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うろほろぞ
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「昨夜、どんな夢を見ました?」
そんな楽しげな子供の声が聞こえて、ふと孔明は足を止めた。
年が明けた翌日、この時期にしては珍しくあたたかな陽射しが柔らかく射し込む午後の中庭、幼いと形容してもまだ足りないような、少年と少女が芝生に腰を掛けて語らっていた。
目出度い空気に包まれている本部に相応しいような、微笑ましい光景である。
「ええー?夢なんて覚えてませんわ。大作君は?」
「うーんと、実は僕も覚えてないんです。何か見たような気はするんですけど…」
かしかし、と頭を掻きながら少年の方、草間大作はぽよぽよとした眉を悲しげに寄せた。
「夢が、そんなに大事でしたの?」
少女、サニー・ザ・マジシャンが、何処かわくわくしたような顔つきになって、大作少年に問うている。
「はい、昨日見た夢は『初夢』って云って、日本ではその一年の吉凶を占う大事な夢だったんです」
年の割には古臭い事を知っている。
「あら…大変。どうしましょう、そんな大事な夢を忘れてしまったんですのね、私達」
見るからにしょげた風体で云って、サニーが泣き出しそうな顔つきになった。
夢の一つや二つでそれほど大騒ぎする事もあるまいに。
そもそも占いなど信用するにも値しないのに。
尤もその無邪気さが、子供が子供たる所以なのだろうが。
孔明はぷっ、と吹き出しそうになりながら、二人を見守っていた渡り廊下から足を踏み出した。
わざわざそんな事をしてやる必要など全く無かったのだが――それでも子供が悲しんでいるのを見過ごすのは何処か気分が悪い。
さく、と芝生を踏みしめると幼い瞳がくるん、と振り返って自分を見、にこっと細められたのを見ると、孔明も優雅に微笑み返した。
「ごきげんよう、お二方。仲良く日向ぼっこですかな?」
「ごきげんよう、孔明様」
「こんにちは、孔明さん」
二者二様の返答にもう一度軽く会釈をして、孔明はちょうど三角形の頂点に位置する場所にしゃがみ込む。
「盗み聞きをするつもりはなかったのですが…今大作君は『初夢』の話をなさっておいででは?」
「はい、そうです。あれ?孔明さん、初夢の事御存知なんですか?」
さも意外そうに大作が大きな瞳をくりくりとさせる。
それもそうだろう。
『初夢信仰』という概念は、日本に古くから伝わってはいるが他国ではそれ程浸透している訳ではない。
すぐ近くに在るとは云え、孔明の出身である香港は特に、遠い昔は英国に支配されていた土地柄、考え方も西洋的になりがちなところが多く、そのような習慣は確かになかった。
だが、本来の『本国』である中国には夢に関する習慣や信仰なら山のようにある。
尤も大作の発言はそれらの事を鑑みての物ではないだろうが。
「ええ、遠い昔に大学の先輩に伺った事があります」
にこりと微笑めば、子供達は素直に「へー」と感心した眼差しを送ってくれる。
「まぁ何故私がそれを知っているかはともかく。私が伺った『初夢』とは、元旦の夜…1日から2日の夜、という事ですが、つまり、今夜見る夢を初夢と称すのだと伺いましたが?」
その人は、他にも色々説があると教えてくれたのだが――少なくとも大作少年が認識していた『晦日の夜』から『元旦の朝』にかけて見る夢だ、という説は無かった筈だ。
そう告げると、みるみる子供達の表情が明るくなっていった。
「本当ですか?孔明さん!」
「本当ですわよね、孔明様。孔明様が嘘を仰る筈、ありませんもの」
いえいえ、サニー。嘘は山のように吐きますよ。
その言葉を飲み込んで、孔明は曖昧に微笑む。
自分が吐く嘘は、自分にとって得になったり有利に動く為の嘘で。
いたいけな子供を騙し、傷付ける為につく嘘は、何処にもない。
これが――相手が子供達ではなく、某混世魔王だったりすると話は別なのだが。
にこり、と再度念押しの為に微笑むと、子供たちは互いの顔を見合わせあって、とても嬉しそうに笑いあった。
こんな――素直な感情を、自分は子供だった時に晒しただろうか。
否、なかった。
自分が生きてきた世界は、欺瞞と懐疑心に満ちていて。
こんな風に明るく笑う事などなかった。
だから、だろうか。
他意なくその微笑を、存在を護ってやりたいと思えるのは。
「『宝船』を――知っておられるかな?大作君」
ふと、遠い昔のことを思い出したついでに、通りすがりの記憶が頭を過って、孔明はそう問うた。
「宝船、ですか?いいえ、知りません」
「彼の国では初夢を見る際に、宝船を描いて枕の下にいれておくと良い初夢を運ぶのだとか。初夢の話を聞いた折に、そのように申してらっしゃったのを今、思い出しました」
云って、孔明は内ポケットから矢立とスケジュール帖を取り出し、ぴっ!と白紙を一枚裂くとそこにさらさらと思い出した文言を書きつける。
『なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな』
「うわー、孔明さんて日本語もお上手ですねっ」
殆ど触れた事が無いだろう母国語の書付に、大作が瞳を輝かせた。
「これが『日本語』なんですの?どんな意味なんですか?孔明様」
「言葉遊びの一種ですよ。大作君にはお分かりでしょうが、これは上から読んでも下から読んでもまるっきり同じ文章になるのです。『回文』と呼ばれるのですが、何やら遠い昔に『長寿』に繋がると云われ、大層縁起のよいものだとされてきたそうですよ」
その書付を大作に渡してやると、少年は瞳を瞬かせ、懸命に何度か黙読していたようだったが、やがて意味を理解したのか『ああ!』と嬉しげに声をあげるとにっこり笑った。
「宝船の絵の横にその文言を書きつけておくと良い、とも、寝る前にその言葉を3度唱えると良い、とも云われているそうです」
片膝を突いた態勢からすっくと立ち上がると、孔明は子供達に向かって再度、にっこりと微笑んだ。
「良い夢が、見られると良いですね」
「っ!有難う御座いますっ!僕、お父さんに『宝船』描いてもらえるか聞いてみますっ!行こう、サニー」
「ええ。有難う御座いました、孔明様」
手と手を取りながら、子供達が元気に駆けてゆく。
転びはしないかと少し心配になったが、二人はよろけもせずにみるみる小さくなっていった。
それを見送って――
「本当に…無邪気で良いですねぇ、子供は」
クス、とそれこそ孔明の方が子供のような――邪気のない微笑を一つ、落とした。

