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うろほろぞ
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*

口紅

「遥、こっちこっち!」
放課後、ほとんど生徒が下校した後の教室。珍しく女子生徒が隅に固まって遥に手招きをした。下校準備をしていた遥は首を傾げつつ
少女達の輪の中に入っていく。と、同時に他の生徒は廊下を見渡した後、しっかりと扉を閉めて戻ってきた。
「誰も来ないよ、今のうち!」
不思議そうな顔で皆を眺める遥に、輪の中心にいた少女が声を潜めて笑った。
「いいもの持ってきたんだ。じゃーん!」
言いつつ少女が取り出したのは細い小瓶。それが何かわかった生徒達は思わず歓声を上げた。
「それ、去年の人気色!」
「ねえ、高いんじゃないの?買ったの?」
「可愛い!いいなあ」
口々に誉めそやす少女達を、遥はぽかんとして見ている。いったいこれが何なのだと言うのだろう。
「これ、なに?」
素直に問いかける遥に対し、中心にいる少女は笑いながら手に持った瓶をニ、三度振った。
「口紅だよ。リキッドタイプの」
聞くなり遥は思わず辺りを見回した。
「く、口紅?持って来ていいの?」
少女は皆人差し指を立てて唇に当てる。なるほど、扉を閉めたのはそういうわけか。遥は苦笑を浮かべた。
「駄目に決まってるよ。だから、秘密ね」
皆は小さな円筒形の瓶を羨望のまなざしで見ている。その様子を見ていると、小学生にはそうそう手に入れられないような物なの
だろう。遥は首をかしげた。
「買ったの?」
「違うよ。お姉ちゃんがこういうの好きだけど、飽きっぽいんだ。去年のはもういらないからって言ってたから、頼みこんで貰ったの」
「ね、はやく塗って」
「私も!」
この口紅を持ってきた少女は、今やこの場の女王様だ。皆にせがまれて、幾分慣れた手つきで少女達の唇を彩っていく。
塗ってもらった生徒は、めいめいに手鏡を覗いて嬉しそうに微笑みあった。その表情は普段の彼女達とは違い、わずかに大人びて
いるようにも見える。
「綺麗だね」
遥が発した思ったままの感想を聞き、自分もやってみたいと受け取ったらしい。少女達は彼女の手を引いた。
「遥もやってもらいなよ!」
「え、私はいいよ!つけたことないし!」
「いいじゃない。今日だけ今日だけ」
半ば無理やり座らされ、遥は緊張した面持ちで正面の少女を見つめる。そんな遥を笑い、彼女は手招きした。
「そんなに目立たないから、大丈夫。もう少しこっちに来て」
「こ、こう?」
身を乗り出すと、早速少女が遥に口紅を塗っていく。自分の唇に何か塗られていくのは、少し変な感覚だ。
わずかな時間の後、少女は満足そうに微笑んだ。
「できた。遥、この色似合うね!」
少女が言うのを聞き、皆が彼女の顔を覗き込む。遥の唇は今、あまり派手にならないような淡いローズ。誰もが小さく声を上げて
顔を見合わせた。
「遥、いいんじゃない?」
「見てみなよ、ほら」
手渡された鏡を覗くと、大人びた色に染まるいつもと違う彼女の表情があった。初めは気が乗らなかったが、皆に似合うと言われたら
やはり嬉しいものだ。遥は照れたように笑う。
「なんか、変な感じ。でも、いいのかな」
「他の子なんか、先生に叱られてもばっちり化粧してるんだよ。たまにはこれくらいしなきゃ」
そうなのかな。遥は首を傾げた時、勢いよく教室の扉が開いた。
「こら!お前達、いつまで残ってるんだ!」
「いけない」
少女は慌てて鞄に口紅を隠し、席を立った。
「すぐ帰りまーす!みんなも帰ろ!」
「先生さよなら!」
少女達は見つからないように教師の横をすりぬけ、教室を出て行く。遥もまた、皆に遅れまいと後に続いて教室を出た。
幸いにも彼女達の口紅には教師も気付かなかったようだ、皆は秘密を共有したことに満足したのか、嬉しそうに微笑みあい、それぞれの家に帰って行った。
 遥は電車に揺られ、東城会へと向かう。扉の前に立つと、電車の窓に自分の顔が映った。化粧をした自分を見てもらいたい桐生は
今日はいない。少し残念な気もするが、もし桐生に見つかったらと考える。きっと最初は困った顔をして黙り、その後当然叱られて
しまうのだろう。遥はその情景を思い、小さく笑った。その後、図書館で借りた本を読みながら帰るうち、自分が口紅を塗ったことなど
すぐに忘れてしまった。


