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うろほろぞ
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休日

「お休み?」
朝食の席、遥は大吾の茶碗にご飯を盛りつつ聞き返した。大吾は遅めの朝食をとりながら欠伸交じりに答える。
「まぁな。昨日おふくろが突然言ってきた。当然だろ、このところずっと本部に詰めてたんだから」
「私、極道の人ってお休みないのかと思ってた」
湯気の立つ茶碗を渡し、遥は笑う。今日は朝早く弥生が本部に向かった為、食事は大吾と二人だ。純和風のメニューは
栄養バランスも整っている遥の自信作である。美味いとも不味いとも言わず、大吾は目の前のおかずを口にした。
「まあ、特殊な稼業だからな。今日はおふくろに任せて久しぶりにゆっくりさせてもらうさ」
遥は遅まきながら自分も食事を始めていたが、ふと上目遣いに彼を見た。
「私もお休みだよ」
「土曜なんだから、当たり前だろ。小学生」
素っ気無い返事にへこたれず、遥は尚も話しかける。
「どこか行きたいな~」
「行けば」
遥の方を見もせず大吾は答える。遠まわしではだめか、と遥は彼の顔を覗き込んだ。
「一緒にお出かけしたいな」
「却下」
「なんで?」
「折角の休日に、ガキなんか連れて歩けるか」
遥は不満そうに頬を膨らませる。そして、急に思い出したように手を叩いた。
「それじゃ、龍司お兄ちゃんに遊んでもらおう!」
思わぬ名前が飛び出し、大吾は思わずむせ返る。ひとしきり咳き込んだ後、茶をすすると身を乗り出した。
「どうしてそこで龍司なんだよ!つーか、お前龍司と遊ぶような仲なのか?!」
「前におじさんに大阪に連れて行ってもらったの。そこで龍司お兄ちゃんと会って、仲良くなったんだよ。いつでも遊びにおいでって
 言われたもん」
大吾はそれを聞き、おもむろに激しく卓を叩いた。
「お前、ふざけんな!龍司は近江の奴なんだぞ、東城会に喧嘩吹っかけて…」
「関係ない」
「な……」
遥は不満げに大吾を見返した。その目は誰の意見にも左右されることのない固い意思に満ちていた。
「私には東城会とか、近江とか関係ないもん。龍司お兄ちゃんは私を助けてくれたんだよ。それに優しくしてくれた。だから私
 龍司お兄ちゃんが好き」
彼女の発した言葉が彼にとって思いのほか大きなダメージだったようだ。混乱した頭を整理しながら大吾はやっとの思いで言葉を発した。
「好き……好きだと!?お前、あんな奴に!」
その様子に、話にならない、と遥は溜息をつくと、呆れた顔で立ちあがった。
「大吾お兄ちゃん、あんな奴とか失礼だよ。もういい。今から龍司お兄ちゃんに連絡とって来る。今からなら昼過ぎには着くもん」
「……待て」
部屋を出ようとする遥を、大吾は服の袖をつかんで止めた。その顔は真剣そのものだ。
「お兄ちゃん?」
遥は怪訝な顔で首を傾げる。大吾はしばらく考え、突然頭をかきむしると観念したように叫んだ。
「俺が付き合ってやるから!龍司にだけは間違っても頼るな!」
「やったー!どこ行く?どこ行く?」
先程とはうってかわって上機嫌になる遥は、こういう結果を狙っていたかのようだ。しかし、今その言葉を撤回したら彼女なら本当に
大阪に行きかねない。大吾は疲れたように肩を落とし、両手で顔を覆った。


準備をするため別れて一時間後、用意の済んだ大吾は玄関で声を張り上げた。
「遥!何やってんだ。もう行くぞ!」
「待ってよ~」
小さな足音と共に、遥がかけてくる。彼にせかされブーツを履くと、彼女はにっこり笑った。
