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新年会
(可愛い子には…3)

 一月、特に松の内は慌しい。それは堂島の家でも同様だ。東城会で一定の地位を持っていれば年始に来る者も少なくない。
特に三日は、本部で東城会の幹部他が一堂に会する新年会が執り行われる。その準備で何ヶ月前から堂島家は目の回る忙しさだった。
「やっと今日を迎えられるねえ」
三日の朝、弥生は感慨深げに微笑んだ。疲れた様子ではあるが、達成感のようなものもあるのだろう。遥は彼女にお茶を入れた。
「弥生さん、頑張ってたから。大吾お兄ちゃんも」
弥生は礼を言い、彼女の入れてくれたお茶を飲む。
「でも、今日が済むまでは安心できないからね。遥ちゃんも家のことお手伝いしてくれてありがとうね」
「何にもしてないよ。皆さんのご飯作ったりとか、それくらいで」
遥は恥ずかしげに笑う。弥生はお茶を飲んでしまうと、彼女の頭を撫でて立ち上がった。
「さ、支度支度。遥ちゃんもね」
「私も?」
首をかしげる遥に、弥生は優しく微笑んだ。


「お袋。支度出来たか?俺先に行くぞ」
弥生の部屋の外で大吾が声をかけた。彼は正月らしく、正装の黒の紋付を堅苦しそうに着ている。その姿はいつものくだけた服装より
大人びて見えた。
「もう済むよ。ちょっとお待ち」
いつまで待たせんだよ、と小さく呟いた時だった。彼女の部屋の襖が開き、小さな影が飛び出してきた。
「お待たせ、大吾お兄ちゃん」
朱に金糸銀糸をふんだんに織り込んだ着物がひらりと舞った。身にまとっているのは遥。同じ布で作られた髪飾りをつけ、ご満悦だ。
大吾はしばらくその姿を眺めていたが、ふと我に返り意地の悪い顔をした。
「馬子にも衣装って、知ってるか」
「それ、私に言ってるの?」
「他に誰が」
「意地悪!」
大吾はむくれる遥を見て声を上げて笑う。それを聞きつけ弥生が部屋から出てきた。
「大吾っ!遥ちゃんをからかわないの!」
「おお怖。支度が済んだら行くぞ、二人とも」
肩をすくめて足早に去る大吾を遥は慌てて追いかける。しかし、慣れない格好のため、足捌きがうまくいかず態勢を崩した。
転ぶ、そう思い目をかたく閉じた瞬間、大きな腕が彼女を支えた。
「走んなよ、コケるぞ」
大吾だった。軽口をたたいてはいたが、ちゃんと遥のことも気にかけていたらしい。遥は素直に頭を下げた。
「ありがとう」
「…ガキはすぐ転ぶからな。ばーかばーか」
「ばかって言った方がばかなんだもん!大吾お兄ちゃんのばかー!」
余計な一言で遥は再び怒り出す。腕の中で暴れる彼女を、大吾は右手で荷物でも持つように横抱きにした。
「うるさいなあ、お前は。お袋、先にこの怪獣持ってくぞ。コケて家壊したら危険だから」
「怪獣じゃないもん!家なんて壊れないもん!はなしてー!おろしてー!」
騒ぎつつ去っていく二人の後ろでは、弥生が疲れたように大きく溜息をついた。
「あの子は…心配なら心配って言ったらいいのに。素直じゃないんだから」


