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うろほろぞ
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o6







「・・・・」
「・・・・」
 沈黙は嫌いではない。元々人と話す機会などあまり上手くなくて、さらにこの世界に知り合いもあまりいない。真島組に入ってからはずっと組長の隣にいたから尚更の話だった。
「・・・なァ、桐生」
「はい・・・」
「お前って、そんな根暗なヤツだったか・・?」
「・・・そうですか?」
「いや。俺が真島の親父の隣で見てたときはもっと笑ってたから・・・あれ、おかしいなー・・・これで見ると、こっちが素のお前の気もするし」
 若頭の立場にいる男は、首をかしげる。貶されてるのか褒められているのかわからないが故に、桐生も何も言わない。神室町内の道、しのぎの為に二人は歩いた。一言も交わさずに。
「・・・不満だろ?」
「・・・・別に」
「隠すなよ。俺だって驚いてるんだぜ。親父があれだけ可愛がってたお前をいきなり俺に渡してくるなんて、最初はなんかの嫌がらせかと思ったぐらいだ」
 男はすべてを見透かしているのか笑みを深める。つい数週間前まで、組にいるときは側を離れるな、余計なヤツに話しかけるなと教え込まれていたから考えてみれば、この男ともあまり話したことがない。若頭という立場にいるはずなのに。だからか、新鮮味を覚える。
「まぁ、あの人の頭の中は。それこそ俺でもわかんねぇから・・どうしようもねぇよ、それが”真島吾朗”だからな」
「・・・・」
 "真島吾朗"の、この男は何を知っているのだろう。あの人の何を理解してるのだろう。
 狂犬などといわれながら、あの人はよく慕われる。人を惹きつける力、人の心に入り込んでくる力を生まれながらにして持っている。一種の才能で、本能。真島吾朗とはそういう男。(ならば、あの人自身の心とは一体なんだろう)(それを知らずに語るこの男は、一体なんだろう)

「・・・・あの人は、そんなに。強くなんか・・」

「あぁ?」
「・・・独り言です」
「・・・へぇ。お前独り言いえるだけのジョークは持ってんのか」
 心の隅に沸き起こる、小さな苛立ちが形になろうとして。慌てて止める。
 けれどそれを聞いた男はどこか嬉しそうに、ぐりぐりと桐生の頭を鷲掴んだ。邪険に振り払いながらも人の温かさに彼も本気で抵抗はしない。けれど頭の中にあるのは、本来この場所にいてくれたただ独りのことだけで。


 あの人は知らない、自分の知らない部分がたくさんあることを、知らない。
 眠る時に気が付けば人の手を握ることも、沈黙が嫌で常に何か話してないと気がすまないことも。何も、きっと何も知らなくて。それを自分だけが知っている。

         それを知れば知るほど離れがたくなる、あの頃には戻れない。


「・・・・」
 だから余計に不安になる、最後に会った夜からただの一度も見ていない、男の姿。そもそも情事のあと姿を消すなんて初めてのことで、わからないことだらけ。
 何かその身に起きたのだろうか、何か会いたくない理由でもできたのだろうか。そんなことした覚えがないだけに、あらゆる理由をつけ膨らみ募るばかり。
「・・・・あれ錦山じゃねぇのか?」
「え・・・?」
「当たりだ。堂島組がこんなとこで何してんだ?」
 男が素っ頓狂な声を上げながら、指差す方向。そこには確かに堂島組の錦山が立っていた。誰かを探しているようで、視線を上げた桐生と思わず目が合う。

