粗雑で乱暴で鈍感で、そういうことはまるで不得手なように見えて、ラルフは案外、女性の扱いというものに長けている。本人曰く、女遊びも四半世紀続けてりゃ誰でもそれなりに覚えるものさというのだが、クラークに言わせると、あれは女というより人間の扱いが得意なんだ、ということになる。両者の言い分を聞いたものは、圧倒的な確率でクラークの方を支持する。確かに経験や馴れというものもあるだろうが、ラルフの持つ、なんというか他人に壁を作らせない人懐っこさは、男女を問わず相手を自分の側に引きずり込むだけの魅力がある。
それはともかく、ラルフが女性の扱いに長けているのは確かなことで、そういう男が予定外に懐に入ってきた小銭を若すぎる恋人へのプレゼントに変えようか、と考えるのはそれほど不自然な話ではなかった。
小銭といっても文字通りのコインではない。ちょっとした任務を遂行してみたら、その時に確保した馬鹿どもの中に賞金首が混じっていて、その報奨金がチームに分配されたのである。それはそれなりの額になって、皆で飲みに行ってもまだ残った。それをこつこつ貯金をするような甲斐性はない。実際、貯金なんぞしておいても降ろす前にあの世に行ってしまう可能性もあるのだから、通帳の残高を気にする方がナンセンスというものだ。
で、レオナに何か、身に着けるものでも買ってやろうか、となった。恋人からのプレゼントというのは、贈った方も贈られた方も気分がいいものだ。そして自分の贈ったものを恋人が身に着けているというのは、かなり気分がいいものである。
ところが、改めて考えるとこれがなかなか難しい。洒落た服やバッグなど、贈ったところであまり使う機会もないし、普段使いのシャツだブーツだ背嚢だではあまりに味気ない。かといって、部屋着や下着ではあまりに親密な相手への贈り物だ。いや、実際そうなのだが、ラルフはまだハイデルンにレオナとのことを告げていない。あの過剰に娘想いな父親に、あなたの娘さんに手を付けましたと言う度胸がない。腰抜けと笑いたくば笑え、俺はレオナも好きだが命も惜しい―― わかりやすい話ではある。
とにかく、下着なんぞ贈ったら、ハイデルンに見咎められた時に面倒なことになるのは必至だ。それならもっと実用的な品ならどうかと考えるが、財布はこの間新調したばかりらしいし、キーケースは愛用のものがある。それじゃあナイフか拳銃か、と考えそうになってラルフは頭を振った。それでは背嚢よりもまだ悪い。
口紅あたりも考えたが、使わないものを贈っても仕方がない。最近になってやっと1本99セントのリップクリームを塗り始めたようなレオナに、化粧品など贈っても持て余すだけだ。
いや、持て余すというのも間違いだ。あれは、不要なのだ。
飾らない女ならいくらでもいるが、飾ることを必要としない女というのは珍しい。たとえ口紅ひとつ塗らなくても、泥だらけの戦闘服姿だろうと、それでレオナは充分に美しいのだ。それは若さのなせる奇跡かもしれないが、そこにわざわざ化粧などという手を施すのは、それが自分が贈ったものであっても野暮になる気がした。
結局、無難なのは定番だがアクセサリーか、と考えて周りを見渡し、最初に目に付いた店に入る。
「プレゼントですか? どんなものをお探しで?」
商魂たくましい店員がまとわりついてくるのに、プレゼントに決まってるだろ、俺が着けるんじゃ怖いだろうがと冗談を飛ばしながら、ラルフはケースに収められた華奢なアクセサリーを見る。
イヤリングは駄目だ。あいつの耳たぶにはおっかない先客がいる。指輪も駄目だ。下着と同じ理由で却下だ。バングルやアンクレットは悪くないが、任務中には邪魔になるだろう。その時だけ外せばいいことだが、生真面目なレオナのことだ、律儀に着けたままにして難儀することになるに違いない。
