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うろほろぞ
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w16
「撤回はきかぬぞ」
 顔を見るなり、驍宗は言った。李斎は言葉をなくして、立ち止まった。李斎にとって
は青天の霹靂であった立后要請とその承諾から、一夜が明けて、翌日の午後だった。

 正寝正殿の南に四容園という庭がある。下官の案内で、枯れた小さな滝壷を横切り、
奇岩の重なる上に建てられた広い路亭に近づけば、扁額には八覧亭と見えた。だが、現
在の庭はその名にふさわしいほどの景観は、とてもあるとは言いがたい。
 そこで驍宗はひとり、茶を淹れているところであった。下官とともに、亭に上る石の
階(きざはし)の下で伏礼した後、立ち上がり、顔が合ったと思った瞬間に言われたの
が、「撤回はきかぬ」の一言である。
 座るよう促された。李斎は、無言のまま、驍宗の向かいに腰掛けた。
 驍宗は、見かけは無骨な手で、丁寧に茶を淹れ終ると、李斎にすすめた。
 正式の来客の扱いである。
 昨日と異なり、李斎は夏の官服であった。使いの者が、服装を改むるに及ばずと伝え
たからだ。此度、鴻基に戻って一度だけ閲兵して後は、朝議の席を除けば、王から召さ
れでもしない限り、李斎がもはや皮甲を着けないことを、驍宗は知っていた。
 自分の托子を引き寄せると、驍宗がちらと視線を投げて笑みかける。
「昨日は、大儀」
 言葉をかけられた瞬間、李斎はあやうくむせかけた。
 どぎまぎと視線がふらつき、落ち着こうとするが、いっかなうまくいかない。
「あれから、戻ったのか」
「いえ。花影のところへ参りました」
 李斎は正直に答えた。
「…寝ておらぬのか」
 一睡もしていない。
「…わたしもだ」
 苦笑気味の優しい声音に、李斎は不思議そうに顔を上げた。
「はい、…」
 すぐに俯き、李斎は手のひらを官服のひざの上で開き、それをまた握った。
 覚悟だけは固めてきた。ではいま少し、平常心を保てないものだろうか。
「今朝の、議堂での顔はなんだ。やはり断りたい、とでも言い出しかねぬ様子だったぞ」
 どうやらその心配のないことを見て取ると、驍宗は、李斎をからかってみせた。
「そのようなことは…」
 驍宗を恨めしげに見かけて、李斎はまた顔を急いで伏せた。さきほどから、そうなる
理由に自分で気がついており、余計に頬に血がのぼる。
 頭でした決意には含まれなかった事が、えてして、現実には大きく場所を占める。
 驍宗を前にして昨晩の抱擁が思い出される。一度は触れる覚悟をしたかと思えば、口
元は見るのさえはばかられた。
「それにしても、ひどい女だ」
「はい、…は?」
 女、と言われることに李斎は馴れない。
「あれほどの大事を約させて、言い逃げする気であったのか」
 ――二度と民の目に何も隠さぬ、と、それを驍宗は李斎に誓った。
 李斎は困ったように俯いた。李斎に約束を違える気はなかった。どこにあっても生き
ている限り、鴻基の高みにあるこの王を、そして彼の治政を見ているつもりだった。
「……死ぬる気でなければ、申しておりません」
 李斎は小さな声で答えた。驍宗は眉を緩めた。