◇◆◇

「やあ、孔明。夜分遅くに失礼するよ」
その夜。
そろそろ床につこうかと支度を整えた孔明の元に、大作少年の父、草間博士が不意に訪れた。
「…相も変わらず常識知らずな方ですねぇ、普通この時間なら誰か伺い立てに寄越しませんか?」
云いながらも、断わる事無くそのまま私室に招き入れる。
「お茶は出しませんよ」
「良いよ、期待してなかったからさ。それにしても君…良くあんな古い話を覚えていたね」
愉しげに隻眼が眇められた。
何の事は無い。
先刻大作に云って聞かせた話は、凡てこの草間博士からの知識で。
同じ大学に在籍し、分野は全く違えども『優秀』というカテゴリで括られて阻害されがちだった二人は、自然と交友関係を深めていったのである。
「興味深かったものですから」
「お陰で大変だったよ。大作とサニーちゃんに『宝船』を描け、って纏わりつかれてね」
「描いて差し上げたんですか?」
「とんでもない。こう見えても全く絵心が無いんだ。知ってるくせに意地悪だな、君は」
何故かえいっ!と胸を張りながら草間が、ふっくらとしたソファに腰掛ける。
その斜向かいに同じく腰を下ろして、孔明は『確かに』と心中で呟いた。
設計図様の物なら右に出る者はいない程ひどく正確に、また美麗に仕上げるのに。
普通に絵を描かせると、抽象画よりも理解に苦しむ物を描いてのけるのだ、この天才博士は。
「では残念がったでしょう」
逆に可哀想な事をしただろうか、そう思えば『いやいや』と手が振られた。
「カワラザキ殿が水墨画に長けてらっしゃるって聞いたからね。二人がお願いしに行ったら返事二つで引き受けてくれたそうだよ」
「それは良かった」
「うん、それでね」
はい、と手渡された筒を、促されるままに開けて逆さまにすれば。
「…これ、は…」
すとんと手の中に落ちてきたのは、綺麗に丸められた、紙。
「開いてご覧」
見事、としか云い様の無い『宝船』の図が、そこにはあった。
「大作達がね、折角だから君にも良い夢を見て欲しいって云ったんだよ」
いじらしいだろ?可愛いだろう!と親バカぶりを大発揮する草間をそっちのけで、孔明は図画に見惚れていた。
翁自体は反目し合う仲だが――中々どうして、この絵は素晴らしい。
まるで波を蹴立てて走る舟の、櫂の音まで聞こえてきそうな程だった。
純粋に図画としても秀でている。
それ以前に暖かな心根がとても心地よく――たまらなく嬉しく感じる。
こんな風に感じる『気持ち』が自分の中にまだ、あったなんて。
「…お気持ち、有り難く頂戴しますとお伝え下さいますか?博士」
「勿論」
大きく頷いて草間が立ち上がる。
「じゃあ、孔明。そろそろ失礼するよ。――良い夢を」
「ええ、お休みなさい。博士」
「それから」
「?」
「…今年も、親子ともども宜しく」
全く以って今更な挨拶を口にして、破顔した彼に
「……こちらこそ、宜しくお願い致します」
孔明も挨拶を返す。
ふふ、とお互いの笑みが重なり合って、そして解けた。



あたたかなものがゆっくりと心に降り積もる。
こんな風に優しくされたり、優しくしたりするのは自分らしくないと知りながら。
今宵、凡ての人に降りる夢が、良いものであるようにと祈りたくなってしまう。

『なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな』

どうか、今年が皆にとって良い年でありますように。












■おわり■






草間博士の場合、みたいになってしまいました。マイ設定炸裂な博士と孔明さん。
適当な事を教えて、それを信じる孔明を見て楽しんでそうなうちの草間父。
皆仲良しが一番だと思います。夢を見すぎていてすみません…。
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少女は独り、華を摘む。
広い広い野原にただ独り、唱を口ずさみながら、華を摘む。
「あーかいはーなつーんーで、あーのひとーにーあ・げ・よ」
唱に擬えるかの如く、手にされていくのは赫い華。
まるで血の様に赫い華が、少女の細く白い腕の中に囲われてゆく。
「あーのひとーのーかーみーに、このはなさしてあ・げ・よ」
時折風がどう!と鳴り、少女の髪を揺らしてゆく。
それ以外は――少女を妨げるものは何も、ない。
少女は独り、華を摘む。
ただ一心に、華を摘む。
まるで、祈りを捧げるかのような所作で。

「やあ、サニー。ご機嫌だね」
何処からとも無く現れた男の影が、少女の上に差した。
少女は億劫そうに視線を上げ、そして形ばかりの微笑を口元に浮かべて見せる。
「ごきげんよう、セルバンテスおじ様」
はたはたと男の被る被衣(ゴトラ)が風に翻り、少女を包み込もうとするように膨らんだ。
それを手で抑え、男の口唇が人好きのする笑みを模る。
「きついけれど――心地の良い風だね」
強烈に鮮烈な印象を与えるのに――何処か存在が希薄な男を、少女は見上げた。
「ここに座っても?」
云って、男が少女の隣をすいと指し示す。
何処か芝居がかって見える仕草だが、妙に彼には似合っていた。
「ええ、どうぞ。野原は誰の物でもありませんもの」
無感動――その形容が正しいのかも知れない。
少女は眉一つ動かす事無くそう呟き、また手元に視線を落とす。
歳に似合わぬ大人びた口ぶりに、男は苦笑めいた笑いを零して腰を下ろした。
少女は、黙ったまま華を摘んでいる。
男は、それをただ、黙って見ている。
さわさわと、風だけが二人の間を通り抜けた。
「ねぇ、サニー」
沈黙が――どれ程続いただろうか。
不意に男が口を開いた。
一瞬少女はぴくん、と動きを止めるが、またすぐに華を摘む作業に戻る。
「何ですの?」
無視しているのではない、というポーズだけの為に、少女は問い掛けた。
風が、軋る。
少女の子供らしいすんなりとした脛を芝生が擽り、土埃が男の被衣の奥に隠れた瞳を眇めさせた。
「君は――怒って、いるのかな」
質問なのか、確認なのか良く解らない語尾の処理に、少女は漸く手を止め、男を振り返る。
「――いいえ?」
栗色の髪が風にたなびいて、少女の秀でた額に乱雑に振りかかった。
それをそっと手櫛で整えてくれながら、男が『良かった』と笑う。
「心配、だったんだ。君が彼をずっと――あの時から赦していなかったとしたら。この結末を迎えた今尚そうなのだとしたら、それはとても不幸な事だからね」
「――何が不幸で何が幸せなのかは、人それぞれの価値観に拠るものだと思いますわ。でも――有難う御座います」
少し捻くれたような調子で、少女が礼を云う。
まだ人生の酸いも甘いも噛み締めていないような子供の言葉とは思えない程達観した響きは、男の苦笑を誘った。
「心配はご無用ですわ、私はあの人に何の期待も抱いてはいませんでしたから」
少女の瞳が、精巧な硝子細工のように煌く。
そこに潤みを感じる自分は、言葉程割り切ってはいないのだろうかと、少女は不覚に思った。
或いは――言葉以上に達観しているから、絶望を感じているのだろうか、とも。
「私も自由、あの人も自由。ただ、己の心が求める侭に自由に、居るんです。だから――あの人が何を思って、どう行動しようとそれを私が怒る謂れなど――何処にも、無い」
仄暗い光が、一瞬少女の瞳に射し込む。
だが、それもほんの束の間。
「尤も――私ではなくてお母様が怒っていらっしゃるかも知れませんわね。最期まで不実な夫に対して」
「アハ。それはそうかもね」
漸くまろび出た悪戯っぽい少女の言葉に、男の口が一瞬強張り、そしてふざける様に同意した。
恐らくは、云おうと用意した言葉を飲み込んだに違いないけれど。
彼が敢えて口にしなかったように、少女も敢えて追及する事無く、気付かないフリをした。
何とは無しに張り詰めていた空気が、するりと解ける。
「少なくとも、彼を嫌ってはいないという事、だよね?」
「嫌う程知らない、と云うのが正しいのかも知れませんけれど」
「知り合わない方が、嫌い合うよりも良いよ。ずっと、良い」
良い。そんな事は解っている。
本質を知らなかったから、夢を抱く事だって、出来た。
紛いものを見つめて、自分を慰めて。
普通の子供であったなら、それでも良かっただろう。だが、自分は。
「ええ、でも――」
幼子のように現実から目を逸らしている様で、嫌だった。
其処に何が隠れていたのか。
目を覆いたくなる程の醜いものであったとしても、自分は。
「本当は、私――」
知りたい。
逡巡の後、ぽつり、少女の声が揺れた。
男の、予測していたかのような鷹揚な笑みを、ちりちりと旋毛の辺りに感じる。
ひゅう、と息を吸えば、気管支が過剰に震えた。
感情が高ぶっているのか、そう気づいた時。
少女は、行儀良く膝の上に置いていた自分の手の甲に、雨が落ちているのに気付く。
雨――違う。
空は、とても綺麗に晴れている。
ならば、これは。
一粒、また一粒。
落ちるのは、涙。
頬を伝い落ちて、しとどに拳を濡らしてゆく。
堪えきれない、感情の発露。
一度転がり出れば、後は坂を滑るように落ちるだけ。
「私が…私が悪いんです」
膝に置いた手をキツく、爪が食い込む程に強く握り込んで拳をつくる。
少女は自分のついた嘘に気が付いた。
怒って、いるのだ。
この乱れる感情は決して悲しみなどではない。或いはそれが『悲しみ』と同義であるかも知れないが。
目も眩むような怒りに――囚われている。
怒りの行き先は、多分男の問うた『対象』では無いだろうけれど。
「歩み寄らない人だと知っていながら、自分だけが努力するのが嫌で。愛されていないのが解っていたから――だから、逃げた。ずっと、逃げているの」
