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うろほろぞ
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意外な保護者

「忘れてた…どうしよう」
まだ生徒達の賑わいが残る放課後の教室で、遥は小さく呟いた。彼女の視線の先にはくしゃくしゃになってしまった藁半紙の印刷物。
手にとって開くと、そこには
『保護者参観日のお知らせ』
とある。先月配られたもので、実施日は明日になっていた。丁度今日から桐生は大阪へ行っている。帰りは明後日ということだった。
どう考えても来られる状態ではない。しかも、悪いことに日時の下には
『授業参観の後、保護者の方と生徒さんで三者面談があります』
の文字。遥は思わず机に突っ伏した。
「叱られちゃうよ~」
プリントを受け取って机に入れたところまでは覚えている。しかし、教科書を出し入れする際に、薄く柔らかなこのプリントは奥へと
追いやられてしまったらしい。その上、彼女自身もすっかり忘れてしまったため、今の状態に至ったのだった。
「遥、どうしたの?帰ろうよ」
友人達が遥を呼びに来る。しかし、彼女は元気なさそうに首を振った。
「ごめん、今日から三日間は別の道で帰るからダメなんだ。また明日ね」
「そっか。それじゃ明日ね!」
少女達は口々に別れの挨拶を言い、去っていく。遥はうかない顔でプリントをポケットに入れると、のろのろと立ち上がった。


 冬の夕暮れは早い。これでは堂島の家に着く頃には真っ暗だ。遥は少し足を速めた。どんよりとした曇り空は、彼女の心をいっそう
暗くする。白い息が彼女の口からこぼれた。
「遥じゃないか」
突然車道から声をかけられ、考え事をしていた遥は飛び上がるほど驚いた。視線を動かすと、黒塗りの車から顔を覗かせたのは彼女が
よく見知った顔だ。
「柏木のおじさん。こんにちは」
遥は礼儀正しく頭を下げる。柏木はふと何かを思い出したように、後部席のドアを開けた。
「そういえば、今日は堂島さんの本宅だったな。姐さんが言っていたよ。本部まででいいなら一緒に行こう」
「いいんですか?」
正直、距離のある堂島家に帰るのが大変だった遥は、嬉しい申し出に思わず聞き返す。柏木は微笑むと一度車を降り、遥を中へと促した。
「子供は遠慮なんかしなくていい。さ、乗って」
「ありがとう!おじさん!」
通行人はこの奇妙な取り合わせを珍しそうに眺めている。それに気付いているのかいないのか、車は何事もなかったように二人を
乗せ、再び走りだした。


「……はあ」
車内でも遥は思わず溜息をついてしまう。柏木は心配そうに彼女を見つめた。
「さっきからどうした?車に酔ったか」
遥は慌てたように首を振り、無理に笑って見せた。
「あ、違います。ちょっと悩み事があって。でももう大丈夫です。うん、大丈夫、大丈夫!」
どう見ても大丈夫ではないのだが。柏木は思ったが、本人が言いたくないものを無理に言わせることもないだろう、と追求するのをやめた。
「堂島家はどうだ?うまくやってるか」
「はい。皆さんすごくいい人ばかりです」
素直に返事をする遥を見て安心したのか、柏木は含みのある顔で笑った。
「大吾と仲がいいみたいだな。姐さんが面白がってたぞ」
意外な言葉だったのか、遥は驚きの声を上げる。
「えー!そうかなあ。だってね、おじさん。大吾お兄ちゃんはいつもすっごく意地悪なんですよ!すぐガキはうるさい、とか邪魔、だとか
 言うし。この前一緒にゲームして、私が勝ったらムキになってお兄ちゃん私に勝つまでやめないの。お兄ちゃんだってそういうところが
 子供ですよね!」
怒ったように話しているが、彼女の言葉に刺々しさはない。遥も口ではこう言っているが、本音ではないのだろう。
柏木は彼女の話に会わせるように相槌を打った。
「はは、そうなのか。それは大吾も大人気ないな」
「そうですよ。もう、早く大きくなって、大吾お兄ちゃんに『ガキ』って言わせなくするんだから」
大きくなる、か。柏木は彼女の母親をふと思い出し、目を細めた。彼女も、あの事件さえなかったら、成長した遥を見たかったろうに。
柏木は思ったより深刻な顔をしていたらしい。心配そうに自分を見つめる遥に彼は微笑んで見せた。
「遥が大きくなったら、大吾は遥に意地悪したことを後悔するぞ」
「なんでですか?」
「きっと遥は、お母さんに似て美人になるだろうからな」
柏木の言葉に、遥は思わず顔を赤らめた。今でも覚えている、綺麗だったお母さん。似ていると言われるのはどんな言葉より嬉しいが
こんな風に言われるとちょっと照れくさい。
「そ、そうかな」
「そうさ」
彼女は柏木の素直な返事に、心から嬉しそうに笑った。車は和やかな空気を乗せ、夕暮れの街を走りぬけていく。


