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うろほろぞ
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子供の、それも女の子の間で流行るものはいつの時代でも同じらしい。
と、伊達は微笑ましく遥の小さな指先を見つめていた。

ちまちまとした小さなビーズに、ワイヤー。作り方の本なんかが遥の回りに散らばっていて、時折眉間に皺をよせて手元と本を見くらべている。
そのうち間違いに気づいたらしく、いくつかビーズを外してはまた作り直し。

「おじさん、赤いやつとって」

「ん、これか?」

近くにあったビーズ入れを渡せば、うつ向いたまま「ありがとう」と返ってくる。
いつもならちゃんと目を見てお礼を言うのだから、相当集中しているのだろう。

少しずつ形を成していく遥のビーズに、伊達はそっと、微笑んだ。





遥が一人で伊達の家に来るのは珍しいことで、玄関を開けたときに遥の姿を見たときは驚いてしまった。
真島建設にはよく行くらしいが、それはあそこにはいつでも真島や社員たちがいる気安さからだろう。
伊達が昼から家にいるのは休みの日くらいなもので、そういうとき、遥は気をつかって家に遊びにくるなんていうことはなかった。

「遥、一人か?」

「うん。桐生のおじさんはまだお仕事だから」

そうだよなぁ、と伊達は頷いた。
まだこの時間帯なら、桐生は仕事中のはずだ。

「まぁいいか。とりあえず上がれよ」

「うん!ありがとう!」

胸に抱えた紙袋が気になったけれど、伊達は何にも聞かずに遥を家にあげた。


家にあげると、伊達は小さなお客にジュースを出してソファに座る。
遥はフローリングの床に直接座り、抱えていた紙袋の中身を出していた。

「土布団とかいるか?」

「あ、大丈夫だよ。ごめんね?いきなり来ちゃって」

「別にいいさ。丁度沙耶もいなくて、暇だったしな」

くしゃっと笑うと、遥もほっとしたように作業を再開する。
床に出されていくのは色とりどりのビーズに、伊達にはよくわからないがワイヤーの巻いたやつ。それに何冊かの冊子と、ハサミだった。

随分昔に見た、沙耶の幼かった頃の姿を思い出した。


「ビーズ細工か」

遥は、嬉しそうに頷いた。
沙耶が遥より小さな頃、学校で流行っているんだと教えてもらったことがあった。
情けないことだが、当時は仕事にかまけて、しっかりと聞いてやることができなくて。つまらない反応しかみせない父に、沙耶も学校のことを話さなくなっていった。
情けない思い出に伊達はため息をつきそうになるが、今は遥の前。
ぐっと堪えて笑顔をつくる。

「クラスの女の子のなかで、流行ってるんだ。みんな結構凄いんだよ?パンダとかウサギとか…イルカとか!」

「へぇー…器用なもんだな」

「だよねぇ。それでね、作ったのをストラップにして携帯につけるんだよ」

ほら、と差し出された遥の携帯にはピンクのクマがぶら下がっていた。

「友達がくれたの。可愛いでしょ」

遥と同年代が作ったにしてはよく出来ていて、伊達も唸りながら頷いた。
まだ子供とはいえ、女とは侮れない。


「本もその子が貸してくれて、私も作ってみようかなって。でも、一人でやるのは寂しいし…真島のおじさんの所じゃ騒がしくて」

「ハハッ、たしかにあそこじゃ神経のつかうことはできないな」

そうなんだよね、と遥は苦笑した。


それからしばらく、会話はなくなった。
遥の真剣な様子に話しかけるのが躊躇われたことと、伊達もまたビーズ細工ができていく様子に興味が湧いたから。

いつの間にか隣に腰を下ろしていた伊達を遥はちょこちょこ使い…またいつの間にか、ビーズとワイヤーを握らせていた。

「おじさんも作ってみる?」

そう、一番簡単なページを開いた本を目の前に開かれて。
苦笑しながら頷いた。









「すまねぇな、伊達さん。せっかくの休みに」

夜になって遥を迎えにきた桐生は、穏やかな笑みを遥に向けながら言った。

遥はいくつかストラップを完成させると、ちょっと休憩すると言ってソファに寝転んだきり、寝てしまったのだ。
伊達はそんな遥に毛布をかけ、そろそろ家に帰っているであろう桐生を呼んだ。

