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うろほろぞ
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突如、赤く変化する毛髪と瞳と、それと同時に発現する凶暴性。単に暴れると言うだけなら何とでもなるが、身体能力の向上も見られ、その破壊力は歴戦の傭兵2人を苦しめるほどのものだ。しかもレオナ本人は、その時の記憶を一切持っていない。
 そして、それは過去2回とも格闘大会KOFで起こっている。そう決めるには材料が少なすぎるが、因果関係を考えないわけにはいかない。
「今回はレオナを外す」
 司令官たるハイデルンがそう決めたのは、当然の話だった。

 当然の話だった。
 当然ではあるが、クラーク・ステイルは頭が痛かった。これから数週間、ラルフとウィップの口喧嘩を聞き続けなければならないのかと思うと。
 2人ともプロだから、いざ任務となればきっちりコンビネーションは合わせてくる。少なくとも自分の役割は確実に果たすだろう。
 だが、KOFは長丁場だ。各国での対戦と対戦の合間には、半ば余暇のような移動時間だとか、宿泊だとかがついてくる。
 そういうちょっとした空白の度に何かとぶつかり合う2人の姿が、想像するまでもなく脳裏に浮かんでクラークはため息を吐いた。
 なんだか今から胃が痛い気がする。

 なんがか胃が痛い気がする。
 そうレオナが自覚したのは、KOF不参加と、その間の後方支援に就くことが決まった翌日の朝だった。
 それを除けば、すこぶる体調は良い。一応計ってみた体温は平常の範囲内だし、朝のトレーニングのジョギングもいつもと同じタイムだ。ただ、胃だけが痛い。
 朝食のトレイを前に、レオナはちょっとフォークを持つのを躊躇った。

 フォークを持つのを躊躇っていたクラークは、同じように朝食に手をつけようとしないレオナに気付いた。
「どうしたレオナ。食わないのか? 具合でも悪いのか?」
 多国籍な傭兵部隊だ。ベジタリアンだ回教徒だなんだと、個人の食の嗜好や戒律をいちいち聞いていたらキリがない。好きなものを好きだけ食え、と食事はビュッフェ形式で並べられ、それぞれ自分の責任で、好きなものを取って来ることになっている。レオナのトレイにもレオナが食べられるものばかり――野菜や果物や豆類ばかりが乗っている。困る理由はないだろう。
「……胃が痛いの。任務に支障が出るほどではないけど」
「奇遇だな。俺もだ。なんか妙なもの食べたか?」
「いいえ。食堂で出たものしか食べてない」
「二日酔い……はお前に限ってないだろうな。となると神経性の胃炎か?」
「私がどうかはわからないけれど、中尉はそうでしょう?」
 レオナはちらりとビュッフェの方を見る。
 ビュッフェ台の方から、ラルフとウィップが何か言い合う声がする。
 たぶんあれは「朝からそんなにパンに蜂蜜つけるヤツがいるか!見ている方が胸焼けしそうだぜ」とか「あら朝の糖分は脳の働きを活性化させるんですよ?それより大佐の方がそんなに脂ぎったベーコンとか卵ばっかり。コレステロール過多で脳溢血起こすんじゃないですか?もう歳なんだから考えた方がいいですよ」「歳の話はやめろ、歳の話は。だいたいお前はだなあ……」とかなんとか言い争っているのだろう。
 まったくもうあいつらは、とクラークは毎度のことながらため息をついた。ああ、胃が痛い。
「医務室行って、胃薬貰ってくるか」
 ここでうだうだと朝食のトレイを突付きまわしているよりはマシだろう、とクラークは極めて建設的な判断を下した。
「必要なら、私が受け取ってくるわ」
「いや、俺が行ってくる。お前の分も貰ってくるさ。だからお前は」
 ラルフとウィップの言い合いは、少しずつボリュームを上げながら続いている。
「その間にあれをなんとか黙らせてくれ。出来る範囲で構わんから」
 他力本願、責任転嫁、敵前逃亡。何とでも言いやがれ。俺はとにかくあの騒ぎから離れたい。そう思うクラークを、少なくともレオナは責める気はないようだった。
「……努力はするわ」
「ああ、過剰な期待はしないでおくさ」

