「俺は、ここにいて…いいのか?」
舞耶は、ただ無言で達哉の躯体をきつく抱きしめた。
断ち切られていた運命は、ようやく、再会を果たし、
その場にいた誰もが、瞳に涙を浮かべたと言う―――
Waterproof mermaid
「さて、皆さん。こうやって無事に達哉君も仲間になった事ですし、
我々には何よりも率先してやらねばならない事があります。」
港南区に構えるルナパレス港南、そのとある一室で、舞耶はおもむろに切り出した。
おそるおそるうららが舞耶に尋ねる。
「あのさ、カジノ…ってわけじゃないよね、マーヤ?」
「ノォォォォォォンノン。違います。」
今までになく真剣な面持ちに、ゴクリと、その場にいる人間はいっせいに生唾を飲んだ。
「ま、マーヤがカジノ以外でこんなマジメな一面を見せるなんて…!?」
「天野君もようやく正義に目覚めたんだね!!」
「けっ、明日は槍かはたまた銃弾の雨でも降るんじゃねぇのかい。」
「…舞耶姉はいつだってマジメだ。」
1人のフォローを除き、めいめいが好き勝手述べるのを、舞耶は呆れたようになだめた。
「はいはい、そこ!静粛に、静粛に!!いい大人がなんなのよ、全くもぅ。
あーじゃあ、一番煩いパオフゥさん、あなたに質問です。何をするかあなたには分かりますか?」
いつもになく気合の入っている舞耶に胡散臭いと言わんばかりの眼差しを向けているものの、
パオフゥはにやりと笑って見せた。
「そうだなぁ、これから竜蔵をふんじばりに行くんだから、さしずめ装備の総取替え…」
「はい、ブー!やっぱりパオフゥって使えないわねぇ!もういっそ、うららの前から消えてくんない!?
所詮は大穴、ああーあ、大迷惑ね!そいじゃあ次、克哉さん。分かるかしら?」
やや私怨の篭った即答でパオフゥの意見を切り捨て、すぐさま克哉に問い直す。
罵倒を受けたパオフゥはというと、あっけに取られたように舞耶を見つめていた。
「え…僕…??」
いきなり自分に振られた克哉は、ビクリと背筋を伸ばし、しどろもどろになりながらも答える。
「うーん、そうだなぁ。新しいペルソナを作るとか…かい?」
「ブブー。克哉さんてば、おっしい!でもちょーっと違うのよねぇ。じゃ、次はうらら。」
パチンと指を鳴らしながら今度はうららに向き直る。
「ペルソナを作るのが惜しいんでしょ?そしたらペルソナのレベル上げじゃないの?」
腕組みをしながらうららが答えた。しかし舞耶は空中で手を大きく交差させ罰印を作る。
「ブッブッブブーーーー!じゃあ、大本命!!達哉君は、分かる?」
大本命といわれ、顔を真っ赤にさせた達哉がボソリと呟いた。
「…それなら…タロット収拾か?」
「ん、もーう。ち・が・う・ゾ!」
ぺこちん☆と軽いでこピンを食らって達哉はSPに678のダメージ!状態異常:魅惑。
「みんなダメダメね。答えは―――」
「答えは?」
全員が一斉に身を乗り出す。
「みんなでプールに行くぞ☆」
達哉を除く全員がそれはもう今まで見たことがないほどに素晴らしい足ズッコケをかましたと、
ペルソナSUNアポロさん(年齢不詳)はのちに多くのペルソナ使いに語り継いだという。
それはともかく。
最初に立ちなおったのはAGI72のうららだった。
「ち、ちょと、マーヤ。それって全然ストーリーに関係ないじゃん!」
「そんなことないわよー!アリもアリ。大有りよ!?」
舞耶がどこんとF75の胸を叩けば、うららは訝しげに舞耶を見つめる。
「有りったって…一体全体どんな関係ってのよう?」
「これってとっても大事な事よ、よく聞いて?