それで、今にいたる。

「いや、いいんだ。それよりこんな時間までいつも遥は一人なのか?」

「ん…悪いとは思ってる」

情けない顔でうなだれる桐生に、伊達は昔の自分を重ねてみた。
こんな風に情けないと思えていたら、今頃違う人生だったのだろうか…なんて考えて。
肩をすくめてみせた。

「ま、人の事を言えた義理じゃないか」

なぁ?
そう、おかしそうに笑った。


「遥、桐生が来たぞ」

ソファで未だ小さな寝息をたてていた遥を揺らすと、目がぱちりと開く。
寝惚けた頭のはずなのにその目は桐生を探していて、視界に桐生が入った瞬間覚醒した。

「おじさん!」

毛布を落として、桐生に抱きついた。
本当の親子以上の情が込められている抱擁に伊達は苦笑し、毛布をたたむ。

「ビーズ、そこに片づけといたからな」

「ありがとう。ごめんね?」

「ガキが気をつかう必要ねぇよ」

カラカラ笑えば、遥も微笑んで。ソファに置かれていた紙袋をとった。
中を覗いて、目当ての物を桐生に差し出す。

「桐生のおじさん、これあげる」

「…え?」

遥が差し出したのは、赤い目をしたウサギのストラップだった。
愛敬ある顔付きをしているのだが…やけに大きな体をしていて…桐生は『ストラップ』状のそれに恐れをなした。
『ストラップ』ということは、携帯につけなければいけないという事で…

「私とおそろいなの」

同じストラップのついた携帯を見せて嬉しそうに頬を染める遥にほだされ、気づけば桐生は受け取っていた。
早くつけて、という目にメロメロになって、携帯にはゴツイ男に似合わないウサギのストラップがつけられる。
遥の後ろで爆笑している伊達も、目に入らない。


「ありがとうな、遥」

「えへへ…あとね、伊達のおじさんと真島のおじさんにも作ったんだよ」

ねー?と遥が同意を求めると、伊達は笑いすぎて出た涙をぬぐいながら頷いた。
携帯には、骨を抱いた大きな犬がぶら下がっている。

「この骨、伊達のおじさんが作ったんだよね」

「おう。なかなか上手くできてるだろ」

なんだか、桐生は嫉妬。伊達もそれをねらってわざとみせびらかしている顔をしていた。
それに気づかない遥は紙袋からもうひとつストラップを取りだし…真島のだと言った。
大きな顔の猫の顔が、真島のようにニヤついているのは気のせいではないだろう。

「真島のおじさんに明日持って行くってメールしたら、凄く喜んでくれたよ」

「そ、そうか…」



遥だけだろうな、と桐生と伊達は思う。
こんなオッサン相手に可愛いストラップを、抵抗させることなくつけさせる事ができる人間は。
二人は顔を見合わせて笑うと、携帯にぶら下がる大きなストラップを見た。



君の笑顔には、誰も勝てないのかもしれない。
たとえ、これがぶら下がっている携帯を表で出す事が恥ずかしいとわかっているのに、拒否できないのだから。

それでも、それがまんざらでもないと、思えてしまうのだから。

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真島が事務所のパソコンを「何で止まるんじゃこのボケェェエ!!」と画面を殴って破壊して、それにまたキレて壊れたパソコンを窓から放り出した。
ガシャンと殺人的な音がして、ビルの下からは悲鳴。

「親父…今月に入ってもう三台目で…」

言った瞬間、本体からおいていかれたキーボードが大田の頭に直撃した。

「うっさいわボケェ!!あのポンコツが悪いんじゃ!!」

画面がすぐ固まりよる。
そう、ブツブツ呟きながら真島は来客用ソファに横になった。
フリーズしたくらいで毎回毎回画面を殴らなくても。パソコンはブラウン菅のテレビじゃないのだから…とは社員たちも言えず。
黙って数人の社員たちが親父のかんしゃくの後始末をしに事務所を出ていった。