「カズマーーーー!」

「・・・知り合いか?」
「ァ・・はい」
 ぶんぶんと手を振りながら、目当ての人物へ駆け寄ってくる。それが自分だろうなと、なんとなく察しはついていたがこれだけ大きな声で呼ばれても慌てるだけだ。いくら親友でも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「こんなとこにいやがった・・・!あ、すいません。ちょっとコイツ借ります」
「あっ!?」
「っ!」
 ところが彼は足を止めることもなく、彼の肩を掴み人ごみに消える。驚く桐生の声と、状況の飲み込めていない男の声が神室町の雑踏に紛れていく。
「は・・・ッ?っ!!に、錦・・ッ」
 結局手を離すことができないまま、桐生は彼に連れられるまま。男の姿がなくなるのを見続けた。その小さくなる姿が、どうしてかあの人と被って。消えた。











「なんなんだよ、錦ッ」
「お前、組に行ったらいねぇって言うから。探したんだぜ。この街広すぎやしねぇか?」
「だから、なんなんだよ・・・!」
 人気のない公園、神室町にはよくある場所。一通り歩いたかと思うといきなりそこに連れ込まれた。当然桐生の顔には血管が浮き出るほどの憤りがありありと浮かぶ。親友は、宥めるように肩を叩いた。
「・・・お前さ。何したんだよ」
「お前が何してんだよ」
「俺?俺は別に普通だぜ。堂島組で頑張ってるさ」
「俺だって・・・」
「俺だって?」
 軽く叩いていた手が、不意に止まる。いつもの少し軽い視線に一転して真剣味が帯びた。
「・・・な、なんだよ」
 刹那、さっきまで感じていた、不安が、恐怖が。再び心を脅かす。
 彼は何か知っている、自分のすべてを変える何かを。聞きたくないと耳を塞げれば、目を閉じられれば。変わる状況もあっただろう逃げることもできただろう。この手が動けば、動くことができたなら。
「お前、自分の状況・・・わかってねぇのか?」
「だからさっきからそれを・・・」





「お前、明日から堂島組に入るんだぜ?」





       でも、その言葉は確かに耳に届く。
       ただ漠然と、言葉を彼は聞いた。
          (もうあの頃には、戻れない)










「よー。そろそろくるって、思っとった」
「・・・は、ァ。ハァッ」
 東城会に飛び込んで、わき目も振らず部屋を探す。最早勘に近かった、この広い敷地内のどこに彼がいるなんて、わかるものではない。
 だが桐生は見つけた、応接室の一角、机に腰掛け"待っていた"という彼を。
「どういう・・・こと。ですか」

「どこからや?」
「――全、部」
 肩を上下させ呼吸を整える彼に、男はふむと一考する仕草を見せ口を開く。
「・・・そうやな。飽きたッて言ったら、わかるか?」
「・・・ッ!!」
「俺はお前なんか別にいらんし、おらんでも生きていけるし。ちょっと目ぇつけただけや。そりゃ飽きたら捨てるわ」
「・・・・」
「そうやろ?」
 かったるそうに、言われるのは突然の終局宣言。あまりにさらりと言われるものだから、最初は理解できなかった。
「・・・・ぁ」
 というよりは、理解したくなかった。その表現のほうが正しい。
 いつもどこかで感じていたことが、必死で否定していたことが今この瞬間現実となって桐生の心に穴を開けた。本当に、突然の話。
「まぁ、俺もちょっとはしゃぎすぎたわ。堪忍な」
「・・・・」
「で。話はこれで全部。じゃあ俺もう行くから」

「じゃあな、桐生ちゃん」

 一方的な言葉を吐き出して真島はするりと、彼の横を抜ける。最後、それが最後。突き放した手はもう握れない。本当は肩に触れたかった。俯く顔が見たかった。けれどそれをすればどうなるかわからない。だから言葉だけを残そうとした。


