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うろほろぞ
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04. 絡みとる糸




しどけなく寝そべる女の姿態は常より増して艶かしい。
それが普段は決して見せることのない顔だから、艶が映えてえも言えぬ色を醸し出していた。
男は指に絡めた彼女の髪をたぐり寄せながら眼下に広がる光景を一巡し、満足そうに笑った。

見上げる瞳は僅かに潤み、視線を返せば睫毛を伏せる。
逸らした視線を交えることなく女は染まった頬をさらに赤らめ、固く結んだ唇から漏れる吐息を指で覆った。
そんな仕草の一つ一つが愛しいと思う。
もはや触れていない部分など無いというのに、今だってどうだ、指が触れただけで熱の冷めない身体は小さく震えている。
男は女の反応を逐一確認するようその肌に指を滑らせた。
なぞる指の動きに合わせて喘ぐ女は頭上の敷布に逃げるように縋った。


他の男にこれを見せてやりたい。
喰いこむ肌も、切ない鳴き声も、これは自分だけのものだと見せ付けてやりたい。
この衝動を抑えようとは思わない。
内に広がる欲望を自覚するのに幾らも掛からなかった。
男は手元にあった酒杯に手を伸ばした。
肌蹴た胸元に滲む汗の雫が輝く。
その上を硝子の盃から零れた酒が雪の肌を伝って衾に落ちた。
ほんのりと熱を持って薄く染まる肌に舌を這わせ、滴り落ちる雫を追って濡れる身体に熱を与えた。
両腕を奪えば捕われた獲物は逆らうことなく、色よく鳴きながら自分を受け入れた。
その声。
その艶。
全てが自分の為にある。
ただ一つを除いては。


「  」

その名を呼べば応えるように女の身体が震えた。
震えて、躊躇うように伸ばされた腕が褐色の肌に絡みついた。
男は女の額に唇を落として一言も発することなく彼女を抱き寄せた。

女の本心がどこにあるのか分からない。
自分と彼女の間には男と女として、…人と人として特別な感情があったはずなのに、今となっては確かなものではない。
我々は変わってしまった。
あの短すぎた夏の日、自分を前に穏やかに微笑む彼女にもう二度と会うことはないのだ。


男は女を抱き締めた。
重い瞼を閉じ、ゆっくりと息を吐いて、ただ彼女の熱にその身を埋めた。
自分が思うよりも強く、彼女を抱き締めていた。






(06.09.05.update)
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03. 眠りの甘き細波




「眠れたか?」


不意に浴びせられたその低音に女は大きく目を開いた。
眼前に、いや、もはや爪先程の距離も無いそこにあったのは、よく見慣れた男の胸元。
あろうことか己の腕が彼の身体にしっかりと絡まっていたことに彼女は声を失った。

女は常にないほど顔を青くさせたと思うと勢い良く跳ね起きた。
…跳ね起きたものの、飛び上がろうとした彼女の身体は不意に伸びてきた男の腕に遮られ、妙な体勢で沈み込むとその力に比例して思うよりも豪快に彼の胸に落ちた。
男は痛みに文句を一言零しただけで、しかし何やら嬉しそうに女を抱きすくめる。
抵抗する言葉もうやむやに、結局訳のわからぬまま彼女は再び男の腕の中に収められてしまった。


確か自分は書斎に居たはずだ。
一向に片付く気配のない書類の山を相手に、今夜会いに来ると言っていた男を待っていた。
それなのに、何故自分は今寝台の上にいるのだろう。
…何故、この男の腕の中にいるのだろう。