「うむ」
 誰もしなかった諌言だった。どれほどの覚悟であったか、想像に難くない。だがその
わずか二日後に、彼女の辞表を読む羽目になった驍宗としては、安心した今、恨み言の
ひとつも言いたい。
「…あの日は、主上に心が通じたかのように思えたことが嬉しく、あのお約束を形見に
去るつもりでした」
「誰が去らせてなどやるか」
 驍宗は顔をしかめて微笑んだ。
「七年待った。ようやく言い交わした。そなたもひとかどの武人であれば、己の判断に
は自信があろう。いかな即決でも、一度した決定には責任を持て」
 数日前の安心ゆえにこみ上げた失望と怒り、そして誤解は、驍宗によって昨日その場
で速やかに払拭された。男として不足に思うかどうかの一点を判ぜよ、いまここで返答
せよとの、畳み掛けるような弁に、とっさに李斎は諾(うべな)った。
 いかにも重く大きな即断ではあったが、一晩かけて冷静になったいま、李斎にそれを
覆す気持ちはもう、なかった。
「お気持ちはお変わりではないのでしょうか」
 驍宗はぎらりと目を返した。
「今更か。――ない」
 李斎は静かに背を伸ばすと頭を垂れた。
「では。改めてお受け致します」
 驍宗は一瞬口をつぐんだ。目を細め、頬の筋肉が引き締まり、それから、頷いた。
「うむ」
 彼は目を閉じ、開いたとき、穏やかな顔になっていた。
 それから驍宗はてきぱきと実務的な話に移った。
「…先刻、朝議の後で冢宰と話した。花影がもう知っているのなら手間が省ける。秋官
と調整して、復位に助力いただいた各国に、相手がそなたであることを知らせた方が、
よかろうということになった。財政が財政ゆえ、臨席願うほどの儀式や祝宴は無理だろ
うが、正式な使者を立てる。それゆえ式はおよそ二月は先になる。秋だな。今日これか
ら、蒿里の後に冢宰も呼んである。そなたも同席するように。…どうした」
 驍宗が顔をのぞきこむ。李斎は急いで首を引きながら、答えた。
「いえ…やはりずいぶんと大変なことになるのだと」
「極力、控えるようにする」
 驍宗はやや苦い顔になる。
「だが、天官ははりきるだろう。王后が立つのは、連中には一大事だからな」
「…、」
 覚悟し、想像はしていたのだが、その想像が及ばない。
「大して何もしてやれぬが、部屋が準備出来たら、移ってくれ」
 王后は通常、北宮に住まう。だが、驍宗は後宮自体を閉め、李斎の住居は正寝に用意
すると言っていた。
「正寝の、どちらになるのでしょう」
 一口に正寝といっても広い。だが驍宗は怪訝そうにした。
「長楽殿だ。私の部屋の続きに急いで手を入れさせよう。…それは、おいおい独立した
宮に、二人で移ることも考えぬではないが」
 李斎は驚いた顔になった。それではまるで、当たり前の夫婦の住まい様と思える。
「…ともに、暮らすのでございますか」
「夫と妻はともに暮らすものだ。私は、李斎と暮らしたいのだ」
 その言葉には実があった。
「不服か?」
 ぼんやりしている李斎に、驍宗は聞いた。李斎は、かぶりを振った。
「毎日お会いできるのか、と」
 やっと答えると驍宗は笑った。
「無論だ。嫁いでくればそうなる」
「……」
 相手が王では、妻とか嫁などと言われても、どこかそぐわぬ気がしていたのが、どう
も、かなり現実味を帯びてきてしまった。