こうしている事で、どれだけ自分が矮小な存在に見えるかを正しく知っている少女は、俯いて、それだけでは足りぬと云う様にぎゅうと固く目を閉じて、世界を遮断する。
ずっと、そうして生きてきたように。
「君だけが、いけない訳じゃない。サニー、君だけが悪いんじゃない」
男の手がそっと少女を引き寄せようとするかの如く伸ばされ――大仰に少女は震える。
憐憫を誘いたいのでは、無い。
けれど接触の寸前で、その手は潰え、降ろされた。
「知って――います」
触れられない事に安堵――或いは失望――し、少女はゆっくりと顔を上げた。
涙は既に乾いて、濡れた感触は何処にも感じられない。
代わりに浮かんでいるのは、鏡の中に見慣れた色だろう。
其が色の名は、理解と云い、また諦めとも云う。
「けれどもう、あの人を責めても――何にもなりませんもの」
「…そうだね。ほんの少しばかり遅すぎた」
「いいえ、『今』だからこそ、私もこの考えに至ったんですわ。きっと――そうでなければ気付かないままだったと思います」
ふふ、と小さく声を漏らして笑った少女に、男もつられる様にして笑った。
「君は…悲しい程に聡明な娘だね」
良く通る声は、言葉程悲壮感に満ちてはいなかった。
だから少女も微笑む。
『有難う御座います』と賛辞への謝辞を口にしながら。
少女を取り巻く大人達は、皆口を揃えて云ったものだ。
『本当ならばまだ、庇護も、愛情も、一身に受けている筈の年頃だ』
『世界中の凡ての慶事が自分に向けて降り注がれていると盲信して良い筈なのに』
『運命――と云うには余りにも、切ない』、と。
この、目の前の男のように『誉めて』くれた事など、一度も無かった。
その事に対して憎しみを憶えた事は無いが、失望に似た感情を持ってはいたので。
惜しい。
心の底からそう想う。
何故、今になってこの男の本質を知るのだろう、と。
もっと近くにいる時ならば良かったのに。
あの時はまだ自分は幼すぎたし、理解出来る今となってはもう手が届かない。
皮肉なものだ。
いつだって、人生とはそういうものなのだろうけれど。
「ねぇ、サニー」
「はい?」
「君が『話』を受けるのは――彼を知る為かい?」
たわんだ被衣の裾をちょん、と直して、男が問うてくる。
少女は答えを躊躇うかのように、僅かに小首を傾げて
「それも、あります」
そして、頷いた。
「まだ『自分』の道は見えないのです。だから暫くは――ええ、そうして行こうかと」
「そう…」
男が納得した様に頷いて立ち上がるのを、頬に貼り付いた後れ毛を耳に掛けながら、見た。
白の被衣が、猛禽類の羽のように見える。
自由の象徴にも見え、
また強さの象徴にも見える。
凛と立つ彼のその姿は、とても、綺麗だと思った。
「道が見えたら其処で引き返すかも知れないし、それでも歩み続けるかも知れない。先の事は何一つ解りませんし、ひょっとしておじ様方の期待には沿えないかも知れません」
「それで良いんだよ。君の人生は誰の為のものでもない、君だけの為にあるんだから」
少女は容認の言葉に、上げかけていた腰を再び下ろして、男を見上げた。
男は――笑っていた。
少女が覚えている限り、いつだってそうしていたように。
何を考えているのか解らないと専ら評判だった笑みをただ――浮かべていた。
「回り道だとは思われませんの?おじ様は」
「人生に無駄な事なんて、何一つないよ、サニー。何もかもが君を構成する大事な要素だ」
男が縋らせるかのように手を差し伸べるが、少女は首を振ってそれを断わると、すっくと立ち上がって衣服に付着している草きれ達を払い落とす。
赫い華を大事に抱えたまま。
ふと、それに目をやって、思い至ったかのように男が呟いた。
「ああ――そうか、それは手向けの華なんだね。『君』への」
「…ええ」
悪戯が見つかった子供のような顔をした少女は――最早少女と形容するには相応しくない笑みを浮かべて肩を竦める。
「そう…。綺麗だ」
何処かしらほ、とした空気が漂う。
若緑の匂い。
微かに残る、少女の乳臭さ。
男の被衣に焚き染められた、ムスクの香り。
風が、凡てをない交ぜにして、一瞬後には遠くへと運び去っていく。
ここに確かに残るものは何一つ無い、と云うかの如く。
「頑張って」
柔らかな男の声に、少女は曖昧な笑みを浮かべた。
何を対象に云われているのか理解出来なかったのだ。
「誰の為に生きて、何の為に死ぬのか。その答えが解るまで、君は其処にいるんだよ?サニー。君は――君の答えを見つけてから、おいで」
男が腰を屈めて、少女を真正面から見つめる。
その瞳の色。
男の出自に相応しく、砂の色をしている瞳に、不意に少女の胸が熱くなった。
「おじ様は…」
どんなに頑張っても、もう二度と手の届かない人達。
「おじ様やお父様は…見つけられたのですか?『それ』を」
「――ああ、見つけた、よ」
だから、君も。
決して後悔だけはしないように。
口唇だけが動いて、そう告げ、言葉にし難い笑みが自分に向けられる。
それを受けて少女は――華が綻むように泣き笑いのような笑みを浮かべ、抱えていた華を一本、ぺしりと弁ぎりぎりで折ると、男の被衣にそっと添えようと手を伸ばす。
「約束だよ、サニー」
けれど――。
「あ……」
華が、ほとりと芝の上に落ちた。
一瞬前まで確かに目の前に居た男の姿は、もう掻き消えたようにして何処にも無い。
行って、しまったのだ。
さよならさえも云わずに。
「………・…っ…!」
涙が、重力に従順にぱたぱたと地面に落ちる。
腕から、風に乗って華が飛ばされた。
散る、涙。散る、華。散る、自分。
堪えきれず少女はしゃがみ込んで、膝を抱え、泣いた。
解ったような口をきいても、達観したように見せても。
所詮は子供でしかない、と己の至らなさを嘲笑する気持ちがあるが、止められない。
どうしようもない。
どう説明して良いのかも解らないのだ、この感情を。
「あ……あぁあっ……――!」
自分は――彼等に届くのだろうか。
いつかあんな風に微笑んで逝く事が出来るのだろうか。
彼等から投げかけられた問いの答えを手にする事は出来るのだろうか。
まだ、余りにも遠い――遠過ぎて最果てを想像する事すら出来ぬ道程に、少女は独り、泣いた。
枯れてゆく自分を潤すかのように、末期の涙を溢れさせていた――。