「こんにちは。またお世話になります」
東城会本部に寄った遥は、日頃良くしてくれる構成員達に頭を下げた。皆は彼女の存在に慣れたらしい、ごく自然に彼女を迎えた。
「久しぶりです。遥さん」
「学校はどうだい?楽しいかい?」
「この間話してたCD持って来てるよ。持って帰んな」
日頃殺伐としている彼らも、一人の少女には甘いらしい。彼女の顔を見ると途端に顔をほころばせ、声をかけてきた。
遥は彼らと他愛のない話に付き合いながら、いつもの場所に鞄を置いた。
「弥生さんは、お仕事ですか?」
「姐さんは用があるそうで、ちょっと出ていらっしゃいます。大吾さんは会長室でさ」
遥は礼を言い、彼らの詰め所を後にする。途中、給湯室でコーヒーを淹れ、会長室へ向かった。
ノックをすると久しぶりに聞く大吾の声がした。遥はコーヒーを零さないように、注意深く重い扉を開く。
「こんにちは。お兄ちゃん」
大吾は遥に気付き、吸っていた煙草をもみ消した。
「遥か。そういや今日からうちに来るんだったな」
「そうだよ。またお世話になります」
かしこまったようにお辞儀をして、遥はコーヒーを彼の邪魔にならない場所に置く。大吾は礼を言いつつそれを飲んでいたが
ふと顔を上げ遥の顔を見つめた。彼女は小さく首をかしげる。
「何?」
「……丸顔だな、お前」
それを聞いて遥は表情を曇らせる。おもむろに持っていたお盆を振り上げ、叫んだ。
「またそうやってからかうんだから、お兄ちゃんは!」
「悪い悪い!そんなにすぐ怒んなよ、だからガキだっつの!」
大吾は笑いながら彼女の攻撃を手で受ける。しばらくそうやっていたら溜飲が下がったらしい、遥は腰に手を当て、横柄な口ぶりで
告げた。
「今日はこのくらいで許してあげる。次はお盆じゃ済まないから」
大吾はそれに気分を害することなく、楽しそうに遥の額をつついた。
「おう、今度は銃や刀でも持って来い」
額を押さえながら、自分の脅しが効かないと知るや、遥は意地悪く笑った。
「それじゃ、桐生のおじさん連れて来よ」
それを聞いた瞬間、大吾は頭を抱える。言葉にならない呻き声を上げ、遥に両手を上げて見せた。
「参った」
遥は勝った、と嬉しそうに声を上げて笑う。その時、会長室の扉が開いた。
「遥ちゃん、よく来たねえ。大吾のお守りまでさせちまって悪かったね」
その言葉が気に入らなかったのか、大吾は顔を曇らせ、抗議する。
「なんだよそれ。俺が遥のお守りしてやってんだろ」
「それはもう、お兄ちゃんのお守りは大変でした……」
言いつつわざとらしく汗を拭く真似をする遥を、大吾は小突いた。
「調子乗んな」
「大吾っ!」
弥生に叱られ、大吾は肩をすくめ立ち上がった。
「はいはい、全部俺が悪いんだな。今日の仕事は済んだし、ちょっと出てくる」
「お兄ちゃん、夕食は?」
「いらね」
大吾は首を振り、颯爽と部屋を出て行く。後に残された弥生と遥は困ったように顔を見合わせた。
「それじゃ、あのバカ息子は放っておいて帰ろうか」
「はーい。夕飯何にします?私頑張ります!」
弥生は優しく微笑みながら、遥の背を押して部屋を出る。二人で笑いあう姿は、本当の親子にも似ていた。横で待機していた
構成員達は、その姿を穏やかな面持ちで眺め、いつまでも見送っていた。


