鮮血が迸り、野党の群れが悲鳴をあげる。
ある者は腰を抜かし、ある者は一目散に逃げ出して、後に残ったのは一人の男と、幼い少女だった。
男は、その物騒な得物を仕舞い込み、少女に話しかけた。
「大丈夫かい嬢ちゃん。怪我は……?」
「……おじさん、僕を買って」
おじさんと呼ばれた男は、少女の突拍子も無い言葉に気が抜けた。
だが、少女が突然そんな事を言い出すのも、無理からぬ事と思った。
ここは、とある街のスラム。身寄りの無い子ども達が大勢いる場所だ。
こんな場所で、力の無い子どもが身銭を稼ぐ方法は、一つしか無い。
恐らく少女にとって、体を売って生活する事は、何ら倫理的におかしくないのだろう。
貞操の大切さというものを彼女に教えてくれる大人など、いなかったに違いない。
「おいおい、ジャンキーどもに殺されそうになってたのを助けてやったのに、第一声がそれかい?
女の子は素直に『ありがとう』っつってんのが可愛いもんだぜ。
大体『おじさん』って何だ、『おじさん』って。ダンディなお兄さんと呼んでくれよ。」
だが、少女は全く悪びれない。
「ジョニー以外の男の人なんて、おじさんで十分だよ。
大体、いっそ死んでた方が良かったような気もするし」
男は、その名に覚えがあった。試しに、少女に問うてみる。
「ジョニー……そのジョニーってなぁ、何者だい?」
少女は、目を輝かせて答える。
「会った事は無いんだ。でも、噂で聞いた事があるの。
風のように現れて、不幸な女性や子どもを救ってくれる、世界一ハンサムな人だって!」
少女の回答に気分を良くした男は、少女の目線まで屈みこんで話を続けた。
「そのジョニーさんが聞いたら、悲しむぜ? 死んでた方が良かった、なんてよ」
「だって、死んだらお腹減って辛い思いする事も無くなるでしょ?
でも飢え死には苦しそうだから、それ以外の死に方なら良いんだ」
「……たとえ野党に弄り殺されたとしても、か?」
「うん。お腹減って死ぬよりよっぽどマシだと思う。それだと苦しいのは一瞬だし。
ねぇおじさん、殺してくれないんなら、僕を買ってよ。今晩食べるもの無いんだから」
あくまで無邪気にそう言い放つ少女を前に、男はいたたまれなくなった。
とりあえず話題を変えたいが、さりとてどんな話題なら、
こんな痛々しい会話にならずに済むのか、検討もつかない。
「えーと……そうだな、嬢ちゃんの名前は何て言うんだい?」
「名前なんか無いよ。パパやママがいた頃は名前で呼ばれてたけど。
この街じゃ、名前なんて意味無いんだ。友達の名前覚えても、どうせすぐ居なくなるし。
僕もいつ居なくなるかわからないから、誰にも名前教えないの。
だから自分の名前、忘れちゃった」
やはり、どんな話題でも結局楽しい会話には発展しそうにないようだ。
「……他の友達は?」
「一昨日、最後の友達が死んじゃった。
気分悪そうな、痩せた女の人が、薬を買うお金が欲しいって言って、勝手に友達をどこかに連れて行ったの。
その友達は、昨日裸でゴミ捨て場に捨てられてた。足の間から血と、白いのが垂れてたなぁ」
何とも惨い事だ。
金のために他人に勝手に拉致され、見知らぬ男に犯された挙句に、用済みになって始末されたのだろう。
しかも薬というのは、恐らく健康のための代物ではない。むしろ真逆のものだ。
飢え死にとどっちがマシかはわからないが、出来れば目の前の少女には、どちらの死に方も味わって欲しくない。
何も知らぬ少女は、無垢な表情で言葉を続ける。
「僕、知ってるよ! あの白いの、セーシって言うんでしょ?
男の人はアレが溜まって苦しくなるから、ちゃんと出してあげないといけないんだって聞いたよ。
手で出してあげても良いんだけど、口の方がお金いっぱい貰えるから、僕はいつも口でや……っ」
男は、少女の言葉を遮るように、少女の唇に人差し指をあてた。
わけもわからず、少女はキョトンとする。
「わかった、嬢ちゃんを買おう」
男は少女を抱き上げ、自らの肩に座らせた。
「ホント?」
「あぁ。ただし金は払わない。代わりに毎日のご飯と、たっぷりの愛情をあげよう。
そして嬢ちゃんにやって欲しい事は、手や口で俺のを可愛がる事じゃぁない。
洗濯や、掃除や、買い物や、そういう事を頼みたいな」
少女は、男の言っている意味がわからなかった。無言で首をかしげる。
「俺の家族になってくれって事さ。お勉強も教えてやろう。
その内、体売らなくても立派に稼げる、一人前のレディにしてやるぜぇ?」
家族、という言葉は、少女にとって至極懐かしい響きのようだった。快く、男の提案を受け入れる。
「おじさん、名前は?」
「俺は、あー……ジョナサンだ」
「ふぅん。何か親しみやすい名前だね!」
「そう言ってくれると嬉しいな。さて、俺の家族になるからには、
嬢ちゃんにも名前が必要だな? えーっと、今日は五月だから……」
こうして少女は、男の家族の一員となった。
JohnnyとはJonathanのニックネームだったという事を、この日本人の少女が知るのは
もう少し後の事である。
ある者は腰を抜かし、ある者は一目散に逃げ出して、後に残ったのは一人の男と、幼い少女だった。
男は、その物騒な得物を仕舞い込み、少女に話しかけた。
「大丈夫かい嬢ちゃん。怪我は……?」
「……おじさん、僕を買って」
おじさんと呼ばれた男は、少女の突拍子も無い言葉に気が抜けた。
だが、少女が突然そんな事を言い出すのも、無理からぬ事と思った。
ここは、とある街のスラム。身寄りの無い子ども達が大勢いる場所だ。
こんな場所で、力の無い子どもが身銭を稼ぐ方法は、一つしか無い。
恐らく少女にとって、体を売って生活する事は、何ら倫理的におかしくないのだろう。
貞操の大切さというものを彼女に教えてくれる大人など、いなかったに違いない。
「おいおい、ジャンキーどもに殺されそうになってたのを助けてやったのに、第一声がそれかい?