かさり、と男に手向けた華が風に揺れて、少女の足に纏わりつく。
弔いの鐘が高らかに鳴り響く。
葬られたのは、自分。
看取ったのも、自分。
けれどそれは死ぬ為ではなく、これから生きる為の法要。
目の前に伸びていた整えられた道を、自分の意思で歩いていこうと決めたが故の弔いなのだから。

少女は独り、華を摘む。
ただ一心に、華を摘む。
まるで、祈りを捧げるかのような所作で。
憐憫。
喪失感。
不安。
懼れ。
焦燥。
種々の想いを紡ぎながら、少女は独り、華を摘む。
広い広い野原にただ独り、唱を口ずさみながら、華を摘む。
『十傑集”サニー・ザ・マジシャン”』の名を抱きながら。
自分の子供時代に手向ける、散華の為の華々を――。












■おわり■






静止作戦後の十傑集昇進確定サニーさん(捏造)。ベティとは決して直接対話出来ないだろうとセルを召還しました。しかし個人的には親馬鹿ベティさんの方が好きです。この親子に必要以上に夢を見ているようです。すみません。
見るだけでうっとりするようなベンジャロン焼の茶器は、タイに出張してきたセルバン
テスからの土産だ。お礼に、早速、金縁の絢爛な茶器で紅茶を淹れると、男は満足そうに
茶を啜った。

「やっぱり、サニーが淹れてくるお茶が一番美味しいよ」
「ありがとうございます。でも、おじ様のお土産のお陰ですわ。こんなに素敵な器、見た
ことありませんもの」

「嬉しい事を言ってくれるね、サニーは」

 セルバンテスは心底から嬉しそうに笑った。

「でも、君と二人きりでいるなんて知ったら、アルベルトに怒られるかな。あいつ、今頃
はよりによってデスクワーク中だもんなあ」
「仕方ありませんわ。孔明様の邪魔をなさるから」
「あの策士に唯々諾々と従う奴もいないよ。あんな単純な嫌がらせ、黙ってやり過ごせば
いいのに、わざわざ真に受けて……、まあ、そこがアルベルトらしいんだけどね」
「父はおじ様の大のお気に入りですものね」
「でも、私のものじゃないよ。君と扈三娘のものだよ」
「いいえ、母のものですわ、父は」

 少女の断言に、セルバンテスはくすりと笑った。
 あの頃、盟友はたしかに恋をしていた。そして並み居る先祖の廟の中に、更にどでかい
墓を造ったのだ。セルバンテスも一度花を捧げに行った事があるが、豪勢な廟所の前で思
わずあんぐりと口を開けてしまった程だ。昔、タージマハールを悪趣味だと唾を吐いたよ
うな男が、である。最愛の王后を失ったシャージャハーン帝の気持ちもこんなものだった
のだろうと、セルバンテスも思わず納得してしまった。だが、暫くして取り壊したという。
何かを悟ったのだろうか。今では小さな廟に花を捧げには行く事はない。

