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うろほろぞ
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@2

そして彼は彼女の手を離す(完)

「桐生さん、この度は申し訳ありませんでした」
遥のいない平日の昼間、大吾は突然桐生の家を訪れ、おもむろに深々と頭を下げた。自分の不注意で彼女に怪我を負わせた。
そのけじめはつけなければならない。しかし、桐生は彼の行動が出来ていないらしい。顔を曇らせ、腕を組んだ。
「急に、何の真似だ」
「遥に、怪我をさせたことについてです」
「怪我をさせた……だと?」
桐生の反応は悪い。大吾は怪訝な顔で彼を見た。複雑な表情から、桐生は明らかに困惑しているのがわかった。
「遥は…何も?」
思わず問いかけると、桐生は苦笑を浮かべた。
「残念ながらな。だが、怪我をしていたのは知ってる。俺には、かけっこで転んだと言っていたんだ。やっぱり、何かあったみたいだな
 ……話してみろ」
彼の声は、決して怒りに満ちたものではない。桐生自身遥の言動に違和感を持っていたのだろう、そのわけを解明しようという思いが
見て取れた。
 大吾は彼女に起こったことを話して聞かせた。何もごまかさず、ありのままを。桐生は口を挟まず、ただ黙って聞いている。
話が遥に起きたことをに及んだ時、流石に眉をひそめた。しかし、それでも最後まで彼の話を聞き続けた。
「……話はわかった。それで、お前はこの件に対してどうケジメをつける気だ」
大吾が話し終えるのを待ち、桐生は静かに告げる。大吾は桐生を真直ぐに見、はっきりと答えた。
「遥には、俺と東城会に関わらないように言いました。俺自身、あいつとはもう会わないつもりです。堂島家で預かるのも、今後
 控えようかと。お袋にもそう話すつもりです。それ以上は……桐生さんにお任せします」
「そうやって、遥の手を離すのか」
意外な言葉に、大吾は目を丸くする。桐生の目は穏やかだが、その表情は大吾の内心を推し量っているように見える。
そして、桐生の物言いが冷静であればあるほど、その言葉が重く感じられた。大吾は苛立たしげに顔をゆがめた。
「何が言いたいんだ」
大きく溜息をつき、桐生は遠くを見た。
「俺はお前のケジメを当然だと思っているし、そうしたい気持ちでいっぱいだ。今すぐお前を叩き出して二度と顔を見せるなと
 言ったって構わないとも思っている。遥という女の子の親としてはな。だが、遥はお前を慕っている。今回のことも、遥なりにお前を
 気遣って俺に言わなかったんだろう。それだけお前を大切に思っているあいつに対して、それが最善の方法かどうか考えたら
 ……俺は違うと思う」
「あんた、さっき聞いただろう!あの時、遥がどんな目にあったか。全部俺のせいだ、俺の近くにいるからあいつは
 負わなくていい傷を負っちまった。体だけじゃねえ、心にもだ。もし桐生さんなら、あいつを完璧に守ってやれた。現に今まで
 どんなときでも遥を守ってきたじゃねえか。でも、俺には無理なんだよ。自分のことで精一杯で、あいつのことまで考えて
 やれねえんだよ!」
吐き捨てるように話す大吾に、黙っていた桐生が口を開いた。
「2万5000だ、大吾」
「……あ?」
「東城会は巨大な組織だ。構成員の数、2万5000。いや、今は少し減ったか。それでも、これだけの規模は関東では他にない。
 そうだな?」
「そんなこと、よく知ってる」
うんざりしたように呟く彼に、桐生は真直ぐ見据えた。
