胸に腕を伸ばすとふわりと抱き上げられる。
おじ様の胸に頭を寄せればとても温かくて、幸せな気持ちで眠ってしまいそう。
「眠りたければかまわんぞ」
おじ様の声が胸から低く優しく響く。
マントにくるまれる感触にもう一度、すみません、と言おうとしたけれど、目蓋が重くて。
きちんと言えたかどうかはわからないままだった。


er
昼下がりのBF団本部。
樊瑞の屋敷にある執務室は重厚なデザインのデスクと家具、大き目のソファセットが置かれている。手入れの行き届いた庭に面するバルコニーへ続く窓は大きく、暖かくなり始めた午後の日差しを惜しみなく室内へ注いでいた。
十傑集リーダーの主な役目、それは主にBF団全体の事務処理担当を示すため、ここ何年か樊瑞は最前線へ出ることもまれだった。
自宅と机に縛られる時間が相当に増えると、それまでほとんど埃をかぶったままだった机も椅子も絨毯すらもいつしかそれなりの物に取って代わった。部下に見繕わせているうちにそうなってしまったのだ。
書類の束に目を通しサインをする樊瑞の横で、その書類をまとめ、整理しているサニーがふと、時計に目をやった。
「おじ様、ティータイムですわ。少しお休みになってはいかが?」
「うん?…ああ、そうだな」
書類から目を上げ、樊瑞も頷く。
サニーはうきうきと書類を置きにっこり笑った。
「では、お茶を。玉露のおいしいのをカワラザキのおじ様にいただいたんですの」
育ちがいいのか大人びているのか、少女の口調ではない。
「玉露と聞いては引くわけにはいかんな!」
「きゃ!」
頭上からの声。
唐突にマスク・ザ・レッドが目の前に現れ、サニーは小さく悲鳴をあげた。
腰を浮かし臨戦体勢を取りかけた樊瑞は相手がレッドとわかり、取り合えずは座り直す。
「…どこから出てきたのだ、レッド」
「天井だ」
「お茶に呼んだのかね、サニー」
悪びれる様子のまったくないレッドに呆れ、樊瑞はサニーに水を向ける。
「いいえ」
首を振るサニーに、心外だとレッドが言い募る。
「茶を飲みに来い、と言っただろ。来てやったんだ、感謝するがいい」
「…お主には直接言ってないと思うが」
「同じ事だ」
呆れ顔の樊瑞と、引く気のないレッドに挟まれ、サニーは微笑んだ。
「大勢でいただいたほうが楽しいですわ。どうぞいらしてくださいませ、レッドのおじ…」
「お兄様だ!」
言い終える前に言い直され、サニーは困ったように樊瑞を見た。
苦笑しながら頷く樊瑞に頷き返し、サニーは困ったように笑いながら「どうぞ、レッドのお兄様」と言い直す。
「よし。菓子は好きか、サニー・ザ・マジシャン。どうだ、好きだろう?子供だからな。これをくれてやろう!」
ご満悦の表情でレッドが印籠のごとく差し出したのは虎屋の羊羹だった。
「まあ!これは和菓子ね。私、とっても久しぶりに見ました」
「怒鬼の奴がどうしても持っていけと言うのでな!」
「嬉しい!怒鬼のお兄様によろしくお伝えくださいね」
サニーがさりげなく怒鬼に対しては”お兄様”と言った事に樊瑞は気づいたが、ご機嫌のレッドは気づかないようだった。
「ありがとうございます、レッドの…お兄様!」
背伸びをしてレッドの頬にキスをする。
と、ガタッと樊瑞が椅子を蹴って立ち上がり、レッドはぽかんと口を開けた。
しかし次の瞬間にはレッドが下卑た笑いと共に樊瑞を見やる。
「…おい、このガキはこんな事まで仕込まれているのか?」
「下衆な物言いをするな!欧米ではごく普通の挨拶だろうがっ」
くたびれたように再び椅子へ崩れる樊瑞を、サニーが不安げな顔で振り返る。
「私、何かおかしなことをしたんでしょうか…?」
「…気にするな。文化の違いという奴だ」
不安そうな顔をするサニーを宥め、樊瑞はがしがしと頭を掻いた。
今まさにサニーがしたような”挨拶”としてのキスをやめさせるため、先日もサニーと話したばかりだった。
