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うろほろぞ
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***

長い夜

それは本当に突然な誘いだった。相手は桐生。しかし、誘いという形式を取ってはいたが、桐生の口ぶりは
「ちょっと出て来い」
と、ほとんど命令に近い一言だった。
 昔の上下関係の名残が多少ならずとも残っている大吾には、情けないが今でもこの言葉に逆らうことはできない。しかも、桐生が
ここまで強い口調で誘うからには、何か深刻な用件でもあるのだろう。彼は指定されたバーに向かった。
 ミレニアムタワーの前を曲がり、少し行くとそのバーはある。その名をバンタムといい、ささやかながら落ち着いた雰囲気のこの店は
神室町でいい酒を飲ませてくれる店で有名だ。寡黙ではあるが親しみのあるマスター、戸部は酒に関する造詣も深く、頼めば客の
好みに合わせた酒を出してくれたりもする。正統派な酒場といえるだろう。
 大吾は木製の扉をゆっくり開いた。落ち着いた照明、店内に流れる音楽はスタンダードなジャズナンバーだ。マスターは大吾に気付き
頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
大吾は何も言わず店内に入っていく。そこで目に入ったのは、カウンターに座るいつものグレーのスーツ。誘ってきたはずのこの男は
こちらを振り向きもしないで、煙草を燻らせている。グラスの中にはほとんど酒は残っていない。もう一杯やっているようだ。
「待たせたか」
声をかけながら、彼は桐生の横に座る。桐生はいや、と煙草の灰を落とした。
「何になさいますか」
マスターが笑顔を向けてくる。桐生は空になったグラスを出し同じものを、とオーダーする。大吾もそれに続けた。
「スコッチをダブルで、氷はいらねえ」
「かしこまりました」
目の前では、几帳面な動きでマスターが酒を用意し始める。桐生はふと大吾を見た。
「悪かったな、急に」
「急なのは慣れてるよ」
大吾が肩をすくめる。それもそうだ、と桐生は苦笑した。そのうちに二人の前にグラスが並ぶ。琥珀色とも違う、香り立つような深い色は
その酒の年代を感じさせる。グラスを手に取り、大吾は飲むでもなくそれを揺らした。
「で、何の用だ?」
桐生は短くなった煙草を消し、マスターの出した水割りを飲んだ。店は二人以外客はいない。静かなものだ。
しばらく酒の余韻を楽しみ、桐生はふと表情を消した。
「お前の話ばかりするんだ」
「……は?」
気の抜けた声を上げる大吾に、桐生は視線を送った。
「遥が、家に帰ってはお前のことばかり話すようになった」
「ちょ……そ、それがなんだってんだ」
大吾は彼の目つきがいつになく鋭いのを見逃さなかった。桐生のこの顔は、少々機嫌が悪い時の顔だ。
「お前、遥に手ぇ出してないだろうな」
いきなり話の核心に迫られ、大吾は思わず声を荒げた。
「ふざけんなよ!あんな子供をどうこうしようなんて考えるほど、俺は女に困っちゃいねえ!」
「なら、いい」
桐生はぞんざいに言葉を返し、苛立たしく煙草に火をつける。その表情は完全に納得していないようだ。勘弁してくれ、と彼は
頭を抱える。しかし、桐生をそこまで思い詰めさせるようなことを遥は話していたのだろうか。大吾は顔を上げた。
「遥…なんか言ってたのか」
溜息混じりに煙を吐き出し、桐生は視線を動かした。
「知りたいのか」
「そんなわけじゃねえけど、知らないところで俺の話されたら、気にもなるだろ」
大吾の言葉に、彼は押し黙る。桐生の口はいつもより重い。そんなに深刻なことか、大吾は唾を飲み込んだ。