「小さな女の子一人守れねえ奴に、東城会の奴らをまとめられるか」
大吾は彼を見返す。桐生は話を続けた。
「お前が一声かければ手足のように動く奴らだが、そいつらだって遥と同じ人間なんだ。撃たれりゃ痛いし死ぬのも恐れる。
 それでも会長という一人の男に命を賭けるのは、会長が、ひいては東城会が自分の守りたいもん守ってくれると信じてるからだろ。
 今のお前にはそいつらの思いを託すことなんてできない。お前には誰も守れないさ、大吾」
言葉に詰まる大吾に、桐生はぽつりと呟いた。
「俺だって、あいつをちゃんと守ってきたなんて、今でも思ってやしない」
大吾は信じられないような面持ちで何度か首を横に振った。
「冗談だろ、あんたはいつだって遥のそばにいたじゃねえか。遥もあんたがいたから今まで来れたんだろう」
桐生は、煙草に火をつけ、自嘲の笑みを浮かべた。
「俺もまた、あいつの手を離しちまったのさ」
大吾は静かに桐生を見つめる。彼は煙草の灰をそっと落とした。
「龍司とやりあった後、俺は正直死を覚悟した。前までの俺なら、どんなことをしても遥の為に生きようとしただろう。でも俺は
 あいつじゃなくて、別の女の手を取った。そいつに言われて『ああ、俺は遥を裏切ったんだな』と思ったよ。
 遥が、自分から堂島の家に行くと言い出したときも、当然だと思った」
「桐生さん……」
そんなことがあったとは、初めて聞いた。遥も何も言わなかった。初めて会ったときに聞いた『自分の思いから逃げちゃって』という
言葉は、もしかして桐生への思いからなのではないか。今何かが符合した気がする。大吾は桐生を静かに眺めた。
桐生は勢いよく煙を吐く。その様は、溜息を隠しているように見えた。
「お前と会ってから、遥は変わったよ。関西との一件以来、俺に向けるのはどこか寂しそうな笑顔だった。だが、最近はお前のことを
 話すときは、出会った頃の素直な笑顔だった。ずっと見ていられたらいいと思っていたが……残念だ」
桐生はまだ吸いきっていない煙草の火を消し、顔を上げた。
「お前の言いたいことはわかった、金輪際遥は東城会及び堂島家には関わらない。これでいいな」
「……はい」
大吾は再び深々と頭を下げ、桐生の部屋を出た。これでいい、遥にとってこの方法こそが最良なのだと大吾は思うことにした。
しかし、なぜこんなにも空虚なのだろう。気がつくと大吾はシャツの胸の辺りを握り締めていた。

 その日の夜、夕食を終えた桐生は、遥を呼び目の前に座らせた。遥は異変を感じ取っているのか、落ち着きなく視線を泳がせる。
やがて桐生は静かに告げた。
「足の怪我のことを、なんで正直に言わない」
「え……」
遥は明らかに動揺する。しかし、言い訳も出来ないことがわかったのか、彼女は恐る恐る桐生に問い返した。
「誰に聞いたの?」
「大吾本人にだ。今日そのことで謝りに来てな」
彼女は思わず顔を上げた。
「大吾お兄ちゃん来たの?私のこと、何か言ってた?おじさん、お兄ちゃん怒ったの?」
矢継ぎ早に質問する遥を押さえ、桐生は顔をしかめた。
「まず、質問に答えろ。どうして怪我のことを言わなかったんだ」
遥は一瞬言葉を詰まらせ、やがて消え入りそうな声で告げた。
「……大吾お兄ちゃんが、怒られるかと思って」
「やっぱりな」
桐生は溜息をつく。彼の浮かない表情を見て申し訳なく思ったのか、遥は表情を暗くした。そんな彼女に、これから話すことは気が重い。
「大吾は恐らくお前に言ったことと同じ事を俺に言ってきた」
遥は彼を心配そうに見上げる。これから言い渡されることを恐れているのだろう。桐生は彼女の目を見つめた。