「わざわざ堂島さんのおうちまで送ってくれてありがとう。おじさん」
本部までと言ってはいたが、始めから堂島家に送るつもりだったらしい。車は屋敷の前で停められた。深々と頭を下げる遥に柏木は
軽く手を上げた。
「そんなに離れていないから気にしないでいい。またな」
はーい。と遥は両手を上げる。車が本部の方へと走り去るのを見、遥は屋敷に入っていった。
一方、柏木は彼女の座っていた場所に何か落ちているのを見つけた。手に取ったのは藁半紙のプリント。書いてある文章を読むと
彼は遥の溜息の訳がわかった気がした。少し悩んでいたが、柏木はそれを胸ポケットに納めた。

「最悪だ……」
次の日遥は放心したように呟いた。昨日鞄やポケットを探ったがプリントが出てこなかった。どこかで落としたのだろうか、プリントを
なくしたことで更に状況は悪化している。
「今日参観日お父さんが来るんだよ~もう最悪。恥ずかしい」
横で友人の一人がぼやく。別の友人が机に腰かけ、足をばたつかせた。
「うちはお母さんが来るんだよね。化粧厚いんだろうな~。遥は?」
いきなり話をふられ、遥は慌てたように手を振った。
「う、うち?うちは来ないかも…」
横で聞いていた女子生徒は、彼女の妙な雰囲気を誤解したのか、軽く友人をたしなめた。
「ちょっと、遥にそういうこと聞いたらダメだって…」
「あ、ご、ごめん。ま、保護者来ない人も一杯いるしね。じゃ!」
友人達はその場に居辛くなったのか、遥から去っていった。誤解なのに…彼女は困ったように溜息をついた。
こうなったら、先生に謝るしかないな。そう決心し、遥は次の授業の準備をした。

 参観日の教科は国語。まあ、当たり障りのない教科といったところだ。生徒達は段落ごとにかわるがわる授業で取り上げる作品を
朗読していく。その度に後ろでは保護者達が我が子の授業風景を興味深げに眺めていた。
「派手なお母さんばっかりね」
保護者達を見、遥の横に座る少女がささやいた。なにを気合入れる必要があるのか、並ぶ母親達は皆一様にブランドものの服で
着飾ってきている。香水の香りもむせ返るようで頭が痛くなった。もしこの中におじさんがいたら、すごく居心地悪そうなんだろうな。
遥はその情景を想像し、少し笑った。
「それじゃ、次。澤村さん」
「あ、はい!」
順番が回って来たことに気付かなかった。遥は慌てて立ち上がり、教科書を手に取った。その時、何故か後ろの保護者がざわめき
口々にささやきあった。
「…あの子ですの?」
「……だそうですよ」
「やくざと仲がいいとかって、本当?」
「まあ、怖い……」
「うちの子、あの子と仲いいんですよ。大丈夫…?」
聞かないようにしているのに聞こえてくる。しかし、こういう場での噂話はもう慣れた。それに、気にしていてもしょうがないことは遥にも
よくわかっていた。姿勢よく立ち、遥が朗読を始めようとした時だった。
「すみませんね、ちょっと入らせてもらいますよ」
聞きなれた声と共に入ってきた女性がいる。遥がふと振り返るとそこには弥生が立っていた。落ち着いた色の訪問着が弥生によく
似合っていた。遥の姿を見つけると、弥生は嬉しそうに大きく手を振った。
「遥ちゃん。頑張って!」
「や、弥生さん、なんで?っていうか、恥ずかしいから名前呼ばないで…」
遥は顔を真っ赤にして俯いた。担任もあっけに取られたように弥生を見ていたが、思い出したように促した。
「さ、澤村さん。とにかく読んで…」
「はい。すみません…」
弥生は嬉しそうに微笑みながら遥の授業風景を眺めている。見慣れぬ保護者の登場に、先程噂話をしていた人々も興味津々なようだ。
再び弥生を眺めつつささやきあった。
「あの方どなたかしら」
「あの子の保護者は男の方だけだったと…」
「まさか、お付き合いなさってる方?」
「そんな方を学校に…?やあね」
最初はささやくような声だったが、自然と大きくなっていくのがわかる。遥がいたたまれなくなった時、弥生が背後の掲示板を思い切り
叩いた。
「ちょっと、さっきから何ぐずぐず言ってんだい!あなたたち、子供の授業を見に来てるんだろう?こんな時ちゃんと見てやらなかったら
 子供がかわいそうじゃないか。井戸端会議なら外でやりな!あたしに聞きたいことがあるなら逃げも隠れもしないから、後でじっくり
 顔つき合わせてお聞き。いいね!」
言われた保護者たちは何か言いたげだったが、弥生の言ってることは間違っていないこともあり、黙りこくってしまった。
弥生は担任に向かって静かに頭を下げる。
「授業中お騒がせして申し訳ありませんでした。どうぞ再開なすってくださいませ」
「あ、どうも…」
授業は何事もなかったかのように再開される。遥はちらりと弥生を見ると、彼女が目配せし、遥に微笑み返すのが見えた。