常にない程混乱し、その整った顔立ちを赤から青に変える女を見て男は小さく吹き出した。
「…まさか主上が私をこちらへ?」
男は彼女の髪を弄りながらやんわりと笑んだ。
「私が来た時には豪快に突っ伏していたからな。さすがにあのままにしておく訳にはいくまい。 ……それとも、他に誰か心当たりでも?」
女は大きく首を振った。
愉しそうにその様子を眺める男は、彼女の赤茶の髪を指に巻きつけながら静かに口を開いた。
「しばらくしたら気付くかと思ったが一向に目を覚まさないからな…、どうしたものか考えあぐねていたらこんな時間になってしまった」
「それは…失礼しました。今こちらを退きますので…」
そう言って身を引こうとしたのだが、彼女の腕は男の腕に掴まれたまま自由になる気配がない。
力を篭めて引き剥がそうとしてもびくりともしなかった。
「…あの」
「何だ?」
「あの、どうかお放し下さい…!」
「何も今更恥ずかしがることもないだろう?」
男は半ば無理矢理彼女をその胸に抱き締めた。
「それに、お前の寝顔を見ていたら眠り損ねてしまった」
「…は?」
男はにんまりと笑って胸元に抱えた女の額にくちづける。
浮かんだ笑みは意外なほど柔らかくて、彼女は一瞬眩暈を覚えた。
「自分ばかり心地良さそうに眠っておいて、私には眠るなと言うか?」


「いえ!ですから私がこちらを退きますから、それから」
「ああ、もう眠いんだ。静かにしてくれ」
言って男は幾らも経たない内に寝息を立て始めた。
視界を男の胸に塞がれて、女はただ笑うしかなかった。
眠る男を起こさないように妙な形のままだった体を動かして、目の前にある彼の胸に顔を寄せた。
息を殺さずとも耳に響く心音が何故だかとてもくすぐったい。
ようやく理解できたこの状況は、なんとも気恥ずかしくて幸せなんだろう。


女は苦笑して、それから大きく息を吐いた。
たまにはこんな夜も悪くはない……かもしれない。



(06.09.25.update)
02. 夢の淵で




その女のことを思い浮べる時、多くの人はかつての美しい姿を描くだろう。
凛々しさと優しさを兼ね備え、信に厚く朗らかで誰からも好かれる女性。
それは彼女の本来あるべき姿だった。






きつく巻き付けられた包帯を一つ一つ丁寧に解く。
まるで何かのまじないのように固く絞られた結び目を緩めると、のぞいた湿布が強い匂いを放って剥がれ落ちた。
あらわになったその左腕は長い時間同じ形に結ばれていたものだからすぐには形が戻らない。
用意した湯に浸し握り締めた指を一本一本解きほぐして、ようやく緊張の解けた拳が開いた。
掌に残る凹凸を撫でると傷が痛むのだろうか、女は僅かに顔を顰めた。


あの日から彼女は掌に触れられることを極端に嫌がった。
あまりにも露骨に拒絶するものだから、無理に問い詰めれば、苦渋の色を浮べた女が差し出したのは彼女の隻手。
その先にあった残骸を見て男は絶句した。
開かれた彼女の左手は爛れた肉の皮が固さを伴って薄黒くくすんでいた。
幾つもの小さな肉刺が出来ては潰れ、出来ては潰れ。
随分と長い間そんなことを繰り返したのだろう。
完治しない内にまた新しい傷をつくるものだから治癒に体が追い付いていなかった。
恐る恐る伸ばした手でその残骸を掴み、男は傷の一つ一つを凝視した。
触れる己の手は自分でも分からない程小さく震えていた。
女は少しだけ苦しそうに笑った。
男は何も言わずに触れた彼女の手を握り締めた。
彼が伝えることのできる言葉などなかった。



今、目の前にいる女にかつての面影はない。
凛々しく、武人にしてはたおやかで、時折見せる愛らしい一面に変わりはないけれど、もう以前のように剣を振るうことは叶わないだろう。
武門に身を置くものとしては死にも近いその代償が如何ほどのものか、想像に及ばない。
それなのに彼女はこうして笑うことが出来る。
弱音も吐かず、愚痴も零さず、ただ己に与えられた宿命を受け入れようと必死に生き足掻いているのだ。

この腕に触れるたび、男は一人思う。
忘れてはならないものがある。
この手に触れることでしか分からないものがある。
声もなく戒めるそれは皮肉にもこんな形でしか手に入れることができなかったけれど。

