アルベルトの受難
「では、アルベルトお主に任せるぞ」
そう言うと樊瑞は趣味の悪いピンク色のマントを大げさに翻した。
マントの中から現れたのは4歳になる自分の娘。
「パパ」といって笑顔で自分に飛びついてくる。
「な?なにぃ?」
樊瑞の姿は既に無い。
「アルベルト殿、これが今回の任務です、よろしく頼みましたぞ」
いけすかない策士に手渡された指令書。
「ああ、そうそう、他の方々は全員出払っておりますので」
白羽扇を優雅にあおいで策士は消える。
「な・・・ちょっと待て」
事体が飲み込めない。呼ばれて来て見ていきなりだった。
指令書の封を開け、中身を確かめる。
『本日開園のBF遊園地にて1日時間を潰すこと』
『追伸----ビッグ・ファイアのご意志です』
血の気が引く音がした、そして足にしがみ付く何かを見ればやはり自分の娘。
「おのれ謀ったなーーーー!!!!」
アルベルトの叫びは誰もいないBF団本部によくこだました。
当然というべきか屋敷に戻ってもイワンはいなかった。
一枚の置手紙はまるで急いで書き殴ったような字で
「緊急の指令のため明日まで戻れません」
とだけあった。アルベルトのこめかみに筋が浮く。
これでは娘を預けることができなくなってしまった。
大いなる悪意が渦巻いているとしか感じられなかった。
そして今だ自分の足にしがみ付くのは自分の娘。
一回大きく深呼吸するのがせいぜいだった。
誰でもいい、衝撃波付きのグウで粉みじんに殴ってやりたい。
アルベルトは今遊園地にいる。
ピンクやイエローやブルーの色が飛び交い、キャラクターの着ぐるみが愛嬌を振りまく。
甘いお菓子の匂いが漂い、調子のいいBGMが流れる、そこはファンシーな世界。
ファンシーの中にいる裏社会から抜け出してきたような黒スーツに身を包んだ男。
その男の長い足にしがみついている愛らしい巻き毛の幼い女の子。
そういった図だった。
「サニー、いいかげん離せ」
「や」
十傑集の要望は速攻で、そして一言で却下されてしまった。
アルベルトは冷静になろうと務める。そう懸命に。
「サニー、いい子だから離しなさい」
「サニーあれにのりたい」
却下どころか無視されて、さらに要望まで突きつけられる。
そんな彼は確かに十傑集『衝撃のアルベルト』、そう間違いなかった。
喉元まで出そうになる何かを押さえつけ娘が指差す方を見る。
でかいティーカップが意味不明なことにクルクルと回っている。
さらによくわからないのがそのティーカップに人間が乗って一緒にクルクル回っている。
「他のにしろ」
「や」
娘は自分以上に容赦なかった。
サニーはクルクル回っている。
アルベルトもクルクル回っている。
回るつもりは無かったが「小さいお子さんは親御さんと一緒に乗ってくださいね」とふざけた格好の案内係に笑顔で言われたからだ。だから、だからこうしてクルクル回っている。
アルベルトにとって恐ろしく長い10分だった。
少し乱れた髪を丁寧にかき上げる。正直心も乱れていたがそれは直せそうに無い。
「サニーつぎはあれにのりたい」
見たくは無かったが娘が指さす方を見る。
白い馬が列をなして回っている。
それは延々と終わりのときが無いかのように回りつづけている。
人間の思考を破綻させる拷問器具にしか見えない。
サニーはお馬さんに乗って回っている。
アルベルトもお馬さんに乗って回っている。
回るつもりは無かったが「小さいお子さんは(以下略」ね」ということで回っている。
10分の拷問に耐えた。
我ながら「うむ、さすがは『衝撃のアルベルト』」と褒めてやりたかった。
しかしもう1分長ければどうなっていたか、考えるのはやめた。
娘は相変わらず自分の足にしがみ付いて周囲を物色している。
もう回るのは遠慮して欲しい、父の人間性を殺す気か。そう心の中で叫ぶ。
その叫びが伝わったのか娘は自分の足から手を離し駆けて行く。
甘ったるい香りをさせているクレープの屋台前で立ち止まる。
クレープが作られるのをジーっと眺めている。
そして指を咥えてアルベルトを眺める、ジーっと。
娘は意思を伝えるのにずいぶんと高いテクニックを使う。
十傑集でもこれだけの高度なテクニックを使いこなす奴は、いない。
