『地平線の向こうへ』Interval2
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『離しなさいよ!』
『メリッサ!』
桟橋のところに来た時、メリッサは憮然とした顔でモンタナの手を振り払った。
それに、モンタナは珍しくむっとした表情を浮かべる。
『ったく、人が親切に…』
『別に、一人でも帰れたわよ、子供じゃあるまいし』
『ほぉ、じゃあお嬢様は帰るためにあんな所でひとりうろちょろしてた訳だ。…あの通り抜けたら反対方向いっちまうぜ?』
『…煩いわね!』
その皮肉を聞き、ぷい、と彼女は顔を逸らす。それに彼は肩をすくめた。
『全く…』
『放っておいてよ』
『ほら、帰るぞ』
言って、彼はもう一度、彼女の手を取ろうと手を伸ばす。
この辺りは暗い為、ハイヒールの彼女では躓く可能性が高いのである。
しかし、彼女はさっと身体を引いて、それを拒んだ。
『…一人で帰るわ』
『……まだヘソ曲げてるのかよ』
呆れたように、彼は言った。しかしその声が、逆にメリッサのカンに触る。
『モンタナが先に帰ったら私も帰るわ』
『馬鹿言うな、いい加減にしろ』
『…大丈夫よ、先に帰っ…!』
瞬間―― 一歩後じさったメリッサの身体が傾ぐ。
足元の桟橋の板が、釘が外れて一枚浮いていたのである。それに彼女のヒールが嵌ってしまったのだ。
彼女は大きく目を見開き――
『メリッサ!』
ガッ!!
刹那、彼女は勢いよくモンタナの方に引き寄せられ、水の中への墜落を免れる。
彼が咄嗟に彼女の身体を引き寄せたのだ。
『――…』
…暫しの沈黙の後、彼女は彼の胸元に寄せていた顔を少し離した。
どうしたら、いいのだろうか。
彼の言っている事は、正しい。それは頭ではわかっている。
だけど、――感情では、彼の正しさを肯定できないのだ。
普段の聡明な彼女では、考えられない事だ。
だが――…ついさっき、好きな相手に、全く自分のことに興味が無い、という発言をされたら。
どんな人間でも、知能は働きにくくなる、というものだ。
“――まんざらでもなかったんじゃねえのか”
“とっとと、おてんばは卒業してそいつの所にでも行くんだな。お嬢様”
…この場合、どういう心情でモンタナがこれらの発言をしたのか、という観点は、メリッサにはなかった。
ただ判るのは、彼女を拒絶している、という事実だけで。
…何も、この場に適した言葉が見つからない。
『…離してよ』
唇からは、お礼よりも先に、こんな言葉が出てきてしまった。
『……行くわ』
『待てよ、どこに』
『モンタナには関係ないでしょう!?』
思わず、声を荒げて彼の腕から無理矢理に逃れる。
とにかく、この場から逃げ出したかったのだ。
嫌だったのだ。
このまま、どんどん自分の口からみっともない――醜い言葉がはきだされるのが。
別に、彼とどうこうなりたいとかいうことは考えていない。
下手なしがらみや余計な関係を持つことは、自由な彼に最も似合わないことだから。
だけど、積極的に彼から拒否の言葉を聞くのも耐えられなくて。
だから、一分一秒一瞬でも早く――
『――!』
『……逃げるな』
……後ろから力強い腕に抱きしめられ、メリッサはその青い目を見開いた。
『…くそ…』
しっかりとした、腕。
背中には熱い体温が伝わってくる。
さっきよりも、ずっと――ずっと強い熱。
先程店で口にしたアルコールが一気に回ってきたかのように、熱で身体が痺れてくる。
背中から伝わってくる熱と、身体の芯から生まれる熱が混じりあう。
『……』
それからは。
頭の中は、もうぐちゃぐちゃで。
名前を囁かれても、彼がそのまま彼女を正面から抱きしめなおしても。さっぱり理解できなくて。
―――ただ、最後には彼の背中を抱きしめかえしてしまった事だけは、はっきりと覚えていて。
結局――
あの朝に、流れ着いてしまったのである。
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