          ミシッ。


「っっ!」
 しかし扉を出る前に、肩を信じられない力で掴まれた。そんなことするのは、一人しかいない。彼は振り返る。
「まだ・・なんか用か?」
「・・・・」
 もっと泣くと思っていた。喚くと思っていた。捨てられるという言葉に何より脅える子供は、無言で伏せっていた。
「・・・離してくれな。俺帰られへんねんけどなぁ?」
「・・・・」
 不意にぞくりと、背中に悪寒とも呼びがたい、線が走る。久々に味わう感覚に、目を見開き桐生を見れば、伏せっていたはずの目と克ち合う。
「ッッ。俺が、憎いか?」
 人とも思えない気迫、存在。そう欲しかったのはこれだ、今にも喰いかねない龍の牙。涙なんかじゃない、命を食い破れる牙が欲しかったのだ。
「俺を、喰ってくれるんか?」
「・・・・」
 世界が終わる、このどうしようもない世界から解放される。それがどれだけ嬉しいことで喜ばしいことか、失念していた。これに喰い千切られるなら惜しくない。
 惜しくなんか、惜しくなんか・・・・?


     『俺、兄さんがいてくれて・・・本当に』

        ポタ・・ッ。

           「兄さん・・・」


「ッ・・・?」
「・・・ッ」
「な。なんで泣いてんねや・・・お前」
 頭によぎった龍の笑顔と、涙が散る音は同時だった。我に返れば、部屋を充満していたさっきは嘘のように消えて、替わりに声が。聞こえている。心を締め付けて止まない、あの泣き声が。途端に不安が、恐怖が体を巣食う。
「ヤれよ、今ぁすぐ俺をッ!!」
「・・嫌うならッ。もっと、もっとちゃんと嫌ってください、よ」
「・・・・?」
「アンタ自分の顔見たらどうだっ!?そんな顔して、そんな表情されて、そんな言葉鵜呑みにできるかよっ!!」
「ッ!!」
 雫が飛び散る、胸倉をつかまれ何を言われたかと思えば到底理解できないこと。それなのに、胸倉を掴む手が振り払えない。寒いのか激しく震えてる、彼の顔が、直視できない。
「な、何言うて・・」
「・・俺、他人のために死ぬなんてクソ食らえだって。思ってました」
「・・・・」
「こんなところで、俺にはまだ道があるんだって。世界は始まるんだって思ってたんですよ?」
 掴む桐生の震える手は、恐怖からではない。流れ込む感情一つに同調して、真島の手も震えている。



「でも、でもアンタとなら・・・」
             (ここで終わってもいいと、確かに思って)


「っ!!?」
「それ以上言うなよ・・・絶対、言うな」
 最後の言葉は男の手で塞がれる。桐生の背筋に恐怖が過ぎる、塞いだ男の目は、この世にないほど自分を憎んでいた。男の本質を、見た気がした。
「・・・ぁ」
 けれどそれに脅えてしまったら、それこそすべてが終わる。終わりたくない、だから彼も涙をためた瞳で、精一杯男を睨みつけた。塞いでいた手を掴み取り払って、尚も食い下がる。
「なんで!なんでアンタは、俺を認めてくれないんだ!?アンタとなら俺、どこにだっていけるのにッ」
「んなこと許されるかッ!?俺がお前と心中やとッ?冗談も大概にしとけよ餓鬼の分際がッ」
「ッッ!!」
「いいか!?この俺がッ、真島吾朗が!誰かと一緒に生きたいなんて思ったアカンねやっ!!そんなの、真島吾朗が許さんのじゃッ!!」
「そうやって全部捨てて独りになる気かよ!そんなの、そんなの・・・ッ!」


「黙れエエエェェッッ!!」

      ガタンッ―――!
            ガツンッ!