 新年の挨拶や儀礼的なものは関係者のみで行われる。その間、遥は当然その場にいることはできない。彼女は言われたとおり
別室で待機だ。しかし、それも顔合わせ程度で時間にしてみたら長いものではない。ほどなくして、会は宴席へと変わり遥も顔を
のぞかせることを許可してもらった。
「うわー……」
思わず声が漏れる。広いホールにいかつい男達がさざめいている。その中で遥は当然かなり目立った。下手に歩き回ると、どうしても
視線を集めてしまう。彼女は隅で大人たちが行き交うのを眺めていた。
「どこのお姫様かと思ったら、遥か?」
「柏木のおじさん」
目の前には、すらりとした男が立っていた。ダブルのダークグレーのスーツはきちんとプレスされていて、着こなしも隙がない。
彼女に向けられた笑顔はとても優しい。その実直そうな顔に深く刻まれた古傷は、彼の今までの生き様を物語っていた。
遥はやっと見知った人物に会い、笑顔を浮かべた。
「あけましておめでとうございます。桐生のおじさんももうすぐ来ると思います」
「ああ、おめでとう。去年はあいつも遥も大変だったな」
「おじさんもね」
遥が彼を覗き込む。柏木はうんざりしたように溜息をついた。
「まったくだ。あんな揉め事はこれっきりに願いたいね。命がいくつあっても足りやしない」
遥が声を上げて笑った時、大吾が二人のもとへやってきた。
「柏木さん、ご挨拶が遅れてしまって…今年もよろしくお願いします」
深々と頭を下げるのは敬意の表れだ。柏木は頭を上げさせ、彼の肩を叩いた。
「大吾君か、どうだ?会長の椅子は慣れたか?」
「まだまだだな。今は会長なんて呼ばれる資格はないさ」
「資格なんて後からついてくるもんだ。頑張れよ」
柏木の言葉が心強い。大吾は素直に返事した。と、柏木は急に声を潜める。
「ときに大吾君、ヒルズの後なんだがな。現場から郷田龍司の遺体は発見されなかったそうだ」

 大吾の表情が変わる。あのビルで桐生と戦い、敗れた龍司。万に一つも生きていないだろうと思っていたが。
彼の様子を伺いながら、柏木は話を続けた。
「あの後、桐生やあの女刑事を逃がすことだけを考えていたからな。龍司のことまでは気にも留めていなかった。大方
 遺体は警察に発見されて被疑者死亡ってことになるかと思っていたんだが、一向にその気配はない。疑問に思っていたら
 近江からその場にいた人間とは別に、この一件の首謀者とされる逮捕者が出た。当然そいつはダミーだがな。このことで
 近江が何を守ったかわかるか?大吾」
大吾は上目遣いに柏木を見ると、搾り出すような声をあげた。
「郷田、龍司か……」
「確証はない。もし生きていたとするなら、会長も本部長も失ってガタガタになった組を誰に任せるか。それは自ずと明らかだろう。
 あの短期間であれだけの人数を集めたカリスマ性、桐生と渡り合った腕っ節、反旗を翻したとはいえ、前会長の息子という
 血筋も影響力は侮れないだろう。これだけの人物を近江が放っておくはずはない。全ては奴が生きていたら、だが」
大吾の目が輝きを増した気がする。柏木は見ていてそう思った。龍司は大吾にとって比類なき好敵手だ。いつも彼は最後の戦いに
自分が加われなかったことを残念がっていた。その男が生きている。そう思うだけで血が沸き立つ思いなのだろう、大吾はわずかに
震えているようでもあった。
「あ、桐生のおじさん!」
横で二人の話をぼんやり聞いていた遥が、突然嬉しそうな声を上げる。視線を向けると、桐生がいつもとは違い、窮屈そうに地味な
色のスーツにネクタイを締めてやってくるのが見えた。桐生は遥の姿を見て驚いた顔をする。
「遥、その格好はもしかして姐さんが?」
「うん、着せてもらった。どうどう?似合う?」
くるくる回る遥を桐生は溜息をついて眺めていたが、やがて優しく微笑んだ。
「ああ、似合ってる。そうだ、お前に頼まれた年賀状だ。うちに来てたのを持って来といたぞ。」
正月からずっと堂島の家にいた遥は、桐生に頼みごとをしていたようだ。歓声を上げて桐生からそれを受け取った。
「ありがとう!あ、書いてない子結構いるかも。お返事しなきゃ。むこうで書いてくるね!」
遥は大切そうに年賀状を抱え、走って行った。落ち着きのない奴だ、桐生は苦笑して大吾達に歩み寄った。
「柏木さん、お久しぶりです。大吾もよくやってるみたいだな」
「よう、桐生。お前も怪我は心配なさそうだな」
柏木が煙草に火をつけ、微笑む。大吾は小さく会釈した。
「どうも。おかげさまで何とかやってる」
「俺は何もしてないさ」
桐生は肩をすくめてみせる。柏木はそれを楽しそうに見ていたが、客の中に知人を見つけたのか小さく手を上げ、二人に告げた。
「それじゃ、俺はそろそろ他の奴にも挨拶に行くからな。あとは二人でゆっくりやってくれ」
桐生と大吾は頭を下げ、柏木を見送る。彼の姿が見えなくなると、桐生は壁にもたれた。
「大吾、どうした?」
「何がだ?」
「やけに嬉しそうだ」
大吾は彼の言葉に驚いたようだったが、彼の横に立つと、腕を組み俯いた。
「桐生さん、龍司は本当に死んだんですかね」
桐生は思わず大吾を見つめる。彼の表情はここから窺い知ることが出来ない。桐生は煙草に火をつけ、煙を吐き出した。
「さあなぁ。あの時は俺も生きてるのが不思議なくらいだったからな。ただ、あいつなら生きていても不思議じゃない」
「何故だ?」
桐生は灰を落とし、遠い目をする。
「言ってみれば…命のやりとりをした者同士だけの勘ってやつか。俺だって生き残ったんだ、あいつもわからんさ」
二人は沈黙する。勘でもいい。龍司には生きていてほしかった。もし生きていたら、大吾には話したいことが沢山あった。
あいつの生き様、考え方、行動、そのどれもが羨ましかったような気がする。
「あのままくたばっちまったのかよ……」
大吾が消え入りそうな声で呟いた時だった。遠くから遥が歩いてくるのが見えた。
「大吾お兄ちゃん。さっき事務所の方でペン借りたら、お兄ちゃん宛ての年賀状がこっちにきてたよ」
「そんなの後で見るからほっとけよ。ガキはあっち行け」
軽くあしらう大吾に遥はむくれたが、横にいた桐生に面白そうに告げた。
「おじさんあのね、お兄ちゃん宛ての年賀状、すごく個性的な猪さんが描いてあったのよ。」
「遥、人の葉書を勝手に見たら駄目だろう」
「ごめんなさい。でもね、一枚だけすっごい大阪弁だったからつい……」
大吾は彼女の話に引っかかった。大阪弁?友人に関西の人間はいないはずだ。しかもあえて本部に出してくることもない。
大阪と聞いて思いつくのは一人の男だけ。思わず大吾は彼女に詰め寄った。
「遥、その年賀状持ってきてるか?!」
「え?う、うん。後で見るんじゃないの?」
大吾は遥が差し出した葉書をひったくる。あて先には乱暴な字で本部の住所と『堂島大吾へ』と書いてあるだけだ
急いで通信面を見ると、かろうじて猪とわかる絵が描いてあり、その下に何行か文章が殴り書きされていた。