やがて、思い切ったように桐生は口を開いた。
「……大好きらしい」
「あぁ?!」
「お前が……大好きだと……」
それだけ言うので精一杯だったようだ。苦しげに呟き、彼は俯く。こんなにも打ちひしがれている桐生を、大吾は半ば呆れたように
眺めた。
『親バカだ…親バカだよ桐生さん……』
言いたい気持ちを飲み込むように、大吾は酒を口にする。好きな酒だが、今日はことのほか苦い気がした。
「それくらい、東城会でいくらでも言ってる。ちなみに、お袋も『大好き』だとよ。龍司は『好き』、柏木さんも『好き』って言ってたな
 子供ってそんなもんじゃねえのか」
桐生はカウンターを拳で叩く。マスターはいつもと違う桐生に目を丸くした。
「問題なのは、独身の男で大好きだと言ってるのが大吾、お前だけだってことだ!それは特別ってことじゃないのか?!」
「そんなの言いがかりだろ!関係ねえ!」
「とにかく、姐さんが言ってくれた手前、今夜も遥は堂島の家に預けるが、間違いは起こすなよ。絶対だ」
「桐生さん!」
「返事はどうした!」
ここで、かつての上下関係が露になった。大吾は自分でも嫌になるほど、この高圧的な命令に逆らえない。自分ではそんな気は
毛頭ないのだが、もう極道でもない桐生にここで諾と言うのも気分が悪い。無言で席を立ち、金をカウンターに叩きつけた。
「親バカ」
「なっ…おい、大吾!」
振り向きもせず、大吾は店を出た。いや、振り向けなかったのだ。桐生の命令に従わなかったことが、大吾にはひどく恐ろしい。
もしかつての桐生なら、こんな返答は絶対に許さなかったはずだ。未だにこんな反抗しか出来ない自分が我ながら情けない。
通りをぶらつきながら、大吾は小さく舌打ちした。
「兄貴!」
遠くで声がかかる。目を凝らすと、そこには久しぶりの顔が何人か見えた。
「お前ら…もう俺は兄貴じゃねえ。そう言ったはずだ」
目の前で嬉しそうに笑う若者達は、かつてこの辺りで遊び歩いていた頃の仲間だ。昔は大吾を『兄貴』と慕い、鬱陶しいほど後を付いて
歩いていたものだ。しかし、跡目に決まった時からもう彼らとは会わないことにしていた。彼らは極道とは違うのだから。
「それでも、兄貴は兄貴っすよ。よかったら、久しぶりに飲みに行きましょう!」
「いや、俺は…」
断ろうとすると、別の男が声を上げた。
「いいじゃないですか!店の女も兄貴のこと待ってんですよ!」
「久しぶりにパーッと!ね」
口々に誘われ、大吾は表情を緩めた。どうしようもない気分だったが、彼らと昔のように無茶をするのもいい気分転換だろう。
苦笑しながら大吾は頷いた。
「しょうがねえな、お前らは」
皆は歓声を上げつつ大吾の後をついて歩き始める。徒党を組んで賑やかに歩いていく一団を、通行人は珍しそうに眺めていた。

 弥生に引き止められ、遥は堂島の家にもう一泊することにしていた。聞くところによると、桐生は今日夜遅くなるとか。
確かにいつ帰るかわからない桐生を一人で待つのも寂しい。そうそう堂島の家にも来ることはないのだから、と遥は言葉に甘えさせて
もらった。
 屋敷が眠りについて数刻。すっかり熟睡していた遥は、玄関を開ける大きな音で目が覚めた。弥生の怒声も聞こえる。その異変に
遥は寝間着のまま玄関に向かった。
「大吾!あんたそんなになるまで飲んで!」
弥生の後ろから覗くと、大吾が玄関で大の字になっていた。遥は驚いて駆け寄る。
「お兄ちゃん!大丈夫?」
「うるせえ」
大吾は彼女を押しのけて起き上がり、ふらふらと自分の部屋に向かって歩いていく。途中、何度も壁や襖にぶつかっていくのが心配だ。
「大吾おにいちゃん、大丈夫かな」
「放っておきなさい。もう、夜遊びはとうにやめたと思ってたのに。明日は説教だね」