「つゥッ・・!?」
「減らず口も、いい加減にせぇよ?お前みたいなヤツに、俺の生き方とやかく言われる必要もないなら、権利だってないんや」
 世界が、変わる。掴まれた胸倉ごと強く押され、バランスが崩れ押し倒される。痛みが背と頭に走ったのは、机に乗せられる形で倒されたからだと天井を見て理解する。
「兄さ・・ッ」
「っは。そうか、お前ヤりたいんか?」
「っ!?」
 信じられない言葉が、自分の言葉に被せられる。抵抗しようと振り上げた手は阻まれた。
「そうやな。もう一週間以上、してないもんな?それとも、一人でヤッとったか?俺の思い出しながら、ここいじって」
「あっ・・・ぁ。や」
 布越しに直接握られびくりと体が上下に震えた。力が抜ける、抵抗という文字が、瞬く間に溶けてなくなる。
「や・・ちが、違ッ」
「何が違うんや?ちょっと触ったッただけで、もうガチガチやんけ。救いようがないほど、淫乱やのぉ。お前は」
「ィっ、ぃや。や、やだぁっ」
 さっきまで見れていた男の顔が、見れなくなる。溜まる涙が頬を伝い、耳の中にまで浸入する。
「ゃめ・・ッ兄、さ。やめ・・・んッ」
 情けない、こんな体になった自分が初めて。情けないと、しかし体は最早素直に反応する。すれば声が漏れて何を考えていたか、何を言いたかったかわからなくなる。ただすべてを教え込んだ男の手管で、溶かされる。



「お前にとって、俺は単なる快楽の道具や。そやろ?桐生ちゃん・・・なァ、そうやろ?」


「ごろ、うさ・・」
 遠くで聞こえる彼の言葉が己を言い聞かせるようにしていた理由も、声が少し震えていた理由も。頬にかかる雫の正体も、もうわからない。
 ただ、熱のままうわ言の様に彼の名前を呼び続けた。












「・・・・」
 目覚めは、感じたことのない匂いのせいだった。耐え切れずに目をうっすらと開けて、ぼんやりと天井を眺める。
「・・・?」
 その天井が、見慣れたものであることに違和感を覚え彼は起き上がった、が、瞬間全身に走った痛みに体をすくめる。
「ぁー・・・ッ」

「大丈夫か?」

「っ!兄さ」
「お前ん家や、ここ。さすがにあそこに放置は拙いやろ」
 椅子に腰掛け、紫煙の煙を立ち上らせている男。電気のついていない部屋では声だけでしかわからない。けれどそれが真島であることは桐生にとって明白だった。
「・・・タバコ、吸ってたんですか?」
「ん?あぁ。お前に会うてから、吸うことなんてなかったからな」
「・・・どうして」
「吸うたら肺がんになるやんけ、お前まで」
 慣れていない匂いが、開いた心の穴を通り抜けていく。それは埋めるものではなく、確信するもの。


「俺を・・・捨てるんですか?」


「・・・」
 涙はすっかり乾き枯れ果て、散々泣き喚き叫んだ喉は潰れではしゃがれた声でしか出てこない。
「・・・堪忍な」
 車のヘッドライトかはたまたネオンサインか、いろんな色がカーテンの隙間から零れ、黒一色の部屋の光源になる。でもそれは、すぐに消えてしまう極儚い存在。
「俺ぁ結局、我が身が一番可愛いんや。だから、俺のために、お前を捨てる」
「俺はアンタのために、俺を捨てたのに?」
「・・・・あぁ、捨てる」
 はっきりとした言葉が、最終通告だった。もう縋る言葉すら見つからない、きっと何を言っても無駄だと、捨てられるのだと悟ってしまったから。
「・・・・アンタ、最低だよ」
「いつもそれ言われたら、相手死ぬまでボコボコにしたんねんけど・・・桐生ちゃんには言われても、否定でけへんな」
「・・・・」
「殺しとうなったらいつでもおいで。俺はそうやすやすと殺されへんで?」
「・・・・俺に復讐すら、させないつもりですか?」
「別にしてもえぇけど。俺と対等になってからおいでって言ってんねん。少なくとも感情全部押さえ込んで、戸惑いなく刺せるぐらいになってからな」
「・・・」