キーボードを投げつけられた大田は額を押さえながら立ち上がると、ため息を抑えてそれを片づける。
灰皿じゃないだけ、今日はマシだ。


「お~い、お前」

呼ばれて、振り向くと真島はちょいちょいと手招きをしている。大田は真島の顔からもう普通に戻っているとみて、特に警戒せずに近寄った。
一旦かんしゃくを起こしても、爆発させれば長引かないのは真島のいいところだ。

「何ですか?」

「酒。あとタバコとツマミ適当に買うてきて。もう今日は仕事嫌や」

仕事中の社員が一人、事務所のドアのプレートをひっくり返しに向かった。
大田はそれを背中に感じつつ、苦笑して頷いた。

「わかりました。行ってきます」

真島がゆらりと差し出した財布を受け取り、大田は事務所を後にした。


近くのコンビニでも酒は扱っていたが、真島の好む銘柄はなかった。だから少し足をのばした所にあるコンビニへと向かう。

コンビニについて、カゴを片手に真島の好む銘柄の酒、ツマミを選び。ついでにジャンプ。確か、まだ真島が買っていなかったはずだ。
あと何か必要なものは…そう、店内を回っていると、チョンと服が引っ張られた。

「あぁ?」

何や、とドスを利かせた声を出そうとし、慌てて飲み込んだ。

「こんにちは」

笑顔で見上げていたのは、桐生の娘の遥だった。

「桐生さんとこのお嬢じゃないですか。こんにちは」

「大田さん、おつかい?」

「へい。親父の…って、俺の名前覚えていて頂けてたんすね」

「うん?事務所のみんな、ちゃんと名前覚えてるよ?」

当たり前でしょ、と不思議そうに首を傾げる遥に大田は苦笑して頬をかく。
遥の器は、本当にでかいと思った。


「あ、お嬢もっすか?」

遥も手にはカゴを持っていて、中には缶ビールとジュース。それとコンビニ弁当が二つ。
遥は大田がカゴの中身を見たことに、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「へへ、たまには晩ご飯、サボろうかなって」

献立を考えるのが面倒臭かったんだよね。そう笑う遥に、大田は首を振る。

「お嬢の年で、いつも偉いっすよ。たまにはいいんじゃないですかね」

「えへへ、ありがとう」

ただ、お嬢はやめてと釘をさされたが。


二人は一緒に店内を回って、カゴに商品を入れていく。
そんなとき、遥がデザートコーナーで足を止めた。

「お嬢?」

「…お嬢はやめてってば」

頬を膨らまして言われたが、大田は聞かない。桐生の娘…正確にはそうではないが、その立場にいる人なのだし。しかも、真島だって娘の如く可愛がっているのだ。
大田からすれば、遥は立派なお嬢で。
遥も、大田の強情さに諦めたようだった。

「あのね、これ」

「これ?」

遥が指したのは、本日発売とポップがついたケーキだった。
ただのショートケーキだと大田は思ったが、遥が言うにはこだわりシリーズとかいって、材料から違うらしい。
最近じゃコンビニケーキとはいっても、侮れないとまで言う遥は真剣そのもので。

「でもね」

「でも?」

「お金が足りないの…予算しか持たないようにしてるから」

財布の紐がしっかりしすぎていたらしい。
悔しそうにその場を離れようとする遥に、大田は考える。
情けないことだが、今月はピンチで自分の財布には三百円しか入っていない。家に帰ればまだあるのだが…
と、そこで思いつく。

「お嬢…おつりって、いくらあまりますか?」



二人はコンビニの近くの児童公園のベンチに並んで座り、遥は膝にあのケーキを置いてニコニコと大田を見上げた。

「大田さん、ありがとう」

「いや、ギリギリ買えてよかったです」


遥のおつりと大田の貧しい財布の中身で、ギリギリ買えたケーキ。
遥はそれをレジでもらったフォークで半分に割り、大田に差し出しす。大田は遠慮しながらも半ば、押し付けられるようにそれを掴む。