折角達哉君が仲間になったんだから、私たちはチームワークを築かないといけないわ!」
達哉は舞耶の言う事に間違いはないと、うんうんと相槌を打っている。
いまいち掴めない顔をした克哉とうららが反論を述べ、パオフゥはただ黙って聞いている。
「…それがどうしてプールのよぅ?」
「天野君。チームワークを育みたいならば、何もプールなどでなく防空壕でレベル上げをすればいいんじゃ…」
「あまーーーい!!」
舞耶はビシッと克哉に向かって指差した。
「甘い、甘い!いい?克哉さん!戦いで実力をつけるのも確かに大事よ。
血に塗れ、汗に塗れ、何度も何度もペルソナを使いながらのチームワーク作り。悪くはないわ。
けれどね、人間て言うのものはただ戦うばかりでは心までは繋がらないでしょう、違う!?」
克哉の目が見開き、その目つきが何かに目覚めたかに変わる。
「た、確かに…」
「チームワークに大切なのは心と心の繋がり、友情、LOVE&PEACE!!これしかないのよ。
そしてね、日本その古来から友情を深めるには『裸の付き合い』っていうのが効果的。
裸になって心を開きあって、リフレッシュしつつもお互いを理解しあうと言う素晴らしい風習なのよ!」
舞耶の得体の知れぬ迫力に、皆ただ押し黙って耳を傾けていたが、パオフゥとうららの瞳は不信感を漂わせだした。
「だけどね、男と女の場合やっぱり、公序良俗の面から言って素っ裸じゃ問題あるわ。
警官として、ねぇ、克哉さん。そう思うでしょ?だからこそ水着着てプールってわけ!おっけーー!?」
…克哉は悪魔の迫力に負けた。
「天野君!!僕は、僕は感動した…!そうだ、人とは心が大事な生き物じゃないか…!!
戦いばかりに重きを置けばいいという安易な考えが得てして良いわけがない!
どうして僕はそんな事にも気付かなかったんだ!?」
「ああ、克哉さん、分かってもらえたのね!?」
舞耶は嬉しそうに克哉の両の手を握れば、克哉もまたその手を握り返し、達哉は無言で刀の柄を握った。
興奮状態の舞耶と目に涙を浮かべながら感激している克哉を、うららとパオフゥは冷ややかに見つめる。
「アタシ…こんな人たちと一緒にいて本当にいいのかしら。」
「よぅ、俺も同じ事思ってたぜ?」
「…良かった、あんたはマトモなのね?ところで、この展開どうするのよぅ。」
「どうもこうも…道はひとつっきゃねぇだろ?」
はーあと、うららとパオフゥが大きなため息をついたのを克哉も舞耶も気付いていない。
「それじゃあ、達哉君、いいわね?」
「ああ。俺は舞耶姉についていく。」
刀を握り締め、克哉の事を今にもたたッ斬ろうと言わんばかりの眼差しで睨みつけていた達哉は舞耶に声を掛けられた途端、穏やかな目つきに戻る。
「克哉さん?」
「もちろんさ、天野君。僕は間違っていたよ。君のお陰で今目が覚めたさ!!」
心底爽やかに克哉が笑う。
「それじゃあ決まり!さ~~て、れっつら☆ごーーよ!」
勢いよく拳を振り上げた舞耶を制止したのはうららだった。
「ゴメン。あたし…カンベンして欲しいです。」
「ええーーーーー!!なんでなんでなんでよ!?」
小さく手を上げたうららに舞耶が詰め寄る。たじろぎながらもうららは必死に言い訳をする。
「だ、だってさーぁ、水着ないもん。去年は海もプールも行かなかったじゃん。
まぁ、着るものがないんだからこーゆーのは、仕方ないでしょ?」
そう言うと舞耶は驚いたように目を見開く。
「何言ってるのよ。水着なんてこの間買ってたじゃない。淡いベージュのビキニ。
こう、小股がグバーーーっと切れ上がったハイレグヒモパンに、胸ポロリのアイドルが着てそうな薄手のビキニをっ。知らないとか忘れたとか言わさないわよ?」
むしろ驚いて目を見開いたのはうららだった。
「ななななな、なんでマーヤがその事知ってるのよぅ!?」
「えー。この前うららの部屋に置かせてもらってた資料探してたときにぃ、チラッと、ね?
あれ着なさいよ、あれ。うららがあれ着てくれなきゃプール行く意味無いし。」
どうやらチームワーク云々の本音は、うららのオニューの水着が見たかっただけらしい。
ともあれ、うららは大いに慌てた。
「何がチラッとよぅ!たんすの一番奥に隠してたのに!!あんた探したわね!?