「でなきゃ俺は、お前を容赦なく刺すで?」

 まるで人の言葉ではない、感情の篭っていない声。それが、彼が守ろうとしている楼閣であることを、ただ形なく理解する。
「・・・」
「世界は俺だけやない。いろんな人間おるさかい、もう少し前向いて、生きな」
 立ち上がる男、赤い小さな明かりが消えて。いよいよ別れの瞬間が近づく。全身が揺れる、世界が揺れる。音を立てて壊れていく。
「・・・・アンタの世界には、アンタしかいないのに?」
「・・・・」
「アンタは死ぬ瞬間まで、一人でいるのか?」
 潰れそうな声で、最後の願い。壊れんばかりの、小さな祈り。靴を履く音、時を刻む音、耳を塞いでしまいたい迫る想像しがたかった未来。けれど塞いだら声が聞こえなくなる。
 ドアノブが回る音が、部屋に木霊する。






「それが俺やから。かっこいいやろ?」


    だから、サヨウナラ。





 祈りも願いも、届かなくて無常に開けられた扉が閉められる。残された桐生は、もう開くことのない扉を眺め続ける。
「・・・・」
 遠くで聞こえる、カツンカツンと階段を誰かが下りる音。我に返れば追いかけるようにベッドから立ち上がり、彼が座っていた椅子の前に立っていた。
「・・・・」
 眼下には、男が残していったタバコの箱とライター。部屋に残る香りの原因を彼はそっと手に取り、口に含む。
「・・・何が、"かっこいい"だっ、て?」
 震える唇ではタバコを咥えても直ぐに落ちてしまう、二本、三本と試しても同じで。そのうち落ちたタバコが濡れていることに気づく。
「泣きそうな声で、言うことが・・・それって。どれだけ、意地っ張りなんだよ」
 枯れた声で、乾ききった頬で。思い浮かぶのは最後の最後まで”真島吾朗”だった一人の男。
「言ってくれれば、"さびしい"って、四文字。言ってくれれば・・・俺が無理やりにでも付いていけたのに。一人で行って・・・!」
 部屋に残る男の香りが、まだ消えない。充満する薄墨色の煙がまるで抱きしめるように、絡みつく。体に、心に。
「なのに、なんで・・ッ。なんでまだ俺を縛るんだよォっ」



            取れない匂いが、空いた心に染み付いて。



「ぅああああああああああーーーーーーーっ!!!」




        世界が一つ、幕を閉じて。
            そして広がる、新しい世界。

































「・・・・」
「どうかしたか?なんや、ぼうとして」
「・・別に」
 夜の大通りから少し外れた場所。そこに白いスーツを着た男と、素肌にジャケットをまとう男が立っていた。
 神室町では有名も有名な二人、彼等の存在を知って尚掛かってくる者、知らずに掛かってくる者がいて。今日は前者、徒党を組んで押し寄せてきた。無論秒殺で瞬殺。死屍累々の屍を積み上げて、男はとても満足そうにバットを振り回す。
「あー、やっぱ桐生ちゃんと一緒におると楽しいな!なんせよう絡まれる」
「俺ぁ、アンタと一緒にいるといつもの倍絡まれるんだが」
「そうか?ワシ一人のときはてんで絡まれへんで?」
「そりゃアンタが常に臨戦態勢だからだろ」
「アホ抜かしたアカンで桐生ちゃん。常に誰かに命狙われるって思っとかんと」
「・・・・」
 この人はどうしようもないと、呆れながら溜息をつく。次に出るのは苦笑いだ、いつまで経っても変わらない。
「あーあ。もうちょっと骨のあるヤツ、現われへんかのぉ、俺を刺せるぐらいのヤツ」

「それは、俺以外・・・いねぇな」

 思い出したことを、不意に口にすれば男の動きが止まる。振り返ったかと思うと、感慨深げに頷く。
「・・・なんや、随分昔のこと思い出しとったんか?」
「えぇ、久しぶりに」
「そうかそうか・・・で?まだ俺に対する殺意はあんのか?」
「・・・まさか」
 絡んできたチンピラを足で転がしながら、タバコを咥え火をつけた。染みこむ香りが、心に絡みつく。今も昔も、この香りは人を捕らえて離さない。
「俺はこの数年、アンタを見てきたんだぜ?真島吾朗という男の、生き様。アンタが守ろうとしてるモンを、この目で」
「・・・・」