「おいしいね」

「はい」


頬にクリームをつけて微笑んむ遥は、やっぱり可愛いと思う。
あと五年もすればいい女になるだろうな…なんて思いながら指についたクリームを舐めて。

ちょっと、遥に惚れてしまいそうな自分に苦笑した。












遥と別れて大田が事務所に帰ると、桐生がいた。
どこから聞いたのか、鬼の形相で奥の部屋につれていかれ…笑顔なのに凄まじい気配の真島までついてきて。
大田は二人の地雷を踏んでいたことに青ざめる。

それから、奥の部屋で大田がどんな目にあったのかは…

 
いきなり過ぎて状況が掴めない。
キョトンとした桐生の顔を見て、真島は自分の口許を拭いつつ腹を抱えて笑った。



「はは、桐生チャンは可愛いなぁ!…水鉄砲ってな、“龍吐水”言うんやて。」



ほんまもんの龍に龍吐水引っ掛けてみたらオモロイ思たんや!
いや、桐生チャンの反応はほんまオモロかったでぇ!


爽快に笑う顔には「口から水をブッ掛けたのは只それだけの理由だ」という事を如実に表している。

桐生の肩が怒りに震えている事には気付いていない。



「ほんまはちゃ~んと水鉄砲用意したかってんけど、桐生チャンが“やめろ”言うから、しゃあないから口でやってみたんやで……って聞いとんのか??」



顔をずいっと近付ける。
その瞬間を見逃さず、桐生はコップを奪うと素早く口に含み。








ブ―――――ッッ


ビシャビシャ





勢いよく、顔に水を噴き掛けてやった。
 
「つ、冷たっ!!」

「これでおあいこです。」



顔を拭う真島に、桐生はフンと鼻を鳴らして自分も顔を拭う。
一方的にやられるのは嫌いらしい。

水で額に張り付いた前髪を払うと、真島はニヤリと笑った。



「これがほんもんの龍吐水ってか?…オモロイやないか!」


隙をついてコップを奪い返し、水を口に含んで素早く噴き出す。
桐生は横に転がり、それを避ける。


イイ年した男二人が、テーブルを挟んで睨み合う。
が、獲物は水のみ。



「やるやないかぁ、流石は桐生チャンやで!ほならこの水が無くなるのが先か、桐生チャンがまた濡れるんが先か勝負しようやないかぁ!!」

「勝負ってなら受けて立つ!」





血の毛が多いのは元極道者同士だからか。
遊びも真剣にやる二人を漸く止めたのは、学校から帰ってくるやいなやビショビショになった床を見て怒った少女、遥だった…。



「もう、床を水浸しにして!誰が拭くと思ってるの!?おじさん達、もう大人でしょ!!」

「堪忍してやぁ嬢ちゃ~ん。」

「……ス、スマン遥。」




結局、遥には水鉄砲はちゃんと買って三人で遊ぶ事を約束させられたとか。









「桐生のおじさん、だーいすき!」

リビングのラグに胡坐をかき新聞を読んでいた桐生の広い背中に、遥は後ろから抱きつくと満面の笑みを浮かべてそう言った。
強くて、優しくて、とてもかっこいい桐生のおじさん。
本当の”お父さん”ではないけれど、遥は父親以上に桐生のことが大好きだった。

「…俺も遥が好きだぞ」
「えへへー」

突然の遥の行動に面食らいながらも優しい眼差しで答えてくれる桐生に、ああ、やっぱり大好きだ、と遥は笑いが止まらなくなる。

「桐生チャン、ワシもめっち好いとるでぇ!」
「ま…真島の兄さん…?!」
「わぁ!真島のおじさん、いつの間に来たの?」

突然どこから沸いたのか、真島が桐生の胡坐の上に頭を乗せ、まるで膝枕をしているかのような状態で下から桐生を見上げていた。見ている者全てが幸せになる様な遥の笑顔とは正反対の、どんなに贔屓目で見ても「何か良からぬことを考えていそう」としか見えない表情でニタァと笑う。

「あんた一体…」

普段殆ど表情を変えない桐生が心底嫌そうな顔をしている事を気にも留めず、真島はニヤニヤとしたまま言葉を続けた。

「なぁ?桐生チャンは?ワシの事好きなん?」
「………………」
「桐生チャン?どないやねんな、ん?」
「……………………………」
「おじさん………真島のおじさんの事、嫌いなの?」