弥生は頭が痛い、と額を押さえ部屋に戻っていく。遥はしばらく悩んでいたが、大吾の向かった方にかけて行った。
急いで追いかけ、大吾は部屋の前で捕まった。遥は慌てて彼の部屋に入っていく。
「今お布団敷くから!まだ横になっちゃ駄目だよ」
「……放っておいてくれ」
「駄目だよ、風邪ひいちゃう」
言いながら、遥はてきぱきと布団を敷いていく。大吾は上着を脱ぎ、放り投げた。
「お前、なんでうちにいるわけ」
「なんでって……弥生さんが言ってくれたから」
「それだけか」
遥は怪訝な顔で大吾を見る。彼は苦しげに首を振り、手を出した。
「水」
「あ、はい」
彼女が部屋の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。大吾はそれを一気に飲み干し、空のペットボトルを机に置いた。
「寝る」
「え?」
言うが早いか、あっという間に大吾は布団に倒れこみ、側にいた遥は避ける間もなく巻き込まれた。うつ伏せのまま、遥は大吾の
体の下でもがく。
「お、重い。お兄ちゃん重い!苦しい~」
なんとか横に逃げ、遥は首を振った。
「もう、窒息するかと思ったよ…お兄ちゃん、布団、布団かけて」
大吾の体の下にある掛け布団を引きずり出し、かけてやる。ふと、大吾は寝返りを打ち朦朧とした面持ちで薄目を開けた。
「なにしてんだ」
ここまでしてやっていて、何をしてるもなにもないものだが。遥は彼を覗き込んだ。
「布団、かけてるんだよ」
「お前、付き合ってきてそんなことしたことねえだろ…」
なんだか話が噛み合わなくなってきた。遥は首を傾げる。こんなに酔っている人間を介抱したことがないので、勝手が分からない。
「それじゃ、行くね」
立ち上がろうとすると、大吾はいきなり遥を引っ張った。
「どこ行くんだよ…」
「部屋に帰るんだよ~」
どうしたらいいものか。遥が考えているうちに、大吾は彼女を更に引き寄せると彼女の肩を抱いて表情を曇らせた。
「そんなに冷たい女だったか…?朝までいろよ」
冷たいと言われても。さすがに彼が人違いをしているのに気付き、遥は彼の胸の上で首を振った。
「駄目だよ。お兄ちゃん、誰かと間違えてる。私だよ、遥だよ!」
「遥…?どうでもいい……眠い」
「どうでもよくない~」
すでに寝息をたて始めている大吾を、遥は困った顔で見つめた。とりあえず、手を離してくれるまで、と遥はそのままでいることにする。
胸に顔を寄せると、酒と香水の臭いがした。いつもの大吾の香水とは違う、女物の香水の香りだ。
「この人と間違えたのかな」
遥は呟く。大人びた甘い香り。こういう香りの似合う人が好きなのか、彼女は想像をめぐらした時、大吾は遥の方に寝返りを打った。
その拍子に力が緩められ、そっと腕の中から出ようとすると、大吾は口を開いた。
「寝てないのか」
驚いていると、彼は遥の背中に腕を回し、何度か優しく叩く。無意識に腕の中の女を寝かしつけているようだ。
「寝ろ」
そう言うと、また彼は寝息をたて始めた。遥は呆れたように彼を見つめていたが、やがて眠そうに目を擦り始めた。
そういえば、真夜中に起こされたのだと思い出す。こんなことをされたからか、遥は急に眠くなってきた。
「もういいや…おやすみなさい」
遥は呟いてそっと目を閉じた。静かな夜は、こうやって更けていく。


「ん…あー……頭いてえ……」
朝、目が覚めた大吾は酷い二日酔いに襲われた。昨日の記憶はほとんどない。昔の仲間と飲みに行って…と思いをめぐらすが
そこから家までのことが彼にはさっぱり思い出せない。そこで、ふと自分の横にある暖かな存在に気付く。割れそうな頭の痛みに
顔をしかめ、大吾は布団をはいだ。
「…………え」
そこには丸くなって眠る遥。思わず大吾は後ずさった。なんで彼女がここにいる?しかも一緒に眠っているのはどういうわけだ?