「それで、あなたは澤村さんとはどういうご関係で?」
三者面談。遥の横には弥生。その正面に担任が座っている。担任の教諭は家族構成を眺めつつ不思議そうな顔だ。
「遥ちゃんの保護者、じゃ駄目ですの?」
「いや、やはりこういうことは他人では…」
困ったような顔をしている担任に、遥は少し考えてわかりやすく話して聞かせた。
「あ、あの。この方は堂島弥生さんとおっしゃって、おじさん…えと、桐生さんの昔の勤め先の上司の奥様なんです。最近弥生さんの
 ところにもお世話になってるので、来てくださったんだと…」
担任は溜息をつき、遥を見つめた。
「そうはいってもね、澤村さん。やはりそれでは桐生さんに来ていただかないと。前から言ってたよね」
遥は深々と頭を下げ、謝った。
「ごめんなさい。でも、弥生さんは私にとって他人じゃないんです。優しい方だし、すごく私のことを思ってくださるし、まるで本当の
 お母さんみたいなんです。だから、弥生さんは責めないでください」
「遥ちゃん…」
弥生は驚いたように遥を見つめた。担任は彼女の真剣な表情で言葉に嘘はないと思ったのか、苦笑しつつ遥の肩を叩いた。
「わかった。澤村さんがそこまで言うなら、問題ないでしょう。それじゃ、本題にはいりますか」
「はい!」
遥は嬉しそうに元気な返事を返し、担任と話し始める。それとは逆に、弥生は面談の間、終始必要以上に口を開くことはなかった。


 面談も終わり、二人は校舎から出た。あれから弥生は話しかけても答えず、黙っているばかりだ。複雑な表情は遥に読み取ることが
出来ない。わけがわからず、遥は弥生にそっと問いかけた。
「弥生さん、どうしたの?私、なんか失礼なこと言ったかな。それとも誰にも参観日のこと言ってなかったこと怒ってるの?」
弥生は彼女の方を振り向き、しゃがみこむ。そして、彼女の両手を握り、首を振った。
「違う、そうじゃないんだよ。私はね、嬉しいのさ」
「嬉しい?」
「色々あったのに、遥ちゃんは私のことを他人じゃないって言ってくれたでしょう。本当のお母さんみたいだって。それが今、嬉しくて
 嬉しくて…黙ってないとみんなに言いふらして回りたいくらいなんだよ」
静かに話してはいるが、その声は震えているようだった。彼女の夫が起こした事件。全ての歯車を狂わせたあの日。遥とこうやって
暮らすようになった今でも、あの事件を弥生は責任を感じていたのだろう。遥は改めて彼女の思いを知り、驚いたように彼女を見つめて
いたが、やがてくすっと笑った。
「なんだ。弥生さんまだ気にしてたんだ。あのね、私、堂島のおうちで弥生さんにお世話になってからずっと思ってたよ。弥生さんは
 お母さんみたいだなって。参観日のことも、プリントをもらった時、一度は弥生さんに頼もうと思ったくらいなの。でも、弥生さん最近
 忙しそうだし、迷惑かけたらいけないなって思って。あ、あとすっかり忘れてたのもあるんだけど」
申し訳なさそうな顔で笑う遥を、弥生は目を細めて見つめた。その言葉だけで救われる、この少女はどれだけ誰かを『許す』ことが
できるのだろうか。それに自分は報いてやらなければ。弥生は袂で目頭を拭うと、勢いよく立ち上がった。
「め、迷惑なんて、そんなわけないでしょ。それなら今度から、こういう時は桐生じゃなくて私にお言いなさいな」
遥は声を上げて笑い、弥生を見上げた。
「うん、そうだね。あんなふうに、うるさいおばさん達叱ってくれるの弥生さんくらいだし」
「そういや、あの人たちどうしたんだろうね。後で話を聞いてやるって言ったのに」
噂好きの保護者たちは、用が済むとさっさと帰ってしまったらしい。弥生は少し残念そうな顔で肩をすくめた。
「何かにつけ、人の話を聞かない親が多くて嫌だねえ。まったく」
「あ、そうだ。弥生さんはなんで参観日のことを知ったの?」
ふと、思い出したように問いかける遥に、弥生は微笑を浮かべて答えた。
「それはね…」