中々返事をしない(というか、返事をする気が無い)桐生に、焦れた遥が後ろから覗き込む。
以前真島に誘拐された事があるのにも関わらず、本当にそんな過去があったのかと自分の記憶を疑うほど、何故か遥は彼に懐いていた。
元極道ではあるものの生来が生真面目な桐生と違い、アウトローでデタラメで、いい加減ここに極まれりと言った真島の姿が、子供には魅力的に映るのだろう。

「桐生のおじさんは、真島のおじさんが嫌い?」

自分の好きな人達が、嫌いあってたらどうしよう…と、今にも泣き出しそうな眼差しでじっと見つめてくる遥に、桐生はどう答えたら良いものか、心底途方に暮れていた。

「あー…いや、その、な…」

答えあぐねながらふと視線を下方にやると、先程よりも更に極悪な笑顔を浮かべた真島が桐生を見上げている。
全くこの男は碌な事をしない…
桐生は遥に気づかれないように、真島の横っ腹に渾身の力を込めてグリグリと拳をねじり込む。相当効いているはずなのに、真島は眉一つ動かさず、相変わらずニヤニヤと桐生を見つめていた。
実の所、真島と桐生は人には言えない様な行為をする関係なのだ。
今まで口にした事はないが、それなりの感情は持っている。
だが。
ここで。
遥を背中に抱き、真島を(心底不本意だが)膝枕しているこの状況で。
その感情を言っても良い物だろうか。




…いや、良くない。




それを口にしたが最後、真島は言質をとったりと、今まで以上に桐生にちょっかいを出してくるだろう事は容易に想像できてしまう。
今でさえ持て余している様な状況だ。これ以上被害を被るのは本気で勘弁願いたい。
しかし、それを口にしない限り、桐生の可愛い天使の表情は曇ったままなのだ。

「おじさん?」
「桐生チャン?」

ああ…神様、仏様、親ッさん…
この無間地獄から今すぐ俺を救い出してください…
遠い目をした桐生の願いは、儚く虚空に散って良くのだった。











「ううーん…」

とある日曜の昼下がり。
遥と二人で暮らすアパートに、いつものように大量の酒類を持参で転がり込んできた真島と飲み明かした桐生は、ぼやけた頭をスッキリさせようと、多少ふらつく足取りで水を飲みにキッチンへ向かった。
大して広くも無いアパートは、桐生と遥の部屋の他にはリビングダイニングとバス・トイレという間取りなので、キッチンまで出たら自然とダイニングも視界に入る。
対面式のキッチンは遥のお気に入りで、料理や食事をするとき以外にも、学校の宿題は必ずキッチンに面したダイニングテーブルで片付けていた。
その遥が、可愛らしい顔で、眉を寄せ、唇を尖らせてうなっている。

「どうしたんだ?宿題か?」
「あ、おはようおじさん」

桐生が声を掛けると、遥はパッと顔をあげた。
『おはよう』というには随分と遅い時間だ。桐生は苦笑しながら言葉を返す。

「もう昼だがな」
「あ、ほんとだ!お昼の準備しなくちゃ!真島のおじさんは?」
「…まだ寝てる」

桐生は自分のベッドを占領して大イビキを書いている眼帯の男を思い出し、遥以上に眉をしかめた。大量の酒を持ってきた割に、その3分の2ほど自分で飲んでしまった真島に、桐生はやれやれとため息をこぼす。自分とて相当酒には強い方だが、真島はそれを上回るウワバミだ。ザルと言うより枠だろう。
今更ながら、遥の教育上良くないのではなかろうか。

そう。遥。

昔愛していた女の忘れ形見。
自分にとっても目の中に入れても痛くないほど可愛い娘。
その遥のために、真っ当な世界で平穏に暮らそうと堅気の道を選び、神室町から離れたこの町に移り住んだのに、何故あの男は毎週のように転がり込んでくるのだろう。
組を割って建設会社の社長に納まってはいるが、”狂気”とまで謳われた男がすんなりと堅気に落ち着いていられる訳が無い。
今も夜な夜な地下闘技場で血の雨を降らせているともっぱらの評判だ。
やはりここは自分が防波堤になって、あの男の悪影響から遥を守らなくては。
酒にぼやけた頭でつらつらと考えていると、おかしそうに遥が声を上げて笑う。