「……俺もそれに賛成した」
「おじさん!」
「遥はもう堂島家にも、東城会本部にも近付いたら駄目だ。もちろん大吾にもだ。そのかわり、俺は当分関東から離れない。遥は今まで
 通りここから学校に通うこと。いいな」
「そんなのひどい!せっかく皆さんと仲良くなったのに!おねがい、今度は気をつけるから、そんなこと言わないで!」
悲痛な叫びは予想していたが、いざ聞くとやはり辛い。桐生はゆっくりと首を振った。
「駄目だ。あそこは子供の出入りする場所じゃない」
遥も首を何度も振る。ここで引くわけにはいかない。そんな顔だ。
「おじさん、今までどんな所でも連れて行ってくれたじゃない!今更おかしいよ」
「今回はわけが違うんだ。聞き分けてくれ、遥」
遥は押し黙り、ゆっくり立ち上がる。そしてぽつりと呟いた、
「私、どれだけ聞き分けたらいいの……?」
言葉に詰まる桐生を残し、遥は自室に入って行った。桐生は困り果てたように右手で頭を抱え、溜息をついた。


 数ヵ月後、学校が終わると遥は神室町に来ていた。長い間月に何日か東城会などで忙しくしていたため、家に帰ってもつまらないのだ。
早く帰っても、桐生はいないのだし家に帰りたくない。遥は街を歩き回り、ミレニアムタワーの前まで来ていた。彼女はタワーの中の
企業名を眺め、やがて思い切ったようにビルに入って行った。
「親父……その、お客様です」
風間組の一室に、組員が顔を覗かせる。奥で仕事をしていた柏木はゆっくり顔を上げた。
「今日は来客の予定はないが…誰だ?」
「それが、ちっちゃい客なんで」
「ちっちゃい客?」
困惑する柏木が待っていると、組員の後ろから遥が顔を覗かせる。その表情はいつもの元気で明るい彼女ではない。
遥は礼儀正しく頭を下げ、心配そうに告げた。
「ごめんなさい。急に……あ、ここも東城会なんだっけ。怒られちゃうかな」
逡巡する彼女に、柏木は微笑んだ。
「大丈夫だよ、私が黙っていればわからないさ。お前らも、この子のことはたとえ会長でも他言無用だ。いいな」
確かめるように視線を向けると、近くに居た組員は無言で頷き、遥に微笑んで去った。遥は安心したように柏木に近付いた。
「忙しかった、ですか?」
「いや、今日でなくても構わない仕事だ。どうした?今日は」
遥は俯いて黙りこくる。理由はなんとなく分かっている。柏木は苦笑して彼女の肩を叩いた。
「まあ、そこに座りなさい。お茶でも入れさせよう」
しばらくして組員が彼女に煎茶と上品な和菓子を持ってきてくれる。遥が恐縮すると、組員は笑った。
「いつも本部に行くと、遥さんがお茶いれてくれたでしょう。そのお返しでさ」
柏木は目の前のソファに腰かけ、足を組んだ。
「いいから、食べなさい。子供が遠慮するもんじゃない」
遥は組員と柏木に礼を言い、嬉しそうに菓子を食べ始めた。その様子に組員は安心し、部屋を出て行った。
「おいしいです」
「そうか。それはよかった」
菓子を食べ終わりお茶を飲んでいた遥は、ふと茶碗を茶托に置いた。
「……大吾お兄ちゃん、どうしてますか?」
やはりその話か。彼は優しく微笑んだ。
「元気でやってるよ。前より真面目になってるって、姐さんも喜んでるよ」
「そう、ですか」
何かもの言いたげな遥を見つめ、柏木は静かに問いかけた。
「大吾は桐生に謝りに行ったみたいだね」
遥は思わず顔を上げ、表情を歪ませた。
「……桐生のおじさんに言われました。東城会に行っちゃ駄目だって。お兄ちゃんにも、会ったら駄目だって」
そうか、と柏木は苦笑する。その決断は間違ってはいない。遥にそれを命じた桐生は勇気が要っただろう。