となると、ペンダントあたりが無難か。それなら制服のシャツの下に隠れて目立たないし、たいして邪魔にもならない。そうだ、青い石のペンダントだ。青い髪に青い瞳のレオナには、きっと青い石が似合う。
「青でございますか。でしたらこちらに」
案内されたショーケースの中には、ありとあらゆる青い宝石がきらめいていた。トルコ石、アクアマリン、タンザナイト。レオナの髪に一番似て、いかにも似合いそうなのはラピスラズリ。
けど、あいつももうすぐ十九だからな。少し大人っぽい石にしてもいいだろう。そうするとサファイアがいいか。あまり大きな石だと仰々しすぎるから、シンプルな台に小さな石が乗ったやつ。でも小さくても良い石がいい。レオナの瞳に負けないような深い青で、良く光る……
…………
………………
……………………
「何かお気に入りのものはありましたか?」
「……すまん、気が変わった。また来る」
戸惑う店員を置き去りに、ラルフは店を出た。低い位置のショーケースを覗き込んでいたせいか、なんだか重くなった背をぐいと伸ばす。
遠くに、ドラッグストアの派手な看板が見えた。
「おいレオナ」
ひょいと放られたものを受け取って、レオナは首を傾げた。
「目薬?」
疲れ目・充血用の、何の変哲もない目薬である。
「ああ。それ、お前にやる」
「……ありがとう。最近パソコン仕事が多いから助かる。でも、どうして?」
「いや、なんとなく。目は大切にしろよってことだ」
「だから、どうして急に?」
「ほら、商売道具だからよ。悪くすると困るだろ。だから使っとけ」
本当の理由なんていくらなんでも言えるかよ、というのが正直なところだ。臭い口説き文句も相当口にしてきたが、今回のは核爆弾級だ。そんな言葉が素で思い浮かんでしまったことを自己嫌悪したいぐらいだ。
まさか、「お前の目より綺麗なサファイアなんてなかった」なんて言えるもんか。お前の目玉に比べたら、あんなの全部クズ石だ。そんなことを考えてしまった馬鹿さ加減に、自分でもがっくりくる。
それなのに、でもやっぱりあれだけの目なんだから大事にして欲しいよな、などと結局目薬なんか買ってきた。ほとんど笑い話のレベルだ。それも百年先まで人から笑われる類の。
首を傾げたままのレオナに、ラルフは何でもないふりでそっぽを向いた。
それはともかく、ラルフが女性の扱いに長けているのは確かなことで、そういう男が予定外に懐に入ってきた小銭を若すぎる恋人へのプレゼントに変えようか、と考えるのはそれほど不自然な話ではなかった。
小銭といっても文字通りのコインではない。ちょっとした任務を遂行してみたら、その時に確保した馬鹿どもの中に賞金首が混じっていて、その報奨金がチームに分配されたのである。それはそれなりの額になって、皆で飲みに行ってもまだ残った。それをこつこつ貯金をするような甲斐性はない。実際、貯金なんぞしておいても降ろす前にあの世に行ってしまう可能性もあるのだから、通帳の残高を気にする方がナンセンスというものだ。
で、レオナに何か、身に着けるものでも買ってやろうか、となった。恋人からのプレゼントというのは、贈った方も贈られた方も気分がいいものだ。そして自分の贈ったものを恋人が身に着けているというのは、かなり気分がいいものである。
ところが、改めて考えるとこれがなかなか難しい。洒落た服やバッグなど、贈ったところであまり使う機会もないし、普段使いのシャツだブーツだ背嚢だではあまりに味気ない。かといって、部屋着や下着ではあまりに親密な相手への贈り物だ。いや、実際そうなのだが、ラルフはまだハイデルンにレオナとのことを告げていない。あの過剰に娘想いな父親に、あなたの娘さんに手を付けましたと言う度胸がない。腰抜けと笑いたくば笑え、俺はレオナも好きだが命も惜しい―― わかりやすい話ではある。