 相手の住まいに移って生活を始めれば、仮に成人前で親の戸籍にあっても、それが娘
なら、嫁に行った、という言い方をする。夫と言い、妻とも普通に言う。里木に帯を結
ぼうとせぬ限りにおいて、婚姻であるか否かを、外部がもっとも厳密に評価するのは、
税の徴収時なのであり、それは社会通念と常には合致していない。そのため、例えば法
令に精通した者が法律用語として「野合」と言うときと、世間的な意味での「結婚して
いない」には、範囲に若干ずれがあった。
 嫁に行く、というのは婚姻だけに限らず、生活を一にする事実婚や親の許可を得て婚
礼を行ったときにも別なく使われている表現の、代表的なものだった。

 王がただひとりの伴侶を冊立する。それを立后という。王とはすでに戸籍を持たない
ものであるため、戸籍の統一を意味する婚姻という語を、用いない。それゆえか、通常
はあまり、嫁すとも言わないようだ。だが、いわゆる寵妃が後宮内に住居を賜った場合
は、宮城内に常住する職員らと同様に、国府にある里祠にその戸籍を移すのに異なって、
王后だけは、西宮に戸籍を移動させられる。西宮には王の里木(路木)がある、という
のが、その根拠であるらしい。
 驍宗は、これから行われる李斎の戸籍の移動を、簡単に説明した。
 李斎の戸籍は立后の儀式を待たず、瑞州内の所領から西宮へ移される。移動にあたっ
ては必ず理由が記載されるものだが、「立后」は本来、戸籍と無関係な用語のため使わ
れずに、――驍宗も初めて知ったことであったが――「神籍取得により除籍せらる者の
配偶者と成るに依り」と記された上、空欄である配偶者の欄に、王の本姓本名が入れら
れる。
 地官でも知る者の少ない、戸籍法上の不思議のひとつであろう。即位後の立后とは、
手続きの上では死者との婚姻に限りなく近い。だが李斎はその、取り方によっては不吉
とも思える扱いを、むしろ、なにかふさわしいもののように感じ、厳粛な気持ちで受け
止めた。
 このひとに、嫁ぐのだ。
 李斎は、いまだ実感はないまま、そのことだけを確信してしまった自分をぼんやりと
思った。
 誰かに嫁す日が来ようなど、思っていなかった。幼い時分は、母親の小言に辟易しつ
つも子供らしく不安になり、できることなら姉たちのようになれはすまいかと、どこか
にその願望があったようだが、大きくなるにつれ、忘れてしまった。
 まして驍宗に嫁ぐなどとは…。
「いつから、李斎をご覧であったのでしょうか」
 李斎の問いに、驍宗はこともなげに即答した。
「最初からだ」
「はぁ」
 最初といえば、蓬山。一月以上も黄海を旅した後で、普段よりずっと日焼けしていた。
化粧せぬ顔に垂らした髪をかいやって、男物の普段着を着ていた自分しか思い出せない。
どうも納得がいかぬ顔の李斎に、驍宗は意地悪く尋ねる。
「李斎はどうだ」
「はい?」
「いつ私がそなたにとって男になったか、当ててみせようか」
「……え」
「どうせ、昨日だろう」
 驍宗は愉快そうに言い、李斎は否定もできず、困って視線を外すと、わずかに肩口を
すぼめた。そのしぐさ自体は以前と変わらぬものなのに、どこかしとやかに女びている。
 驍宗はそのような様子を、楽しく眺めた。
 申し込んで一夜で、李斎は驍宗に恥じらいを見せるようになった。それがどうやら意
識もせず、そうなってしまうらしい。時おり多少は自覚するのか、とまどっているのも
いじらしく、驍宗の笑みは深まる。
 昨日までの将軍が、己の伴侶となる婦人となって、そこに座っている。
「なにか?」
「いや、」
 微笑んだまま首を振った。
 驍宗は立ち上がり、路亭の欄干(てすり)に歩むと、
「来たようだぞ」
 と、李斎を差し招いた。李斎が席を立つ。
 二人で明るい庭園を見やれば、下官に導かれて、泰麒の細い姿が、滝壷の向こう側を
回ってくるのが見えた。
「あれが、どのような顔をするかな」
「それは…驚かれましょう」
 報告するのが、少しばかり気恥ずかしく思われた。
「そうだな。さぞ驚くだろう」
 驚いて、そしてきっと喜ぶだろう。驍宗は頷き、まぶしい光を受けて少し目を細めた。
 李斎は、その驍宗の片頬と首筋のおくれ毛を見ている自分に気づくと、急いで視線を
庭に戻したが、瞬き、誰にも知られぬようそっと、上げた手で胸を押さえてみた。

 