「準備完了!お兄ちゃん、行こう!」
こんな嬉しそうな顔をされては、大吾とてこれ以上彼女を邪険に出来るはずがない。溜息混じりに微笑むと、彼女の頭を軽く叩いた。
「行くか」
「うん!」
大吾は先に立って歩き出す。その後を遥は遅れないように追いかけた。
 電車を乗り継ぎ、着いたのは海。遥がどうしてもとねだったため、わざわざ港ではなく砂浜のある海岸にやってきた。大吾も
知り合いの多い神室町には、彼女を連れて来る訳にも行かなかったので好都合と言える。よく晴れ、風もなく穏やかに凪いだ春の海は
オフシーズンのためか、所々に家族連れが見えるくらいだ。到着すると遥は歓声をあげて砂浜に駆け出す。その様子を大吾は目を細め
ぽつりと呟いた。
「ガキ」
溜息をつきながら煙草を銜えて火をつける。遥は靴まで脱いで、波打ち際で踊るように歩いた。
「お兄ちゃん!そんなに冷たくないよ!」
足首まで海水に浸し、手を振る遥に大吾は声をかけた。
「あんまり沖に行くなよ、転ぶぞ」
「わかってるー!」
煙を吐き、彼は流木に腰を下ろした。なんとも奇妙な二人だ、と彼は苦笑した。弥生も、どんな思いで彼女を家に迎え入れたのだろう。
父である宗平は、彼女の母親を手に入れようとしたために命を落としたのだ。母としては心中穏やかではないだろう。
遥は賢い子だ。そういった話を弥生としていないわけではないだろうが、いくら乞われたとはいえ何も思わず堂島の家に来ることを
承諾したのだろうか。
 大吾は表情を曇らせる。彼女は自分に対して何の屈託もなく接してくれる。父の起こした事件を知っているはずなのに、遥はいつだって
彼のそばで笑っている。正直戸惑う。言葉にならない負の感情。負い目のようなものが常に自分を苛む。
「どうしてあんなことしたんだ……親父」
苦しげに呟いた時、突然顔に冷たい感触がした。驚いて手をやると、髪に海水の粒が光っている。すぐそばで遥が声を上げて笑った。
「呼んでも返事しないから、水攻めの計だよ!」
冷たそうに手を振り、彼女はまた波打ち際に走っていく。大吾は静かに煙草を消し、立ち上がった。
「遥!何すんだてめえ!」
全力で走り出す大吾を見て、彼女は悲鳴を上げて逃げる。しかし、子供と大人の差で、遥はすぐに追いつかれてしまった。
「俺にこんなことしたからには、わかってんだろうな遥!」
「ごめん、ごめんなさい!」
言いつつも笑って後ずさる彼女に大吾は海水を蹴飛ばした。飛沫は陽に輝き、彼女に降り注ぐ。
「冷たい!」
遥は頭を庇いながら再び走り出す。それを追う大吾。二人の鬼ごっこは当分続いた。彼は遥を横抱きにすると、疲れたように海から
上がった。
「まったく……シャレなんねえ。春先だってのに、海水浴する趣味はないぞ」
「もっと遊ぶ~!下ろして~!」
じたばたと暴れる遥に、大吾は首を振った。
「駄目だ。もしお前が風邪ひいたら、俺が叱られるんだよ」
遥は諦めたように抵抗をやめる。ほっとして大吾が彼女を下ろすと、遥は遠くを見て顔を輝かせた。
「お兄ちゃん!アイス食べたい!」
「はぁ?」
彼女の視線の先には、アイスの自動販売機がぽつんと立っている。大吾は顔をしかめ、彼女を見た。
「遥、お前あんだけ冷たい水に足漬けといてアイスはないだろ…ハラ壊すぞ」
「大丈夫だもん。ね、お兄ちゃん。アイス、アイス!」
こうなったら誰も彼女の願いを断れない。前に桐生から聞いたことがある。大吾は困った顔をしつつそれを実感する。彼は溜息をつき
ポケットから小銭入れを出し、遥に突き出した。
「買って来い。俺にはホットコーヒーな」