 東城会本部では、柏木がてきぱきと大吾に仕事を教えつつ業務を行っていた。跡目といえど、何も知らぬ大吾一人では、今の東城会を
立て直すのは流石に無理だ。寺田が行ったワンマン人事の再編成。周囲の系列組織とも更に連携を図る必要もあった。近代化が進む
とはいえ、しきたりなどにうるさい組織だ。一度の失策が後々の遺恨にもなりかねない。そのためには経験と知識が必要になる。その
ため古参の柏木が、自ら大吾の教育係をかって出ていた。
「覚えることが山積みだな…」
思わず弱音を吐く大吾に柏木は溜息をついた。
「他にもやらなければならないことは、まだまだあるぞ。こんな調子じゃ、跡目は放棄するか?」
「ふざけんな。一度やるって決めたんだ、やってやるさ」
それでよし、と柏木は頷いた。跡目としての大吾の成長ぶりが彼には嬉しかった。頭を抱えつつも書類に目を通す大吾を見守っていると
会長室のドアがノックされた。
「どうぞ」
柏木が返事をすると、扉が小さく開き遥が顔を覗かせた。
「遥、今仕事中だ。入ってくんな」
ぞんざいにあしらう大吾に遥はつん、とそっぽを向いた。
「大吾お兄ちゃんに用じゃないもん。柏木さんにだもん」
「おや、何かな?」
遥は歩み寄った柏木にもっと近くにくるよう手招きをする。彼が不思議そうな顔で床に膝をつき、彼女と目線を合わせると、遥は柏木の
耳元でささやいた。
「おじさん、弥生さんに今日のこと教えてくれてありがとう。嬉しかったよ」
柏木は照れたように笑う遥にそっと耳打ちする。
「おせっかいかと思ったが、安心したよ。またドライブでもしようか」
「うん、楽しみにしてるね」
二人は楽しそうにささやき、そして笑いあう。一方、自分のいる場所から、二人の話が全く聞こえない大吾は不満顔だ。
「おい、二人とも。なに話してんだ?」
「気になるか?」
柏木が立ち上がり、意地悪く笑ってみせる。横では遥が彼の手をとった。
「私と柏木のおじさんとの秘密!ねっ」
「いや、気になってねえけど…おい遥、もったいぶらずに言え!」
思わず立ち上がる大吾を笑い、彼女は柏木の後ろに隠れた。
「駄目、教えてあげない。お兄ちゃん意地悪だもん」
彼女の言葉に呼応するように、柏木はわざとらしく残念そうな顔をして首を振った。
「大吾、もっと遥に優しくしておけばこんなことには……」
「お、おい、ふざけんな。柏木さん、遥に何しやがったんだよ!」
彼のうろたえぶりに二人は声を上げて笑う。結局大吾は何も教えてもらえないまま、悶々としつつその日を過ごす羽目になった。
 二日後、帰宅した桐生に学校から連絡があった。担任より、この日のことを教えられた桐生は、遥を目の前に座らせ、こっぴどく叱り
つけたという。

そんな、ある日の遥の話。

-終-
(2007・1・30)
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