「じゃあ、君は? サニーは誰のものなんだい?」

 セルバンテスは詠うように言った。

「さあ…? でも、私はおじ様たちのものですわ。とても可愛がっていただいてますもの」
「本当にそう思うのかい?」

 ちらり、と紅玉のような瞳に光が走った。少女は紅茶に砂糖を入れようか考えるような
仕草で、クフィーヤの男を見上げた。

「そうですわね…、私は私のものですわね、きっと」
「きっと、かい。あやふやだなあ」

 セルバンテスは水煙草(シーシャ)吸って、椅子の背凭れに身体の重みを預けた。

「あら、おじ様ほどではありませんわ」
「私が? あやふや? そうかな、こんなにはっきりしている人間は他にはいないと思う
けどね」
「ふふっ、おじ様ったら、そうやって私も惑わしますの?」
「大丈夫、君には私の力なんて通じないよ。だって、通じていたら、私の隣にきてくれる
筈だからね」

 サニーは立ち上がって、セルバンテスの隣に行った。

「こうやって?」
「そう、こうやって…」

 褐色の手が伸びて、少女の白い頬を包み、もう片方の頬に口付けた。腕の中でサニーは
思わず身をよじった。

「――おじ様の口、くすぐったい」
「あれ、髭もじゃって訳じゃないけどなあ」

 笑って顎を撫で、セルバンテスは少女を解放した。

「…貴様、何をやっている!?」

 突然、地の底から響くような声音に振り返ると、仁王立ちした盟友が立っていた。背後
から黒いオーラが出ている。

「お父様…」
「あれ、アルベルト? 仕事は終わったのかい?」
「このロリコンがーーー!!!」
「わー、誤解だってば!」
「うるさい!!」

 次の瞬間、衝撃派が炸裂し、セルバンテスと一緒に円卓が木っ端微塵に吹っ飛んだ。
 しかし、ベンジャロン焼の茶器だけは何故か無事であったという。






                                       終



春まだ来たらずの頃。


世界はまるで災厄のように降りかかった先年の「惨劇」による爪痕深く、今だ立ち直れないでいる。恐らく・・・今日のような寒さに凍えて死ぬ者は想像を超える数だろう。


そう、思わせるほどにその日は一段と冷え込みが厳しかったが樊瑞の屋敷、特にその一室はよく暖められ、普段はそこまでしないはずなのに十分に加湿もされていた。


「サニーは本当によく笑う子だ」

樊瑞はアルベルトから預かってかれこれ二ヶ月になる乳飲み子のサニーを見る。
産籠の傍によって赤く色づいた頬を指の背で撫でればそれは実に柔らかい。
無骨で骨ばり、幾多の血を流してきた自分の手であるはずなのに・・・サニーは心地良さそうに受け入れてくれ笑う。
それは・・・二ヶ月前初めて腕に抱いた時と同じ微笑み。

「泣くことも多いがそれ以上にとにかくよく笑う」

自分も知らず微笑んでいることも気づかず樊瑞は藤でできた産籠からサニーを取り出した。優しく丁寧に、逞しい腕で抱き広い胸に寄せてみる。最初は恐々(こわごわ)であったはずなのに今ではすっかり様になっていた。

茶を口にしつつその様子を見守っていたカワラザキは「まるで本当の親子のようじゃな」と苦笑する。血の繋がらない情愛の存在を知る老兵は2人に目を細めた。

「しかし、アルベルトは何故この子を手放したのだ・・・子を養うことを毛嫌いしたか?」

「さて・・・のう・・・セルバンテスから話を聞けばサニーとの親子の縁は腹にいる時から既に切ったらしいが」

「なに!!!?」

樊瑞は思わぬ事実に目を見開いて大きな声を上げてしまい、腕にいるサニーがぐずりだす。慌ててあやしながら言葉を続ける。

「親子の縁を切るなどと・・・何を考えているのだあの男は。しかも腹にいる時点でなどと」

勝手な奴だ、と口に出そうになったが・・・あの嵐の夜、預かった時の事を思い出しつぐんだ。口や態度には出さないが子への想いがまったく無いわけではない。しかし・・・ぐずるのを止め再び笑い出したサニーを見ると余計に「どうして」というやり切れない気持ちが湧き上がる。

自分は今この子を手放せと言われたら・・・もう、できないだろう。
なのに親であるはずのアルベルトは・・・手放した。

「切った理由は本人しかわからん。子を疎んじたか、それとも・・・我々が勝手に想像してもキリが無い。だがサニーをこの先養育するお主は知っておいた方が良いとワシは思うが・・・なんなら任務から戻り次第アルベルト本人に確かめてみたらどうだ樊瑞」

カワラザキは飲み干した湯飲みをテーブルに置いた。

「・・・もっとも聞いたところで話すような男とは思えぬが・・・」












「だからといって私を呼び出さなくてもいいじゃあないか」

翌日。

セルバンテスは不機嫌そうに屋敷の来客用のテーブルに頬杖を付き、アーモンドスライスが乗ったクッキーを口に放り込んだ。早朝に任務が終わって一息つけると思った矢先、樊瑞に彼の屋敷に呼び出されてしまったのだ。