第一あれはね、単なる衝動買いなの!あんな際どいの実際に着れっこないわよぅ。」
「問答無用よ、うらら。決定権は主人公にあるってのがRPGの通説。だからビキニ決定よ。」
舞耶の一方的さにうららは唯一、自分と同じ真っ当な意見を持っていたパオフゥに助け舟を求める。
「パオ~~~~」
「もちろん、パオフゥも異議は無いわよね?」
舞耶がパオフゥに意見を仰いだ。
「…異議なし。」
俯いて左手で鼻を抑えながら、パオフゥは右手を挙げた。
「な…っ!!」
「…芹沢。」
ポン。とパオフゥはうららの肩を叩いた。
パオフゥのやや鼻の下が伸びた良い笑顔は、やたら輝いていた。
「やっぱよぉチームワークは大事だぜ?折角天野が珍しくいい事言ったんだ。ここは乗ってやろうじゃねぇか。な?」
にっと笑った、パオフゥの白い歯が煌く。
腕を組んだ舞耶は嬉しそうにうんうんと頷いている。
「う、裏切り者!!あんたさっき嫌だって言ったじゃん!!」
憤然と抗議するうららに、首を振って見せるパオフゥ。
「いいか、よく聞け。漢ってのはな、大の為に小を切り捨てる勇気も必要とされるんだ。
賛成は4人、反対はお前1人、つまりは4対1だ。民主主義の思想によってお前の負けだぜ、芹沢。」
強引グ・マイウェイな舞耶。舞耶に心酔している達哉に、言いくるめられた克哉。何だか知らないが裏切ったパオフゥ。
今まさにうららは四面楚歌だった。ぶっちゃけた話、泣きたかった。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。うららはとある現実に思い立ったのだ。
「民主主義はともかくとして、やっぱプールは無理だわ!!」
晴れ晴れとした顔でうららが言い切る。
「何で~~~?」
舞耶が不思議そうに尋ねる。
「スマル市プールないじゃん!流石に肝心のプールがなけりゃ無理よねぇ~~。ホ~~ホッホッホ。」
勝ち誇ったうららに対し、パオフゥはあからさまにがっかりし、舞耶は笑った。
「あら、そんなの。全然問題ないわよ、私にはね、『秘技:土地再利用計画』があるから。」
「『秘技:土地再利用計画』~~~??」
今度はうららが不思議そうに、いや、不審そうに尋ねた。
「そうよ、『土地再利用計画』。端折って言えば、私たちに必要の無いショップを必要な建物に建て替える計画ね。」
にやりと舞耶が不吉に笑う。
「ダントツで必要が無いのは時間城!カードショップなんて用無しよ。そこで私は考えたの。
まずラストクエイクで建物ぶっ潰してメルトダウンで燃やして更地にするでしょ。
サンダークラッシュか真空波で地面に穴あけて、ベインスプラッシュで水を溜め込めばワオ!
直ぐにプールなんてできちゃいます!う~~ん、完璧ィ!!」
うららどころか、舞耶効果に洗脳されていた克哉もこの発言には顔を青くした。
「ま、マーヤ。あんたそれは…」
「天野君。そ、それは流石にまずいよ…」
そんな二人を更に驚かせたのが達哉だった。
「いや、俺は舞耶姉に賛成するよ。時間城は必要ない。いっそ伯爵ごとこの世から抹消すべきだ。」
「た、達哉!?」
弟の過激な発言に克哉は目を白黒させた。
「『向こう側』のあの野郎の態度は目に余る物があったし、この世界にとっても百害あって一利なしだ。
(こっちにまで来て舞耶姉にちょっかい出しやがって)
即刻消し去ろう。できるならば…原子レベルで消去した方が良い。
…反対する人は申し訳ないが、当分眠っていてもらおうか。」
そう言って、達哉は僅かにペルソナを発現して見せた。
あからさまに一番レベルの高い達哉(Lv98)からとんでもない脅し文句が飛び出た以上
平均Lv54のパーティーがどうして否決案を押し通せよう。
舞耶が歓声を上げる。
「ハーイ、決まりぃ!時間城ブッツぶしツアー開催ね!」
「そんなぁ…。」
うららはとうとう敗北を記した。
こんな様子を無意識の狭間からこっそりと見ていた通称『這い寄る混沌』は大いに慌てた。
『な、なんてやつらだ!この私の美しき拠点を潰してプールだと!?