「過剰な期待はしないでおくれよ。神経性のヤツなら薬なんて気休めだからね」
 そう言いながら、ドクターは胃薬の入ったパウチをクラークに差し出した。
「胃痛の元になるストレスそのものをなんとかしなきゃ、根本的な解決にはならないんだからさ。薬で抑えてもその場しのぎだ。胃に大穴開ける前に何とかしろよ」
「何とかなるなら10年以上前にやってるさ」
「ああ、お前さんのストレスの元はやっぱり大佐かね。あんたも懲りずに良く付き合ってるもんだ」
「それが腐れ縁ってヤツさ」
 そんなもんかと苦笑を浮かべながら、軍医はカルテにあれこれと書き込んでいく。
「で、もう1人は誰の分だね?」
「うちのレオナの分」
「ほほう、それは珍しい」
「珍しい?」
「ほんの10分ほど前にね、そのレオナ嬢の父親も来てるんだよ、ここに」
「父親って、教官が?」
「ああ、それも胃薬を貰いにね。神経性の胃炎らしいって」
 そう言いながら、軍医はクラークのカルテの下敷きにされていた、もう一枚のカルテを指差して見せた。表紙には確かにハイデルンと書いてある。
「そりゃ珍しい」
 クラークは、この男には珍しく素直に驚いてみせた。
 ハイデルンは精神的にも肉体的にもタフな、まさに軍人向けの資質に恵まれた人間だ。もう少し若いころ、ラルフとクラークが部隊に入って来たあたりには、部隊もまだまだ安定しておらず、何よりハイデルン自身が重く暗い過去を引きずっていたせいもあってストレスを胃薬で誤魔化す日も多かった。
 だが、あれから時は流れ、復讐の完結が過去を少しだけ軽くし、部隊はそれなりに動くようになっている。少なくともこの数年クラークは、ハイデルンがストレスで胃をやられる、などという話を聞いた覚えがない。
 それがまあ親子同じタイミングでとは珍しい。血が繋がっていないとは思えないほどの似た者親子だな、と笑おうとしてクラークはふと思い至った。まさか。

 ふと思い至った。まさか。
 神経性の胃炎など何年ぶりの話で、珍しいこともあるものだと思ったが、まさかアレが原因ではないだろうな。ハイデルンは貰ったばかりの胃薬を飲もうと持ち上げた水差しをそのまま、己の思考にしばし凍った。
 部隊は順調に機能している。世はおおむね平和だがそれなりに騒乱と戦火を孕んでもいて、当面明日の仕事の心配をする必要はなさそうだ。全くもって問題はない。
 KOFがもうすぐ始まるが、参加枠の3名は無事に埋まった。そうでなければレオナを出せない以上、自分が出るしかないかとも思っていたが、ウィップが戻ったお陰でこれもまた問題ない。
 それでは何がストレスになっているのだろうと考えて、ハイデルンはあることに思い至ったのだ――もしかすると自分は、義娘と2人で過ごすことになるのを不安に思っているのではないかと。
 2人で過ごすといっても後方支援の任務中だ。他の部下もいる。やるべきことは多く、時間を持て余すこともない。
 だが、要素はあった。ハイデルンは義娘と8年も暮らしていながら、共有した時間はあまり多くない。多忙さゆえに、家を空けることの方が多かったのだ。実際に共に過ごした時間は短い。
 しかもあの頃とは状況が違っている。人形のようだった義娘は、少しずつではあるが感情を取り戻し始めた。その上、男親がもっとも苦手とする年齢に差し掛かっている。かつて娘を持っていたとは言え、その娘をもっと幼い時期に喪っているハイデルンにとっては年頃の娘というものは未知の生物だ。
 娘と何を話し、どう接すれば良いのかわからない。それがこの胃炎の原因だと思い至ってハイデルンは愕然とした。
 その伝説を謳われた隻眼の傭兵隊長は、その時ただの不器用な父親でしかなかった。

 ただの不器用な父親でしかなかったというわけか、あの人も。医務室から食堂へ戻る廊下を歩きながら、クラークはそう考える。
 無理もない。娘は微妙な年頃で、父は父親である前に師であり上官で、しかも血さえ繋がっていない。
 それでもあの2人はどうしたって父と娘でしかないのだから、もっとシンプルに考えればいいものを、と他人の気楽さでクラークは思う。数年ぶりの親子水入らず。それぐらいに考えればいいものを、と。
 それが揃って悩み込んで、挙句の果てに胃を壊した。しかもおそらく無自覚に、だ。何をやっているのやらと苦笑しながら、と食堂のドアを開けると、一番に目に飛び込んできたのは背を向け合って食事をするラルフとウィップだった。まるで喧嘩の後でおやつをだされた子供を見ているようだ。おやつは美味しくて機嫌も直ったし、本当はもう仲直りをしてもいいかと思っているのだけれど、意地を張って背を向け合う子供同士だ。
 思わず吹き出しながら、クラークはつくづく、レオナは変わったと思う。世界の全てとの関わりを断つように心を閉ざしていた少女が、少しずつ感情を取り戻し、他人を思うということができるようになり、今では不完全ながらも喧嘩の仲裁までするようになった。
 それなら変われるだろう。義父との関係も、少しずつ。
 きっといつかこんなものもいらなくなるのだろうなと思いながら、クラークは困り顔のレオナに胃薬のパウチを投げてやった。
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