「あはは。真島のおじさん、お酒入っちゃうと中々起きないもんね。お昼ごはん、どうしようか?」
「遥の分だけ用意したらいい」
「うん、わかった」
「で?」
「で?」
「何をうなってたんだ?」

パタパタとキッチンへ駆け込む遥に、桐生は再び訊ねた。

「そんなに難しい宿題なのか?」

遥は桐生の欲目を抜きにしても成績優秀の優等生だったはずだ。
その遥がうなるほどの難問とは、一体どんな宿題なのだろう。

「ううん、宿題は終わったの。」
「じゃあなんだ?」
「雑誌の懸賞!正解すると豪華商品なの!」

ダイニングテーブルを見るとそれは遥が気に入っている隔週で発行されている料理雑誌の1ページで、広告も兼ねたプレゼント企画のようだ。

「何がもらえるんだ?」
「パスタ1年分!ね、おじさん、パスタが1年分もあったらしばらくは食べるのに困らないよね?」
「は…遥…」
「あ、今日のお昼はパスタにしよう♪」

なんとも主婦じみた遥の言葉に、桐生は返す言葉も無かった。
初めて会った時から大人びた子供だと思っていたが、いつの間にこんなに所帯じみた子供になってしまったのだろう。
これも自分の稼ぎが少ないせいなのか…遥…ごめんな…

「うーん…」

昼食用のパスタゆで始めた遥は、再び眉を寄せてうなり始めた。
まだ先ほどの問題について考えているのだろう。
その様子が余りにもかわいらしく、頬を緩めて見守っていた桐生だが、遥のとあるしぐさに愕然とした。
眉を寄せ、腕を組み、うんうんと唸る。
そして時折。
人差し指で。
こつこつと眉間をつついているのだ。

これは。


この癖は。











ベッドを占領して眠りこけているあの男の癖ではなかっただろうか?
















「は、遥…その癖…」
「…?あ!えへへ、真島のおじさんの癖、うつっちゃった」
「うつるって、お前それほど真島の兄さんと一緒にいないだろう?」

桐生は思っても見なかった事態に、表面上それとは見えないが相当うろたえていた。

「えー?そうでもないよ?」
「え?」
「おじさんがお仕事で遅い時とか、よく真島のおじさんが遊んでくれるの」
「何ィ?!」
「真島のおじさんね、私がなぞなぞ出すと、いつもこうやってこつこつしながら考えるんだよ」

左目を瞑りながら真島の真似をする遥の姿に、更に桐生は愕然とする

「真島建設の事務所にも何回か連れて行ってもらっちゃった。いろんな人がいてすっごく面白い…おじさん?」

遥が言い終わる前に、物凄い勢いで桐生は自分の部屋へ駆け込んでいった。
そして未だいびきをかき続ける男の首根っこを掴むと、問答無用でベッドから引き摺り下ろした。
突然の桐生の行動に、後を追いかけてきた遥が驚いて声を掛ける。

「おじさん!どうしちゃったの?」
「な、なんやのん、桐生ちゃ…」

さすがの真島も、突然の事態に目が覚めたようだ。
さっきまで気持ちよく眠っていたのに、何故か首根っこを掴まれて玄関まで引きずられている。そんな自分が置かれている状況が理解できないらしく、驚いた様子で桐生を見上げた。

「兄さん、アンタもう遥に近づくな」
「はぁ?何言うとんの?」
「遥は真っ当な人間に育てるんだ…」
「ちょ、きりゅ…桐生ちゃん?????」
「俺が…俺が遥の防波堤になるんだーーーーーっ!!!!!!!!!!」
「ちょ、待てって…ええええェェっぇぇぇーーーーーーーーーーー?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」

前回の玄関から勢い良く真島を放り投げた桐生は、派手な音を立てて階段を転がり落ちていく真島に、声も高らかに宣言した。

しかし、桐生は気づいていなかった。
『オンナノコの父親』に課せられた試練はこんなものではないと言うことに。
だがそれはまた、別の話。







「き…桐生ちゃん…ゴッツい親バカ…やで…ぇ…」








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