「お主なら知っておるのだろう?何故アルベルトが親子の縁を切ったのかを」

「親子の事情まで私が口にするべき事では無いと思うが」

不機嫌をそのままにクッキーを噛み砕く。

「そう言うな、私がアルベルトに聞いたところで無視されるのがオチなのはお主もわかるだろうが。しかし私はサニーの後見人だ。この先サニーを見守っていくにあたって実の親子の関係を私は知る権利はあるはずだが?なぁサニー」

「いやぁサニーちゃん!久しぶりだねぇセルバンテスのおじ様だよ~」

「おいセルバンテス、話を聞けっ!・・・ああ!サニー」

抱かれていたサニーの姿を確認するや否や手にあった二枚目のクッキーを放り投げ、樊瑞の腕から半ばひったくるように奪ってしまった。ゴーグルを取り去り嬉しそうに彼はサニーの顔を覗きこむ。そしてだいぶ伸びたサニーのロイヤルミルクの巻き髪を優しく撫でてあの柔らかい頬をくすぐってやった。

「手袋でカサカサするかい?すまないねぇ手袋したままで・・・おじ様今ちょっとお手手が汚れてて・・・」

そう優しく語り掛けるセルバンテスが遂行した任務の最終日は派手な破壊活動で仕上がったはず。それに巻き込まれた一般人を含む死傷者が相当数出たが・・・張本人は今こうして穏やかな眼差しで小さな命に微笑みかけ、その手をサニーは笑顔で受け入れている。

「・・・・・・・・・・・・」

その現実に樊瑞は例えようも無い気持ちになった。

「お父さんはあと二週間すれば帰ってくるよ?ふふふ彼は元気だから安心したまえ」

アルベルトもまた・・・ビッグ・ファイアの名の下、多くの破壊と死を築く。遂行中の作戦が成功すれば無差別に百単位の死者がでるのは確実で・・・それは彼が生きている以上、飽くことなく営みのように行われる・・・それもやはり現実だった。

そしてそれは自分も何ら変わりは無い。
ビッグファイアのご意志であれば明日にでも血の鉄槌を世に振り下ろすべく赴くであろう。その鉄槌に手心は存在しない、ボスの名の下であればたとえサニーのような赤子であろうと・・・

「ミルクはいっぱい飲んでるかい?んん、サニーちゃんまた笑った、はははは」

多くの命を刈り取ったその手でひとつの小さな命を慈しみ
頬を撫で
赤子は無垢な笑顔を向ける。


あまりにも矛盾している現実。何かがおかしい、歪んでいるはずなのに、何もおかしくなく、そして当然のように存在する現実。その現実の一部としている自分の中で「こんなことがあっていいのだろうか」ともう一人の自分が囁きかて・・・樊瑞は自然と口にした。

「私たちのような者がサニーを慈しんで・・・育てていいのだろうか・・・いや、許されることなのか?セルバンテス」

「おや、珍しいな。朴念仁の魔王がセンチになるなんて」

「わ、私とて・・・!私はただこうして我々のような者たちに囲まれるサニーが、何も知らぬうちにこのBF団にいることを・・・その・・・不憫だと思うのだ」

セルバンテスは自らも微笑んだままサニーの額に口付けをして丁寧に産籠に戻す。

「ふむ・・・許されることかどうか・・・か。じゃあ誰が許さないというのかね?神様か?君も私も含めてここにいる人間はそんなもの誰も信じちゃあいないのに?」

「別にそういった許しなどではない、ただ・・・自分自身が許さぬのだ・・・」

「そうかね・・・自分自身がか・・・・」

苦笑が混じった溜め息をもらし、おもむろに手袋に覆われた自身の手を見つめる。
外せなかった手袋は洗い立てのように汚れ一つ無い。

「・・・・・・・・・・・・」

何を考えているのかそのまま無言であったが彼はようやく口を開いた。

「私の口からアルベルトが我が子と縁を切った理由など聞くまでもない。なぜなら今そう想う心がある君がアルベルトと同じ立場であったならば、やはり腹にいる時点で親子の縁を切るからだ。私はそう確信するが・・・違うだろうか?混世魔王樊瑞」

「私が・・・・」

我が子である事実は変わりなくとも、自分のような人間を父とする罪悪。
罪というものがどういうものなのか、麻痺して久しい自分たちでも、確かにそれは罪だとわかる。人の子であっても腕に抱き、何を求めるわけでもなくただ自分に微笑み温もりを与えてくれるのをかけがえなく愛しいと思ってしまった自分だから、わかる。

樊瑞は目が覚めたような顔をセルバンテスに向け。
セルバンテスは笑みを潜めた顔を樊瑞に向ける。

「それと・・・私は不憫と思って欲しくない。それはサニーちゃんがアルベルトの娘であること自体が不幸だと言っているようなものではないかね」

「すまん」

あっさりと謝る十傑集がリーダーにセルバンテスは肩をすくめて笑い再びゴーグルを掛けなおす。「それじゃ、サニーちゃんをくれぐれもよろしく」と一言残しクフィーヤの裾を軽やかにして彼は屋敷を後にした。








「サニー、お前が不幸か不幸でないかどうか決めるのは私ではなかったな」

一人部屋に残った彼は産籠の中で寝息をたてるサニーを覗き込む。
父親が縁を切り、こうして自分のような男に預け、また同じ男たちに囲まれて・・・己の意思ではなく親の因果でこのBF団という場所に存在することを幸か不幸か・・・