「遥は、極道に関わらない方が幸せになれるさ」
「柏木のおじさんも、そう言うの?」
今にも泣きそうな目を真直ぐに向けられ、彼は困ったように遥を眺める。彼女は唇をかんだ。
「みんな、なんで私の幸せを私を無視して決めるんですか。大吾お兄ちゃんも、私のことなのに勝手に考えて勝手に決めたんですよ」
「遥が大切だからじゃないか。遥を危険な目にあわせないためには当然だろう?」
納得できない顔で黙りこくる遥に、柏木は静かに話し出した。
「男は守りたいものが沢山あってね、特に極道という生き方は守るものばかりだ。組、親、舎弟、面子…そして女。それを全て守りたいと
 思いながら毎日肩肘張って生きてる。ましてや、大吾は跡目だ。あいつには更に何万という構成員達も守るものに加わる。
 しかし、大吾はまだまだ未熟だ。その全てを見渡せるようになる為には、長い時間をかけ、神経を張り詰めて生きなければならないだろう。
 そして、大吾の守りたいものの中にはきっと遥もいる。しかし、さっきも言ったように、今のあいつには遥まで守るほどの力はない。
 だから自分から遠ざけた。遥がもう同じ目にあわないようにね。わかってやってくれないかな」
「……そんなの勝手だよ」
静かに聞いていた遥が、口を開く。それは、少し怒っているようでもあった。柏木が驚いていると、遥は彼を見上げた。
「勝手に守るとか、守れないとか、決めないでほしいんです。お兄ちゃんは傲慢です!」
「傲慢……」
彼女の口から思わぬ言葉が出て、柏木は言葉を詰まらせる。遥は誰に言うともなく話を続けた。
「そうだよ、だいたいお兄ちゃんは自己中なんだから。お兄ちゃんが勝手にするなら、私だって勝手にするもん!」
「は、遥……?」
自分の中で考えが固まったのか、遥はおもむろに立ち上がって柏木に頭を下げた。
「柏木のおじさん、話を聞いてくれてありがとうございました。私、ワガママになります!」
「あ、おい!」
言うが早いか、遥は足早に部屋を出て行く。しばらく呆然としていた柏木は、やがて心底面白そうに笑い声を上げた。
「ワガママになります、か。さて、大吾はどうするかな」

 引継ぎ書類を放り出したまま、大吾は椅子に深く腰掛け煙草をふかしていた。あれから何ヶ月経っただろう、いつもそのあたりを
せわしなく走り回っていた少女の影はなく、構成員達も彼女の話をするものはいなくなった。もしかしたら、彼のいないところでは
話しているのだろうが、大吾の前ではそんなそぶりは見せることもない。
「足、治ったかな。あいつ」
ぽつりと呟き、大吾は苦笑した。今更、何を思い出す必要があるというのか。そこまで考え、ふと扉の向こうが騒がしいことに気付く。
大吾が煙草を消し、怪訝な顔をした時だった。勢いよく扉が開いた。
「お前……!」
大吾は思わず立ち上がる。そこには遥が立っていた。開け放した扉の向こうでは、構成員達が困惑した顔で何人も立ちつくしている。
「お前ら、ガキ一人追い返せないのか!連れて行け!」
声を荒げる大吾と、笑顔も浮かべない遥を交互に眺め、男達は逡巡している。彼らにとって遥は知らない人間でもないが、これが
退けられないというのは、あまりに情けなさすぎる。大吾は遥に歩み寄ると部屋の外に押し出そうとした。
「ここはガキの来るところじゃねえ、出て行け」
「ちょっ……待ってよ!お兄ちゃん、話を聞いて!」
「誰がお兄ちゃんだ。おい、お前ら。こいつをなんとかしろ」
「嫌!今私を追い出したら、皆さん一生恨むから!化けて出てやる~!」