思い出そうにも思い出せない。そうしている間に目が覚めたのか遥は目を擦りながら起き上がった。
「おはよ~」
「お、おいお前…なんでここに」
遥は目を丸くして信じられない、と口を開いた。
「お兄ちゃんひどいんだから、いきなり酔っ払って帰ってきたんだよ。私がお布団敷いたらいきなり…(倒れこんできて)、しかも
 私が駄目だって言ってるのに(手を)離してくれないし!『朝までいろ』って無理やり私を(寝かしつけたんだから)…」
寝起きの為か、遥の言葉は所々聞きとれない。そのためか、思わぬ事態を想像し大吾の顔は蒼白になっていく。
遥は欠伸交じりに伸びをすると、立ち上がった。
「でも、お兄ちゃん優しかった。それじゃ、行くね」
「は、遥!俺はお前に何かしたのか!?」
部屋を出た彼女を大吾は追う。廊下に出た彼の目に飛び込んできたのは、眠そうに振り向く寝間着姿の遥と、昨夜の大吾を叱りに来た
弥生。事態はまさに最悪の一途をたどっていた。弥生はしばらく目の前の状況が飲み込めなかったようだったが、やがて慎重に
問いかけた。
「は、遥ちゃん。昨日の夜は、部屋で寝たのよね?今大吾を起こしに来たのよね?」
その雰囲気が尋常ではないことを知ったのか、遥は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい…お兄ちゃんの部屋で寝ちゃいました。お布団かけに行ったら部屋に帰られなくなっちゃったんです」
「か、帰られなくなったって?」
「えっと、大吾お兄ちゃんが別の女の人と間違えたらしくて…」
説明が難しいので口ごもる遥を、弥生は別の受け取り方をしたらしい。優しい表情は消え、その顔は修羅と化した。
「大吾」
その威圧感漂う表情の弥生は、いい年をした男でも震え上がる。大吾もまた、母の尋常ならざる雰囲気に身を引いた。
「違う。きっと、いや、絶対違う」
「お黙り。いいから来な」
「もっと遥に昨日のことを聞いてくれよ!絶対誤解…」
「あんた、こんな小さな女の子に、そんな恥ずかしいこと言わせる気かい!?もう、今日という今日は許さないよ。場合によっては
 指三本でも許さないからね!」
引きずられるように弥生に無理やり連行されていく大吾。よく状況が飲み込めてない遥は、二人に声をかけた。
「朝ごはんはどうしますか~?」
二人は答えずに去っていく。遥は困ったように首をかしげ、着替える為に自室へ戻って行った。
 それから遥は朝食を用意して待ってはいたが、二人とも帰ってくることはなかった。その後、彼女が二人に昨夜の真相を話して
聞かせるまで、弥生の折檻…もとい、説教は続いたのだった。そこで弥生が下した罰は、大吾の三ヶ月の禁酒。さすがに大吾も
それに異論を唱える気にならなかったらしい。ついでに遥にも身の安全の為に一ヶ月間大吾に接近禁止が言い渡された。
それから遥は、当分東城会に来るたびに遠くから働く大吾を眺めていたという。
 このことは、珍しく大吾に頼み込まれ桐生に話していない。こんなに疑問に思う事だらけなのに、聞いたり出来ないのが残念だ。
遥は口止め料として彼に買ってもらったケーキを食べながら、何故言ってはいけないのかぼんやり考え、ぽつりと呟いた、
「男心って難しい」

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