下らない、下らなさ過ぎる!!なんとかせねば…』
腕組みならぬ触手組みをし、必死に悩み考えるニャルの眼にふと、とある様相が映った。
アラヤ神社でなにやら集まって話をしている金髪と黒髪と青髪の姿が。
ニャルの頭の中で何かが閃いた。
『これだ!』
場所代わりアラヤ神社。
黒髪の少年が悲痛な面持ちで言う。
「世界の滅亡…なぜだ…胸が苦しい…何か…大切な事を僕達は…」
青髪の少年が顎に手を添えて呟く。
「トリフネ…トリフ?ね?鳥の船?…違うな…」
金髪の少女が信じられないといわんばかりに声を荒げる。
「街の下にある巨大な船…おかしいよ!前にもこんな事なかった?
だって…だってそんな気がするんだもん!
でも思い出せないの…頭の中をチラチラと何かが過ぎるのに…思い出せない…どうして?」
会った事がないはずの人間を知っている。以前にも似た体験をしたことがある。
デジャ・ヴュ
三人は互いを向きながら、自分の心境を語り合っていた。
「ペルソナよーし!魔法よーし!SPよーーーーーし!!」
舞耶は港南区のベルベットルームから意気揚揚と飛び出した。
その後ろから、ニヤニヤしているパオフゥに、いつもと変わらない達哉。
これからする公僕らしからぬ行為に怯える克哉と、自分の破滅を覚悟したうららが続く。
「よーし、時間城に行って~伯爵ひねり潰すゾ~~!」
えいえいおー!と腕を天に向かって振りかざした舞耶に、達哉がおずおずと声を掛けた。
「あの、舞耶姉。」
「ん?どしたの、達哉君。」
にっこりと、今期最高の笑みを達哉に贈る舞耶。達哉は眩しそうに少し頬を赤く染めた。
「…時間城、全力で完璧に消そう。」
「もっちろんよぉ~~☆伯爵を、こう、チョメチョメっと――」
「いや、それより時計メガネを削ぎ落として…」
「おーぉ!ナーイスアイディ~ア!そんならあのズラっぽい髪の毛を…」
和やかに物騒な事を語り合う舞耶と達哉たちの前に突如、話の的の葱に似た軟体生物が現れた。
「お、お前は!」
達哉が刀を構えると同時に、他のメンバーも習って武器を出す。
ニャルはふて腐ったような、怒っているような声を上げた。
『いいか、特異点よ、よく聞け!』
達哉はチキ、と刀を握りなおす。
『お前の仲間は私が預かった!時間城に指一本でも触れてみろ!だーいじな仲間は、こうだ!』
とたん、ボーンと何かが爆発するような音と共に、ニャルは消え去った。
さっぱりわけが分からんという表情で、全員がニャルがいたところを改めて見てみる、と。
そこには小さな小箱がちょこーんと置いてあった。
いぶかしみながらも、達哉がそれを手にとって開けてみる。
ぴこぴこぼこーーーーーん
中から勢いよくハンマーを持ったジャックフロストが飛び出し、達哉の頭をしたたかに殴り飛ばして消えた。
あまりにもふざけた罠に達哉が殴られたところを押さえると、紙が一枚、ひらりと舞い降りた。
宙を踊る紙を達哉はパシッと片手で受け止め、そして目を通す。
『周防達哉:とりあえず一生赤罰ジャージ着用
リサ=シルバーマン:親父地獄
三科栄吉:寿司責めもしくは脂身責め
黒須淳:校庭1000周
天野舞耶:克哉と結婚』
「な…なんだと!?」
「どうした、達哉?」
「達哉君、なんて書いてあったのよぅ?」
返事に答えることなく、達哉はぐしゃりと紙を握りつぶした。
「舞耶姉、やっぱり時間城潰しは後回しだ。」
「達哉君??」
「…あんにゃろう、生まれてきた事をこの俺が後悔させてやる!!」
結局、這い寄る混沌の下らない妨害工作のお陰でプール作戦はなぜかうやむやに終わった。
そう。うららの人権は無事守られたのだった。
色々な意味で良かった助かったと、安堵の息をつくうららと克哉とは対照的に、面白くないと、不平不満を漏らす舞耶とパオフゥ。
もはやそれどころではない達哉は、3人を助けた上で、ニャルの本体をぶっ飛ばす事にすでに心を奪われていた。
そんな達哉の様子を見、舞耶は笑う。
「もう、達哉君たら仕方ないわねー。ま、もう少し暖かくなったらそこの海で泳げばいいのよね。
あーー、今から楽しみぃぃ!ね、みんなvv」
にやりと同意を示すパオフゥの後ろで、克哉とうららはとんでもありませんと首を振り続けていた。
舞耶が平和に泳げる日は、当分来ない。
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