遥を捕まえようとした男達は、彼女の言葉に思わず手を引っ込める。そしてしばらく考えた末、おもむろに彼女を部屋に押し込むと
扉を閉めた。驚いて大吾がノブを回すが、それはびくともしない。
「お、おい!てめえら!」
「申し訳ありません!自分は遥さんに一生恨まれたくないんです!」
「右に同じです!」
「左に……」
口々に決意を述べる構成員達に、大吾は扉を叩き怒声を上げた。
「ふざけんな!開けろこらー!」
扉はびくともしない。大吾は呻くように呟いた。
「あいつら…こんなガキにほだされやがって……覚えてろ」
「……大吾お兄ちゃん」
振り向くと、遥は真直ぐに彼を見つめていた。大吾は溜息をつきつつ扉を諦め、奥に戻った。
「もう、近付くなって言ったろ。俺は俺のことで精一杯なんだ。また同じことがあって、守ってやれる保障はどこにもないんだぞ」
「あのね、お兄ちゃん…」
「危ない目に遭わないうちにお前は家に帰れ。そんで普通に暮らせ。それが人並みの幸せってやつだろ」
「ねえ…」
「俺がいなくても、桐生さんがちゃんと守ってくれるから。わかったな」
全く取り合わない大吾に、遥は静かに怒りをあらわにした。
「……いいかげんにしてよ」
「遥?」
いつもと違う雰囲気の彼女に、大吾は戸惑う。遥は両手を握り締め、大吾を見据えた。
「勝手に私を守ろうとして、勝手に諦めて、お兄ちゃん身勝手すぎるよ!それに、私の幸せは私のものだもん。何もわかってないくせに
 お兄ちゃんは勝手なこと言わないで!」
大吾は驚いたように彼女を見つめている。遥は彼に歩み寄った。
「私の今の幸せは、大切な人と毎日楽しく過ごすことだよ。それを取り上げる権利なんて誰にもないはずだよ。違うの?」
「だから、さっきから言ってるだろ。大切な人と楽しく生きたかったら、桐生さんと一緒に普通に暮らせって。でないと、お前が俺や
 東城会の近くにいると危険なんだ。迷惑なんだよ!」
怒鳴り散らされても遥は怯まない。彼女はしっかりとした声で告げた。
「だったら、自分のことは自分で守る。どうやったらいいかまだわからないけど、そうなれるように頑張る。迷惑もかけない。
 お兄ちゃんにいっぱい守るものがあるなら、私が大吾お兄ちゃんを守る。力じゃ無理だけど、他の全てを守ってあげる。
 だからお願い。お兄ちゃんの傍にいさせて。前でも後ろでもない、大吾お兄ちゃんの隣に」
大吾は思わず遥を見つめた。こんな小さな体で、自分の何を守るというのだろう。そこまでして自分の傍らにいることを望むのは
何故なのか、彼にはいくら考えてもわからなかった。
「お前どうして……」
彼の言わんとしている事がわかったのか、遥は声を震わせた。
「もう、嫌なの。大切な人が私の手を離して行ってしまうのが。みんなみんな、私を置いて行っちゃう。私を忘れちゃう。
 ワガママだって、わかってる。お兄ちゃんに迷惑かけてる事も。でも、聞き分けよくするの、もうやだよ。
 私は、お兄ちゃんが大切だよ。だから、大吾お兄ちゃんの手を離したくない」
「遥……」
「一人に、しないで」
大きく綺麗な瞳に、涙が浮かぶ。大吾は大きく溜息をついた。遥は自分のワガママに愛想を尽かされたのかと身を竦ませる。
彼は遥に歩み寄り、腕を組んだ。
「……ったく、お前は。どこからそんな言葉覚えてきやがるんだ」
「お兄ちゃん……?」
彼は苦笑を浮かべ、体をかがめると真直ぐに遥を見つめた。
「俺といると命がいくつあっても足りねえぞ」
「うん」
「怖い思いもするからな」
「うん」
「悲しいことも多いぞ」
「うん…」
そこまで言い、大吾は身を起こした。そして彼女に右手を差し出し、迷いのない声で告げた。