 内輪の慶事を明日に控えて、すっかりさびれていたこの戴の国の王宮は、控えめな喜
びをそこここに溢れさせ、祝意の暖かな空気の中で夜を迎えていた。
 当直の官たちは、いつもは控えている府第の雪洞(ぼんぼり)を申し合わせたように
今日は全て灯した。燕朝を行く官吏たちは皆どこか楽しげで、顔見知りに出会えば「お
めでとうございます」と小さな声を掛け合って、笑顔を交わす。
 明日は、夜番の者にだけ祝い酒が出され、仙籍にない王宮の下働きの者たちには、夕
餉の膳に一品多く付くことになっている。白圭宮の職員へのふるまいはそれで全部であ
った。他はいつも通りで、何の変化もない。
 それでも皆がこの喜びを分け合った。明日、戴に王后が立つ。

 唯一の賓客は、全く酒を嗜まないため、会食が済むと早々と掌客殿に――荒れ放題の
庭を抱えた本来の掌客殿ではなく、代りに用意された正寝の園林に臨む一角に――引き
取って行った。
 夜半にこの主を追って到着するという景台輔への挨拶と宿舎への案内は、台輔の蒿里
と大司寇の花影に任せて、驍宗も自分の居室に引き取った。
 夜着に着替え、しばらく書を見た後、驍宗は手もとの灯りを吹き消した。露台に出る
玻璃窓から月光が射し入り、床に長く窓枠の影を伸ばす。それを見やっていた驍宗は、
一度横になった臥台から滑り下りた。
 露台には先客があった。驍宗の気配に振り返り、目を見開いた後、叩頭しようとして
思いとどまる。
「眠れぬのか」
 聞くと、はい、と李斎は答えた。
「よい月でございます」
 うむ、と驍宗は頷いた。外に出るとまるで昼間のように明るい。
「私もこの月に誘われた」
 李斎を見つめて、驍宗はふと笑んだ。化粧をせぬ方がやはり李斎らしい、と思ったが
口にはしなかった。かわりに、少しは慣れたか、と聞く。李斎は困ったように首を傾け
た。
「中々、后妃らしくとは難しゅうございます。何しろ根が無骨者でございますから」
 李斎はつとめて快活に笑み、肩を竦めた。后妃としての振る舞いを要求されることに
もまして、后妃として自分に何が出来るだろうかという悩みは、驍宗に相談する事では
ないような気がする。王から望まれることを王后が果たすのは、いわば当然の事、后妃
独自の果たすべき責とは、それとはどうも別なように思われる…。
「女官長は、口やかましかろう」
 突然言われて、一心に考え込んでいた李斎はとっさに本音を出してしまった。
「はい。…あ、いえ」
 急いで首を振る李斎に、驍宗は可笑しそうに言う。
「あの小言婆、よくぞ生き残っていてくれたものだ。融通のきかなさは天下一品、宮中
礼法の生き字引だ」
 李斎は意外な言に、目を丸くした。
「ご存知の官だったのですか」
「無論だ。蓬山から帰って即位礼までに、何度口論したか覚えぬ。一挙手一投足注意さ
れるので頭にきて、つい怒鳴り上げたこともある」
「主上が、でございますか」
 驍宗は頷いた。
「私が凄んで平気な者など、夏官でもそうはおらぬのに、あの女官長ときては眉ひとつ
動かさぬ。あまりに口うるさいゆえ、あるとき剣にちらと目をやったら、私を斬っても
礼式はなくならぬ、ときた。天晴れな女だぞ」
「そうでしたか…」
 煙たいが清廉で、天官に珍しく裏表のない性格の官だとは、多くの部下を見てきた李
斎にもこの数日で分っていた。驍宗が、自身の経験で彼女をつけてくれたのだと知り、
李斎は嬉しかった。
「少し辛抱しろ。あれに教われば、そなたならば驚くほど短期で、ひととおりは后妃と
しての素養がつこう」
 李斎ははい、と笑んで頷いた。私心のない教育係とはああいうものだろう。憎まれる
ほどに厳しくやかましく締め付けでもせねば、一通り育ち上がった大人など、そうそう
変わるものではないのだ…。
 潮を含んだ緩やかな風に、白い夜着の袖がふくらんだ。右袖が翻りそうになるのを押
さえようとした左腕より早く、驍宗の腕が右袖を掴んでいた。
 李斎は目を見開いた。
 