 堂島家での久しぶりの夕食。このところ堂島家にいる時は遥が食事を作ることにしている。弥生はしなくてもいいと言ってくれたが
お世話になっているからと、後片付けまで遥の仕事にしていた。
 彼女の作った得意料理と共に、遥は弥生と会えなかった時に起こった話などを楽しく話して聞かせる。弥生は彼女の話すことを
面倒がらず聞いてくれ、女同士ならではの相談にも快く乗ってくれた。夕食も済み弥生は自室へと戻ったのを確かめ、遥は鼻歌交じりに
後片付けを始めた。
 食卓を拭いていると、車の止まる音とガレージが開く音がする。大吾が帰ってきたようだ。遥は布巾を片付け、いそいそと玄関に
向かった。
「おまえら、もう帰っていいぞ」
彼女が玄関に付いた時、大吾は車を降り運転手の男に指示を出していた。
「では明日またお迎えに上がります」
男が立ち去り、大吾は疲れた顔で歩いてくる。遥は手を後ろで組み、笑顔で迎えた。
「おかえりなさい、大吾お兄ちゃん」
「なんだ、わざわざ迎えに出なくていいって言ったろ」
面倒そうに靴を脱ぎ捨て、遥の頭を軽く叩く。彼女は頬をふくらませ、彼を追いかけた。
「ただいまは?挨拶ないのよくない!」
「ああ、わかった。ただいま。これでいいか?」
適当にあしらわれている。遥は溜息混じりに仕方ないなあと呟き、付いて歩いた。
「何か飲む?おつまみ作ろうか?」
「適当にやるからいい。テレビでも見とけ」
「テレビ面白くない」
「なら勉強しろよ。時間割は確認しろ。ドリル忘れんな。連絡帳出せよ」
「もう!どうでも良さそうな言い方して。ちゃんとやってあるもん。」
気がつくと、大吾の部屋の前まで来ていた。大吾は急に振り向き、彼女を指差した。
「寝、ろ!」
言うが早いか、大吾は素気無く部屋に入って行ってしまう。彼女はしばらく部屋の襖を見つめていたが、もう、と呟き踵を返した。
少し歩いた時、いつ部屋から出てきたのか、大吾に突然呼び止められた。
「遥」
振り向いた瞬間、彼はポケットから何か取り出した。
「受け取れ」
彼女が身構えるのを待たず、大吾は彼女に何か投げて寄越した。取り落としそうになりながら、遥がそれを掴むのを確認すると
大吾はぶっきらぼうに告げた。
「あんな高い口紅、ガキには似合わねえ。それで十分だ」
驚き、遥は手の中の物を見た。そこにはピンクの色付きのリップクリーム。顔を上げるとすでに大吾は部屋に戻っていた。
「気付いてたんだ」
遥はそれを握り締め、大吾の部屋の前に戻る。しばらく考え、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「大吾お兄ちゃん、ありがとう。大切にするね」
中から返事はない。遥はくすりと笑い、自分の部屋に戻って行った。
 寝る前、彼女は鏡の前でリップを塗ってみる。それはとても優しい色で、遥はあの口紅よりこっちの方が好きになれそうだった。
でもこのことは、みんなには秘密。遥はそっと微笑んで電気を消し、布団に潜り込んだ。今夜はきっと、桜色の夢を見るだろう。

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