ひと言で言えば、要するに、こそばゆい。挨拶としてのキスであることは重々承知していても、欧米で育ったわけではない樊瑞にとっては近しすぎる挨拶であり、面映くこそばゆい。何だか困った気分になるのだ。
そのつもりはまるで無くとも、レッドに揶揄されたように光源氏の真似事をしている気分になってしまう。
そもそも、シチュエーションからして既にそうなのだからどうしようもないのだが。
いい年をした自分が引き取る手前、後見人としての責任を果たさねばと樊瑞は思い定めていた。亡きアルベルトのためにも、本当に光源氏のようなことになるわけにはいかない。
とはいえ、ちょっとした弾みにかわいいキスをされてしまう事は多々あるし、その素直さと共に彼女の美徳であるとも思ってはいる。
だが。
「…おじ様?」
不安げに見上げてくる少女に、樊瑞はため息を押し殺した。
自分以外の人間に対してまでは言及していなかったことを樊瑞は深く後悔した。この先サニーが十傑集のメンバーと顔を合わせる機会は格段に多くなるはずなのだ。身内には甘いとはいえBF団は悪の秘密結社であり、個々人の理由は違えど、結論からすれば女子供をどうこうすることに抵抗のある者は十傑集にはいない。
レッドは物騒な笑みをもらし、サニーの目線までひょいとかがんだ。
「どうせなら口にしてほしいもんだ」
「口、ですか?」
不思議そうに首を傾げるサニーに樊瑞が慌てる。
「サニー!ちょっと待ちなさい!!」
「わかりました、はい」
止める間もなくサニーはちゅ、と唇を掠めるようにレッドのそれに触れさせる。
少女が赤くなって困り果てるのを期待していたレッドが今度こそ固まった。
「サニー!!」
「はい、おじ様」
「それはいかんとアルベルトにも言われただろう!!!」
「あら、でも、赤ちゃんにするご挨拶ですもの。別に…」
「あ、赤ちゃん…だと?」
その言葉にようやくレッドが口を開く。
彼の場合は女子供は殺戮の対象であり、そもそも性的暴力どうこうというのはあまり興味が無い。
樊瑞はいまいましそうにレッドを見、サニーを見て今度こそ大きな溜息をついた。
「…セルバンテスがな、そう言ってサニーにしておった」
「変態だな」
「まさしく」
既に亡いクフィーヤ姿のおじ様への暴言に、サリーは眉を吊り上げる。
「まあ!ひどい!!セルバンテスのおじ様はお優しいステキな方ですわ!」
いくらおじ様方でもそれ以上酷いことをおっしゃるのは許しません、と怒るサニーに、樊瑞は溜息しか出ない。赤ん坊の頃から親しんだ彼女にとって”ステキなおじ様”なのはわかっているが、それを周囲で見聞きする側にとっては必ずしもそうではない。亡き幻惑のセルバンテスは守備範囲の広いことで有名だったのだ。
「それがアルベルトにバレてな」
「おお、それは血を見たのだろうな!」
血生臭そうな話の成り行きに嬉々として目を輝かせるレッドを、嫌そうに見ながらも樊瑞が頷く。
「うむ。わしもそこに居合わせたのだが…何しろサニーはセルバンテスの膝の上におってアルベルトは衝撃波を撃てん」


-----

バタン!と派手な音とともに樊瑞の執務室のドアが開けられた。
「おい、茶!」
開口一番、言い放つのはマスク・ザ・レッド。
ノックもされずに開け放たれたドアに、サニー・ザ・マジシャンは一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに微笑んだ。
「お久しぶりです、レッドのお兄様、それに怒鬼のお兄様」
自然体でふんぞり返るレッドの後ろには、直系の怒鬼が無言で詫びるようにたたずんでいる。
樊瑞はもはや顔も上げずに書類を目を落としたまま「まだおやつの時間には早いぞ」と呟いた。
それを無視してレッドが首をひねる。
「…久しぶり?久しぶりだったか?」
「この前いらしてからひと月ぶりですわ、お兄様」
怒鬼を振り返るレッドに、サニーがにっこり笑う。
納得したのかニヤリとレッドが物騒な笑みを返した。