『龍は死なん
 近江は今度こそ天下とったるわ
 手始めにお前の東城会潰したるから覚悟せいや
 ワシが怖くなければまた関西に来てみ
 直々に遊んだるわ。ほな』

 そして、隅の方にもう一文。

『猪てお前に似とる。まっすぐ突っ込んで行ってまんまと罠に引っかかるとこがな』

差出人の名前はない。しかし、誰が書いたか大吾にはすぐわかった。
龍は生きていた。
確かに生きていた。
「あいつ……」
大吾が呻くように呟く。桐生は彼の手の中の葉書を見、何もかも分かったように微笑んだ。
「これから大変だな、六代目」
「ああ、ぼやぼやしてらんねえ」
葉書を握りつぶし、大吾は顔を上げた。その顔は迷惑そうでもあったが、嬉しそうでもある。彼はもう一度文面を眺め、
腹立たしく声を上げた。
「しかし、相変わらずムカつく奴だな…このふざけた猪はなんだよ、子供か。それに、俺はお前なんか怖くねえっての!
 遥!年賀状の余りあるか?ちょっと貸せ!俺が正しい猪の姿を見せてやる!」
「あ、あるけどちょっと待ってよ~もう!大吾お兄ちゃん引っ張らないで!ねえおじさん助けて~!」
遥は悲鳴を上げて大吾に引っ張られていく。桐生は二人を見送りながら苦笑しつつ呟いた。
「どっちが子供なんだかな…」
その時、騒ぎを聞きつけ弥生がやってくる。母親らしい呆れた顔で桐生に問いかけた。
「桐生。あの子、大声上げてどうしたんだい?恥ずかしいねえ、まだ挨拶も済んでないってのに」
「さて、待ち人来たりってやつじゃないですか?」
弥生はわけがわからないという風に首をかしげた。
 その後、遥曰く『似たりよったり』な絵と、思いつく限りの罵倒の言葉を詰め込んだ年賀状が近江に届くことになる。
それを受け取った一人の男が、見るなり屋敷中に響き渡る笑い声をあげたとか。真偽のほどは定かではない。

-終-
(2007・1・11)
(1・16矛盾箇所修正)
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