忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[458]  [457]  [456]  [455]  [454]  [453]  [452]  [451]  [450]  [449]  [448
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 日出から一刻、ようやく気温が少し上がり始めた頃、朝議を終えた驍宗が、外殿の議
堂から戻ってきて、朝の食卓につく。
 主食は大麦の黒いパンで、よもぎが入っている。いまどきの戴としては、牛の乳が椀
に注がれて毎朝出されているのが、唯一、王の朝餉らしいといえるかもしれない。
 驍宗は、健啖である。硬い黒パンをちぎっては、うまそうに口へ運び、よくかみ締め
てしっかり食べる。李斎も食欲旺盛な方である。起きて既に一刻半、双方お腹は空いて
いる。
 二人はいつものように楽しげに話しながら、嬉しそうに食べた。彼らはこの食卓を乏
しいとも質素だとも思ってはいない。
 以前は、外殿もしくは内殿のどこかで、たいていは執務の合間に朝昼すませ、夜もど
うかすると仕事をしながら摂ることさえあった驍宗が、李斎を迎えて以来、毎日三度、
ほぼ同じ時刻に、正寝に戻って食事をしている。
 主上の膳は現在、正寝の厨房一箇所で作られている。驍宗が、兵営で出される以上の
食材を入れさせないので、献立は全体に、王の膳と呼ぶには簡素であった。
 
 独身時代から驍宗は、朝議の後に朝食を摂っていた。起きて、外殿に出るために着替
える折、そこに湯冷ましを一杯と兵士の携行食である氷砂糖を一二個用意させ、それだ
けで朝食まで仕事をした。いまはそれを知った李斎が、かわりになにかしらの甘味のも
のを用意させるようになっている。大抵は、彼女自身がこしらえたものである。
 王殿には、菓子の類がほとんどなかった。もっとも数週前の立后の折は、祝いに献上
されたり、他国から返書に添えて届いたりして、かなり上等の菓子がいくつもあった。
いまの戴で立派な菓子などは手に入りにくいから、その後もときどき献上がある。が、
驍宗はどれも礼議上一度食すと、懐紙に包んで、臣に与えるのだった。とりわけ妻のあ
る者にはいつも、奥方と食べるよう言い添え、二人分渡した。
 一度の茶うけで消えるものだが、皆これをとても喜んだ。重責と激務の見返りとして
本来、国官が享受するはずの富裕な生活もなく、それどころか主にならって家内をきり
つめ辛抱している臣下へのねぎらいとして、主の心も菓子の甘さも、両方が嬉しかった。
 
 そんなふうに高価な菓子はひとにやってしまうので、主上の分はいつもないが、当人
は、それでかまわぬと言う。だから、正寝の誰もが、主上は甘いものがお好きではない
のだと、思い込んでいた。李斎も、当初は気づかなかった。
 驍宗が甘いものをむしろ好むのだ、とは、蓬山で干杏が好物だという話から知ったは
ずだったが、李斎はそのことを、もうすっかり忘れていた。
 后妃の部屋には、来客にそなえ、粗末でない程度の菓子が少しは準備されることにな
っていた。だが、李斎が正寝に上がって以来、日中驍宗がたびたび茶を飲みに来るので、
すぐに用意などはなくなってしまい、困っている女官に、思いつきで、官邸から持参し
たものを出してよいかと、尋ねたのだった。
「それが、桃の砂糖漬けであったな」
 驍宗が思い出し、笑んで言う。
「さようでございます。延台輔の桃でございました」
 李斎もパンをちぎりながら、思い出して、微笑んだ。
 夏に、延王の援軍が到着したおり、血を避けねばならぬ泰麒を守って、李斎ははるか
後方にいた。そこに、見事な桃が一籠、届けられてきた。
 戴の気候では桃は作物として成り立つほどは出来ない。丹精すれば生らぬでもないが、
実はごく小さく、味も大して良くはない。大きな桃は一目で異国の産と分かる。籠は、
雁国の麒麟からであった。
 延王が直接、驍宗に手渡したのだという。雁国精鋭の空行師の先頭に、堂々の長身に
見事な皮甲をつけ、翠緑の黒髪をなびかせた永遠の青年王は立ち、片腕に提げた桃の籠
を持ち上げた。そして、軽く鼻を鳴らした。
――せっかくの再会の光景が、間の抜けた図になるから嫌だ、と言ったのだがな。
 目を見張った驍宗に、延は愉快そうに笑った。
――うちのガキが、どうあっても持っていけときかぬのでな。貴公の、あの見事な女将
軍にだ。お渡し願いたい。
 驍宗は驚いて延を見つめたのち、わずか眼を伏せて笑み、籠を受け取った。
――ありがたく、存ずる。
 夏場のこととて、果実の足は速い。恐縮してこれを頂戴した李斎は、可能な限り泰麒
に食べさせると、隣国の麒麟の心遣いを無駄にせぬよう、残りを丁寧に加工して、保存
した。
 それが、秋に、食べ頃のまま封をした壺に入って、李斎と一緒に宮中に上がったわけ
である。
「あれは旨かった。もうないのだろう」
 とっくに自分が食べてしまっておきながら、分かっていて驍宗はまた聞くから、李斎
は可笑しがる。
「桃は無理でございますが…、なにか果実が手に入りましたときは、お砂糖煮でもお作
りしますか」
「うむ。頼む」

 本来ならば、いくらでも上等なものを召し上がってよいお立場なのに、と、驍宗の喜
色に李斎は少しばかり気が引ける。どんな高級な外国の菓子よりも、妻が煮てくれるか
らよほど嬉しく、楽しみなのだとは、分かっていない李斎である。













PR
ggge * HOME * gggggw
  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]