 短いくちづけだった。驍宗は李斎を抱き寄せた腕をゆるめて、笑顔を向ける。
「我慢が過ぎて、もう限界だぞ。よくもここまで辛抱させたな。さすがは李斎だ」
 李斎は状況を忘れ、ぽかんと驍宗を見上げた。
「…我慢しておられたのですか?」
 驍宗は顔をしかめた。
「せぬ訳があるまい。承知してくれた女が目の前にいるのだぞ」
 はぁ、と李斎はこの数日来、もう何度目になるか知れない、やや間伸びした声を出し
た。
「李斎の胸は大きいな」
 唐突に言われ、李斎は瞬いた。そして頷く、
「それは、女でございますから」
 それから驍宗の右手をしげしげと見る。
「なんだ?」
「いえ…主上でも女の胸など触られるのですね」
 驍宗は置いた手をそのままに眉をわずか上げると、首を傾け、それから頷く。
「…男だからな」
 はぁ、とまた李斎は呟いた。驍宗は楽しげな笑い声を上げた。
「好きな女の胸は勿論、触りたいとも」
 おおらかに言うと、左胸に置いた手を放し、両の腕を回した。
「抵抗せぬのか」
 李斎がしません、と答えると、驍宗は少しばかり人の悪げな顔をした。
「それは、大した進歩だ。求婚した日は、哀れをもよおすほどの怯え様だったが」
 李斎は驍宗の胸に頭を凭せたままで言った。
「それで帰して下さったのですか」
「ついうかうかとな」
 驍宗は思い出して苦笑した。警戒されるのが嫌で、もの慣れない花嫁が不憫で、つい
華燭まで待つなどと大見得きった。あげくこのざまである。
「何度も、あのとき帰して下さらなければ良かったのになどと思いました」
 驍宗は眉を開いた。
「本当か」
 李斎は小さく頷いた。主上は平気なのだと思っていた。正寝に上がって、驍宗が側へ
来るたび緊張する自分が馬鹿げて愚かに思えて、最後は悲しかった。
 驍宗は幸福に溢れて微笑し、李斎を見た。
「部屋へ、行くか」
 もう答えは分っている。
 まさに頷こうとしたその瞬間、李斎の動きが止った。
 あ、と小さく声を上げる。
「どうした」
 驍宗が怪訝な表情で聞く。李斎は思いつめた顔を上げた。
「女官に言ってしまいました」
「何」
「明日まで主上のお渡りはない、と」
 驍宗は目を瞬いた。そして口を開けると、息を吐いた。
「それは…まずいな」
「はい…」
 李斎はほとんど泣きそうな顔をした。
 驍宗は手を放した。
「どうでも、明日までは縁がないらしい」
 驍宗は笑った。もう笑うよりない。李斎は恐縮し、ただ身を縮めるばかりであった。
 
 
 露台は雲海に張り出ており、透き通った夜の水面に縮緬の波がよせる。今宵の月は清
かであった。
「――片腕貰うてまだ足りぬ、か…」
 驍宗はぽつりと呟いた。え、と李斎が聞き返す。
「先ほどの会見で、そなたが来る前に、景女王が申されたことがある」
「景王が、何を」
「李斎は大事な友人ゆえ、必ず幸福にすると約束してくれ、と」
 李斎は驚いて目を見開いた。驍宗は続けた。
「――できぬ、とお答え申し上げた」
 驍宗は李斎を見ていた。彼女は驍宗の顔をしばし見つめた後、ゆっくり瞬くとやや目
を伏せて微笑した。小さく頷き、それから目を上げる。驍宗はそんな李斎に幽かな笑み
を返した。
 彼は雲海を振り返った。月の影がその汀まで、白白と銀の道を示す。
 ややあって驍宗は言った。
「天命尽きるまで、供を命じる…」
 許せ、とは驍宗は言葉にしなかった。
「はい」
 と、静かに李斎は答えた。





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