手放すものか。
この手を、この指を。




男はいつものように女を抱き寄せると、掴んだ彼女の指に自分のものを絡めて瞼を伏せた。
言葉もなく、愛撫もなく、ただ静かに抱き締めた。

彼女を前に願う祈りはいつも同じだった。




(06.09.16.update)
01 沈む静けさ




見上げた天井。
敷き詰められた碁盤状の石。
きらきら光る、獣の影。

差し込む夜の灯り。
灯籠の灯り。
月は出ていない。

炎の紅に照らされた褐色の肌。
所々に小さな傷が残る、男の身体。
鍛えられた逞しい腕が、闇の中で私を攫った。

触れた先から伝わる熱。熱。熱。
堪らずに男の背に腕を伸ばそうとするけれど、いつも躊躇ってしまう。
行方の定まらない腕は、敷布を掴んだ。
やがて訪れるその時を感じて、強く掴んだ。

吐く息は途切れ途切れに。
凭れ掛かる男は、少しだけ苦しそう。
小さなくちづけを繰り返して、私の胸に顔を埋めた。

身体の芯へと浸み渡る微熱。
二人を抱えて沈む、寝台の音。
それが、世界の全て。



飾り気の無い指が汗の滲んだ額に纏わる銀糸を掻き分けた。
それが私の示す、確かな証し。
ぎこちなく動く指を見て、男は笑った。
男が笑ったのを見て、私も笑った。

それからようやく、男の背に腕を伸ばした。
広い背中を抱き締めて、静かに目を閉じた。





(06.06.15.update)






 全ては一瞬の出来事だった。

 いや、一瞬の内に終わってしまったと、後になってから気付いた。
 
















 腕を上げるだけでも鉛を纏ったかのように重い。
 凝固した血液が剥がれた皮膚に感覚というものは既に無く、冬の外気に晒されひび割れている。
 とりあえず動くことを確認するために手近な砂利を握り締めた。それだけの動作なのに、逐一細かい痛さが付き纏った。掴んだ土は指の隙間から空しく零れ落ちた。


 ―――確かに自分はこの高みを掴んだと思ったのに。


 朦朧とした意識の中で、生き長らえた自分に嗚咽を上げていた。
 裏をかくつもりが逆に噛み付かれ、何もかもを奪われてしまった。
 連れていた部下はどうしただろう。
 軍は、朝廷は。
 今だこの命があるということはあの幼い台輔はまだ無事だろうが、その雲行きは怪しい。


 そして。
















「では留守を頼んだ」
 眼前にかしずく女は常時よりもなお恭しく頭を垂れた。まだ夜が明けきってない部屋には蝋燭の灯火が一つ、とうとうと揺れている。
 叩頭する女の肩から流れ落ちる髪を見つめていた。微かに痕の残るうなじから、夜着にしな垂れる赤茶の糸―――少しだけ癖のある、しっとりとした手触りのこの髪を指に絡め取るのが好きだった。女が躊躇無く叩頭したままだから床についてしまう髪が惜しくて、顔を上げるように促した。
 おもむろに身体を起こした女と視線が絡み合う。凛と佇む蘇芳の瞳が美しい。
 女にしては猛々しく、軍人にしてはたおやかな、自分の側近の一人。
 偏った寵など、組織にとっていらぬ波乱の契機になる恐れもあるが、この女だけは手元に置いておきたかった。
 何故そう思ったのかは今でも分からない。
 彼女の見せる気安い雰囲気が良かったのか、何者にも媚び諂うことのない清廉潔白な性格が良かったのか。…いや、案外勇ましい皮甲姿からは想像も付かない情熱的な肢体に心奪われてしまったのかもしれない。
 ともかく今この時期に王宮、――いや、女の側から離れることがひどく躊躇われているのは事実だった。
 いっそ今回の文州遠征へ従軍するように手配することも出来たが、そうなれば王宮に一人残すことになる幼い台輔を守る者が欠けてしまう。他に信用出来る者が居ない訳ではないが、剣の腕も、忠誠心も、そして何より台輔自身の心情を察しても、殊に信頼出来るのはこの女を差し置いて他に見当たらなかった。
 勿論女自身も彼奴の息に罹患している可能性は皆無とは言い切れないが、その時は自分に見る目がなかったと、王の器ではなかったと、腹を括る時なのだろう。
 先ほどの余韻をかみ締めたくて、そのふくよかな唇に指の腹を押し当てた。女は何も言わずにこちらを見つめていたが、視線を絡めると恥ずかしそうに長い睫毛を伏せた。
 灯火に照らされて端整な顔に影が落ちる。そんな表情がいつになく愛らしくて、攫うように抱き寄せ、熱を孕んだ膨らみに自分のものを重ねた。
 整えた皮甲が擦れて硬い音が響く。唇だけでは飽きたらず、抱きすくめてやると女は少しだけ苦しそうな声を漏らした。
 見つめる瞳はただ、自分だけを映している。僅かに潤んで見える自分に苦笑し、ほんのり湿り気を帯びた髪を撫でた。
「そんな顔をしてくれるな」
 これが最後、と、もう一度、唇を落とした。
「蒿里を、頼んだ」
 御意、と短く答えた女は名残惜しそうに私の胸に預けた身体を放して、深く、深く、頭を垂れた。髪が地につくことなど、一向に構うこともなく。
 だから、それでは髪が、折角の綺麗な髪が汚れてしまうというのに。
 苦虫を呑みこんで女の礼を受け取ると、全身に残る余韻を断ち切って振り返ることなく部屋を後にした。
 全てが終れば、あの髪に似合う簪の一つでも見繕ってやろうと思いながら。

