とにかく、下着なんぞ贈ったら、ハイデルンに見咎められた時に面倒なことになるのは必至だ。それならもっと実用的な品ならどうかと考えるが、財布はこの間新調したばかりらしいし、キーケースは愛用のものがある。それじゃあナイフか拳銃か、と考えそうになってラルフは頭を振った。それでは背嚢よりもまだ悪い。
口紅あたりも考えたが、使わないものを贈っても仕方がない。最近になってやっと1本99セントのリップクリームを塗り始めたようなレオナに、化粧品など贈っても持て余すだけだ。
いや、持て余すというのも間違いだ。あれは、不要なのだ。
飾らない女ならいくらでもいるが、飾ることを必要としない女というのは珍しい。たとえ口紅ひとつ塗らなくても、泥だらけの戦闘服姿だろうと、それでレオナは充分に美しいのだ。それは若さのなせる奇跡かもしれないが、そこにわざわざ化粧などという手を施すのは、それが自分が贈ったものであっても野暮になる気がした。
結局、無難なのは定番だがアクセサリーか、と考えて周りを見渡し、最初に目に付いた店に入る。
「プレゼントですか? どんなものをお探しで?」
商魂たくましい店員がまとわりついてくるのに、プレゼントに決まってるだろ、俺が着けるんじゃ怖いだろうがと冗談を飛ばしながら、ラルフはケースに収められた華奢なアクセサリーを見る。
イヤリングは駄目だ。あいつの耳たぶにはおっかない先客がいる。指輪も駄目だ。下着と同じ理由で却下だ。バングルやアンクレットは悪くないが、任務中には邪魔になるだろう。その時だけ外せばいいことだが、生真面目なレオナのことだ、律儀に着けたままにして難儀することになるに違いない。
となると、ペンダントあたりが無難か。それなら制服のシャツの下に隠れて目立たないし、たいして邪魔にもならない。そうだ、青い石のペンダントだ。青い髪に青い瞳のレオナには、きっと青い石が似合う。
「青でございますか。でしたらこちらに」
案内されたショーケースの中には、ありとあらゆる青い宝石がきらめいていた。トルコ石、アクアマリン、タンザナイト。レオナの髪に一番似て、いかにも似合いそうなのはラピスラズリ。
けど、あいつももうすぐ十九だからな。少し大人っぽい石にしてもいいだろう。そうするとサファイアがいいか。あまり大きな石だと仰々しすぎるから、シンプルな台に小さな石が乗ったやつ。でも小さくても良い石がいい。レオナの瞳に負けないような深い青で、良く光る……
…………
………………
……………………
「何かお気に入りのものはありましたか?」
「……すまん、気が変わった。また来る」
戸惑う店員を置き去りに、ラルフは店を出た。低い位置のショーケースを覗き込んでいたせいか、なんだか重くなった背をぐいと伸ばす。
遠くに、ドラッグストアの派手な看板が見えた。
「おいレオナ」
ひょいと放られたものを受け取って、レオナは首を傾げた。
「目薬?」
疲れ目・充血用の、何の変哲もない目薬である。
「ああ。それ、お前にやる」
「……ありがとう。最近パソコン仕事が多いから助かる。でも、どうして?」
「いや、なんとなく。目は大切にしろよってことだ」
「だから、どうして急に?」
「ほら、商売道具だからよ。悪くすると困るだろ。だから使っとけ」
本当の理由なんていくらなんでも言えるかよ、というのが正直なところだ。臭い口説き文句も相当口にしてきたが、今回のは核爆弾級だ。そんな言葉が素で思い浮かんでしまったことを自己嫌悪したいぐらいだ。
まさか、「お前の目より綺麗なサファイアなんてなかった」なんて言えるもんか。お前の目玉に比べたら、あんなの全部クズ石だ。そんなことを考えてしまった馬鹿さ加減に、自分でもがっくりくる。
それなのに、でもやっぱりあれだけの目なんだから大事にして欲しいよな、などと結局目薬なんか買ってきた。ほとんど笑い話のレベルだ。それも百年先まで人から笑われる類の。
首を傾げたままのレオナに、ラルフは何でもないふりでそっぽを向いた。
PR