女の子は素直に『ありがとう』っつってんのが可愛いもんだぜ。
大体『おじさん』って何だ、『おじさん』って。ダンディなお兄さんと呼んでくれよ。」
だが、少女は全く悪びれない。
「ジョニー以外の男の人なんて、おじさんで十分だよ。
大体、いっそ死んでた方が良かったような気もするし」
男は、その名に覚えがあった。試しに、少女に問うてみる。
「ジョニー……そのジョニーってなぁ、何者だい?」
少女は、目を輝かせて答える。
「会った事は無いんだ。でも、噂で聞いた事があるの。
風のように現れて、不幸な女性や子どもを救ってくれる、世界一ハンサムな人だって!」
少女の回答に気分を良くした男は、少女の目線まで屈みこんで話を続けた。
「そのジョニーさんが聞いたら、悲しむぜ? 死んでた方が良かった、なんてよ」
「だって、死んだらお腹減って辛い思いする事も無くなるでしょ?
でも飢え死には苦しそうだから、それ以外の死に方なら良いんだ」
「……たとえ野党に弄り殺されたとしても、か?」
「うん。お腹減って死ぬよりよっぽどマシだと思う。それだと苦しいのは一瞬だし。
ねぇおじさん、殺してくれないんなら、僕を買ってよ。今晩食べるもの無いんだから」
あくまで無邪気にそう言い放つ少女を前に、男はいたたまれなくなった。
とりあえず話題を変えたいが、さりとてどんな話題なら、
こんな痛々しい会話にならずに済むのか、検討もつかない。
「えーと……そうだな、嬢ちゃんの名前は何て言うんだい?」
「名前なんか無いよ。パパやママがいた頃は名前で呼ばれてたけど。
この街じゃ、名前なんて意味無いんだ。友達の名前覚えても、どうせすぐ居なくなるし。
僕もいつ居なくなるかわからないから、誰にも名前教えないの。
だから自分の名前、忘れちゃった」
やはり、どんな話題でも結局楽しい会話には発展しそうにないようだ。
「……他の友達は?」
「一昨日、最後の友達が死んじゃった。
気分悪そうな、痩せた女の人が、薬を買うお金が欲しいって言って、勝手に友達をどこかに連れて行ったの。
その友達は、昨日裸でゴミ捨て場に捨てられてた。足の間から血と、白いのが垂れてたなぁ」
何とも惨い事だ。
金のために他人に勝手に拉致され、見知らぬ男に犯された挙句に、用済みになって始末されたのだろう。
しかも薬というのは、恐らく健康のための代物ではない。むしろ真逆のものだ。
飢え死にとどっちがマシかはわからないが、出来れば目の前の少女には、どちらの死に方も味わって欲しくない。
何も知らぬ少女は、無垢な表情で言葉を続ける。
「僕、知ってるよ! あの白いの、セーシって言うんでしょ?
男の人はアレが溜まって苦しくなるから、ちゃんと出してあげないといけないんだって聞いたよ。
手で出してあげても良いんだけど、口の方がお金いっぱい貰えるから、僕はいつも口でや……っ」
男は、少女の言葉を遮るように、少女の唇に人差し指をあてた。
わけもわからず、少女はキョトンとする。
「わかった、嬢ちゃんを買おう」
男は少女を抱き上げ、自らの肩に座らせた。
「ホント?」
「あぁ。ただし金は払わない。代わりに毎日のご飯と、たっぷりの愛情をあげよう。
そして嬢ちゃんにやって欲しい事は、手や口で俺のを可愛がる事じゃぁない。
洗濯や、掃除や、買い物や、そういう事を頼みたいな」
少女は、男の言っている意味がわからなかった。無言で首をかしげる。
「俺の家族になってくれって事さ。お勉強も教えてやろう。
その内、体売らなくても立派に稼げる、一人前のレディにしてやるぜぇ?」
家族、という言葉は、少女にとって至極懐かしい響きのようだった。快く、男の提案を受け入れる。
「おじさん、名前は?」
「俺は、あー……ジョナサンだ」
「ふぅん。何か親しみやすい名前だね!」
「そう言ってくれると嬉しいな。さて、俺の家族になるからには、
嬢ちゃんにも名前が必要だな? えーっと、今日は五月だから……」
こうして少女は、男の家族の一員となった。
JohnnyとはJonathanのニックネームだったという事を、この日本人の少女が知るのは
もう少し後の事である。
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