「ありがとう!お兄ちゃん大好き!」
遥は勢い良く砂浜を駆けて行った。
「大好き、ね」
こんなことで彼女の好意を得られるなら安いものだ。なんと手軽な感情だろう。しかし、ふと思う。龍司は好き。自分は大好き。この
感情に何か差はあるのだろうか。ならば、桐生はどうなんだ。柏木は?弥生は?大吾はぐるぐると思考をめぐらす。しばらく考えた
ところで彼は我に返った。
「なに考えてんだ、俺は」
思いを振り切るように足元の貝殻を海に投げる。本当に、どうかしている。大吾は溜息をついた。
「お待たせ~はいコーヒー。熱いよ~」
遥は直接持たないように袖でくるみ、缶コーヒーを持って来た。小銭入れとそれを受け取り、彼は腰を下ろした。
「よっと……あぁ、疲れた」
「お兄ちゃん年寄りみたい」
横に座って、遥が笑う。その右手には純白のアイスが、小さくかじられていた。
「バニラおいし~」
満面の笑みで食べている遥を、大吾は微笑ましく眺める。と、急に彼は何かを確かめるように、彼女に顔を近づけた。
「……な、なに?」
大吾は驚く遥の顎をつまみ、上向かせる。思わず黙りこくる彼女に、彼は手を離し小さく笑った。
「つけてんのか、リップ」
遥は顔を赤らめる。気付いてもらったことが嬉しいのか、遥は照れたように笑った。
「だって、嬉しかったんだもん。だから、大吾お兄ちゃんとお出かけする時に、最初につけようって思ったの」
年齢が年齢なら、最高の殺し文句だ。どこで覚えたんだか、彼は肩をすくめ、コーヒーの蓋を開けた。
「……似合ってなくはない、な」
意地悪く笑う大吾に、遥は頬を膨らませる。
「なんでお兄ちゃんはそういう風に言うかな~」
「褒めてんだろ」
「もっと素直に!」
「あー似合う似合う」
からかうように褒める彼を、遥は空いた手で叩く。大吾は痛いな、と顔をしかめ彼女の持っていたアイスを奪った。
「あ、駄目!私のアイス!」
「俺の金だろ」
すがりつく彼女を押しやり、大吾はアイスをかじる。何年ぶりかに味わう甘さに、彼は思わず口を押さえた。
「甘」
「もう、文句言うなら返してよ~あ、お兄ちゃん、いっぱい食べた!」
「そんなに食ってねえよ、まったく……ほら」
彼がアイスを返すと、遥は安心したように食べ始める。その横顔は普通の少女の顔だ。大吾は小さく笑い、コーヒーを口にした。
「それ食ったら、帰るか」
「うん」
遥は素直に頷く。大吾は彼女の頭を乱暴に撫でた。


 思った以上に疲れたらしく、大吾達はタクシーに乗り、家に帰った。車内で眠ってしまった遥を居間で寝かせ、大吾は毛布を持ってきて
かけてやる。彼女が目を覚まさないのを確認し、自室に戻ろうとした時遥は呟いた。
「……おじさん」
寝言だろうか、振り向いた大吾には、彼女の寝顔はひどく寂しそうに見えた。大吾は彼女のそばに座り、乱れた髪をかきあげてやった。
「やっぱり、桐生さんじゃなきゃ駄目か」
呟き、そっと溜息をつく。まだ幼い彼女には、堂島家の生活は慣れないのだろう。彼女の寂しさを感じ、苦笑した時だった。
ふと、遥は寝返りをうち、そばにあった彼の手を握る。驚いていると、遥はそのまま幾分表情を和らげ、安らかな寝息をたて始めた。
「おいおい…」
思わず手を引くが、彼女は握った手を離さない。大吾は溜息をつき、手はそのままに開け放した襖にもたれた。空を仰ぎ見ると
陽も傾いてきた。弥生が帰るまでに手を離してくれればいいが。彼は困ったように笑いながら、陽の当たる庭をずっと眺めていた。
そんな二人の休日も、終わる。

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