       「その上で俺は今でも、アンタのことが好きなんですよ?」


 息を吐いて、再び吸う。男の少し怪訝な顔に、してやったりと思ってみたり。
「だから俺がこの手でいつか。決着つけてやりますから。せいぜいそれまで死なないように、してもらえれば」
「・・・・」
「ねぇ?兄さん・・ッ」
「ッッ!」
 龍の目が見開かれ、刹那反射的にバットを手放し構える。バシンと路地に響く音と手袋越しに伝わる痛み。本気の龍の拳は、般若を背負う男でも今は受け流せないほどのモノにまでなっていた。
「・・・はよぉ、守るべきモン見つけや。俺みたいになる前に」
「アンタこそ、俺のことより自分のこと、もし俺がいなくなったときのこと考えるべきじゃねぇのか?今のアンタを倒せるのは、俺しかいないんだぜ?あん時言ってたことが、現実になろうとしてる」
「何言うてんねや。俺には、もう桐生ちゃんしかおれへんよ。昔も今も、俺が心を許したんはお前だけや」
「・・・・」
「それに桐生ちゃんはちょっとやそっとのことや死ねへんやろ?まさか俺を置いていくなんてこと、せぇへんやろうしな」
 握られた拳を引っ込める、ジンジン痛むのはお互い様。けれど目の前の男は至極嬉しそうに唇を歪ませてさらりと告げる。これが告白でなければなんなのだろう、でもそれに名前をつけてしまえば壊れてしまう関係。曖昧で、消えてしまいそうな。でも根底では繋がっている、名称不明の、絆。だから何も言わない、言いたいものはすべて飲み込む。
「アンタって人は・・」
「なぁ。タバコ、ワシにもくれや」
「は?アンタこないだ禁煙したばっかじゃなかったのか?」
「それはそれ、これはこれ。ほら、はよ」
 ぷらぷら手を差し出され催促される。いつまでたってものらりくらりと柳のような男にぷちっと自分の細い血管が一本切れる音が聞こえた。いくらそんな彼に惚れてるとしても、耐えれることと耐えれないことがある。
「・・・・」
 大きく息を吸って、煙を吐く。と同時に、手に持ったタバコをそのまま真島の口に押し付けた。
「っ!!?」

「俺の奢りだ。有難く受け取ってくれよ?」

 びっくりする男の横をすり抜け、桐生は夜の界隈に足を踏み出した。
「・・・・」
 元々たまたま会っただけで特に何があるわけでもない、今日も明日もこれからも。あんなことは言ったものの、多分この関係が続くのだろう。彼が望む限り自分はそうするのだろう。それが真島吾朗の望むもので、自分が"真島吾朗"を想う限り。
 隣で同じ世界の終わりを見る、一緒に終わることができないのならせめて隣で。せめて自分の手で終わらせると。背負って彼は前を見た。



           (ほんま、もうお前以外におらんから) 



 その姿を、静かに片瞳で見つめる男は、触れた唇をぺろりと舐めてあとを追う。
 止めたはずのタバコの匂いは、今や彼の香りでそれは龍の爪のように絡みつき牙のように貪ってくる。そうしたのは自分で、そうさせたのもの自分で。終末の世界に、引きずり込んでしまった責任は計り知れない。後悔なんてものでは収まりきらない感情が、渦巻いている。
「・・・・なぁ」
「あ?」
 それでも、世界は止まらない。ならば歩き続けるしかない。この先何があろうと、彼が止まらない限り。自分は前に進まなくては。ならない。






「ほんま、お互い難儀なヤツに入れ込んだのぉ」
「アンタが言うセリフか?それ」





 彼等は雑踏の中へ消えていく。
 違えながらもいつか来る、世界が終わるその日を見据えて。







                  FIN.



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