アルベルトは陥落した。
難攻不落の堅固な造りの城は外堀から埋められて脆くも崩れ去った。
十傑集『衝撃のアルベルト』ができることといえば白旗を振る事だけだった。
サニーの手には「戦利品」が握られている。
戦利品は甘ったるいチョコレートの香りを放ち、食べられている。
それは勝者だけが味わえる勝利の味。
そしてみじめな敗者はベンチに腰を落とし肩も落として敗北感にさいなまれている。
ただただ今日という日が一刻も早く過ぎ去ることをひたすら祈る。
「パパあーんして」
横に座る娘はあろうことか敗者に勝利の味を味合わせてやろうという。
度量の大きさに涙してやりたいところだったが生憎アルベルトは甘いものは嫌いだった。
「いらん、お前が全部食べろ」
そんな見た目にも味にもぐちゃぐちゃな物を口にはできない。
いいか、そんな物は食べ物なんかではない。
だいたいチョコレートがあふれてたれている。ありえない。
しかし娘はそのぐちゃぐちゃを食べろと言う。そう涙を潤ませて。
反則以外の何ものでもなかった。
これなら栓抜きで頭を殴られた方が遥かに増しだった。
娘はいつからこんな凶悪きわまりない反則技を使うようになったのか。
誰だ親は。ああ、自分か。
いや樊瑞にも責任があるはずだ、出て来い樊瑞。貴様が全部悪い。
アルベルトは見えない何かと戦っていた。
しかし負けたらしい。責任転嫁が仇となったことに気づかなかったのが敗因だった。
アルベルトは汚い物を摘むかのように指をクレープに差し出す。
「だめ、あーん」
娘はニッコリ微笑んでアルベルトの口元にそのぐちゃぐちゃを差し出す。
選択の余地を一切与えない無慈悲な笑顔だった。
帰ったらまず誰を血祭りにあげてやろうか、樊瑞か、孔明か。
そして十傑集はだいたい多すぎる、自分ひとりでいい。後は殺そう。
そう決心するアルベルトの足には娘がくっついている。
ついでを言えばアルベルトの口元にはチョコレートも少しくっついている。
一日はまだ始まったばかりだった。
END
「では、アルベルトお主に任せるぞ」
そう言うと樊瑞は趣味の悪いピンク色のマントを大げさに翻した。
マントの中から現れたのは4歳になる自分の娘。
「パパ」といって笑顔で自分に飛びついてくる。
「な?なにぃ?」
樊瑞の姿は既に無い。
「アルベルト殿、これが今回の任務です、よろしく頼みましたぞ」
いけすかない策士に手渡された指令書。
「ああ、そうそう、他の方々は全員出払っておりますので」
白羽扇を優雅にあおいで策士は消える。
「な・・・ちょっと待て」
事体が飲み込めない。呼ばれて来て見ていきなりだった。
指令書の封を開け、中身を確かめる。
『本日開園のBF遊園地にて1日時間を潰すこと』
『追伸----ビッグ・ファイアのご意志です』
血の気が引く音がした、そして足にしがみ付く何かを見ればやはり自分の娘。
「おのれ謀ったなーーーー!!!!」
アルベルトの叫びは誰もいないBF団本部によくこだました。
当然というべきか屋敷に戻ってもイワンはいなかった。
一枚の置手紙はまるで急いで書き殴ったような字で
「緊急の指令のため明日まで戻れません」
とだけあった。アルベルトのこめかみに筋が浮く。
これでは娘を預けることができなくなってしまった。
大いなる悪意が渦巻いているとしか感じられなかった。
そして今だ自分の足にしがみ付くのは自分の娘。
一回大きく深呼吸するのがせいぜいだった。
誰でもいい、衝撃波付きのグウで粉みじんに殴ってやりたい。
アルベルトは今遊園地にいる。
ピンクやイエローやブルーの色が飛び交い、キャラクターの着ぐるみが愛嬌を振りまく。
甘いお菓子の匂いが漂い、調子のいいBGMが流れる、そこはファンシーな世界。
ファンシーの中にいる裏社会から抜け出してきたような黒スーツに身を包んだ男。
その男の長い足にしがみついている愛らしい巻き毛の幼い女の子。
そういった図だった。
「サニー、いいかげん離せ」
「や」
十傑集の要望は速攻で、そして一言で却下されてしまった。
アルベルトは冷静になろうと務める。そう懸命に。
「サニー、いい子だから離しなさい」
「サニーあれにのりたい」