「その覚悟ができるなら、俺の手を取れ。かわりに俺は、お前を一人にさせない。何があっても」
その手を見つめ、遥はためらうことなく大吾の手を取った。彼は微笑み、遥を抱き上げる。急に頭一つ分高くなった遥は、彼を微笑んで
見下ろした。
「ここにいていいの?」
大吾は彼女を見つめ、呆れたように溜息をついた。
「しょうがないだろ、お前は目を離すとすぐに攫われちまう」
「ありがとう!お兄ちゃん!」
遥は歓声を上げて彼の首に抱きつく。そして、これからよろしくね、と彼女は大吾の髪に唇を寄せた。大吾は驚いたように遥を見上げる。
そんな彼に、いつもと変わらない笑顔を見せながら遥は問いかけた。
「ね、大吾お兄ちゃん」
「なんだよ」
「『俺の女』ってどういう意味?」
大吾はとたんに狼狽する。やがて2、3度咳払いをすると、彼女を見ないようにしながら告げた。
「忘れろ」
「なんで?」
「いいから忘れろっての!」
「えー、ずっと気になってたのに!教えてよー」
足をばたつかせてしつこく問いかける遥に、大吾は勘弁してくれ、と耳をふさいだ。その時、慌てた声と共に忙しなく扉がノックされる。
「大吾!遥ちゃん来てるって本当かい?!」
弥生の声だ。思わず大吾は彼女から手を離す。と、同時に扉が開いた。
「あんたどうして…って、遥ちゃん!なに尻餅ついてるの!」
「いったあ~い!大吾お兄ちゃん酷いよ~」
急に彼の腕から落下した遥は、強かに打った腰を押さえ、不満の声を上げる。大吾は腕を組みそっぽを向いた。
「自分の身は自分で守るんだろ。ったく、どんくさいな」
「やっぱり大吾お兄ちゃん意地悪だ!横暴!傲慢~!」
騒ぐ遥と大吾を交互に眺め、弥生はわけが分からないという風に首を傾げる。しかし、いつしか大吾と遥が前のような二人でいることに
気付き、優しく微笑んだ。
「……で、遥ちゃんはこれからどうするんだい?実は遥ちゃんがいなくなってからうちのお茶は不味くなったって評判でね。
 遥ちゃんに来てもらえると、もっと円滑な人間関係が築けるのだけど」
遥は大吾をちらりと見、彼が笑みを浮かべるのを確かめて手を上げた。
「やりまーす!頑張ってお手伝いします!」
「大吾は、いいんだね?」
「勝手にしろ」
ぶっきらぼうに言っているが、表情は柔らかい。弥生は溜息をつき、二人に告げた。
「まったく、それならまた桐生に言っておかなきゃ。大吾は拳骨の一つや二つ、覚悟しておくこと。遥ちゃんはお説教かもね。わかった?」
二人は揃って肩を落とし、返事をする。弥生はよし、と頷き遥を送り届けるために外へと促した。
「また来るね。皆さんもありがとう!」
満面の笑顔で手を振る彼女に、構成員達はつられて手を振る。それを見ていた大吾は彼らに冷たく告げた。
「……ちょっと来い。さっきのことで話がある」
男達は顔をこわばらせ、会長室に入って行った。その後の彼らがどうなったか、遥は知らない。
 その後、弥生と共に家に帰った遥は、桐生に延々と叱られ、一ヶ月の外出禁止を命じられた。彼女の罰がそれだけで済んだのは
弥生のとりなしがあってこそだろう。逆に、大吾は桐生に呼び出され、説教の後3発ほど彼の拳を食らうことになる。
 それで今回の騒動は終止符が打たれることとなった。遥は、桐生の不安をよそに、相変わらず堂島家で世話になっている。
東城会本部では再び美味しいお茶が飲めるようになり、密かに歓喜の声を上げた者が少なくなかったという。

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