「ああ、あの後すぐに作戦に参加したからな!何人殺ってきたか当ててみるか?」
「遠慮しておきますわ。さあ、どうぞ。この間おじ様がベルギーで買ってきてくださったチョコレートはいかが?」
血生臭い話を楽しげに始めようとするレッドを、サニーは子供にするようにあしらう。
「チョコレートか!」
喜色満面でレッドはソファへ移動しようとして、ふとサニーを振り返る。
上から下まで眺め首をひねると、怒鬼がどうした、と言いたげにレッドを覗きこんだ。
「おい怒鬼、こいつこの前より大きくなってないか?」
前はこのあたりに頭があったぞ、と自分のスーツの合わせ目あたりに手をかざす。
今のサニーは、その合わせ目よりは明かに頭の位置が高い。
”こいつ”と言われたことに憤慨しかけたサニーは溜息をつき苦笑した。悪気があって言っているのではなく、知らないのだ。お兄様は悪ガキなのだわ、とサニーは思う。
「成長期というやつだ」
「そうなんです。お洋服もくつも、何だか小さくなってしまって…」
気に入らない報告書があったのか不機嫌な樊瑞の言葉を、サニーが困ったように引き継ぐ。
それを不思議そうにレッドは眺めた。
「そうか、だからここも出っ張って…」
サニーの胸元へひょいと伸ばしかけたレッドの手を怒鬼が掴む。
サニーとレッドが不思議そうに怒鬼を見ると、無言のまま首を横に振った。
首をかしげる二人に、彼はサニーの背後を指差した。
「あら、おじ様」
「何だ?俺の分のチョコレートはやらんぞ」
さすがは十傑集というべき素早さでサニーのすぐ後ろへ立った樊瑞は、苦りきった顔でサニーの肩をわずかに自分のほうへ引き寄せた。
「…すまんな、怒鬼」
溜息のように言葉をかけられ、怒鬼はただ頷く。
その様子にレッドは不満げに口を尖らせた。
「なんだ怒鬼、お前の分を樊瑞にやるのか?」
「もう…レッドのお兄様ったら。チョコレートはちゃんと皆さんにお出しします!」
俺が食ってやろうと思っていたのに、と今にもぶーぶー言い出しそうなレッドに負けぬ勢いで唇を尖らせ、サニーが言い返す。
一回り以上年若いレッドと、軽く二回り以上は下のサニーの言い合いに、本当に頭痛がしそうだと樊瑞は思った。
お前は今どこを触ろうとしたのだ、とか。
チョコレートなど好き好んで自分が山ほど食うものか、とか。
どこから収拾をつければいいのか考えるのも嫌になり、樊瑞はその場を放棄した。
「ああもう、いい加減にしなさい。サニー、お茶をいれてくれないか」
ばさり、とピンクのマントをひるがえしサニーの背を押す。
少女は尖らせたままの唇で、それでも「はい、おじ様」と応えた。
「あ、おい、俺にチョコレートを選ばせろ!」
キッチンへ向かうサニーの小さな背中を追って、レッドの赤いマフラーがひらりと舞う。
肩で溜息をつく樊瑞に知らぬふりで怒鬼はソファに落ち着いた。
泰然自若、無言を通す青年は元々そういう性質なのだろうが、どうにも気苦労の増えた樊瑞にとっては羨ましいようにも思える。
何しろ、今この瞬間ですらキッチンで二人きりのレッドが先ほどの続きを始めはしないかと気が気ではない。
もちろん、気が弱い子ではないのだから、もし何かあればサニーは大声を出すだろうが、そんな目に少女が遭う事自体が樊瑞には許せないのだ。
かといって、わざわざ追いかけてレッドを引きずってくるというのも大人げない。ましてや十傑集候補にまでなっているサニーが最低限でも自分の身を守れないようでは困るのだ。
まだ昼前の明るい窓の外は青い空に鳥など鳴いている。
ひとつ首を振り、樊瑞がどさりとソファへ座った。
ごとり、と音を立ててテーブルに日本の酒らしい瓶が置かれる。
詫びの代わりにとでも言いたげに、怒鬼はやはり無言で酒瓶を樊瑞のほうへ押しやった。



  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]