却下どころか無視されて、さらに要望まで突きつけられる。
そんな彼は確かに十傑集『衝撃のアルベルト』、そう間違いなかった。
喉元まで出そうになる何かを押さえつけ娘が指差す方を見る。
でかいティーカップが意味不明なことにクルクルと回っている。
さらによくわからないのがそのティーカップに人間が乗って一緒にクルクル回っている。
「他のにしろ」
「や」
娘は自分以上に容赦なかった。
サニーはクルクル回っている。
アルベルトもクルクル回っている。
回るつもりは無かったが「小さいお子さんは親御さんと一緒に乗ってくださいね」とふざけた格好の案内係に笑顔で言われたからだ。だから、だからこうしてクルクル回っている。
アルベルトにとって恐ろしく長い10分だった。
少し乱れた髪を丁寧にかき上げる。正直心も乱れていたがそれは直せそうに無い。
「サニーつぎはあれにのりたい」
見たくは無かったが娘が指さす方を見る。
白い馬が列をなして回っている。
それは延々と終わりのときが無いかのように回りつづけている。
人間の思考を破綻させる拷問器具にしか見えない。
サニーはお馬さんに乗って回っている。
アルベルトもお馬さんに乗って回っている。
回るつもりは無かったが「小さいお子さんは(以下略」ね」ということで回っている。
10分の拷問に耐えた。
我ながら「うむ、さすがは『衝撃のアルベルト』」と褒めてやりたかった。
しかしもう1分長ければどうなっていたか、考えるのはやめた。
娘は相変わらず自分の足にしがみ付いて周囲を物色している。
もう回るのは遠慮して欲しい、父の人間性を殺す気か。そう心の中で叫ぶ。
その叫びが伝わったのか娘は自分の足から手を離し駆けて行く。
甘ったるい香りをさせているクレープの屋台前で立ち止まる。
クレープが作られるのをジーっと眺めている。
そして指を咥えてアルベルトを眺める、ジーっと。
娘は意思を伝えるのにずいぶんと高いテクニックを使う。
十傑集でもこれだけの高度なテクニックを使いこなす奴は、いない。
アルベルトは陥落した。
難攻不落の堅固な造りの城は外堀から埋められて脆くも崩れ去った。
十傑集『衝撃のアルベルト』ができることといえば白旗を振る事だけだった。
サニーの手には「戦利品」が握られている。
戦利品は甘ったるいチョコレートの香りを放ち、食べられている。
それは勝者だけが味わえる勝利の味。
そしてみじめな敗者はベンチに腰を落とし肩も落として敗北感にさいなまれている。
ただただ今日という日が一刻も早く過ぎ去ることをひたすら祈る。
「パパあーんして」
横に座る娘はあろうことか敗者に勝利の味を味合わせてやろうという。
度量の大きさに涙してやりたいところだったが生憎アルベルトは甘いものは嫌いだった。
「いらん、お前が全部食べろ」
そんな見た目にも味にもぐちゃぐちゃな物を口にはできない。
いいか、そんな物は食べ物なんかではない。
だいたいチョコレートがあふれてたれている。ありえない。
しかし娘はそのぐちゃぐちゃを食べろと言う。そう涙を潤ませて。
反則以外の何ものでもなかった。
これなら栓抜きで頭を殴られた方が遥かに増しだった。
娘はいつからこんな凶悪きわまりない反則技を使うようになったのか。
誰だ親は。ああ、自分か。
いや樊瑞にも責任があるはずだ、出て来い樊瑞。貴様が全部悪い。
アルベルトは見えない何かと戦っていた。
しかし負けたらしい。責任転嫁が仇となったことに気づかなかったのが敗因だった。
アルベルトは汚い物を摘むかのように指をクレープに差し出す。
「だめ、あーん」
娘はニッコリ微笑んでアルベルトの口元にそのぐちゃぐちゃを差し出す。
選択の余地を一切与えない無慈悲な笑顔だった。
帰ったらまず誰を血祭りにあげてやろうか、樊瑞か、孔明か。
そして十傑集はだいたい多すぎる、自分ひとりでいい。後は殺そう。
そう決心するアルベルトの足には娘がくっついている。
ついでを言えばアルベルトの口元にはチョコレートも少しくっついている。
一日はまだ始まったばかりだった。
END
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