 背中が熱を伴っている。
 少しでも傷を和らげようと、うつ伏せに投げ出した身体を傾けた。
 指の先ほど動かしただけでも全身を裂かれるような激痛が走る。苦悶の声を堪えて、ようやく地面から半身を離した時には、全身から冷たい汗が浮かんでいた。
 周囲を見渡してみたが、ただ闇があるばかりで、ここがどこなのかやはり検討もつかない。
 しばらくこの体勢のまま目を開け、閉じることを繰り返すこと幾時間、しばらくして右手から一寸の光が差し込んできた。悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、腹這いに光の側に寄ると、その眩しさに思わず目が眩んだ。
 やがて光に慣れてくると、ここが洞窟のような場所だという事がわかった。光の先が曲がり角になっていて、そちらにある入り口から冷たい風が吹いてくる。よく見ると所々岩の隙間から小さな玉の原石が見えるから、どこかの鉱山の一部なのだろうか。
 わかったことは、だがそれだけだった。

 ここがどこなのか。
 意識を取り戻すまでにどのくらいの時間が流れたのか。
 残した軍はどういう状況で、他の者はどうなったのか。
 彼奴が自分を切りつけたのは何のためなのか。
 共謀者はいるのか。
 宮殿に残してきた者たちは無事なのか。
 民は、……戴はどうなるのか。

 これから何が起ころうというのか。

 すべてを闇に残したままで。






 幾ばくか助けを求めて叫んでみたが、返事はただ風を切る音のみ。
 諦念して足元の岩場に背を預けるとそのままぐったりと倒れこんだ。
 背中が熱い。
 もしかしたら傷が開いているのかもしれない。いくら仙骨を持つ身体とはいえ、この状態でどれほど生き長らえることができるのか分らなかった。
 ……それともその日を待たずとも、彼奴等に引き出されて命を絶たれるのだろうか。 
「…ふん」
 自然と込み上げてきたものは自嘲だった。
 それから大きく、ゆっくりと息を吐き、なるべく体力を消耗しないよう楽な姿勢に崩した。既に岩穴をこじ開ける体力も、叫ぶ気力も残っていない。
 重くて仕方のない瞼を閉じると、数日前に別れた女の夢ばかりが蘇ってくる。それも良かった日々のことだけだ。
 白くて張りのある頬、小さな傷跡が残っている肢体、情熱と慈愛に溢れた声、はにかみながら微笑む、真っ直ぐな眼差し。 
 全てがまだこの腕に、胸に、焼き付いているのに。

「李斎」 
 ただ、女の名前を繰り返していた。
 あれは…、彼女は、無事なのだろうか。
 あの柔らかい笑みを、再び目にすることがあるのだろうか。
「李斎、李斎、…私は」
 いくら繰り返しても届く事はない。その時初めて自分が犯した罪の重さに気付いた。









 差し込む光は徐々に赤く染まり、やがて消えていく。
 その先には星の明かりすら差さなかった。






<END>

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