「その答えははいつか自分で出すのだサニー」

眠るサニーの頬を触ればやはり拒むことなく柔らかく受け止めてくれる。

「お前が出す答えを・・・きっとアルベルトがそうするように、この私も甘んじて受けよう」




それは春まだ来たらずの頃。




「その日までお前を見守り、お前が微笑み絶やさぬのを願うのを・・・許す私を許してくれ」


懺悔のように膝を折り、彼はサニーの頬から伝わる温もりを指先に受け取る。

眠るサニーは何の夢を見ているのか、彼のその言葉に微笑みで返した。







END



aa

契約。
 

「…サニー、サニー、サニーちゃぁん?」

豪奢なソファに凭れた白いクフィーヤの男は妙な節を付けて傍らの少女に声を掛ける…が、そんな男に目をやる事もなく---少女は花を活けていた。
大輪の、少女の瞳と同じ深紅の薔薇。

「…まだ、怒っているのかい?」

その言葉にぴくりと肩を震わせて、ようやく少女は男に向き直る。

「いいえ。わたくし怒ってなどいませんわ、セルバンテスのおじさま」

「…そうかい?」

顎下で指を組んで肘掛けに肘をつき、その男には珍しく----本当に珍しい事だが----困ったような顔で少女に微笑み掛けた。

「確かに…アルがパーティーに参加出来なかったのは残念だったけどね。
 でも、プレゼントは呉れただろう?」

ボンボン・ショコラのアソートボックスだっけ?いつものだけれど----

「…わたくし、もうお菓子を戴いて喜んでいるような子供ではありませんわ」

つん、と少し拗ねたように視線を外した少女が子供っぽくて。
男は声を立てて笑った。

「解っているよ。
 …私の差し上げたベルジャン・レースのハンカチは…気に入って貰えただろうね?」

「ええ、それは」

勿論。

少し慌てたように向き直る。そんな少女に男はにこやかに笑い掛ける。

「…では、もう赦してやってお呉れ。
 急な任務で、適任者はアルしか居なかった」

仕方なかったのだよ-----

「でも」

少女は、俯いて唇を噛む。

「あの日、父様はお休みだったのですわ。
 前日…プレゼントは何が欲しいと仰って---」

急な問いに詰まった少女を見て、父親は珍しく、こう提案した。

---急には決まらんか。ならば、明日見に行くか。

天にも昇る気持ちだった。
多忙で…些かワーカホリック気味な父が、自分に目を向けて呉れた事が嬉しかった。
楽しみで楽しみで寝付かれない程で------翌日。

目を覚ますと、父親は出動した後だった。

「仕方が無い事なのは、解っているのですわ…でも」

でも。
パーティーが終わり、夜も更けて------明方。

やっと戻った父親は、全身に傷を負い大量の出血をし、輸血されながらストレッチャーの上----だった。

「…死んでしまうかと…思っ……」

ぼろぼろと、大粒の涙が少女の頬を伝う。

「…おいで」

男に促されるままに、少女は男の肩口に顔を押し付けた。
少女の柔らかな髪を梳きながら、男は宥めるように少女に話し掛ける。

「…サニー、大丈夫だよ。
 アルは…私達は十傑集だ。そう簡単には死にはしないよ」

頑丈だからね。

「安心していい---そう、我がBF団の医療班は国警よりもずっと技術が上なんだ」

元より紅い目をもっと紅くして、少女はくすんと鼻を鳴らした。

「…本当ですか」

「勿論だとも!」

詐欺師の微笑みで男は少女の涙をそっと拭い取る。

「それにね、アルは本当に強いんだ」

今回はちょっぴり不覚をとったけれど------

「それはそれは、強くて。見ていて嬉しくなる位なんだよ」

男は目を細めて実に楽しそうに、嬉しそうに笑う。

「いつか、君にも見せてあげたいな----アルの闘いはとても素晴しいからねぇ。
 そう、君がもっと…自分の力を上手くコントロール出来るように成ったら」

連れていってあげるよ。

くすりと、泣き顔のままで少女も微笑む。

「…狡いわ」

「うん?」

「だって、おじさまったら----」

本当に父様の事お好きなんですもの。

「あぁ、そうだねぇ。好きだねぇ---
 取りあえず、会って無かったら此処には居ないかなって位には好きかなぁ?」

それはBF団に、と云う事か---それともこの世に、と云う事なのか。
物騒な事を云って、男はあははと笑った。

「だからね、サニー」

約束しよう。

「私が生きている限り、アルを死なせたりはしないよ」

男の思いも掛けぬ真剣な眼差しに、少女も知らず顔を引き締める。

「…本当ですか」

「誓おう」

そして、しめやかに契約は成されたのであった。

 


*****************************************************

 

「サニー」

おじさま…

「契約は果たされたよ」

ええ。

「しかし、済まないな。
 もう、この契約を更新してあげる事は出来ないんだ」

ええ。

「済まないな…」

いいえ、いいえ…!
ありがとう、ございました。

 


*****************************************************

 

そして、微笑みの気配を残して白い残像は、晴れた空に消えた。

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